230 東の丘の最終決戦16:ティルムン理術士参戦
わらわらわら……。
テルポシエ城、北東側の城壁上にしつらえられた、屋根だけ天幕の中。
しわしわなの、ころっとしたの、ちっさいの、ふつうの、様々な形態のおばちゃん達が折りたたみ椅子に腰かけて、ぺちゃくちゃお喋りをしている。
「はい、皆さん。揃いましたかー」
副長を連れて、赤毛の大隊長タリエクがそこに入って来た。
「お静かにー。点呼を取ります。イボさん。ガンボさん。トンボさん。クネンボさん。ロカボさんに、ユカダンボさん……」
「ゴンボ君がいないわ?」
「って言うかあの子、ふだんからあんまし居てへんやん」
「協調性、ないのんなー」
タリエクは内心ちっと舌打ちしたいところだが、つとめて平静に名簿布を振って、呼びかけた。
「はいはい、お静かに。とりあえず十名以上いるので、作戦実行です。はるばるティルムンからお越しいただいた皆さんに、出動してもらう時がきました」
「ちょっとー、兄やん。ウーディク君はぁー?」
すかさず、野次が飛ぶ。
「ウー君に指揮とってもらわな、うちら本気の力出せへんわぁー」
ぐぅぅっ。タリエクは内心で歯ぎしりをした。こんなの頼って、ほんとにいいのかよッ!?
フィン医師招聘に気を良くし、味をしめたウーディクは、たびたび通商船でティルムンへ行った。そこで、手の空いていそうな“民間の”自称・理術士……つまりはもぐりの理術士を、次々に口説き落とし丸め込んで、テルポシエへと連れて来たのである。
根本的な巨人鎮静の手立ては分からないとしながらも、エリンは別策をエノ軍幹部に提案していた。伝承によれば、過去この丘に巨人を封じたのは“十人の理術士”なのだ。言い伝えそのまんま、十人以上の理術士を用意しておけば、ひょっとして巨人を食い止め、再封印することができるかもしれない。
――いや、その考えはわかるよ。けど……こいつらは、さあ~??
「みなさーん! 揃ってるぅ!?」
タリエクが苦渋を噛みしめていた所へ、たたたと階段を上がってきたウーディクが声をかけた。
「きゃー、ウーディくーん!」
「ウーくーん!」
拍手と黄色い声、おばちゃん達は大喜びである!
「俺の尊敬するおねえさんたち、ついにこの日が来ましたッ! 俺たちの時代の、到来だぁぁッッ」
「きゃーッッ」
「ウー君、脱いでー」
「今はこれ、最重装備しちゃったから、勘弁してねー。巨人を封印して、戦いが終わったら、なんぼでも脱ぎまーす!」
「ぎゃー」
「きゃー」
「俺はウーアと大盾部隊最前線、北門守備に出ますので、ここからの指揮はタリエクさんの言うことを、聞いてねー」
「きゃー」
「ウーアさんも、脱いでねー」
「俺の背中から! 皆ばっちり、守ってくれようー?」
「まかしてなー」
「全力だすでー」
「ウーくんのためやー」
「死なせへんでえ」
「推すぞこらー」
ウーディクは笑顔を振りまき、……そしてきりっと天幕の隅っこを見る。
「ロボくん」
射手の分厚い手のひらを置かれて、その薄ーい肩の男性はびくっとした。影もうすーい存在である、紅一点の逆って何ていうのだろう? うつむき気味に、理術士の杖を握りしめている。頭部全体を覆う、不思議なけものの形の被りものをつけた頭が、そっと上がった。
「……おねえさん達を、しっかり守ってくれや。信じてるぜ」
眼の部分にはめ込まれた玻璃を通し、彼はウーディクを見つめる。
かしょんッ、垂直方向。ぎこちなく、しかし確かに彼はうなづいた。
「そいじゃ皆、戦勝の宴で会おうぜ~」
ちゅばちゅばちゅばばッ、両手で投げ接吻を送って、ウーディクはその場を後にする。
「ぎゃー」
「またなー、ウー君!」
目配せされて、階段までついて行ったタリエクに、ウーディクは耳打ちする。
「……ま、へそを曲げなきゃ、どうともなる人らっすから。こんな感じで適当におだてて、使ってみて下さいや」
「……」
――適当、だとう??
足軽く去っていくウーディクの後ろ姿を見送りながら、タリエクは内心で震撼していた。何という人心掌握術! 癖のありまくりなティルムンおばちゃん理術士たちの心を、ここまで掴むとはどういうやつなのだ! こいつは隊長格で終わる男じゃねえぞ。俺やギルダフなんかよりよっぽど、次期軍総統に近いところにいやがる! 危ねぇぞ、メイン君!?
思いつつ、タリエクは再び天幕近くへ戻る。
「ええなあ、ウー君ほんまにいい子やなあ。ああいう息子ほしかったわ」
「なー。頭よくって戦いもきれきれで、そんでおもしろ顔なのがめちゃ良えねんか。これですかした二枚目やったら、全然胸きゅんせえへんわ」
「ほんまや。もと二枚目で、三枚目になった自覚ないのが、一番いやらしいな。ほれ、あのすかしたみつあみ大隊長……あら、あかんて」
「山賊ひげの子やろ? わかるわかるぅ」
おばちゃん理術士たちは、蛮軍なんて全然怖くないらしい。独特の抑揚にのったティルムン語で、言いたい放題だ。
「あの~、おにいさん……」
こんもりした頭のおばちゃん理術士がひとり、そうっと進み出て来る。じゃらじゃら腕輪を幾重にも巻いた手で、タリエクの腕に触れた。
「見えます……丘の向こうが、みえます……!」
「ちょっと、ギボちゃん。今は霊視は要らへんねんて」
さらに脇にいた、別のおばちゃんが声をかける。
「いえ、霊界としての丘の向こうと違うてー……。文字通り、丘の向こうに、何や軍勢が」
ふるふる震える右手人差し指で、彼女は赤い巨人の揺れる左側の方を示した。
どきっとして、タリエクはそちらを見やる。……確かに、黒く広がる何かがある!
「北方の監視拠点に行ってる、パスクアさんかギルダフさんじゃないですか。丘は向こうからもよく見えるし、巨人を見て後方の援護態勢をとったのかも」
副長が口を出す。
「……」
にしちゃあ、やたら早いな? とタリエクは思う。さっきウーアとウーディクが警鐘を鳴らし始めて東の丘の襲撃を知った、次いで巨人の頭が現れ始めた。それからさほど時間も経っていないのに……。
「挟み撃ちになって、良いじゃ……」
「タリエク大隊長ぉ――ッッッ」
副長の声をかき消して、怒鳴り声が割り込んでくる。
「伝令ッッ! 西方向、湿地帯外側に敵軍ッ」
ぐるっっっ!! 皆いっせいに、西側を見た!
「黒羽に樫葉のデリアド旗、黒羽に貴石のガーティンロー旗、黒羽に流紋のファダン旗、黒羽の女神にばらのオーラン旗! 筆頭にいるのは、黒羽の女神に青と黄の星、マグ・イーレですッッ。さらに後方支援には、いわうおのフィングラス旗も確認ッ」
「よう言うたわ兄ちゃん」
「けど、要するにまとめてイリー諸国全員集合、言うた方がはやくないか?」
「しー、たぶんここ、まじめな場面やて」
おばちゃん達の突込みは、タリエクの耳に入っていない。
階段から走り込んだ別の若い伝令が、あらたに叫ぶ。
「タリエク大隊長ぉぉぉぉ! 読旗報告、きましたぁぁぁ」
「いや、今もう聞いたし!?」
即座に副長が突っ込んだ。
「いえ、北方の軍のほうなんですッッ」
「は?」
タリエクは眉をひそめて、二人目の伝令を見る。
「あれはギルダフと、パスクアだろ?」
「それが、何でか! べつの軍旗かざしてるんですッ」
タリエクの腹の中、すーっと涼しい感触が落ちていく。
「黒地に白ぬきで、蛇の意匠……! 何なんすか、これ?」
そんな旗は見た事も、聞いたこともない。エノ軍の旗は黒字に白ぬきの馬、……見間違うやつなんかいない。
タリエクと顔を見合わせた副長も、わけのわからない表情でふるふるっと頭を振った。
――赤い巨人とイリー混成軍に加えて、別の敵が出やがった、ってこと??




