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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
230/256

230 東の丘の最終決戦16:ティルムン理術士参戦

 わらわらわら……。


 テルポシエ城、北東側の城壁上にしつらえられた、屋根だけ天幕の中。


 しわしわなの、ころっとしたの、ちっさいの、ふつうの、様々な形態のおばちゃん達が折りたたみ椅子に腰かけて、ぺちゃくちゃお喋りをしている。



「はい、皆さん。揃いましたかー」



 副長を連れて、赤毛の大隊長タリエクがそこに入って来た。



「お静かにー。点呼を取ります。イボさん。ガンボさん。トンボさん。クネンボさん。ロカボさんに、ユカダンボさん……」


「ゴンボ君がいないわ?」


「って言うかあの子、ふだんからあんまし居てへんやん」


「協調性、ないのんなー」



 タリエクは内心ちっと舌打ちしたいところだが、つとめて平静に名簿布を振って、呼びかけた。



「はいはい、お静かに。とりあえず十名以上いるので、作戦実行です。はるばるティルムンからお越しいただいた皆さんに、出動してもらう時がきました」


「ちょっとー、兄やん。ウーディク君はぁー?」



 すかさず、野次が飛ぶ。



「ウー君に指揮とってもらわな、うちら本気の力出せへんわぁー」



 ぐぅぅっ。タリエクは内心で歯ぎしりをした。こんなの頼って、ほんとにいいのかよッ!?


 フィン医師招聘に気を良くし、味をしめたウーディクは、たびたび通商船でティルムンへ行った。そこで、手の空いていそうな“民間の”自称・理術士……つまりはもぐりの理術士を、次々に口説き落とし丸め込んで、テルポシエへと連れて来たのである。


 根本的な巨人鎮静の手立ては分からないとしながらも、エリンは別策をエノ軍幹部に提案していた。伝承によれば、過去この丘に巨人を封じたのは“十人の理術士”なのだ。言い伝えそのまんま、十人以上の理術士を用意しておけば、ひょっとして巨人を食い止め、再封印することができるかもしれない。



――いや、その考えはわかるよ。けど……こいつらは、さあ~??



「みなさーん! 揃ってるぅ!?」



 タリエクが苦渋を噛みしめていた所へ、たたたと階段を上がってきたウーディクが声をかけた。



「きゃー、ウーディくーん!」


「ウーくーん!」



 拍手と黄色い声、おばちゃん達は大喜びである!



「俺の尊敬するおねえさんたち、ついにこの日が来ましたッ! 俺たちの時代の、到来だぁぁッッ」


「きゃーッッ」


「ウー君、脱いでー」


「今はこれ、最重装備しちゃったから、勘弁してねー。巨人を封印して、戦いが終わったら、なんぼでも脱ぎまーす!」


「ぎゃー」


「きゃー」


「俺はウーアと大盾部隊最前線、北門守備に出ますので、ここからの指揮はタリエクさんの言うことを、聞いてねー」


「きゃー」


「ウーアさんも、脱いでねー」


「俺の背中から! 皆ばっちり、守ってくれようー?」


「まかしてなー」


「全力だすでー」


「ウーくんのためやー」


「死なせへんでえ」


「推すぞこらー」



 ウーディクは笑顔を振りまき、……そしてきりっと天幕の隅っこを見る。



「ロボくん」



 射手の分厚い手のひらを置かれて、その薄ーい肩の男性はびくっとした。影もうすーい存在である、紅一点の逆って何ていうのだろう? うつむき気味に、理術士の杖を握りしめている。頭部全体を覆う、不思議なけものの形の被りものをつけた頭が、そっと上がった。



「……おねえさん達を、しっかり守ってくれや。信じてるぜ」



 眼の部分にはめ込まれた玻璃はりを通し、彼はウーディクを見つめる。


 かしょんッ、垂直方向。ぎこちなく、しかし確かに彼はうなづいた。



「そいじゃ皆、戦勝の宴で会おうぜ~」



 ちゅばちゅばちゅばばッ、両手で投げ接吻を送って、ウーディクはその場を後にする。



「ぎゃー」


「またなー、ウー君!」



 目配せされて、階段までついて行ったタリエクに、ウーディクは耳打ちする。



「……ま、へそを曲げなきゃ、どうともなる人らっすから。こんな感じで適当におだてて、使ってみて下さいや」


「……」



――適当、だとう??



 足軽く去っていくウーディクの後ろ姿を見送りながら、タリエクは内心で震撼していた。何という人心掌握術! 癖のありまくりなティルムンおばちゃん理術士たちの心を、ここまで掴むとはどういうやつなのだ! こいつは隊長格で終わる男じゃねえぞ。俺やギルダフなんかよりよっぽど、次期軍総統に近いところにいやがる! 危ねぇぞ、メイン君!?


 思いつつ、タリエクは再び天幕近くへ戻る。



「ええなあ、ウー君ほんまにいい子やなあ。ああいう息子ほしかったわ」


「なー。頭よくって戦いもきれきれで、そんでおもしろ顔なのがめちゃ良えねんか。これですかした二枚目やったら、全然胸きゅんせえへんわ」


「ほんまや。もと二枚目で、三枚目になった自覚ないのが、一番いやらしいな。ほれ、あのすかしたみつあみ大隊長……あら、あかんて」


「山賊ひげの子やろ? わかるわかるぅ」



 おばちゃん理術士たちは、蛮軍なんて全然怖くないらしい。独特の抑揚にのったティルムン語で、言いたい放題だ。



「あの~、おにいさん……」



 こんもりした頭のおばちゃん理術士がひとり、そうっと進み出て来る。じゃらじゃら腕輪を幾重にも巻いた手で、タリエクの腕に触れた。



「見えます……丘の向こうが、みえます……!」


「ちょっと、ギボちゃん。今は霊視は要らへんねんて」



 さらに脇にいた、別のおばちゃんが声をかける。



「いえ、霊界としての丘の向こうとちごうてー……。文字通り、丘の向こうに、何や軍勢が」



 ふるふる震える右手人差し指で、彼女は赤い巨人の揺れる左側の方を示した。


 どきっとして、タリエクはそちらを見やる。……確かに、黒く広がる何かがある!



「北方の監視拠点に行ってる、パスクアさんかギルダフさんじゃないですか。丘は向こうからもよく見えるし、巨人を見て後方の援護態勢をとったのかも」



 副長が口を出す。



「……」



 にしちゃあ、やたら早いな? とタリエクは思う。さっきウーアとウーディクが警鐘を鳴らし始めて東の丘の襲撃を知った、次いで巨人の頭が現れ始めた。それからさほど時間も経っていないのに……。



「挟み撃ちになって、良いじゃ……」


「タリエク大隊長ぉ――ッッッ」



 副長の声をかき消して、怒鳴り声が割り込んでくる。



「伝令ッッ! 西方向、湿地帯外側に敵軍ッ」



 ぐるっっっ!! 皆いっせいに、西側を見た!



「黒羽に樫葉のデリアド旗、黒羽に貴石のガーティンロー旗、黒羽に流紋のファダン旗、黒羽の女神にばらのオーラン旗! 筆頭にいるのは、黒羽の女神に青と黄の星、マグ・イーレですッッ。さらに後方支援には、いわうおのフィングラス旗も確認ッ」


「よう言うたわ兄ちゃん」


「けど、要するにまとめてイリー諸国全員集合、言うた方がはやくないか?」


「しー、たぶんここ、まじめな場面やて」



 おばちゃん達の突込みは、タリエクの耳に入っていない。


 階段から走り込んだ別の若い伝令が、あらたに叫ぶ。



「タリエク大隊長ぉぉぉぉ! 読旗報告、きましたぁぁぁ」


「いや、今もう聞いたし!?」



 即座に副長が突っ込んだ。



「いえ、北方の軍のほうなんですッッ」


「は?」



 タリエクは眉をひそめて、二人目の伝令を見る。



「あれはギルダフと、パスクアだろ?」


「それが、何でか! べつの軍旗かざしてるんですッ」



 タリエクの腹の中、すーっと涼しい感触が落ちていく。



「黒地に白ぬきで、蛇の意匠……! 何なんすか、これ?」



 そんな旗は見た事も、聞いたこともない。エノ軍の旗は黒字に白ぬきの馬、……見間違うやつなんかいない。


 タリエクと顔を見合わせた副長も、わけのわからない表情でふるふるっと頭を振った。



――赤い巨人とイリー混成軍に加えて、別の敵が出やがった、ってこと??



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