表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
229/256

229 東の丘の最終決戦15:ほぼ騎士とキヴァン戦士

「皆すまねえ、ばれちまったっ。しかもお(ひい)は、旧本陣の方へ持ってかれたッ」


「!!」



 ひかりんぼの幕の中、ナイアルは簡単変装を解いて、外套を羽織る。



「こっから追っても、第二監視拠点のやつらと鉢合わせだ。遠回りだが、北上してファダン領から入り込むぞッ」



 がしっ、アンリが差し出す組み立て式でないほうの短槍を受け取りつつ、ナイアルは街道方面にあごをしゃくる。



「では、お婆ちゃんとイスタの所に急ぎましょうッ」



 だが、しばらく行った所でビセンテが低く声を放った。



「ナイアル」


「……囲まれた」



 ダンも呟いた。



「……ひかりんぼの中にいるんだから、大丈夫だよ?」



 フィオナの声に、不安が滲む。


 ちいッッ。ナイアルは口の中で舌打ちした。



――そうだった、旦那の奴は先行隊長!



 気配を消して彼らを待ち受けている……七、八人もいるのだろうか? 妖精の目くらましも越えて、勘づいてくるかもしれない。そういう精鋭だ。イオナ級が何人もいるとは思えないが、……分が悪い。



「大将、頼んます」



 ダンは無言で長槍を構える。



「ビセンテ、ばーか」



 右手に短槍、左手に山刀を握った獣人は牙をむいた。


 この際の“ばーか”はそのままの意味ではない、“いつも通りにきばってくれやあんちくしょう”くらいの……まぁ符牒である。



「アンリは俺と、子どもらを守るぞ」


「ういっ」



 料理人は中弓を構える。


 第十三遊撃隊は、おのおの四方をむいた。四人の背中の中心に、フィオナとローナン。


 ナイアルは上空を見上げる、樹々の梢の合間、灰色の空に旋回するヌアラたちが見える。よし。短槍を構えた。



 ぎりりッ!


 アンリが敵の気配に向かって、中弓照準を合わせかけた――その時。


 ずどんッ!


 その標的が、真横にふっ飛んで木陰から飛び出した!



「おおぅ?」



 アンリは口を丸くあける。


 どん、ずどどんッ!!


 続いて、ダンの前方の木陰に隠れていたやつが、やはり真横に飛び出て素っ転ぶ。男はぴくぴくっと動いて、……ぱたん。手にした短剣がころっとこぼれた。



「何じゃこりゃ」



 ナイアルは、極太まゆ毛を寄せて困惑する。


 どん、すとん! とん! ぱーん!


 派手な衝撃音がするものの、敵たちを次々に打破している存在の姿がまるで見えない。エノ軍先行員たちは、自ら潜伏箇所から飛び出して自滅しているように見えた。



「これって、……まさか」



 ダンの広大な背中わきからそうっとのぞいて、ローナンが小さく呟いた。


 ずざっ!


 ビセンテの少し前方にある木立の上から、どさりと倒れ落ちたものがある。墨染上衣の小柄な男の上に、銀色の色彩を放つものが乗っかっていた。



 〔終ーわったぁ!〕



 高らかなキヴァン語を耳にして、ナイアルとフィオナ、ローナンは、うあっと思う。



 〔出ておいで! フィオナ、ローナン!〕



 男の背中を踏みつけて、すくっと立ち上がった女は、“第十三”に向けて笑顔を輝かせた。


 ふいっとひかりんぼの目くらましを消して、フィオナはアンリの横をすり抜ける。



「スカディー!!」



 ぱっと飛びついた少女を、女は左腕に抱きしめる。続いて走り寄ったローナンを、右腕にひょいっと持ち上げた。


 そのまま、すすっと歩み寄ってきた、ナイアルの目前へ……



「ないあるッッ」



 笑顔のまんま、どこっ! さげる額で、ナイアルの頭をどついた!



「ぎぃあああッッ」



 隊長以下、旧テルポシエ軍二級騎士・第十三遊撃隊の三名は固まった!



――でっかい。ナイアルがちっちゃく見える。


――キヴァンです! キヴァンのお嬢さんです、何食べるんでしょうッ!?


――……。



 特にビセンテは、毛先の本能が鳴らす警鐘に戦慄をおぼえ、“羽ばばあ”の忠告を思い出していた!


 びしっと細身の消炭色毛織上下、長くしなやかな体躯に男のような恰好をしてはいるが、間違いなく若い女だ。


 ところどころ編んだ長ーい銀髪を、ぎゅっと高いところでひっ詰めているからさらに巨大にみえる、両頬のえくぼに重なるようなぼちぼちほくろが口元左右に、……いや、目元上下にもついている。


 そして見たとこ得物を何にも持っていない! つまり、おのれの身体ひとつで敵の一隊をぶっ潰したと言うことだ。



――こいつはできる、油断しちゃならねえ!



「あー、やっぱり、いたいた! オルウェン様ーぁ!」



 ひょい、すたたと森の中を走り寄って来た者がいる。


 きんぽうげのようなおかっぱ白金髪が、深緑色の外套の上でぴかぴか光る!



「リフィッッ。お前は何でまた、こやつを連れてきたんじゃあッッ」



 ナイアルは額をおさえてわめいた。



「いやー、わたし一人じゃ心元なかったので。もうッ、本当に本当に、心配しましたよ、オルウェン様! 怪我はないでしょうね、フィオナちゃん?」



 子ども達は、今度はこちらに抱きついている。



「リフィ、さん……?」



 アンリがそーっと呼びかけた。



「ああ、第十三遊撃隊の皆さん! お久しぶりです、騎士見習のアンナ・リヴィア・ニ・セクアナです!」



 丸顔にまろやかな笑みをのせて、彼女は男達に挨拶した。



「もとい、保母騎士リフィです」



 ダンとアンリは、何となーく憶えていた。



「ええと。そしてこちら、アルティオの里長の姪御さん。スカサァーハ・ディアルムーナさん」


「スカディ、呼んで!」



 リフィの横、背の高ーい女は、笑ってイリー語で言った。



「わたし達のお友だちなんです。今回は、自ら護衛役をかって出てくださいました」


「イオナはどうしたのだ? 一緒じゃないのか」


「あ、ヴィヒルさんアランさんと、フィングラス方面からイリー街道経由でこちらに向かっています。わたしとスカディさんは、ブロールの道を来ました」


「おばちゃんおじちゃんも、巻き込んだんかい!」


「オルウェン様とフィオナちゃんが、どちらの道をたどったのかわからなかったので、二手に分かれました。わたし達、国境を越えた辺りで白鳥たちを見つけたので、目印にしてきたんです」



 街道に向かって走り進みながら、ナイアルは事の顛末を手短にリフィに伝える。



「そうですか……、ではわたしとスカディさんは王子様たちを守って、東の丘でメインさんに匿ってもらいます。じきにイオナさんも来るでしょうから、何とか命の保証はできるでしょう」


「そういうことだ。俺らは北上して、お姫を追うからな」



 ぱっと、ひらけた街道に出る!


 イスタの隣、お婆ちゃんは御者台にふんぞり返っている、くつろぐその手元には、葉巻のような何かが!?



「お婆ちゃぁあああん! たばこは身体に悪いから、やめてくれと散々頼んだのにようー!」



 ナイアルは悲痛に叫んだ!



「と見せかけて、これ甘草棒だよー。甘いのかじって、頭しゃっきりさせるんだってさ。やあ、リフィさん」



 イスタは朗らかに言って、台から降りる。



「草色のろし、向こうの林で三つ焚いておいたから」



 見上げた空には、確かにうす緑色の線が立ち昇っている。


 どどど……


 北方から轟く蹄音が聞こえる。


 駅馬らしい、大きな栗毛の雌馬が二頭、軽やかに近づいて来た。



 〔こんちは、イスタ! また会えたね!〕



 うち一頭にまたがったキヴァン女が、軽やかに声をかける。スカディはそう言えば、いつの間にかいなくなっていた。北寄りにつないでおいた馬たちを連れて来たのだ。



 〔やあ、スカディ! 元気だった?〕



 たった二回、アルティオの里を訪れただけだというのに、このキヴァン語発音のよろしさ……。イスタの横でナイアルは苦笑する。



「お前ら、駅馬で来たのか」


「ええ。子ども達は、後ろに乗って」



 ひらり、何気ないようにあいた方の馬に飛び乗ると、リフィはオルウェンを手招きする。



――きまってるなあ……。馬に乗れて方向わかって自由自在なら、ほぼ騎士って言うより完全騎士じゃないの?


――いい感じに引き締まって、ほんと美味しそうですね! でも駅馬で返さなきゃいけないから、鍋の可能性はなしかぁ、残念!



 色々と甚だしい勘違い、思考方向もてんでばらばらの第十三遊撃隊である、安定している! ビセンテは何にも考えていない!


 ……と思ったら、実はスカディとは別の、いやぁな感じを毛先に受け止めていた。


 彼は馬車に乗りかけ、ぐるっと周囲を見回して、南方角でびたっと視線を止めた。



『ちょ――ッッッ、ナイアルぅぅぅ!! あっ、リフィとスカディもーッ!』



 急降下して、副長の腕の中にどすっと着地したヌアラが、両の翼でナイアルの頬っぺたを掴んだ。



『あれ、あれ見てあれーッッ』



 ぐいっと顔を、南に向けさせた!



「ぎぃあああああッ、あれはぁぁッ!?」



 一同がそちらを見た!


 白い街道の先、緩やかに連なる緑と青の丘陵の重なりの向こう――灰色っぽいテルポシエ城塞の手前に見える、赤い何か。


 ゆらゆら揺れるそれは、十愛里以上離れたところにいると言うのに、はっきり人の形を取っているのがわかった。


 ナイアルもダンもアンリもビセンテも、実際目にするのは初めてだ。しかし全員、すぐに悟った。



 ――“赤い巨人”が、東の丘に現れた!!



 がたがたッ、音を立てて馬車から降りると、料理人はがちっと背中の平鍋を外し、それをまっすぐテルポシエの方角にかざした。



「ぴゅったああああああん!! めあぁぁぁどふぅえっしいいいい、くそっったれ巨人がぁぁッ」



 怒りのあまり、アンリは絶対絶対まねしちゃいけない、おそろしい禁断の罵倒言葉を叫んだ! 以前黒羽の女神すら解せなかった特殊な業界用語なのだが、意味がわからなくっても絶対まねしてはいけないやつである! ああ、ここのところ伏せ字にするべきなのだろうか!?



「ここで会ったが十年め、廃棄食材の恨みにかけて! 俺とティー・ハルが、きさまに正義の焼き目を入れてやるぅぅぅッッ」



 焼きたてぱん顔に憎悪の炎をあかあかと照らし燃やして、料理人は差し向けた鍋の彼方へ、宣戦布告の呪詛を怒鳴った!



「おいこらアンリ、子どもの耳があるんだぞうッ」



 ヌアラの手羽先とともに、咄嗟に子ども二人の耳を手のひらでふさいで、ナイアルはめし係をたしなめた。



「はッ! これは大変失礼いたしました。食材にかわってお仕置き宣告のつもりが、つい!」



 振り返り荷台に乗り込むアンリ、即座に照れ笑いの顔になる、すなわち照り焼きぱん……!



「しかし何ちゅう事態だ! おひいはエノ軍のやばいやつらの手に落ち、この頃合で巨人再出現とな……」


「ここまでかぶる事態は、想定できなかったね。どうする、ナイアル?」



 御者台から聞いて来るイスタ、しかしその口調は冷静である。



「本当だ。……しかし巨人については、お姫の仕込んだ策がある。本城にいる、割と話のわかるエノ軍幹部がちゃんと意を汲んで対応すれば、何とかなるはずなのだ」



――あんちくしょう、旦那もそっちに入ってると思ってたのに、大外れだ。



「さすが俺たちのおひいさま! そうです、一番大切なのは仕込みなのです、ようーくわかっていらっしゃる……」


「だからだな、我々は二手に分かれず、ともにこっちのエノ軍のしりを追っかけて、どうにかお姫を奪回しよう。いいな、リフィ?」


「はい」


「……」



 どっちみち、東の丘には行けなくなった。馬上、スカディの後ろにしがみついたフィオナは、ぐっと唇をかみしめる。



『ナイアルーぅ』



 ヌアラが空へ飛び立ち、緑はちまきの弟白鳥が入れ替わりに降りて来た。



『そうっと、今さっきの拠点から後ろを見て来たよ! なんか、皆あわただしく馬を引き出して、西の方へ裏道を進んで行っちゃった』


「へ?」


『その先の四ツ辻に、黒っぽく人がいーっぱいいーっぱい、列を作っているのが見えたよ。そこのところで誰もかれもが、テルポシエへ下る方向に歩いてる』



 ナイアルの頭の中、先ほど拠点で話した男との会話がよみがえる。



「旧本陣から……四ツ辻で合流、で“いよいよ”……」


「やつら、“赤い巨人”と対峙するつもりなのかな?」



 イスタが首を捻った。



「わからんが、とにかく越境して遠回りする手間が省けた。このまんま進んで、奴らの後を追おう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ