228 東の丘の最終決戦14:ナイアル対パスクア
「第二監視拠点には、そうそう配備員もいない。四十人程度だろ」
湖沼地帯のぐねぐね小径を常足で進みながら、“第十三”の面々をのせた馬車は、再び街道へと近づいてゆく。
「とは言え、俺らにとってもかなりきつい人数だから、お姫を奪回できしだい、しゃしゃっととんずらしたい所だ。なので不本意ではあるが、お前らお子さま二人も連れてゆく」
ナイアルの両脇、フィオナとローナンはこくりと頷いた。
「絶対別々になるんじゃねぇぞ? フィオナは精霊に手伝ってもらって、目くらまし系の技を使いまくれ。それで、危なくなったら迷わず上空へ即逃げろ。わかってんな、羽毛ども」
『おうッ』
白鳥四きょうだいも頷いた。
「一番恐ろしいのは、この第二監視拠点の背後四愛里のところにある、旧エノ本陣から援軍が来ることだな」
「……一個軍団がいる」
百人程度が来られたら、さすがに長刀刃もこぼれるかも、とダンはめんど臭く思いつつ言った。
「そいつらが来る前、あるいはお姫がそっちに持っていかれちまう前に、何としてでも奪還するのだぞ」
御者台のお婆ちゃんを含む、全員がうなづいた。目の前があかるく開けて来た、北方街道のずっと北寄りに戻ったのである!
「……行くぞ」
・・・
ざざざ、ざ。
樹々の間を縫って進む。フィオナとローナンはテルポシエ方面へ逃げた、と向こうは思っているはずだ。予想通り、街道の北側に監視要員はほとんど置かれていないらしい。
かたまった一団を、フィオナの精霊“ひかりんぼ”達が、群れを成して取り巻いている。昼間の光の下、鏡のようになって周囲の樹々をその身に映す妖精たちは、“第十三”と子どもたちをうまいこと隠していた。
「あの……ナイアルさん。精霊近いですけど、大丈夫なんですか。この場合」
アンリが恐る恐る、横を進む副長に低くたずねる。ひかりんぼ効果であろうか、料理人の焼きたて頬っぺたは、いつも以上にてかっている。
「……心配いらんぞ」
大丈夫なのである。アルティオに通ううち、フィオナの精霊にはある程度耐性がついて、じんましんも起こらなくなったナイアルだった。
平たく建てられた石積みの建物が見えた。
林間に少しひらかれたところ、向こう側には厩舎らしい棟がいくつか。ぽつぽつ、十人程の傭兵達の姿がある。
「ようし。では、打ち合わせ通りだ、皆」
囁きつつ、ナイアルはしみしみ迷彩外套を脱いで、ちゃちゃっと革鎧背中側に詰める。首に巻いていた濃紺覆面布をすっと上げて頭を覆う、濃い金髪が隠れて翠のぎょろ目も陰になる。もう一つ、内側に巻いていたぼろっちい年季の入った濃紺首巻も上げて、あごのあたりまで隠すと、すたっと明るみの中に出て行った。
「すげー、手早くエノ傭兵になっちゃったよ」
「しぃー、坊ちゃん……」
感嘆するローナンを、脇のアンリがそうっとたしなめる。林の中から皆が見守る中、ナイアルは歩き方まで傭兵ふうに変えて、ざくざく建物へ寄って行った。
「あー、すんません」
その辺に一人でいた平傭兵に、声をかける。
「今さっき、逃げてった奴らの後続情報を隊長に伝えろって、言われたんすけど……どこっすかね? 人質と一緒?」
ばっちり潮野方言である。
「えっ、……あれ?」
言われた中年男は、変な顔をした。
「パスクアさんだったら、さっきまでその辺いたんだけど。……ちょい待ち、厩舎でねえか」
男は後ろを向いて、平屋の扉を押した。むっと馬のにおいが鼻を突く。
「あれ、居ねぇな」
「……人質んとこじゃねえかい?」
「いや、お姫さんならちょいと前に、ギルダフさんが連れてったよ。でこぼこ先行の二人が医者にみせろってぎゃんぎゃん言うから、荷車にのせてさ」
「えっ、そうなの? 俺、ギルダフさんに伝えろって言われてんだよ。ほんじゃ追っかけねえと……どこ行ったんだろ」
「裏からの道ぞいに、旧本陣へ向かったよ」
「旧本陣」
「うん。四ツ辻で合流するって。いよいよ」
「合流……?」 誰と? 何と?
その微かな疑問符に、相手は引っかかった。
「お前……大丈夫?」
「あ、ああ。ごめん、ほんじゃ旧本陣行って来るわ」
「だから……」
中年男はますます怪訝な顔になる。
ナイアルはくるっと踵を返して、幾人かがたむろしている別の厩舎横へ歩み寄る、陰へ入る、話をした中年男の視界をまく。
――やばい、実にやばいッ。
そのままさりげなく樹々の間に入っていこうとして、……ふうっと気配を感じる。
「おい、何か聞いてきたのか。子ども達のこと」
ぴくり、とした。この声は。
「保護したんなら、俺がメインの所へ送ってくことになってんだ」
背を向けたまま、肩越しに目を合わせず言葉を向ける。
「いえ、……白鳥と一緒に飛んでんのを、ずいぶん東の方角に見たって奴がいるんで。残りは皆、そっち追ってってます」
「そうか」
「……お姫さんの、方は」
「俺は知らんよ」
低く吐き捨てるその言い方に、ナイアルの腹の中からふつふつ沸き立つものがある。
ゆっくり、視線を投げた。それで向こうも、踵を返そうとしていたところを立ち止まる。
「……怪我して、医者がいるとか何とか……。心配じゃあ、ねえですかい」
「裏切者の末路だろ」
ナイアルは深く息を吐いた。その息が震えた、目の奥が熱い。
――裏切者?
――あの子が、何を裏切った?
「……何だよ、お前?」
パスクアは怪訝そうな顔をする。頭に巻かれた濃紺色の筒の陰、男の目尻が光ったように見えて。
「かわいそう、とか思うなよ。手玉に取られて、あの女に利用されるぞ」
――……てめぇが言うな。
――お前らこそ、エリンを利用しまくったろうが!
ナイアルはそうっと、ウルリヒの覆面布を鼻先まで上げる。
「……なよ」
「ああ?」
いよいよ不審に思ったパスクアの耳に、じゃきじゃきじゃきき、と妙な音が入った。何かが瞬時に組み立てられる音、……
ぎぃいいいいいん!!
閃光が走る。
テルポシエ下町男子の渾身、短槍石突の一撃が、パスクアの顎先で……それを砕く直前でとまった。
「ふざけるなよッッ」
ぎょろ目をひんむいて、ナイアルは毒づいた!
「てめえはッ」
右足底で蹴りを放ちつつ、同時に腰の鎖を舞わすパスクア、その拘束をすんでのところでナイアルはかわし、ぐるんと短槍を回して分銅の急襲を弾く。跳びすさった!
「俺らの女王はッ。初めっから、テルポシエを裏切らずに生きてんだ、あんちくしょうッ」
くらッ!
ナイアルの革鎧内側に隠れていた“ひかりんぼ”ひとつが出てきて、ぱあッと光る。
「!?」
いきなり眼前にさした強い光に、パスクアは思わず目を細めた。その一瞬のうちに、ナイアルは林へと跳びこんだ。
走る、走る、走る。
ひかりんぼに導かれて突っ走りながら、ナイアルはこぶしで目尻を拭った。




