22 テルポシエ陥落戦2:喪帯
じめついた数日の後、切りつけるような寒気がやって来て、吐く息がいきなり白くなる。
自分たちでも記憶がおぼろげになる程、幾度も転地を繰り返した先のエノ軍本陣内では、男たちがじゃくじゃくと霜を踏みしだいて歩いていた。
門のところで衛兵役が声をあげる、いびつな丸太杭と灯心草のかやで作られた塀の中へ、ずんぐりした驢馬の一群が入って来る。
「担架用の帆布だ。薬翁のところへ、運ぶのを手伝ってくれ」
先頭にいた傭兵のひとりががなる。周囲からわらわらと男達が寄って来て、驢馬の背の丸まった荷を取って行く。
左右の肩にひとつずつ、軽々と帆布を担ぎ上げた若者がふたり、連れだって歩き始めた。
「あれ」
ひとりが呟く。
「なあ、おい。あれ……」
あごをしゃくった先に目をやったもう一人が、首を傾げる。
「先行のおっさん……」
まだ朝の鍛錬の始まらない広場の隅で、その男はひっそり山刀を振っていた。
短い黒髪に墨染めの衣、ほとんど黒づくめなのに加えて、顔の半分が黒い布で覆われているから、見る者をぎくりとさせる。
「まだ着けてんのか、喪帯」
男がこの夏、幼いひとり娘を失ったことは、若者達も知っていた。
時々気安く話しかけてくれる兄貴肌だったが、それが今は見る影もない。
「あの人だろ、イオナちゃんと付き合ってたの? 別れちゃったって話、本当なのかな」
若者は声を低くひそめて言う。
「知んねえ……」
相棒も肩をすくめた。
男の大きな身体はぼんやり実体のない影に見えて、人間というより亡霊だ。
――いい人だったのに……気の毒、としか言えねえよ。喪帯は、さすがに今日あしたには外すんだろうけど。
「おいこら、そこのお前ら! 油売ってないで、急いでくれよッ」
厳しい声が飛んできて、二人はあたふたと駆け出した。