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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
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219 東の丘の最終決戦5:呼び出し

 と、とッ。


 朝。いつも通り、メインのところへ行く支度をして、ほとんど出かけるばかりだったエリンとケリーは、自室の扉が叩かれる音に驚いて、顔を見合わせた。


 開けてみればウレフとノワ、でこぼこ先行おじさんの二人である。



「お(ひい)、ちとまじめな話だ」


「俺らと、すぐ来い」



 おぞましい顔はいつも通りだが、何だか緊張感を抱えている。



「……どうしたの?」


「詳しい話は、道みち話す。北方街道の監視拠点で、坊主が待っている」


「わかりました」



 外套の上に肩掛け鞄を提げて、エリンは言う。



「あたしも……」


「ケリーはいい。お姫だけ来てくれと、パスクアが言ってるからな。今日は一人で、丘の上のメインに届け物してやってくれるか」


「……」



 長槍を背負おうと握りかけたまま、ケリーはちょっと戸惑った。テルポシエから馬の早足で一刻のところだけど、領外である。



「メインをひものにするのは、かわいそうよ。このお二人がついてくれるんだから、心配いらないわ。ちゃんと無事に帰って来るから、ケリーは自分のお仕事がんばるのよ」


「……わかりました。ほんと、気を付けてね」


「大丈夫だぞ、ケリー。ぐふふ」


「すばらしき俺たちに、任せておけ。ぬふふ」



 ウレフとノワのいつもの不気味な含み笑いを聞いて、それでちょっとケリーは笑う。



・ ・ ・ ・ ・



 東門から、すぐさま軍馬を使って街道を目指す。エリンはノワの後ろに乗っかった。


 白月半ば、城壁のそとの世界では春が芽吹き始めている。とは言え、冷たい空気を切って進むのは寒い。灰白色の曇り空の下には湿気が満ちている。今日も小雨がぱらつくのだろうか。



「ちゃんと厚着してきたんだろうな?」


「ええ」


「ちっと寒いだろうがな、こらえろよ。どうにも急がねばならん」


「向こうで、何かあったの……? パスクアは大丈夫?」



 つかまった両手の下で、ノワの腹が震えた。



「ぐふふ」


「何、どうしたの?」


「いや、安心したのよ。……えーと、な。お姫の心配しておった、子狩りの奴らがなんぼか網にかかったのだ」


「えっ!」



 第十三遊撃隊も、ガーティンロー・ファダン騎士団も、精力的につぶしまくっているものの、全く絶えることなく続いているらしい人身売買の流れについて、先日パスクアとメインに相談してあった。



「やったじゃない。パスクアとあなた方が出てった途端、さすがね! 子ども達は保護できたのでしょう?」


「……」



 いつもなら盛大にぐふふと笑うところだろうに、ノワは黙っていた。どうしたのだろう? 後ろにしがみついているから、もちろん表情はエリンには見えない。



「保護したには、したのだが、な……。業者の奴らは全部で八人、抵抗せずに捕まって、どいつもこいつも子どもなんざ扱っちゃいねえと、知らぬ存ぜぬを決め込んでやがる」


「ええ……?」


「実際、荷車ん中の積荷はほとんどが塩だった。マグ・イーレ産と銘打った、くず塩だ」


「……色んな悪徳商法を、みんな考えつくわね」


「んだなあ。デリアド辺境あたりで作ったやつを、マグ・イーレ極上品として、味のわかんねえ穀倉地帯の田舎町で売りさばくんだろうよ。景気よく売り込み演技すりゃあ、向こうじゃほいほい皆飛びつくしな」


「……昔そうやって、密造酒を売ってたのね?」



 ぐふッ、自らの黒歴史をつかれて、ノワは笑ったらしい。



「そうだそうだ、お姫にゃかなわねえな。他の奴らには言うなよ? ……ええと。それでな、とりあえずさぎ塩の奴らも子ども達も、向こうに留め置いてある。問題なのはその餓鬼どもよ」


「何なの。怪我でもしているなら、わたしなんかよりフィン先生を連れて行けばいいのに」


「いーや。二人ともぴんぴんしてすさまじく元気だ。娘と小僧、十くらいかね」


「イリー人なの?」


「小僧の方はな」



 エリンはどきりとする。……まさかね? あの子だけで外に出すなんて、そんな。リフィがまさか、そんなことしでかすわけがない。……



「なあ、お姫。憶えているか、昔……毛がふっさふっさあった頃の坊主の顔を」


「はぁ?」


「戦闘に向かう時、パスクアのやつは頬っぺたに黒くしるしを描いとったろう」


「ええ、そうね。お母さんに描いてもらっていた、幸運のしるしを描き続けていたのよ」


「お姫と騎士姉ちゃんが、それは男の子の成長を願う黒羽守護じるしなのだと進言して、やめたのだったな」


「そうそう」



 懐かしい話である。



「テルポシエ貴族の間だけの、風習だったってな?」


「ええ。イリー諸国でも、他のところではしていないらしいわね」


「ほほう。ということはやはりあの小僧、テルポシエ貴族の子なのだな」


「その、保護した男の子の頬っぺたに、黒羽じるしがあったの?」


「そうなのだ」


「ああ、じゃあ陥落した時に追放されて、どこか別の地域で暮らしている旧貴族の子どもなんでしょう。かわいそうに」



 それでエリンは合点がいった。市内で唯一残っている王族、旧貴族の自分である。面識のある貴族の誰かの子なのだろう、その辺を判別するために呼び出されたのだ。



「あとはその小僧の顔みて、直接パスクアと話せや」


「ええ」

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