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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
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217 東の丘の最終決戦3:マグ・イーレ軍会議

 ランダルがマグ・イーレ城の広間に入ると、そこには長卓が二本だけ、平行に置かれていた。


 まだ全員そろってはいないらしい、幹部の騎士らが十人ほど立ち話をしている。皆、ランダルに気付いて会釈した。つ、とグラーニャが近寄って来る。



「陛下、ごきげんよう」


「ごきげんよう、御方」


「今日は、どうぞよろしくお願いします」



 ランダルは今でも、公式には隠居療養中の身である。定例会議に顔を出すことはほとんどないが、赤い巨人関連の対抗戦略について軍部の話し合いがある時には、ディンジーとともに出席している。



「皆さんこんちはー、福ある日をー」



 噂をすれば(?)、森の賢者おじさんが後ろから現れた。ちょっとよれよれしている、山羊毛皮の上っぱりが埃っぽい。



「また、フィングラスに行ってらしたんですか?」



 ミガロ侯が明るく話しかけている。



「そう。玄関で、臨時の軍会議があるって教えてもらって……。いい時に帰ってこれちゃった」


「ええと……御方、ゲーツ君は?」



 第二妃に問う。前もってざっくり聞いた議題の一部が、ランダルに嫌な予感をあたえていたから、伝説の傭兵には同席してもらいたかった。



「は、腰掛が足りないのを取りに行かせましたが」



 伝説でも雑用を押し付けられるのが、マグ・イーレの常である。



「じゃあ今日はそのまま、出席してもらってください」



・ ・ ・ ・ ・



 やがて続きになった執務室から、ポーム若侯とウセル老侯を従えたニアヴが出てきて、会議が始まる。



「……ウセル侯配下の皆さんから、重大な情報が入りました。老侯?」


「はい」



 ニアヴに促され、恰幅のよい体を揺らして、ウセルが立ち上がる。



「テルポシエ潜入中の家人が、エノ首領メインの現在所をつきとめました。やはり城内ではなく、市外に常在している模様です」



 反対側の長卓、上座ニアヴの横に座るランダルは、内心でほうほうと感心する。


 以前のメインは、下町で買い物をしたり、妻子とともによく出歩いていたらしい。しかし“赤い巨人”の出現後、人々の前には一度も姿を見せず、季節の祭りごとや祝い行事にも一切出てこないという。


 ただ平傭兵や市民にむけて、様々な告知の言葉やご祝儀はよく出しているそうだ。ここマグ・イーレにも親書がよく届くから、生存は間違いなかろう。だが、どこで何をしているのか? “間違って呼び出した者”有力候補者の近況は、ランダルも知りたいところである。



「……テルポシエ市の北部、北門を出てすぐの所に、旧貴族と市民の墓所がありますが……」



 ウセルの横に座っていたグラーニャが立って、手巾大の布を目の下に広げて掲げる。テルポシエ市と近郊の地図だった。



「グラーニャ様、もうちょっと上に……はい、ここの辺りですね。墓所のすぐ後ろに、丘があります。結論から先に申しますと、通称“東の丘”と呼ばれるここに、メインはいる模様です」


「お待ちください。そこは確か前回、巨人の消えた場所ではないのですか?」



 ランダル側の末席から、ミガロ侯が問うた。



「その通りです。……この場所は墓所裏の陰気な場所であり、また陥落時にウルリヒ王以下テルポシエ一級騎士の大多数がエノ軍によって虐殺された場に近いということもあって、近年はあまり人通りもありません。……もう地図を下げてよろしいですよ、グラーニャ様」



 布地図を掲げ持つ両手がぷるぷるしていた。それを下ろして、安堵顔でグラーニャも付け足す。



「イリー街道へ通じているのは、東門からの道だけなのだ。北区はにぎやかな下町だが、北門の外はさびしく、うらぶれている」


「また妙なことに、この東の丘のふもとは常にもくもくとした霧で覆われているのです。年間を通して天候を問わず、です。実におかしい」



 何だそりゃ、とランダルは内心で首を傾げた。



「メインの居場所というのは傭兵団内部でも知られておらず、調査は難航しておりました。打開のきっかけとなったのは、驢馬ろばの往来です。この丘へ一日最低一回、誰かしらがろばを連れて往復していることに、家人は気付きました。


 城から出た驢馬は水瓶や鍋はじめ荷を満載しているが、北門を通って帰ってくるときにはそれが空になっている。引いているのは下働きの女性たち、時々幹部の場合があります」



――粘った調査してるなあ! ウセルの家人って、本当にどんな人たちなのだろう?



 ランダルも知らないのである。この辺ウセルは誰にも、ニアヴにも王にも語らない。ただ家人、と言って済ます。


 何代も裏の活動……マグ・イーレ情報間諜活動を担当してきた宗家だから、その網の広さも深さも、生半可ではないのだろう。それをわかっているから、周囲もあんまり突っ込んで聞くことはない。



――私の後ろ暗い情報網なんて、子どものお遊戯に見られちゃう程ですかね! まぁいいか、方向性が全然ちがってるし。



「そこで家人はエノ軍厨房へ、市民を装って就職いたしました。予想通り、メイン専用の食事を携帯式に準備し、驢馬に載せていることまで判明しました」


「お弁当ッッッ」


「それは、間違いないッッ」



 一同、囁き声で静かにどよめく。



「驢馬を引いてゆく役の人は限定されており、家人は実際に丘に足を踏み入れることはできませんでした。しかし別日、道に迷ったふりをして丘への侵入を試みましたのです」


「……」



 全員が、しーんとウセルの話を聞いている。



「……が、行けども行けども白い霧の中から抜け出すことができない。目を上げればずっと上の方、晴天に照らされた緑色の丘の頂上が見えると言うのに、です。一刻も迷い続けて、さすがに家人は不安になりました」


「それ、精霊じゃないのですか……?」



 ドナゴウ侯の語尾が、かすかに震えた。一同さらに静まり返る、しーん……。ランダルは、そうっと介入することにした。



「……霧女、ですね。穀倉地帯から東部にかけて、湿地などによく出没すると言う」


「そうそう。へとへとになるまで迷わして疲れさす、いけずなねえちゃんたちよ」



 静まり返った広間に王の平らかな声が流れ、次いで声音の魔術師のひょうきん声が湧いて、それで一同はふっと我にかえる。



「でもー、丘の周りになんてずーっと居るもんじゃないよ? それは絶対、“使われてる”よ!」


「つまり、精霊召喚士のメインに、使役されているということですね。ディンジーさん?」


「そうそう」



 王とディンジーのかけ合いに、ウセルは微笑してうなづいた。



「家人は後ろ歩きをして、ようやく霧から脱出いたしました」


「ああ、良かった。かわす方法、知ってたんだ?」



 ディンジーが言う。



「ええ。そしてこの経験の報告により、私はエノ首領メインが“東の丘”に常在していると確信し、同時に衰弱しているものと推察いたしました」


「? 常在はわかりますが……衰弱というのは?」



 クース侯が問うた。



「ちょっと、資料を読み上げます。……塩豚のしょうが蜜煮、鶏もものしょうがまぶし煮、いわしのしょうが煮つけ、いか臓物のしょうが味」



 ウセルは、手元の布を見ながら言った。



「しょうがばっかりではないか!」



 ちょっと嬉しそうな顔で、グラーニャが言う。好きなのである。



「しょうがばっかりですね……」



 げんなりめにポーム若侯が呟く、かなり苦手なのである。穀倉地帯でしか栽培できない、輸入作物だ。



「でしょう? 家人が潜入したのは数か月間ですが、メイン用の食事は毎日毎日、これの繰り返しなのです。料理人に尋ねたところ、メインが無類のしょうが好きというわけではなく、何としても身体の中から温めなければいけない、とかで。つまり病人食なのですね」


「!!」


「……イリーの子どもを奴隷に売って、その利益で自分は高価な輸入食材を使いまくるとは。とんでもない首領だこと」



 低い声でニアヴが言って、騎士面々の表情がぎしっと固くなる。



「……わたくしからの報告は、以上です」



 ウセルが着席した。



「ありがとう、ウセル侯」


 

 代って、ニアヴがすいと立ち、二つの長卓の間に行った。



「これを機に、我がマグ・イーレの新たなる軍事作戦展開を提案します」



 どきっ。ランダルの心拍音の上がるのが、ディンジーには丸聞こえである。



「ここ一年余りのうちに、山間ブロール街道を利用した子どもの人身売買が顕著になっているのは、各国の知る所です。ファダンおよびガーティンローの騎士団が巡回を重ねて、仲介業者を捕縛していますが、フィングラス方面から穀倉地帯への若年者の奴隷導入はいまだ止まりません。


 これはれっきとした重犯罪ですが、ブロール街道の東側で、エノ軍が仲介業者の保護を行っているのが、撲滅を難航させている最も大きな要因です」



――実際には、“エノ軍とおぼしき一部の武装集団”……ですよニアヴさん……、はっきりしちゃあいないんですから。



 恐らく分かったうえで、ニアヴはわざと語弊を招くような話し方をしている、とランダルは思った。



「北部穀倉地帯が、慢性的に労働力を欲しているのは事実です。しかしそこに我々の未来たる、イリー人の子ども達を誘拐して注ぎ込むというのは、言語道断の行いです」


「……マグ・イーレも、他人事ではありません」



 ニアヴと前もって示し合わせてあったのだろう、ポーム若侯が静かに立って言った。



「父は先日も、同郷の子どもを一人、保護しました」


「何と!?」


「ポーム老侯が、またしても……! いつわかったんだね?」


「一昨日です。現在ファダンの中継地に保護されているので、体力が回復しだい父の配下が付き添って、帰国の途に就くと言うことです」


「かわいそうに……」



 隣のグラーニャにだけ聞こえる低い声で、キルス騎士団長が小さく囁いた。



 若侯の父、ポーム老侯は農の人である。アイレー東側世界を広く探訪し、マグ・イーレの気候に合う作物を探して研究の旅を続けている。しかし同時に、とらわれて不遇の生を送っているマグ・イーレ人の救出をも秘密裡に行っていた。


 イリー諸国と違い、北部穀倉地帯では、人が売られ買われる事は合法なのだ。そうでもしなければ、膨れ上がる食糧需要にとても生産が追い付かない。そしてその食糧を要しているのはイリー諸国である。連れ去られたイリー人の子が、泣きながら働いて収穫した穀物類、野菜や果物……それをやはりイリー人が買って食べている。知れば、食欲も失せてしまうような事実である。


 これを断ち切るためには、イリー諸国の自給率を上げるしかない。この気迫で、ポーム老侯は歩き続けている。


 現実的なマグ・イーレの騎士職は全て息子におっかぶせて、自分なりの騎士道を邁進している。不器用な、しかし実直な彼の考えには賛同する人も多くて、天然海塩の安定生産に成功したのも、もとの流れはポーム老侯に発していた。



「……エノ首領メインが弱っていると言うならば好機。我々はそれを大いに利用すべきでしょう」



 背筋を伸ばしてしゃきっと立つニアヴは、両手を腰にあてた。



「東の丘にいるメインを、理術士の力を借りて抹殺するのです」



 どきどきどきどき! ランダルだけじゃない、皆の心拍数が総上昇して、聴覚のするど過ぎるディンジーはもう耳を塞ぎたくなる! うるせー!!



「巨人およびその他の精霊が出る前に、理術がけの上で精鋭を発し、使い手たるメインを殺ってしまえばよろしいッ。これまでの調査により、ブリージ系精霊召喚士そのものに対しては、理術が有効と判明しています。そうですねッ、陛下ッ!?」


「は、はいッ」



 いきなり話を振られて、内心びびりつつもランダルは答えた。前回の戦いの後、王はマグ・イーレ軍属となった理術士たちに聞いた話を広げて調べたのである。赤い巨人以前に、理術士が東の精霊に負けたことがなかった、というのはどうもティルムン側においては周知の事実らしい。まあ彼ら自身は他の精霊にがち・・対峙したことがないので、微妙ではあるが……。



「また、いったん巨人が出てきたとしても。呼び出した者を殺せば、怪物はおとなしく眠りにつく……ということでしたね!? ディンジーさんッ」


「その通りであります! 輝ける御方ッ」



 反射的にそこだけきりっと、ディンジーは答えた! 保証はできません、なんてもちろん言わない!



「と、言うわけで。非道な犯罪に加担するエノ軍、およびその支配下テルポシエに制裁を!!」



 あわわわわ……。ランダルは慌てた。これはだめだ、真っ当過ぎる理由付けと作戦方向! デリアドのカヘル君は絶対にのってくる、ガーティンローもファダンもオーランものってくるだろう。実益がらみだから、フィングラスまで参戦してくるかもしれない! 戦争が始まってしまう!



「そして。万が一メインを殺しても、巨人の脅威が消えない場合は」



 ニアヴは冷たく言い放った。



「メインと共謀して巨人を召喚したであろう、有力な容疑者。エリン・エル・シエを抹殺します」



――うわああああ! やっぱりそうなる!?



 ガーティンローの写本調査報告は、ニアヴにもひとくさりしてある。どうしても避けて通ることはできなくて、巨人を呼び出した容疑者たるメインあるいはエリンの死が、巨人鎮静に必要なのだと言わざるを得なかった。確証はない、仮説として。けれど……ああ、ニアヴは気付いてしまっている。



「あの……ですが、エリン姫はテルポシエ王統、最後のイリー継承者です。名目上でも現女王を抹殺と言うのは、さすがに問題視されるのでは?」



 イリー法に詳しいウセルが、渋い声で言ってくれる。



「そうですね、あからさまにマグ・イーレ軍が殺したなんて知れては、いけませんね」



 ニアヴの青い瞳が、ぎんぎん光る。



「だからこそ、精鋭が必要となります。ウセル老侯、あなたの配下に担当してもらう可能性もありますね」



――暗殺かぁッッ。



 ランダルの背筋が寒くなる。


 ほんとだ、精霊使いのメインと違って、エリン姫はただの人間である。闇に紛れてさくっと殺して、事故か何かに見せかけるなんて、そんなに難しくもないのだろう。



――黒羽の女神さまの守護を受けて、冗談みたいな運の強さでもない限り、エリン姫はとうてい生き延びられまい。……って、ああ、その黒羽の女神様すなわち巨人を出しちゃったせいで、エリン姫は命を狙われるんじゃないか……(私の仮説だけど!)。


 騎士達はざわざわと話し合いだす。やがてミガロ侯が声を上げた。



「私は、それでよいと思います。具体的な部隊編成と配置はかなりややこしくなるでしょうが、オーラン駐在の混成軍をうまく使えば、北門の東の丘から注目を引き剥がすのに有効なのでは?」


「自分も賛成ですね。エリン姫暗殺も、二の次とせず積極的に準備してよいと思います」



 クース侯も低く言った。



「そうですよ。それに、彼女以外にテルポシエの継承者がいないわけじゃなくって、グラーニャ様がいるじゃあないですか」



 ぐきぃいいいいっっっ!!


 思いっ切り歯ぎしりしてしまったのは、ランダルだけじゃない! 反対側の卓、グラーニャの少し後ろに座っているもんやりでっかい影、そいつの目が深ーい穴となってランダルを見つめているッ。



――来ちゃいましたよ、先生……。


――来ちゃったよ、ゲーツ君……。



「その辺はむつかしいのでしょうか、ニアヴ様?」



 言ったミガロ侯自身は、さして気に留めていないらしい。素直にニアヴを見て、質問した。


 グラーニャ本人は、ひょんろり長いキルスの横で、静かになりゆきを見守っているだけだ。



「いえ、もっともな考え方ですよ、ミガロ侯」



 返すニアヴも軽く、あかるい。



「いずれにせよ、悪しき蛮軍エノ軍は、メインともどもテルポシエから一掃されなければなりません。残虐な赤い巨人も、それを呼び使った者たちも、です。今こそイリーを結束させ、その真っ先にマグ・イーレが立つのです」



 ぱちぱちぱちぱち。賛同の拍手が両脇から、ニアヴに降った。



「では。この線で、定例会議に提案します」



――あああ、通っちゃう……。他の国にも伝達されて、戦争が始まってしまう……。


 ランダルは哀しくなった。



「ランダルさん」



 拍手の続く中、耳にぴとっと囁き声が入ってくる。



「心配しないで」



 横を向いたら、ディンジーも拍手している。



「お知らせがあるんだ。悪くないやつ」



 ランダルだけに、聞かせているらしい。でもこちらを見る蒼い目の中には、何やら光が、希望がある。


 前方を見ると、拍手するグラーニャの後ろ、もよーんと黒っぽいゲーツの影が、うなだれているように見えた。だめだ、こっちは絶望しちゃってる。





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