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海の挽歌  作者: 門戸
空虚九年目 黒羽の女神と第十三遊撃隊
213/256

213 空虚九年目19:黒羽の女神、声音の魔術師に出会う

 同日、夜。


 一刻ほどで戻ってきた女神と無事に合流できたミルドレは、きままに歩を進め、立ち寄った村落で馬と荷馬車を現金に換えて身軽になる。


 ガーティンロー領を越えてフィングラス領に入った所で、山の道を外れ、野宿を決め込む。人の絶えた集落跡地、廃屋があった。小さく火を起こしてお湯を作る。アンリが持たせてくれた糧食、干し肉とがちがち固ぱんを食べた。


 穏やかな表情のミルドレを見て、女神はそうっとビセンテのことを打ち明けた。主に桜桃をもらったという部分。



「お供えくれるなんて、さすがナイアル君のお仲間ですね! 良かったじゃないですか」



 予想に反して、ミルドレはちょっと驚いたものの笑顔である。



『えっと……でもほら、ナイアル君は見えてなかったじゃない。ビセンテには見えてたの。あの調子だから話はできなかったけど、たぶん聞こえてもいたと思う』


「うーん……」



 その辺に生えていた香水山薄荷を入れて、香湯にしたのをすすりつつミルドレは首を傾げた。



「ほら、どうぶつ達には黒羽ちゃん、けっこう見えて聞こえているじゃないですか」


『そうね』


「その線で、野性的な人なら、案外聞こえて見えやすいのかもしれませんよ」


『ほー、なるほど』


「ビセンテさんは根はいい人なんでしょうけど、どっちか言うとけものに近いような部分がありましたからね……」



――それを言ったら、ミルドレはばりばりの文明人なんだけど……?



 またしてもわけがわからなくなり、女神も首をかしげる。



「でも、良かった。きっとまだまだいるんですよ、この世には。黒羽ちゃんのことを見て、聞こえる人が」



 ミルドレの優しい顔に、ちりちり虹髪に、炎の灯りがあたって揺らめく。



「……さわれる人間の男性が、私以外にいるって言われたら、それこそミルドレ卒倒しますけど」



――うぐうッ。



♪ 俺はイリーの土地うまれ きれいなあの子を恋に誘おう



 低い声で、ミルドレはいつものおはこを歌い始める。歌いつつ片手を伸ばして、手のひらで女神の頬に触れた。



♪ イーレにいい土地もってるし ファダンの谷間の両側だって



 何度聞いても素敵な声、すてきな歌だ。いいなあ、女神がしみじみ目を閉じた――ところで、ミルドレはふとやめた。



「……」


『……』



 ふたりとも何も言わず、立ち上がる。ざっ、ミルドレは杯の中の湯を火にかけた。しゅうん、辺りが暗くなる。


 崩れかけた石積み漆喰壁からすうと身を出して、ミルドレは周囲を見渡した。いつの間にか虫の合唱がやんでいて、月光だけがしらじらと廃村の草むらに落ちている。



「確かにいますね」


『一人よ』



 自分達の感じたものの正体をつかみ損ねて、騎士と女神はすぐ近くに寄せた顔を見合わせた。


 人間が一人、ひそやかに近づいてきている。悪意殺気は全くないけれど、こんな風に気配を隠せる人間って?



『ミルドレ、ここに隠れていて。わたしが静かに、あのはしばみの樹のあたりを見てくるわ』



 騎士はうなづいて、壁の後ろ側で短槍を構えた。


 すうっ……廃屋の周りにもさもさと茂るはしばみの合間を、女神は音なくぬっていった。


 ふっっ。


 急に、目の前に人影があらわれて、かの女は息を飲む。



福ある夜をこんばんは



 その人……その男は、すばやく言った。


 どきどきっとしたその勢いで、女神は後ろに向かって浮すさぶ。そのまま、木の陰に隠れた。


 葉っぱの合間から透かし見る、ぐうんと大きな男だ。くるっと丸い頭にいかつい体つき、もこもこした毛皮みたいなのを着ている。手にしているのは武器……いや、杖らしい。夜目のきく女神にも、なぜか顔がよく見えない。……顔に何かつけている?


 女神はその場を、そうっと離れかけた。ミルドレを連れて、空へ逃げよう……。



「待ちなよ、めんこいちゃん」


『!』



 ぎくうッ、女神は全身を震わせた。



「黒い翼の、めんこいちゃん」



 低い声、でも妙にひょうきんな男の声が、まっすぐかの女に届いた。



――まさか……。



「意地悪しねえからさ。ちっとおっちゃんと、話をしていかねえかい?」



 ゆっくりと木陰から、身を出した。男は顔に手をやって、そこにかかっていた布を下げたらしい。笑顔でそこに立っている人。その瞳、……ミルドレと同じ蒼い瞳が、かの女を見ている。かの女を、映し出している。



「旦那も、一緒にさ」



 ミルドレには、全て聞こえていた。だから彼は女神の背後、はしばみの樹の裏に素早く忍び寄って、外套の後ろに短槍を握っていた。



「おっ、来てくれた! こんばんはー」



 男はミルドレに、朗らかに言う。



「……福ある夜を」



 ミルドレも笑顔で言った。警戒心を最高度に上げている。



「ふたりでいるとこ、邪魔しちゃって本当にごめんね。でも、俺のしま・・で歌ってくれるの、もうずーっと待ってたもんだからさあ。はぁ、やっと再会できた」


「……?」


『あなた……、わたしの姿が見えるのね? で、聞こえる?』


「うん、ばっちり見えるよ。すんげえめんこいちゃんね! あ、美人つう意味よ?」



 妙なおじさんだ! 女神は震撼した、ついでにかーっっとあかくなった。



「声もしっかり聞こえるし……、頭につけてる花のいい匂いもわかる。えーと、さわれはするのかな?」



 男はひょい、と女神の翼の先っちょに手を伸ばした。すか。宙を切る。



「んー、触るのはむつかしいね。じゃあ……」



♪ 俺ぁ東の土地うまれ



 どきーっっ! 女神とミルドレは同時に目をみはる。ええっっ?



♪ きれぇなあの子をとりこにすんのさ



 歌いながらおじさんは、大きな手のひらを女神の頭にのせた。


 ぽん!



「うん、さわれもする」



 にこーっ、おじさんは笑って、なぜなぜ女神の頭をなでた。


 その下、女神は横を向けなかった。見なくても感じる、笑顔を凍りつかせたミルドレの殺気が猛り狂っている! こわいッ! ここ十数年で、たぶん一番怖いミルドレだっ!!



――ミルドレが四十年かけてたどり着いたとこへ、このおじさん……会って数分で、……



「外で立ち話もなんだし。その辺入って、火おこさない?」


「……わたくし、ミルドレ・ナ・アリエともうしまーす。あなたさまは」



 心配になるほど心拍数を上げつつ、ミルドレが低く声を絞り出している。対するおじさんは、終始ひょうきんだ!



「あっ、俺はディンジー・ダフィル。ディンジーって、呼んでね!」



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