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海の挽歌  作者: 門戸
空虚九年目 黒羽の女神と第十三遊撃隊
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211 空虚九年目17:はちみち入り、激甘お粥ちゃん

 ちちちち……ちちち……。


 どこかで小鳥がさえずっている、山中にさわやかな朝が来た!


 単独、賊の死体の検分および証拠隠滅を済ましたダンは、完徹!!


 密猟業者のねぐらにて、ぐでーんと長椅子にのびている。長ーい足がはみ出している、こむら返り来そうでやだなとげっそり思いつつ、部屋の反対側に置かれたもう一つの長椅子の方に、顔を向けている。


 そこではうに角獣こうんの毛皮にくるまって、さらわれた子ども二人が寝ていた。


 一人が目を覚まして、何かうめく。もう一人も身を起こした。



「やあ、坊やたち! お早う、ごきげんいかが!」



 騎士がひょいひょい寄ってきた。さすが年輩者、朝型で絶好調である!


 少年たちはびくりとして、怯えたようにお互いを見ている。



「何にも心配いりませんよ。これから、お家に帰してあげますからね」



 ミルドレはしゃがんで目線を合わせ、穏やかに言っている。



「きみたち……お目覚めかい」



 その背後、湯気の立つ平鍋を手に、アンリが忍び寄ってきた。



「はちみち入り、激甘お粥ちゃんをつくったよ……食べる人ー?」



 ふあッッ! 子ども達の顔が笑った。



「ほしいほしいッッ」


「ちょうだい!」


「ようし……じゃあ先に、外でおしっこして、手を洗っておいで。なんと、さくらんぼうの蜜煮みつにもあるよー」



 子ども達は競うように靴を履くと、ずどどどと扉に向かって走って行った。



「ふふふ……。やはりお子さま心は、これでつかめる」



 不敵に笑いつつ、アンリは台所へ向かいかける。通り過ぎざま、ダンに言った。



「隊長にも、ちゃんとしょっぱいのありますよ」


「私は、両方欲しいでーす」



 少年たちのために井戸で水を汲みかけたミルドレが、裏口の方から声をかけた。



『わたしも、両方ほしいでーす』



 女神も声を重ねて言った。


 きしょう重唱うるせえ、思いつつ床上のビセンテも、それで目をさました。





 杣粥そまがゆの中に早ごしらえの桜桃蜜煮をどっぷり入れてもらって、二人の少年は嬉しそうである。



「おいしい、おいしい、すんごいあまーい」


「カリーネはねぇ、べっとべとのしょっぱいお粥と、がちがち固いぱんしかくれなかったよ!」


「あんまりまずいから食べられなくって、そしたらお尻ぶっ叩かれたの!」


「何と言うことだッ」



 焼きたてぱんのような顔をわなわなと震わせて、子ども達のそば、アンリは義憤にかられる。



――食べられないほど、そこまでまずく作るなんて、あんちきしょう! お粥に謝れ、下衆げすどもめッッ。



 義憤と言っても、どの辺にどう怒るのかは……、まあ個人の自由だ。



「お家は、フィングラスのどのあたりなのかな?」


「道わかんなくなったら、大人にこれ見せろって、母ちゃんが言ったよ!」



 一人が、麻衣の中から首につるした布札を引っ張り出して、ミルドレに見せる。



「おおっ、迷子札。便利ですね! ええと、エンゾン郷二の七……。セギュイの町の近くかな。遠くから連れてこられたもんですね。きみたち、同じ村に住んでいるの?」


「うん! お向かいどうしの、ともだち」


「村の近くの林で一緒に遊んでたらね、カリーネともう一人のおばちゃんに、おかしあげるから道を教えてって言われて、ついてったの」


「うーん、悪者の常套手段だね……。蜜煮みつにもっとあげるから、先を詳しく話して?」



 ずいっ! 二人の少年はアンリに向かって、同時にお椀を押し出した。



『全然学んでいない! しかしめげずに言い聞かせるのが、大人の役割なんだわ!』



 どばッ! もはや蜜煮入りお粥と言うより、お粥入りの蜜煮である! 台所卓子の反対側でたべてるダンは朝粥しょっぱい派、内心でぎゃふんとうめいた。



「それでねー! もらったおかしを食べたら、何か頭もやもやーっとして!」


「うん、急がなくていいし、ごっくんしてから話して!」


「気が付いたら、全然知らないうちの納屋みたいなところにいてさー!」


「口まわりが蜜煮だらけだ! 赤い山賊おじさんになってしまったよ!」



 アンリはその子を、ふきんでぐるっと拭いてやった。子どもあしらいのうまいやつである!



「他に、子どもはいなかった?」


「いなかった。荷馬車に乗せられた時にみたけど、おじさん達、家と納屋にいくつも鍵かけてたよ」



 留守役はいないらしい。全員つぶせたということでいっか、とダンは思った。



「あとは、へんな味のする水をのまされて、またもやもや。で、いま起きたの」


「ふうむ。どう思います、隊長? もう少し網をかけておいた方が、よいのでしょうか」


「……それは、西の連中が言ってくるだろう」



 がたん。短槍をついて、ビセンテが台所に半身をいれた。



「おい」


「ああッ、ビセンテさん! 重傷者らしく、寝床でお粥たべてて下さいよ? お代わり欲しいなら持ってくのに」


「……くそがきが、来る」


「!」





 果たしてイスタがやって来た。筋肉がもりもりした小馬の背からひらりと降りて、掘立小屋の方にやってくる。



「イスタ―っっ!」


「なーにやってんのッッ!? 探したよ!」



 アンリの後ろにいる二人の少年、続いて出てきたミルドレを見て、“第十三”斥候役は首を傾げた。



「何だ、もう片付けちゃったのかい。こちらさんは?」


「あ、通りすがりの騎士で、ミルドレと申しまーす」


『通りすがりの、黒羽の女神でーす』



 一人と一柱は、のほほんと挨拶した。



「こんにちは、俺ここんちのひとりで、イスタです」



――ここんちって何、“第十三”はうちなのか。



 ミルドレの後ろで、ダンが内心呟いた。



「この子がいれば、我々はもう道に迷うことはありません!」


「なんだ、やっぱり皆で迷子になってたんじゃないか。俺が帰るまで待っててって言ったのに……」


「えーと、お婆ちゃんは? 大丈夫だった?」


「むこう、全然ひどくなかったんだよ。だからもう駅馬で全往復しちゃったんだ。こんなまぬけっぽいことしたってばれたら、ナイアルに怒られてまた反省会だよ!」



――えっ。


 なつかしい名前が若者の口から出て、瞬時とまどう女神である。



「いやー、それがね、このミルドレさんが実にすてきにナイアルさんの役割を担って下すったもんでねー……」


『いま、二人ともナイアルって言ったッッ』


「あの、すみません。ナイアルさんというのは……」



 騎士はそうっと、話に入る。



「あ、うちの副長のことなんです。いま出張中の……」


『いやー……同名の人かもしれないわよね』


「顔はまずいのですが、脳みそと話がきれきれで、超絶字のうまい男なのです」


「……ひょっとして、乾物屋さんちのご子息?」



 内心おそるおそる、ミルドレはたずねてみた。


 ぱあっ! アンリとイスタは、同時に笑顔を弾けさせる。



「あッ、そう! そうなんです、北区“べにてがら”さんちの人なんですよ! ミルドレさんご存じなんですか?」


「あ……ええ、以前よく買いに寄ってたもので」


『ひょえーッッ、何、なによ!? それじゃこの子達みんな、ナイアル君のお友達だったのーッッ』



 女神は興奮し、翼を広げてばさばさ上下させてしまった。それが当たりそうなところで、ひょいひょい避けているビセンテである。



「なーんだ、“紅てがら”さんちのお得意さんだったんですね。あとでミルドレさんの話をしておきましょう。絶対喜びますよ、ナイアルさん!」



 騎士は朗らかに笑うアンリを、その横のイスタを眺めた。ふっと目線を回して後ろにいるダンを、ビセンテを見た。



「そうですね。では、頼もしい案内役さんとも合流できたということで……。私はこちらの坊ちゃん方を、お家に送り届けに向かいましょう」



 えっ、“第十三”の四名はきょとんとする。



「私はフィングラス方面へ多く往復してますので、土地勘は大丈夫です。皆さんは、もともとテルポシエ領内を中心に活動されているのでしょ。あまり家を空けておきたくはないんじゃないですか」


「それは、そうなのですが」


「ビセンテさんにも、大事をとってちゃんと養生して欲しいし、この最後の役割は私が引き受けます。よろしかったら、荷馬車を使っていきたいのですが」


「……いいのですか? ミルドレさん」


「ええ」



 これまで見た姿に加え、ナイアルの知己であり“紅てがら”常連だったということを知った今、ミルドレに不信感を抱くものはいなかった。



「ようし! じゃ早速、行っきましょう。今すぐ出れば、ちょっと飛ばして夕方にはフィングラス、明るいうちにセギュイまで行けちゃうでしょう」

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