209 空虚九年目15:第十三遊撃隊+代役の戦い
ぎぃんっっ!
相手の刃にぶつかった、ダンの長槍・石突の刃が、火花を散らした。
しゅッ、長剣を扱うその男の頭の脇を、矢がかすめてゆく。
中段打ち込み、ぎんぎんッ、かえす刃で男はダンとの間合いを離さない、ぎんッ! 危ないところを八相受け!
「でっかいくせに、何と言う敏捷さだっ」
茂みの中でアンリが悔しがる、今夜は援護射撃があまり功を奏さない。
「じきに、矢が尽きてしまうッ」
真剣に呟く料理人、その後ろに不穏な気配が迫るッ……。
『来たぞ、ごるぁあああああ!!』
「行くぞ、ごるぁあああああ!!」
振り向きざま、平鍋と料理人は同時に吼えた! ばっこーん!!
予想しなかった武器の一撃を喰らって、背後で長剣を突き出しかけていた男はずどり、と倒れた。落馬させられてそのまま、茂みの中から射手目指して来ていたやつである!
「焼き目ぇえええッ」
いやが応でも、接近戦開始である!
ミルドレは長剣の相手を一人のして、いま短槍を使う男と対峙中だ。
きいん! びんッ。突きからの打ち込み、流しかけたところで足を払われかける。
「うっ」
すぐさま間合いを取って体勢を立て直すが、そこでも長い突きで攻め込まれる。いやな手だ!
がきん、不器用な受けで下段攻撃を防ぐ――ぎっと交わした視線の先に殺意がある。ミルドレは目を細めた。ふうっと短槍を手放し、がくッッ! 右肘で敵の目を打った。そして右手は肩口の細い隠しにのびる。
「がッッ」
後ろ向けによろけたそいつの喉へ、ざくんと取り出した短刀の一撃。
「ほんとに便利ですよ、この外套」
小さく言ったつもりだった、その瞬間。
ざきぃいいーん!! 派手な裂音が後方で響く。
ふいと目をやると、薄闇の中で鈍い光が、楕円の形に弧を描いていた。
どさ、どさッ。
二つになった一人の男の体が、相次いで地に落ちる。
ダンは目を上げて、ミルドレを見た。笑ったらしい。
馬から転げ落ちたもう一人が、気を取り直し長剣を振りかざしてきたのを、ビセンテはひょーいとよけた。そのままくるりと回転し、そいつの背中の真ん中に、踵落としをがつんと入れる。と、左の方から短槍で突かれた、さっと取り出した左手の山刀でこれを薙ぎ上げた。すかすかにあいた相手の胸あたりに、右手短槍をどすりとぶち込む。
「ぬおおおおっ」
そいつはよたよたと後じさりをして、倒れる。ぶしゃッ、引き抜かれたビセンテの短槍穂先に血飛沫があがった。男があげたその赤い間欠泉の向こう側から、ひゅううううッ!
鋭い殺意を毛先で感じて、ビセンテは本能的に飛びすさった。しゅッ、何かが外套生地をかすめたらしい。
ずずずッ、頭巾を深く下ろしたそいつは、かなりの素早さでビセンテとの間合いを詰める。へんな動き方である――ビセンテは毛先から、ものすごく嫌ぁなものを感じた。まさか。
つきつめて知りたくないから、短槍で場外にぶっ飛ばしてしまいにしようと、くいと右手に力を込めたその瞬間、間合いぎりぎりでそいつはぱっと頭巾をはね上げる。
「思い上がるな、下衆め」
ビセンテの全感覚は、女の鋭い声によって凍らされてしまった。
とすッ……。
低い位置からの一撃。
飛びすさることも、山刀で払うこともできなかった。革鎧のちょい下の部分、脇腹に短刀が差し込まれていた……。
ぐっっ、女は押す、刃は奥へと到達する。ビセンテのはらわたへ。
女はとびのいた、立ち尽くすビセンテをねめつけてから、さっと辺りを見回して、一番近くにいた馬の手綱を握った。
その手を上から、ミルドレの手が掴む。
女は無言で、あらたに取り出した右手の短剣を彼に向けて押し出した。ばしッッ。その手の甲を、短槍石突きが冷酷に打つ。からん、短剣は地に落ちた。
「……堕落されましたね、メロワ侯の奥方様。よりによって、子狩りとは」
ミルドレは囁いた。女はその顔を不審げに見ていたが、やがて垂れはてた口角をぎゅうと上げる。
「自分の身を売る前に、子どもらを売ったまでよ。貴族仕様と高う売れた、以後やめられんでの」
「あなたが下衆ではありませんか」
「だから何だと言うのだえ。お前は女を殺せるのか、若僧」
憎悪のもえたつ双眸を向けて、女はミルドレに嘲笑を投げる。
ミルドレも笑った。つめたく笑った。
「淑女でないなら、容赦する必要ってあります?」
ずどん。
勢いよく突き出された短槍の石突が、黒ぐろとした女の心臓を貫いた。
笑顔に血を噴き出して、女はぐしゃりとくずおれる。半身がミルドレの足元に寄りかかる、騎士はそれをぼんと蹴とばして、押しやった。
「ちょっとー!! ビセンテさーんっっ、何、どうしちゃったんですか……っっって、のぉおおおおおおおん!? 短剣ささってるぅううううッッ」
「抜くな。そのまま横にしろ。ゆっくりだ」
振り返ったミルドレの目に、“第十三”の三人の姿が映る。星明りのもと、青白く光るようなビセンテの顔と髪。ミルドレは目を見開いた。
「黒羽ちゃ――――んッッッ」
東に向かってどなった、
「黒羽ちゃ――――んッッ! 早く来てくださーいっっ」
がらがらがらっ、彼方で荷馬車がとまった。そこからぶうーん、全力の羽音が飛んでくる。
一瞥で状況を見てとった女神は、すぐさま周辺に散らばる敵たちの体から“熱”を集めにかかった。
「アンリ、止血だ。手巾出せ」
「はいッッ」
料理人は、外套隠しから両手にふきんを二枚取り出して、ビセンテの脇腹にあてがう。
「圧迫」
ダンの大きな手がその上を覆う。短剣の刃の両側から。
『むこうは即死ばっかり……足りない、たりないわっっ』
小さな熱のかけらをビセンテの胸に押し込みながら、女神は呟く。
『あっ、そうだっ』
ばっ、と飛び立つと、だいぶ後ろに残してきた荷馬車へ向かっていく。
「お前も押さえろ、アンリ」
ダンの声が、非常事態の低さである。
「ビセンテさん! ビセンテさんッ、お願いです! しっかりしてっっ」
ダンの手の隙間を埋めるようにして必死に押さえつつ、アンリは囁き声で叫ぶ。
「丘の向こうへ行っちゃだめですっ。いつかテルポシエに帰って、お母さんを迎えに行くんでしょうっ? だめです、こんな所でなんかっっ……そんなの……そーんなのーは、いーやだああッッ」
あふれ出る血は止まらない。料理人の頬に、ぼろぼろ涙が流れる。
うすく開かれたビセンテの瞳に、生気が欠けてゆく。
視界にダンとアンリが入っているのはわかる、でももう目線を上げるのも億劫だ。
ひょい、騎士がちりちり髪を振り立てて覗き込んでくる。そして自分の真上にあの女、ふわふわ浮いてるやつが顔を寄せた。
『しっかりするのよ、ビセンテ』
女の手らしい、胸のあたりにさわさわ感触が触れる。
「黒羽ちゃん、それって……」
騎士の囁き声。
『御者の人の熱』
ミルドレは、ビセンテの頭を胸に抱く女神を見た。くるくる黒髪の合間から、ちょっと目線を上げてかの女もミルドレを見た。
『淑女でないなら、容赦する必要ないわ』
どこか痛いのをかみつぶして我慢するような、そういう顔で女神は言った。
『よく知りもしない、悪党の一員なんてどうでもいいの。わたしはこの子を助けたい』
言って、女神は再びビセンテの様子に集中する。自分はミルドレと生きると決めた。皆に公平な女神でいるより、自分達に近いものを全力で守る、助ける。もとより、女神と言ったってそんなに力はない。できる限りのことしかできない。
『ビセンテ』
かの女は、ビセンテの前髪の生え際に唇を寄せる。
『行かないで、ビセンテ。ここにいて』




