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海の挽歌  作者: 門戸
空虚九年目 黒羽の女神と第十三遊撃隊
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207 空虚九年目13:子狩り業者を撃て

 “第十三”の三人、騎士と女神は、配置についた。あとはくだんの敵を待つのみ、である。


 街道を挟んで、ダンはひとり反対側の森の中、ビセンテはアンリとともに控えている。ミルドレは街道のど真ん中だ。


 月光が差して、あかるい夏の夜更けである。騎士の髪もぼんやり白い、いいや今は見ようによっては銀髪にも見える。その横の女は髪と翼とが夜に溶け込んで、肌と麻布だけがやわらかく浮くようだった。


 ビセンテは鼻息をつく。ふしぎでならない。


 ちびっ子からしわしわまで、女に対して平生つねにまろやかな態度で接するはずのアンリが、騎士にくっついて浮いている女に何も言わずにすましている。(ちなみにアンリのこの姿勢は、実家で長いこと給仕をさせられていた結果なのであり、本人が軟派なわけでは決してない。)


 とうとうビセンテは思い当たった。ひょっとして、めし係にはあの女が見えていないのだろうか? 意を決して、聞いてみることにする。



「おい」



 虫の鳴くような声で、低くビセンテは言った。



「はい。何でしょう、ビセンテさん」



 アンリも小さく、囁き返す。



「精霊は、めしを食うのか?」



 善良なる焼きたてぱんのような顔に、かけあみ効果による陰線がしゃしゃッと入る、描線のあらいおとこの顔に変貌した。食についての質問ときては、アンリは真剣包丁全力圧力鍋で答えるしかない、めしのことなら俺に聞け!



「俺の聞く限り、精霊はごはんを食べません。やつらがたべるのは、人間やそのたましいとされています!」



 囁き声ながら、こぶしの入った返答になった!


 しかし実際は食べている。本人の好き嫌いにもよるが、アイレーの精霊は本気を出せば割と何でも食べられることが多い。げんに東の丘では、プーカやパグシーがメインの食べ残しをきれいに平らげる、かたいやつはジェブにお任せである。ごみの出ない方が姫っこ楽じゃないのよ、と涼しい顔をしている。しかしその辺はエリンですらあずかり知らぬことだから、“第十三”のめし係が知らないのも無理はなかった。


 アンリの言葉を聞いて、ビセンテはうなづいた。



――つうことは、あいつ精霊じゃねえのか。



 ナイアルがいないのが残念だった。“第十三”の副長が(自分程ではないにせよ)割といろいろ・・・・見えて、かつ対策にも詳しいことを、ビセンテは知っている。今ここにいたら、あの女が何なのか、教えてくれたかもしれない。



「おっ。来たようです……」



 中弓を手に、アンリが座り直した。


 夜のしじまの中、いくつもの蹄音ひづめおとが響く。西方向の闇の中に、うごめくものが見え始めた。騎馬の一団だ……!



 一行が近づくにつれて、街道上のミルドレは手を振ったり、起き上がりかけてはくずおれる、という所作を三度ほど繰り返した。とうとう先頭の一騎が、手前で常足をとめる。うしろに続く七騎、それに挟まれた一台の荷馬車も、ゆっくり止まった。



「……福ある夜を、げほん。どうぞ、お助けを」



 はじめはほとんど聞き取れないかすれ声、次にざらついた老人のしゃがれ声で、ミルドレは二度繰り返した。


 先頭の騎手は、降りずに馬上から言葉を投げつける。



「行き倒れか、じじい」


「……さようです。ごほッ、……この……この先の一軒家に、七ツの孫と住んでおります」



 わなわなと震える手で、ミルドレは東の方向を示した。



――すごいッ、ミルドレさん演技うまいッッ! 特に声が迫真ですよ、おじいちゃんにしか聞こえません!


――芝居やってたのかなあ……。



 道の両側で、アンリとダンはそれぞれ感心している。ミルドレは地べたに両膝をついてがくがく震えている、すがりつくようにして立てている短槍は杖にしか見えないし、外套の内側にしょった麻袋が、ひん曲がった老人の背中の輪郭を形づくっている。



「後生でございま……ごほッ、ほんの少しだけ乗せていっては……ませんか……。孫はたったの七ツで他に身よりもありません……死ぬならあの子に看取みとられとうございます。うううッ」



 最後の涙まじりのうめき声はすさまじかった。何と言う感情のこもりよう! それもそのはず、いつか湖のほとりで牛乳を持ってきてくれた少女仕様の黒羽ちゃんのことを、ミルドレはいま全力で思い出している!



――すごい、何か賞あげたいくらい……隊長賞? 副長いたら泣いてるぞ……。


――ナイアルさんてば情にもろいから、絶対ここ鼻水すすってますぅ!



 不在の副長をだしにしているが、実はダンとアンリも目の奥がじんわり来ちゃっている。手巾手巾! ふきんふきん!



「孫は娘か」



 騎り手が乾いた声で聞いた。



「ごほッ、さようです……かわいらしくてじょうぶで、働きもののじじ孝行でございます」


「よし、寄っていこう。商品追加だ」



 うしろにいた小柄な別の乗り手がひくく言い、先頭騎手が頷く。



「荷馬車に乗せてやんなさい。本当に近くなんだろうね、じいさん?」



 荷馬車近く、後方にいた騎り手が二人おりて、ミルドレを両側から引っ張り上げる。みな重装備をした男達だ、頭巾を深くかぶっている。短槍の杖をつっかえつっかえ、ミルドレは荷馬車にすり寄った。



「ええ……ほんに、あと一歩のところ……」



 ぜえはあ、息を切らして荷台の内側へ身を入れかける。ぐるぐる巻きになった細長い包みが二つ、床に寝かされている。若い寝息と鼓動とを、騎士は聞いた。



「――ありがとう。いいですよ、行っちゃって」



 いきなり若い男の声を側で聞いて、ミルドレ両脇にいた二人の男は不審に思う。



「はよううううううッッ」



 甲高い声が響いた。


 ひひいいいいん! 荷馬車に括られたずんぐり馬が、やたら張り切っていななく。



 だぁっっ! 急に荷馬車が動いたものだから、二人の男は思わず後ろへのけぞる。


 ふぁっっ! そこで足をすくわれる、地上に背が触れると同時にがきん! 喉元に短槍石突の一撃を喰らって、男は断末魔すらあげられない。


 暴走し出した荷馬車は、前方数騎のあいだを危なっかしくすり抜けた。


 ふわっと御者の頭巾がうしろに落ちる! そこからこぼれ出た長ーい髪、ダンは見た! アンリはがっつり見た! ビセンテにも、ついでに見えた!



――あー、さっき言ってた手品ってこれ……。でもどうやってるんだろう、わけわからない……。


――ぬぉおおおッ、たしかに美人です! でも超絶ってほどかなあ、その辺ミルドレさんの主観じゃないのかなー!


――おんなし女じゃねーかよ。




「何だッ」


「おーいッ、カリーネぇっっ」



 瞬く間に街道先を突っ走って行ってしまう荷馬車、二騎がすぐさまその後を追おうと、馬首を回してけしかける。



「皆さん、今でーす」



 月夜に響くのほほん声!


 ビセンテとダンは、手の中のものを思いっ切り引っ張った!


 ずざざざざっ! ひ、ひひひいいいん!


 街道両脇から樹の幹をひと巡りして二人の手中にあった細ーい綱は、びんっと道の上に持ち上がって、はりつめた。


 転ぶほどではなかったけれど、二頭の馬たちはふいに足に触れた感触に驚いてよろめく。り手が宙に投げ出され、地面に叩きつけられた。



「さあー、行っきましょーう!」


 自らも頭巾を落とし、短槍をぐるんと一回転させて、ミルドレは叫んだ。

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