203 空虚九年目9:とらわれのけもの達
皆、何となく勘づいていた。
細い道の先に少しだけひらけた場所があり、大きな樹々に隠れるようなかっこうで、立派な掘立小屋が建っていた。
表現が矛盾しているが、実際そうなのである。あるいは、わざとむさ苦しい外見に仕立てた倉庫とでも言おうか。
「ひみつのみつりょう」
「……??」
“第十三”の三人は、入り口間際にかけられた看板文字を読んだ。
「……先ほどのやつらのねぐらに、間違いありませんね!」
ちりーん! 言いつつ、アンリは呼び鈴を鳴らしてみる。返答なし。
「お留守のようです!」
「全員倒したんじゃ、ないでしょうかね……」
後ろで、ミルドレがそうっと言った。
「……」
ビセンテは鼻を鳴らした。完全におるすじゃない。何かがいる、それもいっぱい。彼は音を立てずに、小屋の裏手へしのんで行った。そこで声を上げる。
「おい」
呼ばれて皆が来てみれば、背高くしつらえられた柵の向こう、ふわもこした大きなものがひしめいている。
――おお! 黒羽ちゃんぽいものが??
ミルドレはちょっとわくわくした!
アンリが背伸びして見ると、それは大小さまざまのけもの達である!
「うああっ! 何てことでしょう、“うに角獣”が、こんなにたくさんッ」
ダンは首を捻って、再び何それと思う。
「……うまいのか」
ビセンテがするどく聞いた。
「肉は全然おいしくありません! くさいばっかりで食えたもんじゃありません。ただ、毛皮がむちゃくちゃ高く売れるんですよ」
「ほー、すごいですね。三百年前にイリー始祖が住み着いた時から乱獲されて、もうほうぼうで姿を見かけなくなったと聞いていましたが……」
あー、とビセンテを除く全員が理解した。
「みつりょうって、うに角獣の密猟だったんじゃないですかッ?」
「でしょうね! 一部の畜産ものを除いて、もう天然のは捕獲禁止されているはずですから」
「……逃がしてやろう」
ダンが呟いた。ミルドレとアンリは頷く。
「あ、大きな錠前かかってますね。その辺に鍵は……?」
騎士がきょろきょろしていると、どこん! ものすごい破壊音がした。ビセンテが踵落としで、錠の根本部分をぶっ壊したのである。
アンリとダンが、両方から扉を押し開いた。
「さあー、みんな出ておいでー。るるるるー、るるー」
ごく自然に歌うような声を出したアンリに、ビセンテとダンはちょっと引いた。
しかし、ぎょっとしたように後じさりした白い毛並みの四ツ足獣たちは、それでそろりと寄ってくる。十頭ほどもいるだろうか。
「るるるー、君らは激まずだから、食べはしないよー……。さあ、こんないやな場所から離れて、さっさと山にお帰り。るるー……」
ミルドレは耳を澄ましてみた。ほんとだ、けもの達はごくごく低い声でるるる、るるると鳴きあっている。アンリがそれを真似てるのだと気付いて、ミルドレも試してみた。
「るるるー」
ぴくんとした幾頭かが、とことこっと騎士に寄ってくる。もしゃもしゃ白い頭を、彼の体にすり寄せてきた。
「あらららら、何でー」
「もてますねッ、ミルドレさんっ」
まだ年の若いらしい、小さ目のけものの頭を優しくかき分けながら、アンリは言った。
「ここの所。いぼいぼがあるの、わかります? ビセンテさん」
のぞきこんで、ビセンテはうなづいた。白い体毛の中、頭の前あたりに丸い突起がいくつもある。
「ここにいるのは皆、女の子ばかりなのでこんな感じですが。雄はつのつのが何本もするどく立って、うに殻みたいになるんですよ。だからうに角獣と言うのです」
ダンは内心で、へー、と思った。
ビセンテは内心で、うに味じゃねえのか残念だ、と思った。
「さあさあ、皆、お山へ帰んなさい」
「もう、人間に捕まっちゃだめだよー」
追い立てて、ようやくけもの達は林の中へ消えて行った。
空になった柵の中を見渡すと、糞尿やえさの残りが散らばって、汚らしい。
「こんな所に閉じ込められていたとは、かわいそうに。……隊長、どうしました?」
奥の方にまだ、囲いのような木枠がある。その手前の木杭に、鎖が巻き付いていた。
「……げー」
ダンの横からのぞき込んで、アンリは顔をしかめた。一部白骨化した、えー……つまり三分の一ほどは、いまだにからからとしなびたものの引っ付いている人間の体が、そこに繋がれていた。
「……仲間割れした奴を、見せしめのために犬に喰わせたのかな」
ダンは平らかに言った。
ふ、とビセンテが顔を木枠の方に向ける。一見うさぎ小屋のように見えるそこへと、彼は近づいていった。
「やだなぁー。さすがにこれは、埋めといてやろうかしらん……。何か掘る道具、探してきます」
アンリは小屋の方へ戻っていった。ダンは鎖を壊しにかかるが、槍の穂先を傷めるのが嫌で、むしろ骨の方を壊した。
ミルドレは、ビセンテの後ろ姿を見やる。一番奥の方で、彼は何かを覗き込んでいた。女神がそちらへ、ふよふよっと飛んでゆく。ビセンテの横から一緒にのぞきこんで、あっと小さく声を上げた。
ばきん。今回は手で軽ーく、ビセンテが錠前を壊した。扉を開けるとそこに、黒っぽいものがひくひくうごめいている。
『イリョス山犬じゃないの……。こども連れてる!』
森の最深部に棲む獰猛な群生のけものは、仲間と離されて、ぶるぶるとあわれに怯え震えていた。捕らえられてずいぶん時間が経っているのか、衰弱しきって箱の隅に丸くなり、ひたすら腹のうちに子どもを隠そうとしている。
女神は箱に両腕を差し入れて、それに触れた。
「……大丈夫ですか?」
ミルドレが言う。ビセンテには、彼に向けた言葉と取られるだろう、と思いつつ。
『わたしは平気。……よし、ちょっと飛んで、森の奥の群れの中に戻してくるわね』
かの女は大きな猫ほどのそれを、丸まったまま抱き上げた。ビセンテには、イリョス山犬が自分で出たように見えるだろう、と思いつつ。
『お母さん、ひとりでがんばったのね。さあさ、おうちへ連れてったげよう』
ふあん。そのまま羽ばたいて、女神は上空へと去った。
「さすが、素早い山犬ですねー。あっという間に、消えてしまった」
ミルドレはのほほんと言った。
「それにしても、あんなの捕まえて、売れるものなのかなあ……」
騎士に背を向けたまま、ビセンテは無言で、イリョス山犬が消えた方向をにらんでいた。




