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海の挽歌  作者: 門戸
空虚九年目 黒羽の女神と第十三遊撃隊
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199 空虚九年目5:ナイアル、援軍をたのむ

 暮れ、ミオナが大鍋いっぱいにこしらえた根菜の煮込みが夕食である。


 一家五人に加わって、ナイアルは食卓をやかましくするのに一役買った。



「キヴァン物産なんて、一体イリーの誰得なのよ? 何を買い付けてるの?」


「うーむ、一応企業秘密にしておきたいのだが」


≪あっ! ひょっとして君、傭兵仲介やってんじゃないの?≫ (※ミオナ訳)


「無理だよ! おっかねえだろ!」


「ナイアルってキヴァン語喋れるの?」


「すんげえ頑張ってるけど、まだ中級でしかないぞ」


≪難しいからねぇ、あれは。俺とアランは東部出身って言ったっけ? 潮野方言からイリー語、どころじゃないからきっついよ。中級でもたいしたもんだよ≫


「誰に教わってんの?」


「買い付け先のばあちゃん」





 舟をこぎ始めたリオナを抱え、小ヴィヒルとミオナを引き連れて、ヴィヒルは離れへ子ども達を寝かしつけに行った。


 明るい蜜蝋みつろうのもと、アランはナイアルに話を向ける。



「そいじゃ、ちっと大人向けの話を聞かしてもらおうかい。……どうなのよ、市内の治安やら市民感情ってやつは? エノ軍が落ち着いてもう十年だっけ。奴らと地元民とは、うまくやれてるの?」



 白湯をすすってナイアルは頷く。



「ぶっちゃけた話だ。大方のテルポシエ市民は旧王政下よりも、エノ軍統治の今の方がいいと思ってる」


「ほーう?」


「俺ぁ平市民だからな、貴族さまの事情なんざ昔も今も知ったこっちゃねえ。けど、エノ軍はとにもかくにも自分らで湿地帯の警備に出て、どんぱちやる時も手前に出んのは傭兵だろ? 今はもう、徴兵制がなくなったからな。自分ちの息子をとられる心配がなくなって、皆安堵してんだ。


 前の包囲戦の時、市民兵を全滅させられて怒ったやつらは、エノ軍に対して怒ったんじゃない。二級騎士をみすみす死なせた、能無し貴族どもを恨んだんだ」


「なるほどね。さすが地元民だわ、見解が生々しい。ナイアル君は戦争行ったわけ?」


「ぎりぎりすれっすれで、前の年に除隊してたんだ。包囲中は店ん中でがくがくしてたぞ、小心者だからな」


「単身キヴァン領くんだりまで行く人が、何言ってんのよ。にしてもイリー人、飲めないってのが惜しいねぇ」



 ぐびっと蜂蜜酒をあおりながら、アランは言った。



「付き合えんで済まんね。つーか、あんた強すぎる気がするけど」


「……じゃあ、例の何とかいう王様。うまいことやっているのね、テルポシエで」


「エノ軍の首領なら、メインつうのだぞ」


「それそれ。やたらめったら若くてかわいらしいという話、あなた見たことある?」



 ナイアルは首を傾げた。



「若いは若いが……。かわいいのかどうかは、俺にはどうにも」


「最近どうなのかしら? 結婚して子どもができた、ってのはこっちにも伝わってきたけど」


「あ、俺が最後に見たのは、包囲終わってすぐの頃なんだな。でっかい赫毛あかげの嫁さんと一緒にいるのを、市民よんでの宴で見かけたことがあるだけだ。マグ・イーレの攻撃があったろ? あの戦いの後は、何か静かだね」


「……お城の中で、元気に暮らしているのかしらね。家族と一緒に」


「どうなんだろうなあ」


「乾物屋さんなんだから、軍の厨房へ配達したりとかしないの?」


「残念ながら、うちは御用達じゃねえのよ。あんたの親戚という人は、その辺便りによこしたりしないのかい」


「……没交渉しちゃってる子なのよ。色々と事情があってね」



 大きな目を伏せて、アランは寂しそうに言った。



「あたしもヴィーも、会いに行きたいのはやまやまなんだけどさ」



 ナイアルは肩をすくめる。



「何だよ、もう。要はあんた、その親戚の安否を知りたいんだろうが。俺っちがひと肌脱いだろか?」


「……えっ?」


「その人に気付かれることなく、そーっと身辺を嗅ぎまわって、達者にしてるかどうかを確認してくりゃいいんだろ。次に買付け来る時に教えるよ」


「……本当? いいの?」


「そんくらいはお湯の子だ、何せ命を助けてもらったのだしな」


「ナイアル君、あなたって見かけによらず、すんごくいいやつなのね!」


「いや、見かけにたがわずいい男なんだぞ」



 突込みを入れつつ、ナイアルはそんなに楽な仕事でもなかろう、とは思っていた。東部系のアランの親族というからには、イリー人ではない。市民ではなくてエノ傭兵の誰か、あるいは陥落以降に流入した難民かもしれない。探すのにちと骨が折れそうである。


 ヴィヒルが戻ってきた。アランが顔を振り向ける。



「……ヴィー。ナイアル君にね、イオナちゃんのこと見てきてもらおうと思って」


――……はい?



 がくがくがく! ヴィヒルが笑顔でうなづく。



「いや……実はね。そのメイン王のお嫁さんがね、ヴィーの妹なのよ。小っちゃい頃からあたし達ずーっと一緒だったんだけど、テルポシエ陥落のところではぐれちゃって。ヴィーとあたしは、死んだことになってんの」


「……なぜ」



 脇の席についたヴィヒルと目線を交わして、アランは少々迷った風になった。


 ヴィヒルが彼女の腕を軽く叩き、ナイアルを見る、再びアランを見る。



「だよね、やっぱり背景きちんと話さないと、頼まれるナイアル君だって困っちゃうよね。――実はあたしら、子どもの時に海賊に襲撃されてね、村をなくしてみなしごになっちゃったのよ。だから生き残った三人で、力を合わせてきたの」


「……メイン嫁が元傭兵だということは、皆知っている。あんたらもそうだったのか」


「うん、そう。こんなにいたいけで儚げなあたしが傭兵って、想像できないでしょうけど本当の話よ。ちょっとだけエノ軍にいたんだけど、たぶんあなたとは向かい合ってないわ、良かった」


「……それで? どうして死んじまったことに」


「知っちゃったのよ」


「何を?」


「エノ軍の母体が海賊で、あたしらの故郷をぶっ壊した張本人がエノだったってこと」



 アランは卓の上で、両手を組み合わせた。互いにかたく握りしめている。



「あたし達の妹は、そのことを全く知らずにエノの息子と結婚した。……直後に一度だけ、あたし見に行ったんだけどね。幸せそうだった。その幸せを台無しにしたくなくて、それであたしとヴィーは姿を消したの」



 ヴィヒルがアランの腕に触れる。



「“だって一緒にいたら、その事を黙っているのも難しいし、俺の妹は必ず勘付いて見抜いてしまうだろうから。” あたし訳」


「イオナが見たっつうクラグ浜の死体は、ありゃ偽物かよ」


「そうそう、殺されちゃった漕ぎ手奴隷の人達が、砂ん中埋まってたからね。ごめんなさいして、ありがたく使わせてもらったのよ。カニとかに喰われて白骨化したとこに、身の回りのものをかぶせとけば、万一あの子に見つかったとしても残念な行倒れ風にしか見えない…… っって」



 ナイアルの喉元近くに、きらんと小刀が光る。



「……何であんた、その辺ご存じなのよ」



 すぐ側に寄ったアランの顔を、ナイアルはじっと見つめた。



「ナイアル。ナイアル。ナイアル。知っている事を全部吐け、お前は何者だ。イオナの何を知っている」



 低い囁き声が、耳の内側からナイアルを拘束し始めた。



「今のうちに話しなさい。話さないなら盛大に呪うわよ、げろっと胃袋うら返して、口からブーと出さすくらいに拷問するわよ?」



 見えない縄でがんじがらめになった感触がする。椅子の上で硬直したまま、顔以外の自由を奪われたナイアルは、ちらりと横を見る。


 ヴィヒルが火かき棒を突き出して、ななめ四十五度上方向に迫っていた。



「……言ってることが、既に拷問級に怖ぇぞ。子ども達に聞こえちまう」


「うちの子達は皆、耳栓して寝るから心配要らないのよ。あんたの断末魔だって、知らずにふうすかだからね」


「断末魔叫んじまったら、大事なイオナの話が聞けなくなるぞ。楽な姿勢で話したいから、このしんどい魔術をとけ」


「……」



 目を細めて、アランは後ろへひいた。小刀とともに。


 ふっ、と感覚が戻ってきて、身体が自由になる。しかし右横にいるヴィヒルは、火かき棒とともに動かない。



「“……きみ、乾物屋と言ったのは嘘だったの?”」


「嘘じゃねえ。俺はテルポシエ北区“紅てがら”のナイアルだ。しかし、副業でも忙しくてな。旧テルポシエ軍二級騎士、第十三遊撃隊の副長もやっている」


「“副業で副長? 何それ?”


 ……ヴィー、注目するとこ違うわよ。火かき棒おろして。うん、そう。 どういう事よ? 戦争はとっくに終わってるし、市民は兵士やる必要なくなったんじゃないの」


「終わってねえよ。俺らは独自に、対エノ戦線を維持している」


「……あ。もしかして、あなた旧貴族派? テルポシエの旧王政を、復活させようとしているの?」


「全然ちがう。俺は新王政派だ」



 ふっ、ナイアルは鼻息をついて笑った。



「そのために、メイン嫁を利用している。イオナも、俺たちを利用して持ちつ持たれつの関係にある」



 アランとヴィヒルは、唇を引き結んだまま立ち尽くして、ナイアルを見ている。



「俺と一緒に、アルティオの里に行かないか」


「……?」


「イオナは、そこにいる。自分とメインの娘に加えて、もう一人イリーの息子を育てている。それが俺たちの女王の子、未来のテルポシエ王だ」



 アランは口を開けた。しかし、言葉が出てこない。



「偽装をがんばったあんたらには気の毒だが、結局イオナはエノ軍の正体を知っちまった」


「……!」


「だからイオナは、娘を連れてテルポシエと夫から逃げ出した。俺らはそこに便乗して、王子を安全な場所で育ててもらっている。エノ軍もイリー勢も及ばない、キヴァン領ならどう見たって安全だろう?」



 アランとヴィヒルは、うなづいた。



「……イオナは、メインの元に帰りたいとも思っている。あんたら二人を殺したエノ軍が問題なのであって、旦那と破局したわけではないからな」


「……はぁっ? ちょっと、何であたしらが、エノ軍にられたことになってんのよ!」


「あんたら夫婦はシエ半島で消えた時、海賊と戦って深手を負ったんでないのか」


「うむ、まさにそうだわ」


「そうしてのびていたところを、ある小僧が目撃していた。そいつは傷口から武器を特定して、イオナに教えた。その辺いろいろから、イオナは故郷を滅ぼした海賊が、兄と義姉をも殺したのだと推測した……。ま、詳しくは本人から聞けよ?」


「……」


「ようし、だいたい全部しゃべったぞ? 次は俺の番だからな」


「何がよ?」


「兄と義姉ならわかってるだろう。イオナは途方もなく強い女ではあるが、不器用きわまりない」


「“今も髪の毛結えてないんだろうなあ!” ってヴィー、懐かしさ満載ね。そう、その通りよ」


「帰りたいけど帰れない、兄ちゃん義姉ねえちゃんならどうするだろう、というぶつぶつ独り言を俺ですら聞かされるのだ。しかも娘が早めの反抗期、……いや。あいつは生まれつきの父ちゃん子だからな、小っせえ頃からイオナに文句言いっ放しで、ここの所は母娘間の戦いがもう半端ねえ。あんたら、ひとつイオナのところへ行って、とことん相談にのってやってくれんか」


「……そんなの、おかしいわよ。あの子だってもう大人で……、そいでお母さんなのよ? 大事なことを、ひとりで決められないで、どうするの……」



 アランはうつむいて、両肩を震わせた。それをヴィヒルが、手で包む。



「うむ、確かにそうやって突き放すのも有りだろう。けど俺は、一人っきりで突っ張って戦ってるようなやつに、背中むけて通れねえたちだからな。使える援軍があるんなら、とことん援護してもらう主義だ」


「“イオナが、俺たちを必要としてるってことなのかい。確信もって言えるの? ナイアル”」


「おうよ」



 ナイアルはうなづいた。



「母は強しとか何とか言うがな、それ以前に母親だって人間だろうがよ? 一人で息切れしてるより、皆に支えてもらった方がどうでも楽に戦える。……行ってやってくれ」


「うわああああああああん!」



 いきなり胸に抱きつかれて、ナイアルはぎょっとした。



「ありがとうううう、ナイアルく――――ん! イオナちゃん、あたしらのいとおしいイオナちゃあああああん! 今行くわあああああ」



 ちんまり軽量型の魔女の上から、でかい蜜煮屋がかぶさるようにしてナイアルに抱きついた。


 涙に濡れたひげが……顔に、ナイアルの頬っぺたにあたって痛い! 剛毛である!



「ぎぃやああああああ」



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