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海の挽歌  作者: 門戸
空虚九年目 黒羽の女神と第十三遊撃隊
195/256

195 空虚九年目1:想いをのせて飛ぶ白鳥

※新章に突入いたします。「黒羽ちゃんと不滅のお供え騎士」を読まれる場合は、こちらの前でのタイミングをおすすめします。


(※業務連絡 デリアドのカヘル副騎士団長、おつかれさまでした)

 イリー暦199年。九年目の空虚の話である。


・ ・ ・ ・ ・


 今日も丘の上の巨石に座して、メインはどうにか呼吸している。


 ここのところ、彼は弱ってきていた。あまりに辛い。もしかしたら、もうだめなのかもしれない……という思いがつきまとうようになった。


 だからエリンやケリー、パスクアの言葉が時々遠くなる。皆心配そうな顔で、自分の目の前で話してくれているというのに。


 夜は長く、少しずつ生命を吸われるその苦しみが、日に日に粘っこい痛みを増してきた。巨石の上で仮眠をとれるその時だけが、ごくわずかな休息という気がする。


 このまま目が覚めなければどんなに楽か、……いやだめだ、だめだ。起きなくちゃ。



「……」



 毛布にくるまり、巨石の上に敷いた毛皮に横になっていた彼の目、漠然と灰がかった白い空を映していただけのその瞳が、小さな影をとらえた。



「……パグシー、いるかい」


『おうよ?』


「あれ、見えるかい。さっきからずっと、上をうろうろしてる子」



 巨石の上に現れた藪にらみの妖精騎手は、じーっと上空を見つめた。



『鳥に見えっけど、同族だぞい』


「やっぱりそうだね。悪意は全然感じない」


『迷子だなす。おんなし所さ、ぐるぐる飛んで』


「うん、間抜けちゃんだ。でもひょっとしたら、パグシーの結界のせいで迷ってるのかもしれないし……。ちょっと行って、道案内しておいでよ」


『んだな。したら、流星号ー』



 いも虫にひらりと乗って、パグシーはすういと昇っていった。その姿が点になって、上空をいまだ旋回している影に近付く。二つの影は、しばらく一緒にぐるぐるしていたが、やがてゆっくりと大きくなって、メインの横たわる巨石に向かって来た。


 かなり苦労して、メインは起き上がる。


 そのすぐ脇に、すういと妖精騎手がやってくる、くるみ色の顔がかたく強張っていた。


 べしゃん!


 巨石のすぐ手前に、白いかたまりが墜落した。



『ぎゃひっ』



 しかし、すぐにむくりと起き上がったもの……。それは小さめの白鳥だった。



『どうも、こんちは!』



 ……白鳥のかたちをとった、精霊である。



福ある日をこんにちは



 メインも静かにこたえる。一応白鳥と記してみたが、白い部分は黒っぽく汚れて埃まみれ、脚も泥まみれ、ちょっとかわいそうなくらいによれよれだった。



「……遠くから来たの? きみ」


『そうー! あのね、エノ軍の頭やってるメインって人、探してんですけど!』



 メインは、眼をぱちくりさせた。パグシーと顔を見合わせる、彼の顔が強張っていたのはこのせいか。



「メインは、俺だけど」



 途端に、白鳥がきっっっとメインを見た。



『うそッッ』


「精霊相手に嘘ついたら、舌が腐っちゃうよ」



 メインはべー、と舌を出してみせる。



『む……本当だ。思ってたのとちょっと、全然、すんごい違う。でも一応証拠みせて! みどり色なはずよ、メインなら』


「緑色……このこと?」



 手袋を外して、文様をちょっとだけ浮き出させてみせた。



『あ、ほんと。頬っぺたもだわ。ほんじゃ間違いないのね、あんたメインね』


「そうだよ」


『一回こっきりしかできないからさ、しっかり聞いてよ』


「?」



 白鳥は、きりっとした態度で居住まいを直すと、翼を大きく広げた。


 小さなその翼がぐぐっと大きく、大きくひろがって、巨石に座るメインの全身を包み込む。ふわふわと優しい感触に次いで、声がした。



――メイン。



 彼は息を止めて、瞳を見開く。



――おとうさん。



 卵の時から知る声。ころころ笑っていた赤ん坊の声。真っ白い声。フィオナの声。


 白い羽毛に埋め尽くされた視界の中、真っ白い光が熱を帯びてはじけた。



 ざあっ、と羽の洪水が消え失せて、メインは元通りの丘の上の風景を見る。


 目の前の白鳥はふらっとよろけ、ぱたりと地に倒れた。


 思わず、メインはよろよろと這いずって近寄る。膝の上に抱き起してみると、白鳥はぐったりして、しかし嬉しそうだった。



『たったふた言だけで、ごめんね。初めてやったからさ、これでもうあたし精一杯』


「……十分だよ。ありがとう」


『まさが……まさがフィーちゃんが? 今の声??』


『……フィーたんだわ!』



 もわっと現れた炎の妖精プーカ、翼がもも色に燃え盛っている!



『ごろり』



 のっそり現れたけもの犬ジェブが、喉を鳴らした。


 さわさわさわ、皆の頭上で梢が騒いだ。樫の樹の枝にぶわっと白い花が咲き躍った、緑樹の女ヴァンカの人間部分がにゅうと地面から出てきて、メインの背中に手を添えた。


 つ、とメインの頬を涙がつたう。



「想いをのせてとべる精霊が、いたんだね」


『体力には、自信あったんだけどなあ……。やっぱ遠かった……』



 ふふ、と久し振りにメインは笑った。


 体が少し軽くなっていた。ちょっとだけ、力が湧いてきた。


 小さな白鳥を抱いて、また巨石に腰かける。



「何か好きなもの、あるかい」


『いらくさ!』


「乾いたのがあるから、あげるよ。あの子のところへ帰る前に、ゆっくり休んでおいで」



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