193 冷々16.ガーティンロー市職員の便り
その場では口に出さなかった仮説を、カヘルはいたく気に入った。
事件解決どころか、出口がぐうんと遥か遠くにいってしまった、……しかし何かが胸中で疼く。
理由ははっきりしない……。けれど、自分の触れたこの小さなきっかけと知識とが、すさまじく巨大ななにかにつながっているような予感がしたのである。
カヘルも口角を上げた。
「……ファイー侯、実に興味深い解説をありがとうございました。今後も地理地勢情報について、あなたに助力を乞う時があると思いますが、その際はどうぞよろしくお願いします」
「お任せください。カヘル侯」
ずどんとものすごい貫禄で、ファイーはひくく言い切った。
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デリアド城へ引き返す途上、カヘルの機嫌がのきなみ良くなっているのに、側近は気付いた。歩き方が、こう……しゃかしゃか軽やかにのってるのである。
事件が解決したわけでなし……。一体どうしてなんだろう、と彼はいぶかしむ。
――まさか、あのおっかなめの地図姉ちゃんが気に入ったとか、言わないよなあ??
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「カヘル侯、今日の分のお便りが来ています」
執務室に戻ったところで、城勤の文官が通信布のつまった籠を持ってきた。
机の上に仕分けてゆくうち、カヘルは妙な一通に行き当たる。
――ガーティンローから?
全く覚えのない差出人である。
フィングラスのルリエフ・ナ・タームが、でたらめな仮名と筆致で書き送ってきたのかと、一瞬カヘルは勘ぐった。が、それにしてはあまりに役人らしい走り書きである。うそ臭さがみじんも感じられなかった。
――ガーティンロー市庁舎・総務課留、ベッカ・ナ・フリガン……。全然知らない人物だ。市職員の文官騎士、しかも他国人が、私にいったい何の用だろう?
小刀でぱつんと麻紐封を切る。
たっぷり長文らしい、その厚みのある巻き布は拘束を解かれて、ふんわり・ぷよん! とふくらんだ。
とりあえずカヘルは読み始める。読み続ける。
ひきこまれる。
デリアド副騎士団長が目をひんむいて、息も止めかけでその通信布を読んでいるのに気付かず、側近はそろそろ炉に火を入れないとなー、と考えていた。室内に帰ってきたばかりなのに、寒々しさが強く感じられてならない。
窓辺から、ふいと灰色の空を見上げて、……おや、と思う。
乾いた雪片が、ひそやかに落ち始めていたのだ。寒いわけだ、と側近は無言でうなづき、ひとり納得した……。
冬も冬。
冬至まぢかのデリアドは、冷えひえなのである。




