186 冷々9.ルリエフ・ナ・タームの提案
きな臭さの漂う会見呼び出しではあったが、ルリエフ・ナ・タームの“進言”は割かしまともであった。
旧テルポシエ軍の大がかりな残党情報なんて聞いたことがなかったし、こんな所まで足を伸ばした甲斐はあった、とカヘルは思う。
しかし……。
この残党と言うのは、いったい何なのだろうか?
まさか、あの形骸の女王、……蛮族の中にまぎれ込み、ひたすら筆と文の力でマグ・イーレ他イリー勢からの軍事侵攻を防いでいるこしゃくなエリン・エル・シエに、加担する元貴族どもがいるとでも言うのか。
あるいはエノ軍に懐柔されて、その手先となった旧軍兵士たちか……。これは危険だ、イリー外見を持ったエノ間諜にうろつかれては、過疎地の漁農民などはころりとだまされてしまうだろう。
フィングラスのように、イリー都市国家としての自覚が薄れてきた土地では、なおさらである!
――に、しても……。どうしてこの男は、それを知っている。自身その組織の一員だから、ではないのか?
「私はひとりです」
カヘルの内なる疑問を読み取り先回りした形で、ルリエフ・ナ・タームは言った。
「ずっと前に……そういった都落ちのテルポシエ騎士や、逃亡兵たちとつるんだこともありました。けれど怪我をしてしまって、誰にもついてゆけなくなり、今はひとりで生きています。ですが耳は常にひろげておりますし、また代筆業というなりわいから……まあ、他の方が読めないことがらでも、読めてしまうことがありますので」
――いやいや。どうして一介の代筆業者に、そんな込み入った事情が知れよう?
カヘルは、タームの話し方には妙な部分があると感じていた。
やはり本当のところは、彼自身そのテルポシエ残党の一員なのであり、デリアドと言う西の末端から、猜疑心や偽のあおり情報でイリー同盟諸国を揺さぶっていく魂胆なのかもしれない、と疑っている。
「……ターム様。あなたのお話は保安上、非常に有益な情報でした。しかしどうして、私に?」
「マグ・イーレの方に言っても、聞く耳を持たれないでしょうから。あの国のテルポシエ嫌いは、主権者が替わっても続いている。筋金入りの好敵手どうし、というわけですね」
湯のみを持ち上げ、ぐっとすすって、タームは屈託なく笑った。
「そこで、マグ・イーレの外側にいる方で……距離的にいちばん近い、あなたを伝え先に選んだのです」
「……。見返りに差し上げられるものなど、何もないのですが」
「いいえ、そういうつもりではないのです。ただ、ひとつだけあなたに、……あなた個人にお願いしておきたいことがあるのですよ」
――やっぱり何か、あるんじゃないか。
見据えた先、しかしタームの双眸には、卑屈さや媚びというものはまるでなかった。
「今後、私と個人的につながってみて欲しいのです」
「……?」
「私を、在フィングラスの情報網として、いわば小者として使ってみて下さい。今回のように、テルポシエ残党にあやしげな動きがあれば、逐一お知らせすることもできます。私が一方的にデリアド城のあなた宛てに送りつけるだけ、べつに返信だとかも要りませんよ」
うまい話である。肩もこらないし、楽に情報を得られる。……だが。
「ターム様、先ほどの質問を繰り返しますが……何故、どうして私に?」
タームは小首をかしげて、……わずかに苦笑したようなそぶりを見せた。
「……あなたが。……あなたと、あなたにつながるお方とが、大望を抱いていらっしゃることを、知っているのです」
低いかすれ声で、そうっと囁かれた。
「その理想に賛同したからこそ、わずかですがお力になることができれば、と思いました……。こういう理由づけでは、信じてはいただけませんか」




