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海の挽歌  作者: 門戸
冷えひえカヘル若侯の怜悧な推理
185/256

185 冷々8.ルリエフ・ナ・タームの進言

 イリー街道を東進する。マグ・イーレ領のてまえ、そこの駐在分団に一泊し、軍馬を換えて国境を越える。一路、フィングラス方面へ北上する。


 翌日午後もおそくなった頃、リアーの町に着いた。


 ごくごく小さな宿場町だ。町の中心部、ありふれた様相の酒商を、先方は待ち合わせ場所に指定している。



「特に危険はなさそうですが、やはり注意はしていてください」



 店の前、随行してきた二人の直属部下は、無言でうなづく。


 三人はからりと扉を押して、明るい店内に入った。


 飲むにはまだ時間が早いから、ずいぶんとすいている。炉の近く、角の席に陣取った。


 三人分の薄荷はっか湯(濃いめ)を盆にのせて持ってきた小僧が、あとからそうっと外に出てゆくのを視界の端に見て、呼びにやったのだなとカヘルは思う。



 ほどなくして、新しい客が入ってくる。


 すらりと長身だが少々足がわるいらしく、粗末な長い外套の下側で、右脚がおくれている。


 男はまっすぐ、黄土色外套三人掛けの角席にやってきた。そこに立って、挨拶をする。



「福ある日を。……おたよりを、差し上げた者です」



 部下二人はすうと腰掛けをひいてやや後方へ、カヘル正面に男は座した。


 長い白金髪をひっつめている、三十てまえくらいだろうか。なかなか端正な顔であるが、鼻がひねくれ方向に曲がっていて、他の部分を台無しにしている。



「ルリエフ・ナ・タームと申します。カヘル若侯、こんな所までご足労いただいて、感謝しております」


「ターム様。私に、大事な話というのは?」



 単刀直入、ずばりカヘルは聞いた。



「はい。私の同郷、テルポシエ人の動向について、あなたに利益のある情報を有しております」


「……あなたは、テルポシエ貴族なのですか」


「テルポシエ貴族でした・・・。第十二代女王の夫に連なる出自ですが、陥落の際に身代金で脱出しまして、……。今は一人この地にて、代書業をしております」



 カヘルはかすかに、眉をひそめかけた。


 つまり彼は同郷の者を裏切って、カヘルに情報を売ろうとしている。情報のなかみ以前に、こういう方向で動く者の話は、身がなかったりするのだ。



「いま現在、テルポシエの者と言っても、ずいぶん様々な方がおられます。あなたのような追放貴族や逃亡ながれの元市民兵、イリー系市民にエノ軍も含まれますから、その辺の詳細まで含めてお聞かせ願いたい」



 ルリエフ・ナ・タームはうなづいて、さっきの小僧がまた持ってきた湯のみを受け取った。


 少年が厨房に行ってしまったのを目で追って、……いまそのみどりの視線をカヘルに向ける。



「最近、デリアド北部で大がかりな山狩りがあったと、こちらまで伝わって来た時にぴんときました。……もしや貴国領にて、イリーの敵たるテルポシエの伏兵が見つかったのでは、と思ったのです」



――だから。その伏兵が何なのか、もっと詳しく言いなさい??



 いらっと来ているのを大人として、えあるデリアド副騎士団長としてうまく隠しつつ、カヘルはうなづく。



「それが旧軍の兵だったのか、あるいはエノ傭兵だったのかにもよりますが……。仮に前者であった場合、おそらく侯は、次の情報を有益とみなすでしょう」



――残念、後者です。でもついでだから、話してください。



「……フィングラスのこの界隈には、ずいぶん多くの旧軍兵が、潜伏しているらしいのですよ」


「市民兵ですか?」


「いいえ、二級くずれは主にブロール街道の山間部に多いようです。と言っても、だいぶ数を減らして、ここ近年はほとんどいなくなったようですが」


「では、騎士?」


「さようです」



 男はあっさり、はっきりと言った。



「かなり統制のとれた動きをしているので、陥落戦を生きのびた一級騎士がさらに生きのびるため、集団を再編成しているのかもしれませんね。その一員が今回デリアドへ潜入し何らかの問題を起こしたので、騎士団が山狩りで対応したのかと、私はそんな風に想像しました。あなたにお便りを差し上げたのは、そのためです」


「その潜伏集団について、フィングラスの執政会は周知しているのですか」


「どうでしょう……。山賊まがいの無法行為をしているわけではないので、黙認しているのかもしれません。ここは個人宅で傭兵を雇っている農家が多いので、むさ苦しいのがぽつぽつ歩いていても、他のイリー都市国家ほどには注目されないのです」



――それではエノ傭兵が紛れ込んでも、あまり気にならないと言うことか。



「この元騎士どもが、一体なにを企んでいるのかまでは、私にもわかりません。ただ小さくても一勢力としては見逃せませんから、ご留意をと進言したかったのです」

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