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海の挽歌  作者: 門戸
冷えひえカヘル若侯の怜悧な推理
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184 冷々7.カヘル若侯、別居の危機

 数日にわたって行われた山狩り……山かがり・・・の成果は、出なかった。


 不審者が滞在したような痕跡は何ひとつ見つからず、あやしい者を見かけたという話も一切聞こえてこない。



「まあ、直接的な発見はなくとも、過疎地の住民への注意喚起にはなっているわけだし……」



 もっとも、領民にはおおやけだってエノ傭兵が潜伏しているかもしれない、とは言っていない。


 年末年始は物騒になるから、火の元と一緒に戸締り・身の周りにも気をつけよという、ありきたりな言い回しでふれてある。



「それにこうして、住民に加え騎士団が警戒巡邏をしているところを、きゃつらが遠目に垣間見ていれば、企みごとへの抑止になろう」



 騎士団長フォーバルの言う通り。


 首なし死体事件の解決には繋がらなくとも、山狩りにはこれから起こりうるエノ軍間諜の工作を、前もってさまたげる効果があっただろう。


 団長の執務室を辞して、副団長室の机に戻ってみると、横から側近が布束の入った角形籠を差し置いた。



「ずいぶん便たよりが、たまっております」


「……」



 どうかしたのか、と問いかけて側近はやめた。


 起きがけ同様の、カヘルの機嫌の悪さを見てとったからだ。家で何かあったなー、と思う。


 実は本当にその通り、数日間の山かがり随行から帰ってみたら、妻がまだ実家へ行ったままだと言う。


 母屋で母の手料理を食べつつ(※美味しい)聞かされた、……向こうの親御様がまだご病気とか。


 ……じつに嫌な流れである、きな臭さぷんぷんというものだ。ちょうどこんな感じでなごやかに、ごく自然体に別居に入られてしまったのである。前回は。



 きっっと眼前の書類・通信布に、意識をひき戻した。


 マグ・イーレのニアヴ叔母からの筆記布には、同様の事件はいまだかの地にては見られず、またエノ軍間諜の動きも引っかからないと記してあった。


 ただし国境間際のフィングラス領にて、かつてランダル王が襲撃された経緯から、その周辺地帯には注意すべし、とも簡単に書いてある。



――あの辺は、フィングラスのいわうお騎士団も頻繁に警邏できないようだからな……。



 他の便りもどんどん開封してゆく。おおかた、各地方の分団からの報告書である。



「……おや?」



 見慣れない差出人の布便りが、ひと巻き入っていた。


 まさに先ほど、ニアヴが書の中で注意を促していた、フィングラス領の地名が在所として記されている。



――誰だろう?



 開封して、さらに頭をひねる。壁際の整理書棚に、書類を出し入れしていた側近に声をかけた。



「フィングラスのリアーの町までは、一日半でしたかね」



――あー良かった! 仕事にあたま切り替えて、きげん悪いの忘れたっぽい。



 側近は安堵して振り返った。



「ええ。天気がもてば、そんなところです」


「それでは、ちょっと行ってくるので。あとを頼みます」


「えっ、今からですか?」


「はい。明日の軍会議の報告書はできていますから、代わりに読み上げておいてください。それと父にも、ついでに伝言をお願いします。急な出張と」



 しゃかしゃか言いながら、カヘルは身のまわりのものをまとめる。ふわりと黄土色の外套を引っかけると、へやを出た。


 石壁が暗く迫る、廊下をぐいぐい歩きながら、外套かくし内側の奥底に、先ほどの布便りをねじり込む。


 ルリエフ・ナ・タームという名の人物が、短い文言でもって、カヘルをその地に呼びつけていた。


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