182 冷々5.キリアン・ナ・カヘルの推理
「カヘル侯。昨日の漂着死体なのですが、もしや川から流れてきた、ということはないものでしょうか?」
翌朝の副団長室にて、部下の一人が声をあげた。
「川上から……?」
「はい。例えば……あの浜から少し離れておりますが、ラモノ川の上流域で殺された後、水中に棄てられた可能性もある、と思うのです」
執務机の前、椅子にかけたカヘルはくるりと振り返り、壁に留められた大判のデリアド領地図を見る。
「……確かに、その可能性はあります」
「しかしラモノ川の場合、ほとんどが山脈ぞいの森林域を通っている。仮にエノ傭兵が仲間によってそこで殺されていた場合、今でもきゃつらが潜伏し続けるのは容易でしょうな」
側近が顔をしかめた。
「山狩りを行った方が、良いかもしれません」
カヘルは部下たちの言葉を聞きつつ、布地図の上のラモノ川の流れを、上向きずいっと追っていった。
その視線が、デリアド領を示す黄色の国境線を越える。
「……となると、マグ・イーレ領にて殺害された可能性もあるでしょう」
ラモノ川はずっと北向き、マグ・イーレの西端部・過疎地をも通過しているのだ。
側近と部下二人は押し黙った。
「あんな典型的な傭兵のかっこうで、すぐにエノ軍と知れる山刀を腰にさげた男……男たちが、イリー街道を堂々やってくるというのは考えにくい。となると、山中ブロール街道を通って来たのかもしれません。フィングラスの過疎地をうまく伝って、マグ・イーレの辺境へ忍び込んだと考えるのが妥当です」
「では、マグ・イーレに向けた間諜集団でしょうか」
「……」
理屈としては通る。対エノ軍テルポシエのイリー同盟、その筆頭にあるのはマグ・イーレだ。
敵としては、そのマグ・イーレのおまけ戦力のようなデリアドより、よっぽど内部事情を探りたいに違いない。
しかし、である。エノ軍もあほうではない、旧テルポシエ軍が包囲戦中に得た情報では、先行なる特殊部隊が蛮軍の中にもちゃんとあって、いっぱしの情報戦にも対応していたらしいのだ。
そういう精鋭を差し置いて、こんな遠方の敵地に平傭兵を送り込むものだろうか。仲間割れをして殺害に至ってしまうような、要領の悪い者たちを?
「山狩りほど仰々しくはせずとも、北部森林域には何らかの対策を取らなければいけません。それと市庁舎の地勢課にお願いして、“銀の浜”に流れ込んでいる可能性のあるすべての河川を、あげてもらいましょう。川はラモノだけではありませんから」
側近と部下はやはり副長背後の地図を見て、……小さい細い川ならいっぱいあるぞ、と数えているらしい。
――叔母上には、私から詳細を書いて伝えておくかな。
カヘルはマグ・イーレ正妃、ニアヴのことを考えている。




