18 精霊使い7:シュウシュウ
訓練のすぐ後、シュウシュウを引き取って、ニーシュは賄い場へと向かった。
珍しく、イオナとその家族は見つからない。屋根部分だけの天幕が張られた食事の場は、いつも通りに賑やかである。むさ苦しい傭兵どもも、食べる時はたいてい皆機嫌が良いから、最も治安のよい時間帯なのだ。
「このおまめ、シュウシュウむいたよ」
麦の中で光る緑色の粒を木匙でより分けるように食べながら、娘は誇らしげに言った。
「あ、婆ちゃんの手伝いしたのか。偉かったなあ」
炊事場下働きの老婆は、実に器用に娘の面倒を見てくれる。誠に有難いのだが、彼女らに会って礼を述べれば、いつも逆に感謝された。あたしら目が悪くなってもいるし、細かい作業をかわいい子が手伝ってくれりゃあ、仕事にはりも出るんでねえ……。
それでもやはり、傭兵団の中で娘を育てるのがどんなに危ないかはわきまえていた。
この包囲戦を区切りにして、ニーシュは傭兵業から足を洗うつもりでいるのだ。まとまった額の報酬が出るだろうから、それさえ貰えれば、もうどこへなりとも飛び立つことができる。北の穀倉地帯、マグ・イーレの塩田、フィングラス方面の辺境で牧畜をしたっていい。土地を買って、新しく人生をやり直す。
――そうだ、だめ元でイオナを誘おうか? 一緒に来ないかって、……いや、それはないな。イオナは兄ちゃん義姉ちゃんと離れはしないだろう。……あ、じゃあ皆まとめて誘ったら?
楽しい想像の翼を広げつつ、シュウシュウと手を繋いで自分の天幕への道をのんびり歩いていると、どこかから帰って来たらしいイオナが前方を通り過ぎるのが見えた。
「よっ、お先に昼めし食ったぜー」
はっと顔を上げて自分を見るその眼差しに、明らかに異変が起きていた。
「……どうした? 何かあったのか」
動揺して不安げな面持ち、下ろした髪はだいぶよじれてくしゃくしゃになっているし、革草履ばきの素足は土埃にまみれている。こんな彼女を見たことがない。
「ニーシュ、……あのね、後で、時間があったら……話せる? 二人だけで」
「え? ああ。俺、これからシュウシュウを昼寝させるから、その後でいいか」
「……ありがとう。石が原で、待ってるから……じゃあ、ね」
それだけ言うと、小走りに行ってしまった。
・ ・ ・ ・ ・
こういう時に限って、娘はなかなか寝付かないものだ。
寝床に横たわったものの、ぬいぐるみ相手に鼻歌を歌って聞かせたりして、いつまでも起きている。
この場合、幼児相手に怒っても仕方がない。背を向けて座り込み、一緒に鼻歌に合わせてやり過ごすうち、ニーシュはふと隠しの中に入れっぱなしだった、あのとんぼ玉のことを思い出した。
娘に気取られないよう、細心の注意を払いながらそれを取り出し、綿ぎれの包みを開く。薄暗い昼下がりの天幕の中でも、赫い玉は柔らかく、美しく煌めいた。
こういうのを差し出して、同時に求婚して……と言うのは、できるものなのだろうか。
――ややこしいからなー、その辺の事情は。地方や国によっても、作法ってのが違うんだろうし……。パスクアさんあたりなら、真面目に相談したら聞いてくれるかな……。
悶々と悩み始めた所へ、いきなりにょっきりと娘の声が躍った。
「それ、なーにー!? きれーい!」
「!!」
「シュウシュウに、ちょうだーい」
はっとして思わず、掌を握りしめて玉を隠してしまった父に、娘は怪訝な目を向ける。
「……だめだよ、これは、……イオナにあげるんだ」
娘は、きゅっと唇をすぼめる。その先がどんどん尖っていった。
「もう少し大きくなったら、シュウシュウにも買ったげるからな」
冷静を装って言い聞かせようとすれば、理由のわからない後ろめたさ、ばつの悪さで胸がいっぱいになる。
娘は目を全開に見開いて、ニーシュを見ていた。
全ての真実を射抜いて知っているかのような、その瞳はうるうると輝き、頬が真っ赤に染まって行く。怒ったのだ。
「いらない! とうちゃん、きらいっ」
娘はぷいとそっぽを向くと、そのまま自分の草履をちゃちゃっと突っかけて、天幕から出てしまった。
「おい、シュウシュウ! どこ行くんだよっ」
慌てて出入り口の垂れ幕をめくり上げると、娘は全力疾走したのか、すでにどこかの天幕の陰に隠れて姿が見えない。
「おばあちゃんに遊んでもらうから、いいもんっっ」
かろうじて捨て台詞が聞こえて来た。