179 冷々2.首をなくしたエノ傭兵
イリー都市国家群の最西に位置する、デリアド。
小さな湾に面したデリアド市を中心に、沿岸地域と内陸森林部にかけて、町村が南北に散在している。
西の山脈の向こうはすでに“白き沙漠”、現代イリー人のあずかり知らぬ不毛地帯である。
その沙漠と人界とをへだてる山々が迫る岬の内側、“銀の浜”を有する漁村から変死体発見の一報を受けて、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘルは駆けつけたのだった。
頭部を欠いたその死体は、いまクナカ村の安置所、石積み小屋の寝台に横たえられている。水難死者、溺死者と同様の措置である。
幾つもの蜜蝋が灯る室内は冷えびえとしているが、生きている者にとっては、屋外よりずっと耐えやすい所だった。
「……何もありませんね」
皮手袋をはめて、皆で遺体の衣類をはがしたが、身元をしめすものは何ひとつ見つけられなかった。
カヘルは男性の毛織上衣、股引のかくしの隅までていねいに引っ張り出して観察したが、どこも空っぽなのである。
「装飾品も、持ち物も一切なし……。肌着のたぐいは、どこにでもあるものだし」
「体毛も……手掛かりにはなりませんね」
部下のひとりは、海水中に露出していたと見られる両手の指部分を注視している。
「ふやけのせいで、たこの見分けがつきません」
職人などは、特徴のあるたこができる場合も多い。そこから何か割り出せないかと思ったらしいが、駄目だったようだ。
お手上げである。
「カヘル侯。手掛かりはひとつきりしか、ありません」
「そのようですね」
カヘルは寝台脇の木卓に置かれた、革の帯と毛織上衣に目をやる。
「エノ軍の一傭兵、としかわからない」
遺体の足元の方、控えめな態度で調べに参加していた駐在巡回騎士・主任が、ぴくりと顔を上げた。
その目に不安が、そして疑問が満ちている。
「……確かなのでしょうか、カヘル侯?」
「ええ。エノ軍がテルポシエ陥落以前に大量購入し、支給品としていた山刀と同じ型の、鞘掛けがここに」
カヘルは革帯の一部を指さした。
「近年は主に戦闘棒が支給されているようですから、古参兵だったのかもしれません」
「……」
主任は眉根を寄せる。不安が深くなったらしい。
「なぜエノ傭兵が、ここに。デリアドに……」
「そこが問題です。一体どうやって、我らが領地に侵入してきたのか」
側近がうなづいた。
「……もう一つ、問題なのは」
上背のある側近を見上げつつ、カヘルもうなづく。
「彼が近辺で殺され、海中に棄てられたのだとしたら。その下手人であるもう一人、あるいは複数人のエノ傭兵が、潜伏している可能性があると言うことです」
「!!」
主任は、目を大きく見開いてぎくりとした。
「……致命傷の、この胸の傷ですが」
蜜蝋あかりに生じろく光る、死体の胸中心を指し示し、カヘルは平坦に告げた。
「この刃幅の広さは、やはり山刀です。仲間うちでの殺害、と考えてよいでしょう」




