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海の挽歌  作者: 門戸
冷えひえカヘル若侯の怜悧な推理
179/256

179 冷々2.首をなくしたエノ傭兵

 イリー都市国家群の最西に位置する、デリアド。


 小さな湾に面したデリアド市を中心に、沿岸地域と内陸森林部にかけて、町村が南北に散在している。


 西の山脈の向こうはすでに“白き沙漠”、現代イリー人のあずかり知らぬ不毛地帯である。


 その沙漠と人界とをへだてる山々が迫る岬の内側、“銀の浜”を有する漁村から変死体発見の一報を受けて、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘルは駆けつけたのだった。


 頭部を欠いたその死体は、いまクナカ村の安置所、石積み小屋の寝台に横たえられている。水難死者、溺死者と同様の措置である。


 幾つもの蜜蝋みつろうともる室内は冷えびえとしているが、生きている者にとっては、屋外よりずっと耐えやすい所だった。



「……何もありませんね」



 皮手袋をはめて、皆で遺体の衣類をはがしたが、身元をしめすものは何ひとつ見つけられなかった。


 カヘルは男性の毛織上衣、股引ももひきのかくしの隅までていねいに引っ張り出して観察したが、どこも空っぽなのである。



「装飾品も、持ち物も一切なし……。肌着のたぐいは、どこにでもあるものだし」


「体毛も……手掛かりにはなりませんね」



 部下のひとりは、海水中に露出していたと見られる両手の指部分を注視している。



ふやけ・・・のせいで、たこ・・の見分けがつきません」



 職人などは、特徴のあるたこ・・ができる場合も多い。そこから何か割り出せないかと思ったらしいが、駄目だったようだ。


 お手上げである。



「カヘル侯。手掛かりはひとつきりしか、ありません」


「そのようですね」



 カヘルは寝台脇の木卓に置かれた、革の帯と毛織上衣に目をやる。



「エノ軍の一傭兵、としかわからない」



 遺体の足元の方、控えめな態度で調べに参加していた駐在巡回騎士・主任が、ぴくりと顔を上げた。


 その目に不安が、そして疑問が満ちている。



「……確かなのでしょうか、カヘル侯?」


「ええ。エノ軍がテルポシエ陥落以前に大量購入し、支給品としていた山刀と同じ型の、さや掛けがここに」



 カヘルは革帯の一部を指さした。



「近年は主に戦闘棒が支給されているようですから、古参兵だったのかもしれません」


「……」



 主任は眉根を寄せる。不安が深くなったらしい。



「なぜエノ傭兵が、ここに。デリアドに……」


「そこが問題です。一体どうやって、我らが領地に侵入してきたのか」



 側近がうなづいた。



「……もう一つ、問題なのは」



 上背のある側近を見上げつつ、カヘルもうなづく。



「彼が近辺で殺され、海中に棄てられたのだとしたら。その下手人げしゅにんであるもう一人、あるいは複数人のエノ傭兵が、潜伏している可能性があると言うことです」


「!!」



 主任は、目を大きく見開いてぎくりとした。



「……致命傷の、この胸の傷ですが」



 蜜蝋みつろうあかりに生じろく光る、死体の胸中心を指し示し、カヘルは平坦に告げた。



「この刃幅の広さは、やはり山刀です。仲間うちでの殺害、と考えてよいでしょう」



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