178 冷々1.“銀の浜”の漂着死体
ぎゃあ、ぎゃぎゃあ……。
耳障りな鳴き声が西から東へ、過ぎ去ってゆく。何の鳥だろう?
ついと見上げたキリアン・ナ・カヘル若侯の目の中に、色をうしなった冬の空が重く立ちこめた。その端をぼつぼつと飛び去ってゆく、――黒い鳥の群れ。
彼はすぐに、視線を戻す。不愉快きわまりない地上の現実へ。
じめついた寒さの支配する灰白色の浜、……夏のあいだこそ領民たちが海水療治や散策、釣りに憩うところだが、今はその“銀の浜”からもすべての色彩、全ての生命がうしなわれていた。
カヘルの足元に横たわる男の身体にも、やはり色彩がなかった。生命が失われている。
「何者なのだろう」
防寒用の毛編み帽子に黄土色の外套頭巾を重ね、さらに口元あたりまで厚く巻いた覆面布の内側、カヘルはくぐもった声で呟いた。
「男性、としかわかりませんね。これでは……」
「……周辺をくまなく探しましたが、この身体以外に別に流れ着いたものは、何もありませんでした」
低い声、やはりくぐもりがちに言ってくるのは、分厚い皮手袋と皮長靴、漁師のような装備に黄土色の外套を重ねた、地元駐在の巡回騎士・主任である。
「手の部分の膨らみ方を見ると、さほど長く漂流していたようには見えません」
カヘルの後ろにいた側近が言った。吐き出す息が盛大にしろい、覆面布を巻かない彼の口まわりでは、ひげが霜ついている。
「――とりあえず、担架へ。村の安置所に置いて、衣類の内側を調べましょう。ここではいずれ、凍りついてしまいます」
「そうですね」
巡回主任に同意して、カヘルと部下たちは他の巡回騎士らとともに、浜辺に漂着したその男性の遺体を持ち上げて、担架にのせた。
つめたく濡れそぼり、首をどこかに落としてきたその身体は、表情なくされるがままになっている。




