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海の挽歌  作者: 門戸
空虚八年目 不死の男の怪談
171/256

171 空虚八年目6:新しい軍医たち

『メイン、誰か来るよ』



 とんがり耳を真上にぴーんとのばして、巨大なけもの犬ジェブが言った。


 どんより曇りめの、夏のある日。


 天幕の外に出るべきか迷ったメインは、上半身のみを出入り口にさらす形でのびていた。



「エリンとケリー? 何か忘れ物かな」



 身の回りの世話をして、お湯を沸かして半刻ほど前帰ったばかりなのに。



『パスクアと、……男がいっぱい。見てくる、場合によってはガブリ』


「こらこら」



 ジェブはひょーいと丘をくだってゆく。


 肘をついて重苦しい身体を起こし、這うようにして巨石にのぼると、メインはその場にあぐらをかいた。


 やがて、緑の草地の向こうに幾人かの姿が見え始めた。



『新顔がいるわぁー』


『誰だっぺない? 殺気、まるでなす』


『殺気あったら、霧女どんが通さないってー』



 メインの両膝に座って、相変わらずにぎやかなプーカとパグシーである。流星号はおとなしく、メインの左手で撫でられている。



「メイーン、いるかあー」


「いないわけ、ないよー」



 パスクアの間延びした声に、いつも通り弱々しく返す。



「よーう。ついに連れて来たぞ」



 友は笑顔で、背後の三人を振り返る。


 メインと同年代らしい男が二人、そのまた後ろにやや年かさのがっしりした男が一人。三人はメインの前に立つと、丁寧に頭を垂れて礼をした。



「初めまして、メイン王。このたび軍医となりました、フィン・ナ・シオナです」



 低く穏やかな声で、男は言った。


 髪もひげもきれいさっぱり剃った顔の中で、青い瞳が静かな生気を放っている。隣にパスクアが立っているから薄っぺらく見えるが、医師の青い筒っぽ衣と質素な黒外套のまえで組まれた両手は、不釣り合いなほどに大きく、がっしりしている。



「ならびに、ティーラです」



 もう一人、同じく医師の青衣を着た男が言う。フィンと似たような姿だが、少し長めに残した頭髪は濃い金髪である。三人は皆、イリー系らしい。



「こちらは、エアン。医師ではありませんが、護衛を頼んでいます」



 背後の年かさ男性を示しながら、フィンが言った。



「こちらさんは、助手扱いで雇用したから」



 パスクアが横から口を挟む。



「……福ある日を。メインです、遠路はるばる来てくれて、本当にありがとう」



 三人はもう一度、そろってお辞儀をした。


 メインは内心で首を傾げた。彼の両膝ではプーカとパグシー、流星号がもぞもぞ動いている、巨石の手前ではジェブが“お座り”をしてすましている。それなのにフィン医師はかれらに視線を向けず、メインだけを見ている。


 他の二人はちょっと引いているし、彼にも精霊たちは見えているはずなのに、何だか掴みきれない落ち着きようで“武装している”人である。哀しみも怒りも喜びもまとってはいない。


 ちょっと不思議な第一印象だけを残して、フィン一行は帰って行った。




「かなり、お悪いようですね」



 霧女の白い壁を抜けた後、テルポシエ市内へと足を向けながら、フィン医師はパスクアに低く言った。



「……。もう八年、あんな感じなんだ。あんたより若いのに、じいさんじみてるだろ?」


「髪とひげのせいで、そう見えるのはあります。それにしても寒そうだった」


「何とかならないのか」



 本当は、フィンにメインを診てやってくれと言いたかったパスクアである。


 けれど自身治療師であるメインが自分からそう言うのでなければ、それを言ってはならないような遠慮が働いてしまっていた。



「伺ったお話から考えますと、私がお手伝いできる領域ではありません。申し訳ないのですが、精霊や呪いに源を発する病は、医術で対応できないのです」



 静かに、しかしはっきりと医師は言った。



――まあ少なくとも、正直な医者だな……。



「それじゃあ……、まあ手が空いた時に、診てもらいたいのがもう二人いるんだ。こっちは別に急ぐわけでないから、そのうちに」



・ ・ ・ ・ ・



 定期通商船でティルムンへ行ったウーディクが、“ぶっちぎりの逸材”として連れ帰った医師である。


 同行のテルポシエ商人たちに連絡をつけてもらい、医学問所などへ何度も足を運んだが、どこでも良い顔はされなかった。


 旧イリー王政下ならまだしも、得体の知れない蛮族支配下、政情不安定な遠方の辺境になんて、誰も行きたくないのである。ティルムン人にとってテルポシエは、極東最果ての地と同義らしい。



「報酬がこんだけあっても嫌っつうんだから、もう諦めかけてたんすけどね!」



 それでもウーディクは毎日、各地の施薬院や学問所を粘り強く訪ねてまわった。



「その辺りで、何つうかこう……ほんとの自分を探しに出たいの、って顔してる若い奴つかまえて、あんたテルポシエにいひん? って聞いてまわったんす」



 短期滞在しただけで、ティルムン語を吸収し使いこなす恐るべき男であった。


 そうして足を棒にしていたある日、彼はティルムン大市に近い小さな町の施薬院で、何をどう見てもイリー系にしか見えないフィンとティーラに出会った。


 驚いたことに、フィン医師はその日その時その場所で、ウーディクに向かって即答した。



「わかりました、行きましょう」



 テルポシエ軍医に……という所までしか話していなかったウーディクは、思わず口を四角く開けて、面白い顔をさらにおもしろくした。


 報酬額だって言ってないのに、フィンはすっくと立ち上がった。


 自分は院長に話してくる、ティーラは荷物をまとめて、ウーディクさんはエアンと一緒に診療所の掃除をして下さい、……。


 ……おとなしい印象の男だと思ったのにびしびし指示してくる、とんでもない司令塔だった。


 エアンが語る所をきけば、三人ともデリアドの末端貴族の出だという。


 留学中に実家が破綻して取り潰されてしまい(この辺はウーディクにもよくわからない、イリー貴族の事情らしい)、医師になったものの帰るに帰れなかった。イリー諸国であれば故郷でなくても構わないからぜひ赴任したい……そう考えていた矢先だったと、年かさの元騎士らしいエアンは笑った。



――それなら別に、自分らで船乗って帰って、好きなとこ探しゃいいのに?



 内心ウーディクは不思議に思った。それとも、他のイリー諸国の貴族はテルポシエ港でエノ軍に捕らわれる、とでも危ぶんでいたのだろうか? 確かに現在のテルポシエ港から留学や外遊に行くような奴はいない、ほぼ全員が通商目的の商人ばっかりだ。



――でも、医者だろ? 実家が取り潰しってことはもう平民身分なわけだし、適当に偽名でも使えば、別に問題なく帰って来れたはずよな。俺達そこまで細かくねえよ? ……あー、まじめな貴族のぼっちゃまらしく、嘘つけない性格とか……?



 しかしとにかく、自分の任務は完了に向かって進んでいる。胸に抱いた疑問はしまったままにして、ウーディクは三人をティルムンに連れ帰り、次いで定期通商船の予約をつけて、約一か月後テルポシエ港へと帰還したのだった。




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