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海の挽歌  作者: 門戸
空虚八年目 不死の男の怪談
170/256

170 空虚八年目5:ゲーツの確信

「ちょっと……ゲーツ君、何なの? どうしちゃったの? 本当に聞いた怖い話って、それつまり聞いただけの話じゃないの」



 昨日に続いて、爽やかな夏の朝。


 書斎にけて飾ったら、すてきな香りで書きものがはかどるかも……ふふふ……などと考えて、離れ裏側の黄色いばらをぱちんぱちんとランダルが切っていたら、その茂みの裏から巨大な影がにゅうと出て、「先生話が」と囁くのである。


 定例会議にグラーニャを残して、こっそりやって来たらしいゲーツだった。


 いつもの無表情顔が微妙に紅潮しているような、いいや見ようによっては蒼ざめているような変な顔、つまり急を要する顔である。静かに書斎に入れた王であった。



「……いえ。本当に見た、怖い話なんです」


「怪異目撃談? なに見たの? 昨日のことなら、私も聞いたけど」



 午後遅く、うちうちの会議があって呼ばれていた。ザイレーン訪問の際にディンジーの聞きつけた不穏な気配について、グラーニャとディンジーから報告されていた。


 声音の魔術師を招聘した手前、赤い巨人や書物に関わることがらについては、ランダルもこういった極秘の打ち合わせに出席し、情報を即共有するようになっている。



「……ディンジーさんのことではなく、グラーニャ様が遭遇したミルドレ氏のことなんです」


「うんうん、それもついでに聞きましたよ。びっくりしたね、でもお孫さんってだけで関係ない人だったんでしょう? ……って、ちょっと?」



 ランダルは内心でかなり引いていた。


 ゲーツが、……自分よりだいぶん上背のある大男の傭兵が、ぐぐぐぅっっと身をかがめて、ランダルの目を覗き込むようにしてきたのである。



「……本、人、なんですッッ」


「……は?」



――なんで涙目にまでなってるのッ? いかん、ゲーツ君なにか病気なのではッ?



「とりあえず座ろう、座ってゆっくり説明して?」



 あまり広くもない書斎だが、書棚をめぐらせた隅に予備の小机を置いてある。


 そこの下から腰掛二つを取り出す、ゲーツは力なく座り込んだ。



「……王子様ふたりがティルムン留学へ旅立った時、先生はテルポシエでミルドレと会ったのですよね」


「ええ、会いましたよ。例の……疑惑のミルドレの、息子さんの方。昨日君らが会った人の、お父さんじゃないですかね」


「……そのミルドレは、港にまで来てたのではないですか」


「へ? ……あ、ああ……そうだったかな。うん、ほらニアヴさんがすごく不安がっていたからね。気を利かせたのかな、定期通商船が出航するまでずっと一緒にいたかも。何で?」


「……小雨が降っていたので……テルポシエ騎士の、緑の外套の頭巾をかぶっていた……」


「ゲーツくーん? ほんと、大丈夫?」


「……寝たら思い出したんです」



 ランダルは小さく口を開けた。……は?

 


「……先生がテルポシエ港で話していたミルドレと、昨日のミルドレは、同一人物なんです。本人なんです」


「ゲーツ君……、えーと」



 ランダルは、あご髭をごしごしっとしごいた。


「昨日見たミルドレは、三十そこそこの若い人だったのでしょ。私が二十年近く前に会ったミルドレも、やっぱり三十代くらいだったんですよ? いくら若づくりしたって、そんな風には見えないでしょう……ありえませんよ、同じ人って言うのは。親子だったら、それくらい栗ふたつになるもんじゃない?」


「……自分は、白山羊四十頭を個々に判別できます」


「!! すごい能力だっ」


「……先生は以前、エリン姫がグラーニャ様にそっくりだと仰いました。たしかに似ています。似てますが、別人なんです」


「……」


「……ですが、あのミルドレ達は。似た者どうしとか、血縁者ではありえません。同一人物なんです。変な髪と、顔と体が全く同じでした」



 ゲーツは時々、過去の風景を夢に見る。昨日会ったミルドレのちりちり髪の印象かもしれない、出立するフィーラン王子に伴ってテルポシエへ行き、船が出る時港で警護をしていた、その時の記憶をみた。早朝、まだ暗いなか彼は震撼して目を開いたのである。



「……あいつはあのままで、長く長く生きているんです」



 ランダルは言葉を失った。ありえない、……けれどゲーツの確信を否定することもありえない、と思う王である。



 こんこん、……かたり。


 控えめに扉が叩かれ、静かに開いた。



「ディンジーさん……」



 声音こわねの魔術師は音もなく小机に歩み寄り、不安げな王と蒼ざめた傭兵とを見下ろして、うなづいた。



「そいつの外見のこと。どんなだったか、詳しく言ってみて?」



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