17 精霊使い6:王の奸計
「おらー、そこのてめえ! ひと息ついてんじゃねえぞ!」
「おっ、パスクアさーん。押忍、押ー忍」
自分の存在を示して発奮をけしかける意味もあり、午前の訓練たけなわとなった広場をわざと大きく横切って、エノ軍幹部のひとりパスクアは、王の天幕へと足を運んだ。
イニシュア・アラン隊に遅れて、同時に派遣していた別の先行隊が帰営したので、報告へ行くところである。
ちょうど朝の遠乗りから帰って来たエノ王と老賢人アキルとに、天幕の前で鉢合わせた。
「今朝は、東側の第七陣まで行って来た!」
「また突風被害があった所ですか?」
「そうそう。まあ大したことなかったよ、もう第五陣から工兵入ってたし。すぐに立て直せる」
「……やたら変な風が吹く土地だ」
アキルは目を細めつつ、低く呟いた。
都市国家テルポシエを包囲中のエノ軍ではあるが、目下のところ大きな戦闘には至っていない。
挑発の意味を込めて、テルポシエの安全確保領域ぎりぎりの所に小さな陣営をいくつも作り、また他のイリー都市国家群と繋がる主要街道を封鎖している。エノは連日、そういった数ある陣営を回っていた。
「良い天気が続いて、皆喜んでるなー。私としちゃ、そろそろ降ってもらいたいもんだけど。パスクア、暗い所でなく、外で話したいかい?」
大天幕に入りかけて、王は軽く躊躇する。
「いえ、中がいいでしょう。先行情報の報告ですから」
「そうか」
エノはそこでさっさと入って、中央の皮敷物にどかりと座り込む。パスクアにも座れ、と手で合図をした。
頭巾を取りながら、アキルもエノの傍らに腰を下ろす。杖は背後、いつもの位置である。
「で?」
「ウレフ・ノワ隊が、テルポシエ市内および東部に潜伏中の者から持ち帰った監視報告です」
パスクアが差し出した布を開き、さっと目を通すと、エノは再びそれを二つ折りにたたんで、横のアキルに手渡した。
「五日前に夏季の潮流変化が起こり、テルポシエは二昼夜の間、港を閉鎖しました。騎士と市民兵、総勢八十名で沿岸部の厳重警戒にあたった、と言うことです。先日イニシュア・アラン隊が持ち帰った、オーランからの監視報告と一致します」
「やっぱりな。潮の切れ目が付け入られ時、ってばりばり意識してんじゃないか」
エノは朗らかに頷いた。
「同じことが四年に一度、今年の冬に起こる。私がそれを知って、侵入に利用するのを恐れるテルポシエは、びびりながら包囲の日々を耐え忍ぶ。いやはや、気持ちの上でさぞ辛かろう。冬が楽しみだねえ、はは」
笑いかけて、ふとエノは正面の若い幹部の表情に気付いた。
「何か言いたそうだな?」
「……すいません。実は俺自身、どうもその話が胡散臭く感じられて、仕方ないんです」
パスクアは正直に告げた。
「ぶっちゃけた話……、本当に次の冬、潮流は止まるんでしょうか」
「何だ、そこか」
王は大仰に溜息をついて聞かせた。
「パスクア、潮流は止まる。確かな筋からの情報なんだから、疑う余地はない。幹部のお前が信じなくて、どうするね?」
「はあ」
やがて先行隊長は出て行ったが、彼がエノの言葉に全く納得していないことは明らかだった。
「……勘づいたでしょうか」
囁くほどに落とした声で、アキルが問う。
「いずれは、奴も……」
「たとえ知った所で、何もできんよ」
手前の盆を引き寄せ、エノは水差しを手に取る。
――信じるんだよ、パスクア。
エノの手の中、小さな椀に水が満ちた。
「情報源は確かな人物なのだから、疑う余地はない」
ゆっくりと椀をあおると、エノは豊かな髭に取り巻かれた口角をにっと上げた。
細くすぼめられた目尻、だがその中の闇黒い瞳は笑ってはいない。
残虐と狡猾、貪欲が渦巻いて、まるく未来を見据えている。
遥か昔から、隣でそれを見つめ続けて来た老賢人アキルにとっては、おなじみの光景だった。
「なんせ、この私なんだからね」




