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海の挽歌  作者: 門戸
空虚六年目 装飾写本の謎
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154 空虚六年目7:激震! マグ・イーレおじさん

「ちょっと、ちょっとちょっとパンダルっ。大変な一報がもたらされたよッ」



 急に書斎に転がり込まれて、少しだけ驚いた隠居中のマグ・イーレ王ランダルは、それが親友の古書商ロランであると見て、まじめな顔になった。



「どうしたんだい、心の友よ!」


「すまんねいきなり、……っって、うわぁ! 先客さまがいらっしゃるとは存じませんでッッ」



 ロランが度肝を抜かれる番である。決して広くはない書斎の隅、もう一つの小さな机に大男が狭苦しく座っていた。



「あ、彼なら大丈夫。今、お習字練習中なの」


「……」



 ゲーツは座ったまま、狭苦しくロランにお辞儀をした。ちょっとずつでも字をきれいにしたくて、グラーニャが長い会議に出ている間、時々ランダルにみてもらっているのである。


 またグラーニャに嫉妬されたらいいなという、どうにも不純な動機である。許してやって欲しい。



「それでロラン、大変な一報って? 我らがうしぐらき情報網に、何か引っかかったのかい」


「ああ。君、ガーティンローのキノピーノ書店・手代てだいくんを憶えているだろうッ?」


「もちろんだとも! ……はっ、まさか!? 破滅青年くん、自分が破滅しちゃったのかいッ。過労死!?」


「いや、そっちは大丈夫。今年に入って丁稚でっち驢馬ろばが増えたから、内勤が増えて少し楽になったんだと」


「良かったじゃないの。で?」


「内勤が増えてお客様対応が増えて……ってもう、自分で直接お読みよ!!」



 ロランは右手に握りしめたものを、ランダルに押し付けた。


 ランダルはその通信布を手に広げる。ゲーツがじっと見ていると、みるみる王の表情が変わっていった。



「ぬぁ――んとおおおぅ!! エリン姫が、キノピーノ書店に! 写本を読みに来た、となッ」


「憶えているだろうね、パンダル!? 陥落直後にキノピーノが落札した、あのテルポシエ写本群だよッ」


「忘れるわけないでしょっ。ほうほう、エノ軍らしき東部系の男女をお供に連れて、『テアルの巻』を熟読した、とな。追放された末端貴族の娘を装い、親戚のしおりを探すふりをしていた、と」


「……本当に、姫だったんでしょうか?」


「ちょっと。後で教えるからゲーツ君は座って、書き取りやっちゃいなさいよ」


「いいじゃん、教えてよ」



 いきなり湧いて出たような別の大男に、横から声をかけられて王と古書商はのけぞる。



「ディンジーさんッ、おどかさないで下さいってッ」


「ごめんなさーい。でも、色々聞こえちゃって面白そうだったし」



 相変わらずの山羊毛皮上っぱり、藍色の面布を首元に下げて、ひょうきんな声音の魔術師である。



「んもう。……ええとね、彼女は本の間に見つけたと言うしおり代わりのかんざしを、我らが友の手代てだいくんにあげたそうです。


 しかし帰宅後、質屋で働いている奥さんがかんざしの価値を見抜いた! 約六十年前にガーティンローの有名な飾り匠が作った作品で、確か当時のテルポシエ王妃の所有だったやつ、と。


 すっごく欲しいけど庶民が持ってて良いようなもんじゃないから、すぐ返してきなさいと恐れおののいたらしい」


「えー、飾り細工見ただけでそんなにわかっちゃうの? 質屋さんってすごいんだ」



 あからさまに女性の装飾にうとそうな森の賢者が、素直に感嘆した。



「ガーティンロー生まれの女性は、目が肥えているっても言いますしね! さすがですよ」



 ロランがうんうんとうなづいた。ガーティンローは貴石採掘で有名な都市国家なのである。



「それで手代くんも、はっとした。ずいぶんやつれて、年も経ているから気付かなかったけれど、ひょっとしてもしかして自分が応対していたのは、エリン姫様だったんじゃないのか、と……。彼、元々はテルポシエの出身なんですね。ずうっと若い頃の姫を、見たことがあったみたい」


「へえー。せっかくガーティンローまで出て来たんだから、捕まえてこっちに保護しちゃえば良かったのにね」


「ちょっとちょっと、ディンジーさん。手代くんはそこまでは考えられませんよ、闇組織にいるからって私の身分知ってるわけではないし。今回は有名人に会って好きな本の話題で盛り上がれたから、純粋に興奮してロランに便たよりを書いただけですって」


「まあ、僕は立場上、皆さんの素性とか全部知っちゃってますけど」



 ロランが苦笑する。



「……そういう危険を冒してまで、姫はなぜガーティンローまで来たのでしょう?」


「うん、そこだよゲーツ君っ。これは彼女が読んだと言う、写本に重大な意味がありそうですね。ロラン! 君、もちろん調べたろうッ?」


「あっったり前さ、僕本屋だもの! 『テアルの巻』というイリー暦20年頃の作品で、ずっとテルポシエ王室の書庫に保管されていた、宝物級の装飾写本だよ。手代くんが熱意をもって指摘しているが、どうもティルムン由来の伝承をイリー化した内容らしい。彼が参照を書いてくれたから、持ってきたよ」



 ロランは革鞄の中から出した包みを解き、幾束かの書布を取り出す。


 それらを素早く眺めた……いや、ものすごい速さで読んだランダルは、ぐわっと目を開けた!!



「……黒い大巨人の話群じゃあないかッッ!!」


「そうなんだよぉおおお!!」



 マグ・イーレ王と古書商は、二人とも顔を真っ赤にして、固めた両のこぶしをぶんぶん振っている。



「まさかッ!! まさかまさかまさか、姫は巨人の手がかりを見つけたと言うのだろうかぁあ」


「こりゃあもう、実物を読むしかないよ、パンダルっっ」


「何ということだぁぁ、東の精霊と神々のことばかり調べていたというのに!! 糸口が西からくるとはぁぁ」



――すっごい楽しそう……、でも俺全然ついてけないです、先生。



 無表情顔の裏側で、ゲーツはちょっぴり寂しさを感じてもいる……。白熱した王と古書店主の間へ、森の賢者の声が割り入った。



「あのー、ちょっと解説してくれる~?」


「ふあっ、申し訳ないディンジーさん。えーとですね、エリン姫はどうも、巨人の手がかりを記した写本を読みに、ガーティンローまで出て来たようなんです。


 我々はその本の内容を知りませんが、元ねたとなったティルムンのお話は知ってるんですよ。どれも“黒い大巨人”の話ですから、もしかしたら我々の敵である“赤い巨人”についての、手掛かりがあるのかもしれません」


「へえー、そうなの! 俺、本はほとんど読まないから知らないなあ」


「え、賢者なのに」


「だって文字列追ってると、目がしょぼつくんだもの。最近は老眼もあるし」



 特異な声と聴覚を駆使する“声音の魔術師”も、目は普通のおじさんらしい。



「パンダルさんも、その本読みに行くのかい?」


「あったり前でしょ! エリン姫に後れを取りましたが、絶対に外せない情報ですよ、これは。ロラン、以降私は手代くんと直に連絡を取りますからね。純粋な文学的好奇心で君から楽しく話を聞かせてもらった、ということでよろしくねっ」


「ああ、僕も一緒に行きたいのだが! マグ・イーレの古書商じゃあ、同業荒らしかもって怪しまれちゃうよなあ……」


「君の分も、この曇りなきまなこに焼き付けて読んで来るよ。至急手代くんに便りを書いて、御方ニアヴに旅の相談をせねば!」


「俺も一緒に相談しよう! ついでに一緒に行こうッ」


「え、別にディンジーさんはいいですよ……第一、本を読まないんでしょう」


「読めないんじゃなくて、自発的に読まないだけよ。ニアヴさんの得になるなら、なんぼでも読むよ」


「はあ、そうなの? そいじゃまたしても、おじさん調査団の出動ですね! ゲーツ君はどうする? ガーティンローなら目と鼻の先だし……、君が護衛してくれた方が、近衛騎士たち連れて行くより動きやすいんだけど」



――“おじさん調査団”、……俺はただの護衛だ……、その中には含まれない……。



 ランダルがにこっと笑った。



「また向こうから、御方グラーニャにお便り書いてあげたら?」


「……ご一緒します」



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