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海の挽歌  作者: 門戸
空虚六年目 装飾写本の謎
151/256

151 空虚六年目4:キノピーノ書店と“テアルの巻”

 翌日は、ファダンから駅馬を借りることにする。



「どうした、おひい。神妙な顔をして」


「やはりおいどが危機なのだろうが」


「……」



 エリンは苦笑するしかない。一行は昼前、ガーティンローに到着した。


 どっしりした市壁、門の所では鞄を開けるように言われる。ケリーは持参の組み立て短槍を見とがめられるも、「女の子も、最近は護身用に持つようになったね」衛兵たちは割とのんきである。


 ファダン近郊の村に住んでいる、ガーティンローへは買い物に来た、これだけの理由ですんなり通過できた。


 貴石の採掘で財を成すガーティンローの街は、実際イリー世界の流通要所だ。ちょっと遠くからでも、買い物に来る者は多い。



「ものすごく久し振りに来たわ」



 最後に来たのは十年以上も前、ウルリヒと一緒に海路を使った。王室の公式訪問、ガーティンロー王と騎士団長に会見したけど、エリンはちゃっかり買い物もした。



くだんの書店へは……」



 赤っぽい地元産の石を使った、明るい街並みの中心近くに、その立派な構えの店はそびえている。


 テルポシエ同様ここも花鉢の多い都市だけど、侵略者達が入っていない分、大っぴらに庭先店先を飾るいろどりが華やかだった。


 キノピーノ書店の前にも、釣浮草の花鉢がずらっと列をなして置かれている。



「こんにちは」



 エリンは率先して、店に入って行った。入ってすぐの机、受付女性に用向きを伝える。



「……テルポシエ写本の件で参りました、ムーナ村のティミエルです」



 偽名で名乗る。受付役はすぐに、店の奥に引っ込んだ。


 ウレフとノワ、ケリーはエリンの背後で物音ひとつ立てずにいる。


 エリンは長細い店内を眺めた――中央にのびる書台の向こうでは、小さな女神石像が可憐に翼を広げている。


 左右の壁一面は棚になっていて、弧をえがく丸天井ぎりぎりまで、書物が詰まっていた。入り口の上の所が大きな透かし硝子窓になって昼の光を通すから、室内なのにぐうんと明るい。


 すてきな所である。学者風した男性客が数人、書架のものを出し入れしていた。


 受付役が別の店員を連れて、戻って来た。



「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」



 通された商談室らしき部屋は、店と違って一般的な商家仕様であった。


 背丈はあるのに腰の低い、疲れた様子の若い男は、四人を前に卓子につく。



「店主は本日外しておりまして。手代てだいのゲールです」


「お手数をおかけします」


「いいえ。本に紛れ込んだ大切なものをお探しということで、店主もどうぞじっくり探してみて下さいと申しておりました。形見のお品か何かなのですか?」


「いえ、あの……少し違うのです。わたしはテルポシエ末端貴族の出で、陥落後に追放されたのですが、最近遠方で亡くなった親戚の女性から、さいごのお便たよりをいただいたのです」



 手代氏は、真面目な顔つきでエリンにうなづく。



「セクアナ家のシャノンさんという方なのですが、王室の方と親しく、例の写本などもよく一緒に閲覧なされたそうです。どうもそこに、自分の宝石細工をしおりに挟んでしまったらしく、うちをくまなく探したけど見つからなくて……」


「それで、こちらに?」


「ええ。もし機会があれば探して欲しい、という最期のお願いでした」


「わかりました、ではご案内するのですが……」



 手代は四人を見渡す。エリンは先回りして言った。



「やはり、大勢ではだめでしょうか。こちらは、わたしの家で働いて下さっている皆さんなのですが」


「申し訳ないのですが、私の立ち合いのもとお嬢様ご本人のみ案内せよ、と店主に命じられております」


「お手伝いできなくてすんません、お嬢さん」



 あまりにも堅気かたぎ風の声の調子でノワが言ったから、エリンは思わずお腹に力を込める。



「我々は、こちらで待たせていただいても良うございますか?」



――ちょっとっ、ウレフさん、そんなふんわりした声を出さないでちょうだいっ。笑っちゃうじゃないのっっっ!



「ええ、もちろんです。それでは参りましょう」



 手代とともに出てゆくエリンの背中がぷるぷる震えているのを見て、ケリーはかなり心配になった。



――大丈夫かな、姫様? 笑い上戸なのに……。



・ ・ ・ ・ ・



 別の商談室に通される。そこの卓子上に、鍵付き木箱が積まれていた。



「箱は一度に一つだけ、お開けします。写本の目星は、ついてらっしゃるのですか?」


「それが、あんまり……。絵のたくさん入った、きれいな表紙の本とだけ」


「じゃあ、『ミエルの書』か『ユメルの書』、『テアルの巻』あたりかな」



 何でもないようにさらっと言うと、手代はがたがた木箱を取り出してあける。



「……手代さん、読まれたんですか?」



 内心エリンはどきどきして、聞いた。



「ええ、本屋ですから」



 目も上げず、手代は綿手袋をはめた手で、しゅたたた、と羊皮紙の書物を探ってゆく。



「落札した後、昼休み返上で全部目を通しました。……はい、今言った分がこちらですね」



 やはり貸してもらった綿手袋をはめて、その書を手にしながらエリンは思う。



――じゃあこの人、しおりなんかなかったって知ってるんじゃない。どうして閲覧させてくれるのかしら……?



 手にした三冊目の『テアルの巻』が、それらしかった。貴石をちりばめた装飾文字がどかんと置かれた表紙は、あの不安な日々、リフィとケリーと開いた記憶がある……ような気がする。



――しおり探すだけなのに、じっくり読んでちゃおかしいかしらね……?



 ちょっと動悸が激しくなってしまう。


 目を上げると、手代もこちらを見ていた。



「それは、僕ものめり込んで読んだやつです」



――え?



「ティミエルさんも、読書がいんですか」



 偽名で呼ばれて一瞬ぽかんとしてしまうが、慌てて答える。



「はい、とても」


「面白いですよ。良かったらしおり探すだけでなく、読んでみて下さい。僕もこの時間を活用しますので」



 手代ゲールはするり、と隠しから本を取り出した。ふるい写本でなく、流行の新刊布版である。



「……本が読みたくて本屋になったんですけどね。普段は外回りばかりで、全然時間が取れなくて」



 疲れた顔がふうっと笑って、そのまま書面にうつむいた。そこでエリンは集中して読むことにする。



――ぎゃあっ、やっぱり古イリー語じゃないのっ。こんなの、一体どうやって読んだのよ!? リフィ!





:::デアルムイード王と巨人の話



:::テアル老伝えるところの話を、ユングードが記しえがく。


:::初代王が倒れかくれて幾年か経ったのちの世、メシュミル女王の迎えたデアルムイードがシーエの地をおさめるようになった。


:::メシュミルは病を得て丘の向こうへと旅立ち、神意のきけぬデアルムイードは若き妃を迎えるも、次々にうちすててあやめる。




 何それ、とエリンは思う。そんな名前の王や女王は聞いたことがない。シーエの地というのはつまりテルポシエ一帯の古名なのだけど、他の固有名詞はさっぱり憶えがなかった。




:::デアルムイードは緑の騎士達に命じて、国中から三人・五人・十人の美しき乙女を狩りあつめる。


:::これも次々にうちすててあやめる。


:::デアルムイードは緑の騎士達に命じて、国中から三人・五人・十人の美しき子どもを狩りあつめる。


:::それらを遠国へと売り渡して、金銀財を得る。



――ちょっとちょっと、酷いわよ。何なのそれは? 誇張よね?



:::デアルムイードは緑の騎士達に命じて、メシュミルの三人の弟たちを生きながらに北の墓所に埋めた。


:::かぶせた土の上をデアルムイードと緑の騎士達が踏みしだく。


:::二人の兄王子に守られて土をよけたカレイルだけが、穴の底で生きのびる。



――うわー、この辺挿絵なくって良かったわ。全然子ども向けの話じゃないわよ。



:::生きて穴を出たカレイルは丘へ向かった。そこで名を呼ばう。


:::巨人があらわれ出でて、カレイルの嘆きをきく。


:::カレイルをたなごころにのせて、巨人は歩いてゆく。


:::巨人はデアルムイードの住まう城の前に立った。



 そこに描かれている挿画の“巨人”は、エリンが見た赤い巨人とは全く似ていなかった。


 全身が真っ黒くて毛が生えているようだ。ただ顔だけはとろっと優しくて、女性のような目つきである。簡略化された画風だから、胸元にぽちんと置かれた乳首が、ほんとに女性を表しているのかどうかはわからないが。



:::緑の騎士達が矢を射るも、巨人の体には傷ひとつつかない。


:::巨人は城ごとデアルムイードをつかむと、湖の中へと放り投げてしずめた。



――あ、ここなのね、リフィが気合入れたところ。たしかに大迫力だわ、面白いわ! ……あらっ? でもこれで終わりじゃないみたい。文だけずうっと続いているじゃないの……。そうか、リフィは全部読まずに挿絵からだいたいの筋をつかんで、ケリーにお話をしたんだわ。なーんだ。でも、この後どうなるの?



:::巨人は丘へもどり、カレイルは王となる。


:::三年の後、湖に沈んだ城を抜け出したデアルムイードは、シーエの地に戻り来る。


:::デアルムイードは丘へ向かい、そこで名を呼ばう。


:::巨人があらわれ出でて、デアルムイードを追い詰めていた丘の周りの緑の騎士達をつぶし、あやめる。



――えっ? 悪い王は生きていたの? そして彼も、巨人を呼んだ……!



:::善きカレイル、黒きつばさに守られたカレイルは丘へとのぼり、そこで悪しき義兄のデアルムイードと闘う。


:::カレイルの長槍がデアルムイードの心を貫き、デアルムイードのすべての血が丘にしみた時、赤い巨人は黒くなって、丘の中で眠りについた。


:::黒きつばさに守られた正しいカレイル王は妃を得て、黒きつばさに守られる子らを得た。


:::王と妃と子らと民らは黒きつばさに守られて、たのしく暮らした。 完。





「……」


――赤い巨人は、黒くなって……。



 挿絵はないまま、文字だけが美しく装飾されていて、そこで物語は終わっていた。


 エリンはもう一度初めから読み直し、最後の挿絵の後をもう一度、目に焼き付けるようにして読んだ。


 隠しの中からそうっと布包みを取り出して、開ける。



「ゲールさん。……ゲールさん」



 二度呼ばれて、手代ははっと顔を上げる。やはり没頭していたようだ。



「見つかりました」


「……!」



 エリンが差し出したものを、手代は受け取った。


 小粒の貴石が連なり輝く、細い細い金属棒。



「これは、かんざしじゃないのですか?」


「ええ。かんざしをしおり代わりにしていたみたい。それはキノピーノ書店に、……いいえ、あなたに差し上げます」


「ええっ?」


「親戚は、とにかく何処へやったか知りたかっただけですから。見つかって本当に良かったわ、ありがとう」



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