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海の挽歌  作者: 門戸
空虚六年目 装飾写本の謎
150/256

150 空虚六年目3:ガーティンローへ

「そこで俺らの出番なわけだ。うひひひひ」


「素晴らしき俺らを頼るとは、さすがおひいだ。むひひひひ」



 がらがらがら、ごとごと……。木製座席に伝わってくる振動が荒い。


 陥落以降は街道も荒れてしまったのかと訝しんだが、そういうわけでもないようだ。エノ軍工兵部隊はちゃんと仕事をしている、とどのつまりは車がお粗末なのである。


 近郊農家に仕立ててもらった馬二頭立ての荷車の中、先行隊員のでこぼこおじさんウレフとノワにくっついて、ガーティンローへ向かうエリンとケリーだった。



「足のつかねえ農家の荷馬車とはよくやったな。けどよ、自慢のおいどが痛くなんねえかい」


「ふん。分厚いからこそ、平気なのよ」



 ぬあはははは、エリンの返しにおじさん二人は喜んで、不気味な笑いをあげている。


 マグ・イーレ奇襲と赤い巨人の出現、そしてオーラン奪回以来、エノ軍下テルポシエは他のイリー都市国家群から完全に孤立することになった。包囲戦のあった188年同様、テルポシエ以東の街道は封鎖されて、東部や穀倉地帯へ向かうには、山寄の街道や細い迂回路を使うしかない。


 けれどそれは騎士団傭兵団といった軍移動の話なのであって、平民農民が通商目的で個人移動する事は黙認されていた。



 はじめエリンはエノ軍の馬を借りようかとも考えたのだけど、なるべくこっそりガーティンローへ向かうからには、もっと地味な出で立ちが欲しかったのである。


 小花模様の青い手巾で頬かむり、古い紺色外套に黒の肩掛けで、普通にいそうな村の女性を装ってみた。


 おじさん二人も武装はしていない。邪悪な人相をのぞけば、どこの町でも見かける平民のていである。軽い革鎧は昨今多くの旅人が身に着けるから、これも目立たなかった。


 ケリーはいつも通り、ぴしっとした男装に覆面布を上げていた。時々、やれやれと言った目つきでおじさん達を見る、けれど基本彼女達は、ウレフとノワがけっこう好きなのである。



 二人がパスクアのことを、陰で“坊主”と呼ぶのは、ほんとにパスクアが“坊や”だった頃を知っているからだ。元々はパスクアの父の配下だったのを、そのまま息子がもらい受けた形ではあるが、年季で見れば彼の兄貴分的存在と言える。


 先行要員だから城に常駐していないけれど、いる時は時々エリンを“見に来る”。他の傭兵の嫌がらせをさりげなく防いでくれたり、東の丘のメインに会いに行くのに付き合ってくれることもしょっちゅうだ。ナイアル達のことだけは知られないようにと気を配るけれど、聞けば色々なことを教えてもくれるし、なかなか面白い旅の連れなのである。



「いい機会だから、聞いてもいい? パスクアの両親のこと」


「いいともよ、ぐふふ。しかし聞いてどうする、お前はしゅうとめ仕えする必要もないと言うに」


「まだお嫁じゃないわよ」


「ぬあははは、まだと言うたな? ではいつだ、坊主の女房になるのは」


「俺ら二人が、素晴らしきしゅうと役をやってやろう」


「……フォドラさんのことだってば」



 がたん、がたがた、少し強いはねっ返りがあって、おじさん二人は口をつぐむ。



「……家系図見つけちゃったのよ、たまたま」



 エリンは肩をすくめた。



「どんな人だったの?」


「ドラちゃんは、実に変わった娘だったぞ」



 とさか頭を振り振り、ウレフが言った。



「俺らから見ても変な娘だったから、イリー貴族の間では、さらにおかしな娘と思われていた」



 ぐるりっと巨大な眼をさらにひん剥いて、ノワが続ける。



「だから厄介払いで、遠方へ嫁に出されることになった。しみったれたしょぼい花嫁行列で西方へ向かう所を、たまたま俺達とかち合った」



 パスクアの父という人は、典型的な山賊の首領であったらしい。



「お付きの奴らは、ものすごい勢いで逃げていった。後に残って抵抗する奴はいなくてな。しめしめ馬車と荷物をいただける……と近づいたら、ゆったりズドーンとドラちゃんが登場した」


「……ゆったり、ずどーん?」 



 ケリーが聞き返す。



「小っせえけどな、すげえ幅のある娘だったんよ」


「さらに頭は、超級のふわもこ白金髪」


「……」


「そいでその丸っこい娘がよ、俺らの親分に正面がつーんとがん飛ばすわけ」


「俺らはその当時、少数精鋭経営だったからな、十八人もいなかった。けどその人数に囲まれた中で怯みもせず、動じもしねえ。ドラちゃんはやがてにかっと笑って、つかつか親分に歩み寄った」


「……それでっ?」 



 覆面布の内側ではらはらしながら、ケリーがせかす。


 ノワはちらりと、ウレフを見た。



「……あれはびびったな」


「おうよ」



 二人とも、昔の記憶に引くような、微妙な表情である。



「あなたがいいわー、よろしくね!! って大声で言い放ったのだ」


「ドラちゃんは、うちの親分にひと目惚れした」



 がこん!!


 エリンとケリーは、同時に口を四角く開けた。勢いでずれてしまった覆面布を、ケリーは慌てて上げ戻す。



「そうそう、俺らも親分も、皆そういう顔をしたのだぞ」


「親分にその気は全くなかったから、近くの村まで送って行って、どうぞお帰りとまで言ったのだが」


「どんだけ紳士な山賊なの!?」



 ついうっかり、ケリーが突っ込んで言う。



「しかしドラちゃんは、親分の嫁になると言って聞きゃしねえ。びったりくっついて攻めの一手、しまいにゃ親分もほだされたんだな。かわいがるようになって、すぐにパスクアが生まれたんだ」


「パスクアさんのお父ちゃん、そんなに男前だったの?」



 ケリーが身を乗り出して尋ねた。



「いーや、でもねえぞ? 今のパスクアみたいにひげ生やした、普通の東部系山賊おじさんよ」


「イリー乙女のどこに訴えたんだか、全然わかんねえ」


「あ、でも本人の名誉のために言うとな、頭は良かったのだぞ。穀倉地帯の金持ち商家の三男坊だったから、読み書き計算何でもござれで、本も色々読んでいた」


「部下の面倒見も、実に良かった」



 おじさん二人は、ふうっと息をつく。



「あの頃は静かだったな」


「ほんとに、森の中で静かだった。密造どぶろくが当たって、そのうち山賊しなくてもうはうはになったんだ。皆で近くの町や村へ売りに行く、売れた金でしこたま遊んでねぐらに帰れば、ドラちゃんが鍋いっぱいに粥つくって食わしてくれたな」


「俺たちのしあわせな過去だ」



 全然健全じゃないけど、ここで価値観糾弾しちゃいけないわ、ぐぐっとこらえてエリンは先をうながす。



「それで……?」


「それでな。ある日ドラちゃんが死んじまった」


「今考えるとな。パスクア産んでから、ちっとずつ細くなってったんだ」


「あんだけズドーンと構えてはいたが、やはり貴族のお嬢ちゃんだった。子ども抱えての森の生活はきつかった」


「病気にかかって、あっという間に弱って弱って、丘の向こうへ行っちまった」


「親分は、七つのパスクア抱えて男泣き。そこで、かねてから誘われてたエノ軍に入った」


「何でそうなるの?」



 ケリーにはわからない。



「奥さんなくして、エノ軍入りって……」


「悲しすぎたんじゃねえの」



 ウレフがむっつり言う。



「別のことで忙しくしてりゃ、そん時だけドラちゃんのことを考えなくて済むからな」


「あ、そうか……」


「ほいで親分は、自前の頭かして、エノ軍の先行隊長を張るようになったんよ。俺ら引き連れて」


「なるほどね……」



 エリンはうなづいた。すごい話を聞いたものだ。



「しかしまあ。歴史は繰り返す、というのは本当だな」



 胸の前で腕を組んで、ノワが言う。



「ええ?」


「テルポシエ貴族の娘に押されまくって、落ちた後は自分の方が骨抜きと言うのは、坊主のやつお父ちゃんと全く同じわだちを踏んでるではないか」



 ぷーっ、ケリーとウレフが噴き出した。



「ほんとだ!!」


「学習してねえぞ、うひひひ。いや、学びようがねえけど」



 言ったノワも、にやりと笑ってエリンを見る。



「お前は死ぬんじゃねえぞ、おひい。坊主を泣かすような真似をしてみろ、俺ら二人がお前の魂をふんじばって、丘の向こうからこの世に連れ戻すからな?」



 慌てて、エリンは照れを苦笑いに隠す。



「まだまだ死なないわよ。いやあね」



・ ・ ・ ・ ・



 朝早くテルポシエを発ったものの、一日で行ける距離ではない。四人はオーランで別の荷馬車を見繕い、夕刻ファダンへたどり着いた。


 おじさん二人は本当に旅慣れしていて、荷馬車も宿も「ちっと待ってな」とすぐに手配してしまう。先行ってすごいのね、とエリンが素直に言ったら反論される。



ちげぇよ、俺ら二人が素晴らしいだけよ」



 宿の食堂、四人でうさぎ鍋を囲む。エリンとしては実に異様な風景と思うが、他の客は全く意に介していないようだ。



「森でも山でも町でも、どこでも潜入できんのは俺らだけ。他の奴らは得手不得手がある」


「お前知ってるか? 例の赫毛あかげの某王妃」



 イオナさんのことだ、エリンはこくりとうなづく。



「あれは野生の女だぞ。切れる義姉ねえちゃんがもれなくついてきたから、町でもどこでもやって来れたのだろうな。速さ強さは確かにすごい女だが、諜報向きとは言えんかった」


「どこ逃げちまったんだろうな、あいつ。ケリー、ねぎも食えよ」



 けほん、エリンは喉を詰まらせた。



「大丈夫かよ、ほれ水。うさぎはむせやすいからなぁ」


「イオナはばりばり食ってたがな」


「あいつのことだ。どこぞの山奥にでもこもって、今も肉食ってんだろうよ」




 安過ぎず高過ぎず、堅めな客層のよい宿である、おじさん二人は先に室を見てまわる。やがて出て来た。



「大丈夫だぞ。おかしなところは何もない」


「やばい虫の痕跡もねえぞ、うひひ」


「何かあったら壁叩け。俺らは隣だ、ぐひひ」


「ありがとう。お休みなさい」



 地下室暮らしの長いエリンとケリーには、こざっぱりした部屋がびっくりする程明るく見える。



「眠れるかなあ」



 寝台脇に、ケリーは組み立てた短槍を立てかけた。


 ひょろんと長い身体に筒っぽ麻衣の備え付け寝巻を着て、いつもの覆面布も取った若いうつくしさが、エリンの目にしみる。



――この子は、誰をうことになるのだろう。



「眠れるわよ」



 エリンはさっさと、自分の寝床にもぐり込んだ。 ……。



――……お尻、痛あぁぁぁぁっっっ!!



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