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海の挽歌  作者: 門戸
精霊使い
15/256

15 精霊使い4:とんぼ玉

 翌日。


 朝食を済ました後、娘をいつも通り炊事場のまかない婆さんらに預け、ニーシュは広場の方へ足を向ける。


 先行の彼の場合、義務と言うわけではないが、午前か午後の数刻、任務についていない傭兵たちは訓練に参加する決まりになっている。


 と言っても、都市国家群で行われているような組織だったものではない。それぞれの小・中隊長の仕切りに合わせて、とにかくうまい奴の技だの戦法だのを真似て覚えるのだ。


 エノ王や幹部たちが顔を出すことも多いので、気を引いて昇格したいと思う者には絶好の機会である。


 ニーシュ自身は、誰かに戦い方を習ったわけではなかった。いて言うなら子どもの頃、父親に野生の獣との戦い方、追っ払い方を伝授されただけなのだが、長年荒れ地を耕作してきたおかげで筋力が並外れている。足も速いし、何より持久力があった。


 このあたりをパスクアに見込まれ、先行として稼働しているわけだが、山刀以外の得物えものの扱い方もよく知らないし、また見たことのない変な武器を相手が持っていた場合の対処法も学びたかった。


 だからニーシュは足繁く訓練に通っているのだが、今朝は通門の所に人だかりができているのを見て、何気なく立ち止まった。


 ずんぐりした農耕馬や驢馬ろばに引かれた荷車が十台あまり。小商売人の他、農家・職人風の老若男女が、門番を交えてかしましく話しているのが聞こえた。



「よっ、ニーシュ。どうした、そんなとこに突っ立って」



 顔なじみの予備役、中年門番が彼に声をかけた。



「よう。これ、行商でも来たのか?」


「ああ、レトリの村落群からだとよ。鋳掛いかけさんもいるっちゅうし、俺ぁ後で鍋の蓋、直してもらうべ」



 近郊地域から、こういった回りの商人や職人が陣営を訪れる事は珍しくない。


 自炊もせず、破れ鍋に困っているわけでもないニーシュは、何の気なしにその場を離れようとした。


 しかし、ふと視界の隅に、引っかかった景色があった。


 大きな荷をいくつも積み上げた荷車の陰で、小さな人影が大きな影に挟まれている。静かに忍び寄ってみると、若い娘が大柄な男に、後ろから抱かれて必死に抵抗している所だった。もう一人の男は、娘の口に布切れを巻いて結んでいる。


 ニーシュはぎゅっと眉間にしわを寄せ、彼らの背後からいきなり声をかけた。



「おい、何やってる」



 ぎくりと振り向いた傭兵二人は、若いばかりで肉も筋もついていない、不良のていだった。猿ぐつわの布を結んでいた方が、すぐに気を取り直して、挑発的にニーシュを睨む。



「何だよ、先行のおっさん。女が来てるから買うんだよ、文句あっか?」


「その子は行商だろう。口の布切れを外せ」


「けっ、女は女じゃねえか」



 若い不良の口からその言葉が出た次の瞬間、ニーシュの左掌底が男のあご部分に激突した。


 結びかかっていた布がほどけて、娘がぶはっと大きく息を吐く。


 あまりの痛みに目を大きくひんむいた若者は、あごを押さえて踏みとどまった。反対の手で、しゃッと短剣を引き抜く。



「てめぇッ! 何しやがんだ、いきなりッ」



 大きく踏み込んで来たところを、ふわりと足払いしてやる。


 ずどん、と派手に地べたに落ちた相棒を見て、もう一人の不良は抱いていた娘をぱっと突き放した。慌てて短剣を拾い上げ、その持ち主を起こすと、引きずるようにして逃げて行った。



「仕返しするなら、訓練場でな」



 その背中に向かって声をかけ、娘を助け起こした。娘、どころか十三・四の少女だ。まだ幼さの残る顔を真っ赤にして、つぶらな瞳に涙をにじませている。



「ありがとう、ありがとう、おじさん」


「……いやっっっ……まだ三十ッ……」


「あああっ、ごめんなさい、お兄さん。あの、あの、あたし、テルポシエ間諜じゃないですっ」


「はあ?」


「さっきの兵士たち、あたしが一人で来てるって言ったら、間諜だろうから裏で身体検査するって……」



 ニーシュはがっくり頭を落とした。



「嘘でも、連れがいるって言っといた方が良かったね……」



 正直さの通用しない我が陣営が、情けなくなる。獣どもばっかりだ。


 荷台の陰から出て見れば、もうそこここに半開式の天幕が立ち、行商人たちはそれぞれの売り物を自慢げに並べて、すっかり市場のような雰囲気になっていた。



「あすこに、ちょびひげのおっさんが見えるだろ?」



 さっきすれ違った、知り合いの門番を指で示す。



「いい人だから、あの人が見える範囲で店を出したらいいよ。さっきみたいにからんでくる奴がいたら、助けてもらいな。じゃあね」



 行きかけると、墨染すみぞめ上衣の袖を掴まれた。



「待って待って待って! あのね、あの、あたし、とんぼ玉職人なの」



 早口で言いながら、さっと荷台から小さな箱を持ち出す。



「おじいさんの所で修業してて、そのおじいさんがぎっくり腰になっちゃったもんだから急に一人で来ることになったんだけど、……これッ!」



 ものすごい速さでいくつかの布包みを広げていく。木箱の中に入っていたのは、なめらかな光沢を放つ、くるみ大の飾り玉だった。



「あたしが作ったの!」


「えーっ、これみんな? すげえ、綺麗だなあ」



 確かに、女性が装飾品として首や耳に着けているのはよく目にする。だが、玉だけが何十個と密集している風景は初めて見た。


 少女は色ごとにきちんと玉を仕分けているので、それぞれの色味がより美しく映えていた。青、緑、赤……。



「ねっ、おじさん……お兄さん。好きなひと、いるでしょう?」



 急に顔を寄せて、小声で聞かれたものだから、ニーシュは思わずどきりとしてしまった。



「え……」


「その人、どんな目の色してる? この玉の中で言うと?」



 真面目な調子で話す少女につられて、ついイオナの顔を思う。


 大きな瞳の中は深い褐色なのだが、いつもあの豊かなあか色の髪が映り込んでいるように思える。


 ちょうどこんな感じ、この玉みたいに、あたたかく脈打つ血のような……。


 ニーシュの視線を緻密にたどっていた職人少女の指先が、そのあかい玉の上にとまり、摘まみ上げる。



「これ、助けてもらったお礼。どうぞその人に、持って行ってあげて」



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