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海の挽歌  作者: 門戸
空虚四年目 ランダル王と傭兵ゲーツの珍道中
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140 空虚四年目17:朝の襲撃者

 翌朝ゲーツが目覚めると、部屋の隅でディンジーが背伸び体操をしているのが真っ先に目に入る。


 ランダルも、洗面台でかりかりやっているらしい。



――明日の朝、目覚め一発俺の視界に入ってくるのは、グランのつむじだぁッッ。



 そう、ついに旅の最終日である。何をどうしたって今日中にマグ・イーレに帰りつけないわけがない、グラーニャまであと約三十愛里をきっているッ!!



 雲が重く立ち込めて、どんよりと暗い朝だった。



「なんか、こっちらしい気候になってきたなあ」


「最後のさいごに、降らなきゃ良いんですけど……。フィングラスの乾いた空気の中から来ると、確かに湿気をよく感じますね」



 その通りである。しかし今、ゲーツにとっては懐かしさを含む湿気であった。


 リアーの町を出て、少し行くと街道両脇の緑が深くなる。


 そこでじわーんと、ゲーツは嫌な“雰囲気”に触れる。



「嫌なの、ついてきちゃったね」



 ディンジーがいつものひょうきん声で言った。



「どうする、ゲーツ君? まだ一愛里くらい後ろにいるけど……」



 ぎくっ、とした顔でランダルが振り返った。



「……何騎ですか」


「二騎だけ」


「……この先で待ち伏せしてるのと、挟み撃ちする気ですね」



――はぁあっ!? 夜這い虫の時もだったけど、何でそういうこと、ゲーツ君わかっちゃうの!? ディンジーさんは聞こえるのだろうけど!


 ランダルは自分の中に沸き起こる恐慌を何とか押しとどめつつ、内心で問う。ゲーツもディンジーも、馬の常足なみあしを変えない。



「……自分と先生には、飛び道具よけの理術が効いてるはずなんですが……」


「俺も平気。聞こえるから、何か飛ばされても避けられるよ」


「……では、待ち伏せ地点までこのまま進んで、そこから全力で」


「逃げるだけ?」



 あと八愛里も進めば、国境越えでマグ・イーレ領なのだ。


 どこの手の者かわからないが、ランダルとゲーツの身分を知って襲うのなら、恐らくフィングラス領内で抹消するなり捕獲するなりしたいだろう。その方が、経緯をうやむやにしやすい。



「最近は、盗賊も朝方なのかね。また、げろげろにさせちゃおうか?」



 森の賢者ののんびり提案に、さすがにランダルが反論した。



「ああっ、ディンジーさん! それはちょっと待って下さいッ。ただの盗賊ならいいですよ、けどひょっとしてもしかしてエノ側テルポシエや、何やかやだったらいけません。あなたがマグ・イーレに居るってことが、向こうに知れてしまいますっ」



 本当だ、赤い巨人対策の特別顧問と言っても、これまでの“声音”の使い方からみて、ディンジー本人が戦力みたいなものである。できればマグ・イーレに連れてゆくまでその存在は秘密裡にしておきたい、というランダルの考えはもっともだった。



「ですから……ここはね!?」



・ ・ ・ ・ ・



 街道両脇、四人ずつに分かれた男達は、緊張感をみなぎらせつつ中弓を構えていた。


 彼らが潜む茂みの中は朝露を含んでじっとり湿り、背後の森の深さの中には、いまだ陽光に抵抗して薄闇が残っている。


 護衛を殺してマグ・イーレ王を捕獲する、そのためにまず全身全霊で彼らの馬を撃て!!


 八人の頭の中には、その“指令”だけがぐるぐると渦巻いていた。



「……来たぞッ」



 三騎の蹄音ひづめおとが、誰の耳にも明らかになってくる。



「構えッ」



 鋭く囁かれた命令に、男達は一斉に中弓を構えた……が!



♪ ……俺ぁ東の土地うまれ、 ……きれぇなあの子をとりこにすんのさ、



 突如聞こえてきた歌に、全員があれっと思う。



♪ 持参金なんざいらねぇのよ 俺ぁ十分おっ金もち!!



 歌いながら通りかかるその男は、明らかに心から楽しんでいた。


 彼が駆る灰色ぶちの雌馬ですら、それを喜んでいるようにとことこと弾んで歩んでゆく、その後ろを立派な黒毛、栗毛がついてゆく。どちらも裸馬だ。



♪ 木のうろ御殿に砂浜別荘 くらい夜には星の燭



 歌うおじさんは杖を持ち上げた、灰色ぶちを叩くんでなし、単に自分で自分の歌に合の手を入れているかのように。


 山羊毛皮の上っぱりにしなびた肌、きらきら輝くあごの無精ひげ。


 襲撃者たちは脱力した。これは“農家のおじさん”、馬を売りに行くんだか買ったんだか、とにかく自分達の標的ではない。奴らはこの後だ。


 “撃て”の命令は下されないままである。八人はおじさんと馬が通り過ぎるのをやり過ごした。



♪ いつか財産ぜんぶを失ったってぇ 俺は変わらず変わりもん、多分



 しかし八人中八人が、何ちゅう良い声だろうと感心していた。

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