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海の挽歌  作者: 門戸
空虚四年目 ランダル王と傭兵ゲーツの珍道中
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139 空虚四年目16:名付と名書

 ジアンマおすすめの定食屋で昼を済まして、三人はフィングラスを出立する。


 街道にひと気のないのをよく確かめてから、ゲーツは王に先ほどの二人組のことを報告した。



「うげっ、何それ? 全く面識ないのに、仇視されちゃってるの!?」


「一方的に好いた女の子に、つきまとう奴みたいよね。きも」



 馬上のディンジーが眉根を寄せて、……一直線に続いた彼の眉には根っこなんてないのだけど、とにかくその辺りにしわを作って、賢者はしかつめらしくうなづいた。



「私怨のような感じではあるけれど……。帰ったら細かく、御方たちに報告しておきなさいよ」


「……はい」


「昔のことについて、話す必要があるかもね。私もあのこと、皆の前で謝る潮時が来てるのかもしれない。私がしでかしたことに比べたら、君が黙っていたことなんて本当に何でもない、必要とあらばはっきり言いなさい。必ず皆、許して受け入れてくれます」


「……はい」


「でもって私もはっきり謝りましょう、御方ニアヴに。後でどうなるか、わからないけど……」


「……自分も先生と一緒に、ニアヴ様に謝ります」


「何で君が一緒に来るのよ? ……ああそうか、……どうもありがとう」



 二人の馬の後ろ、ディンジー・ダフィルは何も言わなかった。


 ランダルもあえて説明をしない。マグ・イーレに着いたらこの人は自然、全てを聞き取ることになるのだろうから。



・ ・ ・ ・ ・



 かなり薄暗くなった頃に、リアーの町にたどり着いた。


 新たに宿を選ぶのも億劫なので、ランダルは迷わず往路と同じところへ向かう。



「無料朝食は微妙だけど、お手頃な割には虫の敵の心配もないしね……」



 女将がランダルを憶えていて、話しかけてくる。



「息子のところに、子どもが生まれまして。名書をお願いできませんでしょうか」


「ええ、良いですよ。喜んで」



 ランダルは宿の内所に入って行き、ゲーツとディンジーは部屋に上がって待つことしばし。



「お待たせ。夕食代を持ってくださるそうです、隣の酒商行きますよ!」



・ ・ ・ ・ ・



「パンダルさん、名書もやるんだ?」



 小粒からす貝を煮たのをつまみながら、ディンジーが問うた。



「名付は?」


「ええ、ずっとやってますよ。仕事を持ってきてくれる人がいるので、パンダル名義で」



 芥子菜と鶏肝の炒めたのを優雅に口に運びつつ、ランダルが答える。



――何の話なんだろう?



 多分旅の最後の夜になるのだろうし、費用向こう持ちだし、値段気にしないで食べたいやつ食べなさいよ! とランダルに言われたので、ゲーツは泥鰌どじょうの香草煮込みに卵を入れたのを見かけ無表情で堪能している。ものすごく美味しいが、二人の話題も気になった。



「赤ちゃんの名前を考えて選んで、それを書くんですよ。ほら、双子ちゃんのも書いたでしょ?」


 質問的目線を察してか、ランダルがゲーツに向かって教える。


「……」



 ゲーツは無言のままうなづいた。すいません先生、どじょうで今、口が開けません。



 イリー社会での識字率は高くない。そもそもの文字を有さない東部地域やキヴァンと比べれば異なるが、“だいたい読めるが書けるのは自分の名前だけ”と言う人が圧倒的に多かった。


 だから都市部の親はこぞって子どもを習字教室に通わせるし、文字を自在に操る学識者で、特に字の綺麗な人と言うのは、羨望の的になるのである。


 子どもの生まれた記念には、そういう人にお祝儀をあげて、びしっときれいに名前を書いてもらった羊皮紙を残す。ランダルは今夜女将の孫の名を書いて、ご祝儀に夕食をおごってもらっているのだ。



「もう、かなり前なんですけどね。うちの若い騎士のお子さんに、名付けたことがあって。ゴーツ君は知ってるでしょ、リンゴウ君」


「……はい」



 もちろん知っている、ニアヴの秘書役リンゴウ・ナ・ポーム若侯。ゲーツよりたぶんずっと若いのに、四人子どもがいる。



「報告来た時に浮かない顔してたから、どうしたのって聞いたら、生まれる赤ちゃんの名前をめぐって奥さんとお母さんが険悪になっちゃってるって言うの。まあよくある話だけど、あそこは老侯が農作物研究の旅に出っ放しだからねえ」



 そうなのである。マグ・イーレの気候に合った作物を探し歩いて、穀倉地帯や東部をずっと旅しているらしい。ものすごい探求心と熱情である、残された家族はたまったものではないだろうが。



「それで私なら……まあ隠居中ではあるけれど、私ならお父さんの上の方の人になるわけでしょ? 私が名付けて書けば角が立たないってんで、引き受けたんです。その後、そういう事が続いてね、何でか皆、私のところに頼んでくるようになりましたね。名付けからのも、書くだけのも」



 ふふふ、と少し照れくさそうに王は笑った。



「……全然知りませんでした」


「そりゃそうだよ、大っぴらには言わないでねって皆に言ってあるもの。子どもが生まれる人にだけ、同僚どうしで耳打ちして、教え合ってるようだしね」


「ひょっとして、無料でやってあげてるの?」 



 ディンジーが聞く。



「当たり前ですよ」


「だって、結構大変じゃないの? 特に名付は、調べなきゃいけない部分が多いし」


「その辺は、歴史やってる分で苦にならないのです。うちわの者から、お金なんて取れないしね」



 そこでぴんと来た。



「……傭兵の所も、ですか」



 ランダルはうなづいた。マグ・イーレを出立した日、皆が見送りに出て来た理由が、ようやくわかった。


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