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海の挽歌  作者: 門戸
空虚四年目 ランダル王と傭兵ゲーツの珍道中
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131 空虚四年目8:大いなる疑惑

 衝撃である。


 彼の大切な大切な大切な(中略)グラーニャが、テルポシエ王室の唯一にして最後の正当な後継者。テルポシエの女王様。


 あまりのことにゲーツは頭の中が真っ白くなって、それはランダルもわかったらしい。続きは明日として、二人とも割り切って寝た。


 さすがに疲れて翌朝は王も早起きをしない、においのしない朝ごはんをもそもそ食べて出立である。


 少し曇っていて涼しい、……寒いくらいの日である。



「とりあえず、アメナの町までは馬で行けるでしょうね」



 ずいぶん道がわるくなってきた。幅は狭いし、所々で両脇の草や灌木がかぶさってくる。


 人通りも本当に少ない、そして遠景に深い緑の山々が迫って来る。


 ランダルは「注意はしてて下さい」と言い置いて、昨夜の続きを話し始めた。



「子どもの本当の父親なんて、わからないものです。はっきり知ることができるのは、それこそ神々と精霊くらいのものでしょうね。その精霊を使役できるのなら、精霊召喚士にも可能なのかもしれないけれど」



 ふっと気配を感じて二人とも空を見上げる、――山鳥が横切った。



「ただ、人間なにか間違ったことをやらかせば、どうしたって後でぼろが出てしまう。私の元にこの怪情報が回って来たのも、そういうめぐり合わせと言えないこともなくてね……」





 かなり前になるが、ランダルはある書束を入手した。例の後ろ暗い情報網つながりである。



≪在テルポシエ諜報員のひと。最近全く作品送ってこないからどうしたのかと思っていたら、亡くなってしまっていた。息子さんが形見分けとして、これをよこしてくれたんだよ……≫



 窓口役のマグ・イーレ古書店あるじ、ロランが持ってきたのである。故人がすでに包みにこしらえて、宛名までつけていたのを、遺族はそのまま送ったまでのようだ。


 開いて見れば“宮廷日誌”。何と貴族であったらしい。


 生前は『珊瑚夫人』などの生々しい宮廷生活描写でならした人だったが、その下敷きとなるべくなった、本物の実録であった。


 芸術をいとしむ友よ、パンダル君、一読の後はどうか焼いてくれたまへ、と手紙がついていた。はっきり言って九割がたは本当につまらないがらくた記述であったのだが、本の虫ランダルはとうとう問題の箇所を見つけてしまう。



「ティユール妃の懐妊に、その人ははっきりと疑問を投じていました。王と妃の第一子ディアドレイ姫は、王の子ではないと断定しているんです。


 この人はとにかく醜聞命でしたから、ものすごく熱くなるのは、まあわかります。けどよく読んでみれば、やっぱり変なんですね。近衛の文官騎士だから、懐妊の時期だのなんだの、そういういやらしい詳細まで全部数字で出しちゃってるんですよ。……熟読してる私もいやらしい、って顔ですね? まあ聞いて。


 ……その記述によれば、王妃の懐妊日前後は王は外出中だったんです。なかなか妊娠しない正妃にしびれを切らした老近衛たちが、連日小宴を催して、目星のついた貴族の娘らと顔合わせさせていたらしい、と。その人は実際に王に付き添っていたから、確実なんですと」



――……。とんでもねえ。



 ゲーツは内心でうすく嫌悪感を抱いたが、はっきり誰に対して嫌なのか、自分でもいまいちよくわからない。たぶん丸めてその辺全部にだ。



「その人は同僚の騎士に、疑惑を打ち明けてみた。しかし同僚は、それは絶対にないと言います。妃が不倫なんぞできるわけがない、我々近衛騎士が厳重に守る城内からは出られないし、誰かを自室に入れるのも不可能だ、と一蹴しました。


 ゴーツ君ならどう思う? ちなみに彼女の室は海に面していて、窓の下は絶壁まっさかさまだから、壁を伝って露台侵入とかは無理ですよ」



――締め上げてる? やっぱり?


 初めのうち、まさにそうやってグラーニャの部屋に通っていたことを、つつかれているのである。



「……人外のものだったとか……」



 苦し紛れに言ってみた。



「うん、それも有りなんだけど。筆者は実は近衛騎士のうちの誰かだったんじゃないか、と腹黒い推理をしています。打ち明け話をしてさっくり笑い飛ばされたその同僚騎士に向かっても、案外てめえだったんじゃねえのかあ!! と書きなぐってました」



――単に、昇進してる人への嫉妬なんでないの、それ……。



「筆者は以降、ディアドレイ姫が生まれた後も、ずうっと妃の観察を続けていました。ここまで来るともう意地ですね。でもそれが幸いして、五年後の御方グラーニャの誕生に関しては、逆にしっかりとした裏が取れました。何をどうしても、王と王妃の娘でしかありえないそうです」



――ほうほう……。



「二人のお姫様はどちらもティユール妃にそっくりだったから、まあ本当にわかりっこない疑惑なんですよ。やがて筆者も忘れかけていたらしい。けれどこの人は、引退間際に大きな過失をおかしてしまったのです。例の後ろ暗い情報網ね、そこで出会って仲良く文通してたらしい某人物に、この疑惑を教えてしまった」


「……某人物?」


「私も知ってる人……と言うか、作品だけ知ってる人です。なかなか野性味あっていい感じのものを持っていたけど、ちょっと趣味は合わなかったかな……って、それはどうでも良くてね。


 その人に、テルポシエ王室を揺さぶることのできるような、面白い話はないかと聞かれて、ディアドレイ女王誕生のいきさつを漏らしてしまった。こっちの方がよっぽど醜聞かもね。近衛の文官騎士が、エノ軍幹部の一人に国家転覆のねたを教えちゃうなんて」



「……ええっ?」



 さすがにここは、驚いて声が出る。



「……情報網の中に、エノ軍がいたんですか?」



 ランダルはうなづいた。



「そう。筆者ものちに知って後悔したけど、もう遅い。当時のエノ軍なんて、皆山賊に毛が生えたものとなめまくっていたけれど、すでに情報戦をやらかす奴らがいたんですよ。


 ……で、その少し後に“クロンキュレンの追撃”があって、私は君に救われました。この戦いの後、そのエノの某人物はぷっつり連絡を絶ってしまうんです。恐らく、うちのキルス達に殺されたんでしょう」



――ああ、じゃあひょっとしたら俺も直接面識あった人なのかも……。貴族と文通できるくらい、読み書き得意な人なんて知らんぞ? 理術士のおっさんが一人いたが、あれはテルポシエ陥落直後に死んだんだよな……。



「実を言うと、私自身もその某人物を通して、エノ軍に接触したんですよ。憶えてるでしょう、私は御方ニアヴを殺そうと企みました。彼女の船の出航状況だの色々、その人物にあてて書き送って、略奪対象にするようけしかけたんです。


 まさか、直接便たよりを書いた本人が幹部とは思っていなかったし、近衛隊長のディルトに当時いいように操られてたとは言え、これはもう間違いなく大罪ですよ、言い逃れなんて出来ない。そのために隠居してるんだし」



 そう言ってゲーツを見るランダルの眼差しは、静かであり寂しげだった。


 この“罪”を使って王をゆすり、隠居に至らしめたのはゲーツ本人なのだ。あれからもう十数年、当時は本当に嫌な奴としか思えなかった、その人が。


 ……自分とグラーニャに末永く仲良くしろ、と言う。自分たちの子ふたりを、大切に育ててくれている。



「ほんとに、ここ数年です。しろうと史書家を気取って、色々な歴史に触れていると、何か語られている気がするんですよ、先人たちに。もっと視線を変えろ、考えろ、そして書け、と。そうして得られる何かで、マグ・イーレとその政を担う御方たちの有益になることを発見できるなら、それが私なりの罪滅ぼしのすべなんです。


 ……ただ、今の時点では御方グラーニャのテルポシエ王位正統性のことを公にするのは、早急過ぎると思った。だから君についてきてもらったんです。君だけは、知っておくべきだと思ったから」


「……先生……」


「だから、秘密は守ってね。御方を大事にするのと同じに。例えば私が急に死んじゃったりしたら、君から王室の皆さんや騎士達に伝えて下さい、頃合を見て。必要な史料は整理してあるし、内容そのものは教えていないけど、書箱の検索はミーガンが手伝ってくれるでしょう。……あ、そうだ、遺書形式にしておいた方が、君も楽かなあ」


「……先生、死なないで下さい」


「君もですよ」



 しばし、無言になった。何となくじわっと来ちゃったゲーツは、恐らくランダルも同じ思いでいるのだと信じていた。


 だから、急に話が復活した時は驚いた、内心で。



「伝え忘れていたことはないか、考えてたんだけど」



――なんだ、お互いわかり合えたとかの余韻じゃなかったのかよッ。



「君が来てすぐの頃だったでしょう、ディアドレイ女王とオーリフ王が亡くなったの。あの後キルスと君とで御方グラーニャを護衛して、ガーティンローへ行った帰りに襲撃されたよね?」


「……はい」


「刺客がテルポシエの手の者だったこと以外は、はっきりせずうやむやになってたよね。あれは後から、テルポシエの騎士が個人的に差し向けていた、と分かりました。これは当時の在テルポシエ間諜がもたらした情報で、ミルドレ・ナ・アリエという人物が恐らく首謀者です。知ってるでしょ」


「……すみません、忘れました」


「正直に言ってくれた方が良いです、ありがとう。アリエ侯というのは御方グラーニャの父王の“傍らの騎士”で、一時ウルリヒ王の摂政をやっていた人です。……何でそんな人が、あんな頃合で刺客を放つんでしょうね? 変だと思いません、ゴーツ君?」


「……すごく変です、先生」


「そんなに機敏に行動してまで、どうして御方を抹消したかったのか。……それは、その人が良く知っていたからです。御方グラーニャが、テルポシエ王座に最も近く、ふさわしい存在だと。つまり彼は、ウルリヒ王の非正当性をも、良く知っていた」


「……じゃあ」


「この事件は、かなり良い証拠になると思うんですよ。つまり元傍らの騎士、ミルドレ・ナ・アリエこそが、ディアドレイ女王の真の父親だった、という仮説のね」


「……」


「例の貴族筆者も、疑惑の時点で書いてましたからね。“ふざけんなよミルドレ”と」


「……」


「……昨日も言ったけれど。もしこの仮説が幾つもの証拠を得て、揺るぎのない事実と言えるようになった場合、御方グラーニャと子ども達は、正統の後継者としてテルポシエ王座を要求できるようになります。君、御方がそれを知ったらどうすると思う? 本当に、テルポシエ女王になると思うかい」


「……」



 ゲーツは逡巡する。グラーニャは常々故郷を叩き潰したい、と主張してきた。それは過去を憎んでいるせいもあるが、裏にあるのはニアヴへの思慕だ。



「……ニアヴ様がなれと言うなら、迷わずになるのではないでしょうか」


「やっぱりね、私もそう思う」



 ランダルはうなづいて、溜息をつく。



「御方ニアヴは、イリー都市国家群を大きな共同体、いうなれば一つの国にしたいと考えています。エノ達東方の諸勢力やティルムンに対抗するために、全てのイリーが結束するのはとても有効だとは思うけれど、果たしてそれが本当に良いことなのか、進むべき道なのかは、私にはまだ判断できません。今の騎士団、執政官たちの意見がどういう方向に行っているのかも聞いてみたいけれど、……まあ、いずれにせよ慎重に考えるところです」


「……」



 定例会議に、ゲーツは出ていないのである。



「今、私が君と共有したこの秘密は、御方ニアヴにテルポシエ併合戦争を始めさせる格好の理由にもなりえます。君もどうか慎重に、心の中に留め置いてください」


「……はい」



 ゲーツは少し目を下げた。馬の黒いたてがみ、そのつややかさを見る。


 グラーニャがテルポシエの女王様、あるいはロイちゃんが。ゾイ君がテルポシエ王、……。


 彼の一番いとおしい存在たちが、はるか遠くへ持っていかれてしまうような錯覚をおぼえて、ゲーツはどうしてだか恐ろしく寂しくなった。


 ランダルはものすごい話を打ち明けてくれたものだ、そこまで信頼されているのにも驚いた。


 けれどしばらく、このことを考えるのはやめておこう、と思う。


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