129 空虚四年目6:ランダルの旅の動機
ジアンマ氏と再会を約束して宿に戻る、まだ遅い時刻でもない。
本日の宿はちょっと格が高い分、部屋が広めで卓子と椅子がついている。
そこへジアンマが貸してくれた地図を広げる、三つの手燭全開で室は明るい。備品は使い倒す主義のランダルだった。
「今回の旅の最終目的地が、はっきりしましたね。明日はアメナの町へ、そこからバネバ村へ入って行きましょう」
「……“森の賢者”を探すんですね」
――しかし探して、会って、どうすると言うのだろう?
「さてゲーツ君。先刻言ったように、君に話す時が来ました。何故この人に会いに行くかと言うと、それは件の“赤い巨人”への対抗策を得るためです」
「!!」
「まず、私は隠居の身分ではありますが、リンゴウ・ナ・ポーム若侯を通して、御方ニアヴから内外政に関わる全ての報告を受けています。軍事面も然りですから、そこの所は気を遣わなくてよろしい。前回のテルポシエ奇襲についても、かなり詳細を知っています」
低いがはっきりした口調で、ランダルは言う。
「私は御方ニアヴほど積極的にはなれないが、対エノ軍目的でのイリー防衛線の重要性は理解しているから、作戦展開には何の異議もない。けれど、君たちがテルポシエで遭遇した巨人については、本当に驚きました。
……巨人って言われてもね、はじめは信じられなかったよ? 戦場だの天災被害地域だの、そういう修羅場ではありもしない幻を、たくさんの人が一緒に見ることもあると言うし。……けれど、医者の息子まで後方からはっきり見たと言うんだ、こりゃもう確かでしかない。オーランで君が述べた生々しい報告も、読みましたよ」
ゲーツはうなづいた。
「で、色々な目撃談を読むに……。立ち向かえ、戦えと言われても、できない等級の敵だよね? そんなのが都市に、国に襲いかかって来たら、そこは間違いなく滅びます。もう、どうしたって人間は逃げるしかない。だから“赤い巨人”が、東側世界及び全イリー都市国家群にとっての脅威だという、御方グラーニャの意見に私は賛同する」
それは現在マグ・イーレ騎士団内でも、おおむね一貫している考え方であった。
「ただ。御方はティルムンの理術で何とかなる、と考えているようだけど……、私はそこの所は悲観しています。たとえ一個軍団をまるまる拝借できたとしても、いやティルムンの全戦力を投入しても、理術でどうにかなる相手だとは思えないんですよ」
「……」
実はこの辺の不安についても、騎士達は共有していた。特に、テルポシエ陽動作戦に参加した者たちは、そう強く思っている。現に彼らの目前で、巨人は理術の防御壁をやすやすと越え、理術士を殺して見せたのだから。
「私は、“赤い巨人”が精霊であり、かつエノ首領メインに召喚されているという見方には疑問を感じます。と言うのも実は若い頃、興味があったので結構調べたんですよ。精霊たちのこと」
ゲーツは軽くうなづいたものの、ちょっと意外な気もした。そういう方面のものは、むしろ嫌悪して無視するようなランダルだと、思い込んでいた。
「この東側世界には、知られているだけでも合計八百以上の様々な精霊がいます」
――言い切るんだ……。
「けれど、赤い巨人はその中のどれにも似ない。第一、強大過ぎる。むしろ神と考えた方が、しっくり来ると思わないかい?」
問うたランダルの眼差しは真剣である。
「出現した場所が場所なだけに、私はもしや黒羽の女神なのでは、と勘ぐりました。テルポシエはティルムンからの最終植民地であり、伝承ではイリー人始祖らと共に歩んだ女神が、力尽きて大地にかえったところ……とされていますからね。
しかし赤い巨人の詳細を聞くにつれ、全然違うものと思うようになりました。外見も性質も全く異なって、怪物じみている。髪の先が、蛇だなんて……」
ランダルは顔をしかめる。ゲーツもあの巨人のおぞましい姿を思い出すと良い気持ちはしない、あの禍々しい赤さ。
「そうしてガーティンローの騎士諸侯が、巨人を封じるべくブリージ系の精霊使いを探している、という話も聞きました。
その案自体は悪くないと思うのだけど、果たしてメインみたいな人が、そうそういるものだろうかね? そもそもが、テルポシエ以東のブリージ系の人々のことは、あんまり知られていないし……。
それで自分なりに、あの辺の地誌風土誌を紐解いていた所なんです。ジアンマさんは、本当に良い頃合で便りをくれたものだ」
うんうん、とランダルは一人うなづいた。
「あの巨人を倒すか、封じるかするためには、ブリージ系の知識人が不可欠だと、私は強く考えます。
精霊使いでも、声音の魔術師でも、何でもよろしい。とにかく黒羽の女神以前の、旧い土地の神々に関する知識のある人です。こんな西の地域で見つかると言うのが、まあ不思議なのだけど……。
場合によっては、顧問としてマグ・イーレにお招きしてもいいと思う。これが、今回の旅に関する私の動機です。わかってもらえただろうか……質問があったら、遠慮なくどうぞ」
「……あの……」
言いにくいけれど、ゲーツは思い切って聞こうと思った。そして今目の前にいる男には、それを聞いても大丈夫なのだという気がしていた。
「……実は、黒羽の女神のことを、全然知りません」
「うむ。何をそんな今さらと思わせかけて、実はものすごく的を得たすばらしい質問だ。そう、我らが国旗・国章になっている女神様ではあるが、実際に我々イリー人はあまりに彼女のことを知らなさすぎる。いい機会だし、共有しておきましょう」




