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海の挽歌  作者: 門戸
空虚四年目 ランダル王と傭兵ゲーツの珍道中
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128 空虚四年目5:楽器修理職人ジアンマ

 薄闇の中、ランダルの二歩前を歩きながら、ゲーツは護衛としての感覚を全開にしていた。



「この人に会って確かな情報を得たら、この旅行の目的も含めて、必ず君に全てを話します。ひとつ心に留めて欲しいのは、……これは、君の御方グラーニャを守るためでもある、ということ」



 部屋を出る前、ランダルは厳粛にそう言った。今すぐここで全部吐かんかい、本当はぎりぎり締め上げたいところだけれど、さすがにそうも行かない。


 とりあえずこの会見に付き合って、できるだけの情報を吸収してやれと思った。



 探し当てた住所は、割と賑やかな界隈にある一軒家である。ごく普通の商家風に地上階が店になっていた。


 “楽器修理、出張訪問可能”と素っ気なく書かれた看板の下がるそこの戸を叩いてから、ランダルは「こんばんはー」と押し開いた。


 内の明かりが一瞬もれ出て、……すぐに弱まる。



「……ササタベーナです。ジアンマさん?」



 名乗るランダルの声に、緊張が強く混じる。


 戸のすぐ内側に、筋骨隆々にして白髭もうもうの禿頭大男が立っている。


 ゲーツだって大男の類なのだ、しかし内の明かりを遮ってしまう程に、その男は逞しく幅の広い身体つきをしていた。


 ぎょろんとした眼が、左右にぎゅぐうー、と平べったくなった。



「どうぞお入りください」



 さほど広くない室内、島のように中央にどかんと置かれた無骨な作業台の上には、見慣れない不思議なものがごたごたと並んでいた。


 それだけではない、三方の壁にはめ込まれた高い棚という棚に、これでもかと物が詰め込まれている。


 こういう商家、職人家はどこでも珍しくはないけれど、“楽器”なんてほとんど知らないゲーツにとって、それは摩訶不思議な植物のはびこる森のように見えないこともなかった。


 くだくだなやつ、ぴかぴかなもの、平べったいの、太いの……。素材からして、全然わけのわからないものばっかりである。


 暖炉と吊り燭で光いっぱいのへやの中、もりもり大男はランダルの両手を自分の両手ですくい取る。



「ようこそパンダルさん、本当の本当に来て下さったんですね! こんな遠い所まで、道中大変だったんじゃないですか」


「いいえ、どころか大変楽しゅうございましたよ、好天に恵まれましてねえ」



 何と言う切り替えの早さ、即座に余裕を取り戻したランダルとの間に、お社交が始まっている! さすがだ、イリー王族!



「改めまして、パンダル・ササタベーナです。お会いできて本当に嬉しいですよ。こちらは、私の助手のゴーツ君です」


「……よろしくお願いします」



 ゲーツは頭を下げた。



「ジアンマと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね! ……ああ、もう今日は店閉めちゃいますから、ちょっとだけ待ってください。……はい、では二階へ!」



 ゲーツは内心で首を傾げる。


 麻の短衣と帆布の前掛け、それらをもりもり盛り上げて見せている筋肉こそすごい男だが、これは職人ならではの身体なのだろう。見かけこそいかついが、ごく普通のおじさんである。


 特に“後ろ暗い”感じなんて全然しないし、裏に何かあるようにも見えない。ランダルとジアンマは、いったい何の話をすると言うのだろう?




・ ・ ・ ・ ・




「いやあ……あなたの『綿菊の墓』。実はここだけの話、私読んで泣いちゃったんです。うちの奥さんが二歳上、ってかぶる部分があったからなんですけど……。あなたの物語には、遠い昔の情緒を引っ張り出して、純粋に優しさかなしさを思い出させてくれる何かがありますよ、本当に」


「そ、そこまで言っていただけるなんて」



 煮込みを食べつつ、大男は白い手巾を取り出して眼がしらを拭う。


 今日は何だか来て下さるような気がして……と、ジアンマが昼から煮込んでいたと言う山羊の香草煮は美味しい、実にうまい(もちろん例の臭いはしない)。けれど二人の会話に、全然ついていけないゲーツなのである。


 一応正イリー語で展開されているのに、具体的に何について語っているのかさっぱりわからない。


 やがてもりもり大男は、かみつれと薄荷はっか香湯こうゆを淹れてくれた。お湯受けは栗の花の地元産蜂蜜、外見に反してどこまでも情緒的な人である。



「ジアンマさん」 


 ランダルがしみじみと呼びかけた。


「あなたはやはり、素晴らしい才能をお持ちだ。私はここに来て、本当に良かった。ですが……」



 ふっと意を決したように、ランダルはもりもり大男を見つめる。



「私は、私をここに呼び寄せた運命に従い、明日旅立たなくてはなりません。あなたを通して、私に立ち向かって来たその運命に……! どうかお願いです、友よ。便たよりの中にあなたが書いてくれた、“森の賢者”の話を、詳しく聞かせてもらえないだろうか」



――おおっ、やっと出た! たぶんここが本題!



 香湯の椀の温もりを両手に感じつつ、ゲーツもジアンマをそっと見た。


 彼は特大級のその目を一度閉じ、そして開く。



「ええ、喜んで。――ちょっと待っててください、地図を持ってきますから。それを見ながら話した方が、わかりやすいと思うのです」



 食卓の中央に広げられた布には、フィングラス領の北半分が描かれている。



「下の店でご覧になったと思いますが、わたくし本業は楽器の修理をしております。夏の間は領内広く出張してお直しをするんですが、昨年の金月くがつの終わりに、このアメナの町へ参りました」



 太い指先が示すのは、街道をずっと北上したところ、フィングラス領ぎりぎり内側にある町である。



「そこのお客様からのまた聞きで、さらに西に分け入ったバネバの村の農家さんをお訪ねしたんです。手回弦ヴィエルの厄介な調律をしていましたら、急に誰かが叫び出しました。外に出たら、ものすごい数のふかし鳥が飛んでいて」


「ええっ、こんな所に!?」



 ふかし鳥は、“白き沙漠”を回遊している群集性の中型鳥だ。たまに山脈を越えて侵入してくると、一時に大量繁殖してしまって農地を荒らす。“山賊鳥”とも呼ばれていた。



「収穫直前の麦畑豆畑がありましたから、皆さん大恐慌に陥りました。けどその鳥の一群を追うように、妙な“音楽”が大音量で流れてきました。バネバ村は真正面に山の切り立っている所なのですが、その山の方からどんどん“音楽”が近づいて来るんです。


 多くの人々とともに私は村の中心、四ツ辻に立っていました。その道の片端から、不思議な格好をした男の人が現れて……」



 そしていきなり静かになった。ぎゃあぎゃあと耳障りな鳥の鳴き声がぴたりと止み、次の瞬間そいつらがぼたたたた、と地面に落ちて来たのである。



「……鳥の群れが落ちた・・・んですか? 弓矢や鳥網で落とされたんでなく? どうしちゃったんです、ふかし鳥たち」


「あ、皆で拾って羽むしりましたよ! その日の夕食によばれました」


「いえ、そうではなくて。鳥たちは……何で突然死んだんです?」


「死んではいませんでした。落ちた時はひくひくしていて、気絶していたみたいです。でも何でこうなったのか、その辺の人に聞いたんですが、あんまり要領を得なくって。お邪魔していた農家のお婆さんが、“森の賢者さん”のおかげだと教えてくれました」


「さっきちょろっと出た、不思議な格好の男性の事でしょうか? 何者なんです?」


「私も気になったのですが、鳥が落ちた時にはその人はもうどこかへ行ってしまって、見当たりませんでした。お婆さん曰く、村の正面にある山の奥に住んでるらしいんですが、私にはそこまで踏み入る勇気はなくって……」


「わかりますよ」


「それでその時は、そのままフィングラスへ帰って来たんです。その後、編集長のロランさんに、あなたがふるい時代の賢者のことを調べている、とお便りの中でききまして。ひょっとしてお役に立てるかと」


「立ってます、たいへん役に立っていますよジアンマさん! すごい体験談だ。他に、その男性について何か見聞きしたことはありませんか?」



 がくがくん、ジアンマはつるつる頭とふかふか髭を大きく上下させる。



「先ほど、鳥の登場を追って音楽が流れて来た、と申しました。実際に村人達も音楽と言いましたし、そこの所は職業柄引っかかったんです。こんなけたたましい大音量を出せる楽器なんぞ、あっただろうか? と」



――鳥笛とか、鳥太鼓ってやつかな?


 ゲーツは田舎の畑で、農家の使う害獣よけの楽器を思い浮かべた。



「ただ、よくよく考えてみると、そうじゃなかったんです。あんまり人間離れした妙な“音”だったものだから、すぐに気づけませんでした。……あれは、声です」



 ランダルが、ぴくんとしたようだった。



「それで以前読んだ、東の果ての旧い人々について書かれた本のことを、思い出したんです。東部ブリージ文化圏では、主に二つの祭祀的存在が尊重されている、とありました」



 ゆっくりとうなづきながら、ランダルが低い声で相槌をうつ。



「……ひとつは、精霊を使役する召喚士。いわゆる精霊使い、ですね……?」



 ジアンマもうなづいた。大きな瞳の中に、畏怖が揺れている。



「はい。そしてもうひとつが、“声音こわねの魔術師”、あるいは“声音こわねの魔女”と呼ばれる存在です。


 ……パンダルさん。私はその魔術師を、見てしまったのでしょうか……?」







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