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海の挽歌  作者: 門戸
ユカナの略奪
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01 ユカナの略奪1:いつも通りの朝

 緑の島に捧ぐ。


 そして、ここへ来て下さった皆さまへ。

 この物語が、あなたの闇夜を照らす無数の星明り、その小さなひとつになる事を、心から願っています。

 



 ぱあん。


 母の厚い手のひらが勢い良く左頬にぶつかって、イオナはまずいくつもの星が、火花を散らしてまたたくのを見た。鋭い痛みは、ちょっと遅れて頬っぺたにわき上がる。



「また、そんな悪い口をきいて!」



 イオナの右肩をがっしりつかんでいた方の手に、さらにみっしり力がこもる。



「お前みたいに口の悪い子は、どこへでも行っちゃいなさい!」



 母は真っ赤だった。


 怒りのせいで、乳白色の顔が頬のところだけ、りんごみたいに朱く染まっている。長く伸ばしたあかい髪が体にまとわりついて、それがあたたかい陽光に照らされると、まるで全身が燃え立っているようだった。洗いものをした日、あまり好きじゃないらしい赤錆あかさび色の筒っぽ服を着ていて、それもあって機嫌が良くない。



「でなきゃ、」



 いらいらと、なかば突き放すようにイオナの肩から手をどけると、母は藁ぶき家の壁にもたせかけてあった、大きなぶどうづるの籠を手に取った。



「籠にいっぱい、浜生菜はぶいの葉っぱを採ってきなさい! それからお母さんに謝るの! わかった!?」



 籠を目の前に置かれても、イオナは何も言わなかった。ぶたれた悔しさ、もうそれだけで全身がはち切れそうだったからだ。


 母同様に、白い顔を怒りで朱く染め、三つ編みお下げの赫毛あかげを燃え立たせながら、涙と鼻水を垂れ流しっ放しにして、六歳の少女は背高い母親をにらみ続けていた。


 それをにらみ返していた母親の眉間のしわが、ふと緩む。すぐ脇に、上の子が立ったのだ。少し乾いた地面に裸足はだし、少年は音もたてずに静かに佇む。


 ふう、と母の溜息が大きい。



「……ヴィヒル。たのむわ……」



 うなづいて、ヴィヒルは籠をつかむと反対の手で妹の手を取り、すたすた歩きだした。口を引き結んだままイオナはうつむいて、空いた手で両目をこする。


 いつも通り母を怒らせて、いつも通りに兄に取りなされる、……今日もいつも通りの日だ。




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