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箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
9/22

第一章 6-1



 夕食は、とても美味しかった。

 ラムネが夕食を作るようになった理由はわからない。でも、殆ど欠かさず、ラムネの作った夕食を食べている。この味は、確かに、温めるだけの料理よりは美味しい。プロの味というものは知らないが、多分、これがそんな味なのだろう。

 ネオンが来てからは、三人で夕食を食べるようになった。おそらく、リアルで人と顔を合わせるのは、この時間だけだ。後は、ティータイムの時位だろうか。毎日、顔を合わせて食事をするなんて、とても仲がいいみたいだ。

 特に会話はなかった。それはいつもの事だ。ラムネは、僕と自分の分の食器をキッチンに運んだ。ネオンは自分の分の食器を運んだあと、自分の部屋には戻らなかった。

 ラムネが部屋に戻ったのを確認して、ネオンは話した。

「あと、何分後になりますか?」

「十分後にしよう」

「美味しい料理を食べてすぐにでも運動が出来るのが、エンプティのいいところですね」

「それ以外にいいところは沢山あるよ。それに、運動をしているわけじゃない」

「それはそうですけど」

 ネオンは立ったまま、動かない。

「どうかしたの?」

「えと。……。秘密の話をする時は、こことエンプティ、どっちがいいですか?」

「聴かれたくない人を選べばいい。ここでなら、ラムネに聴かれるし、エンプティなら、鍵を持っている人以外には聴かれない」

「それじゃ、向こうで話します」

「ただ、僕がラムネに報告するかもしれないけど」

 ネオンは頬を膨らませた。

「では後、九分後ですね。お願いします」そして、彼女は自分の部屋に戻って行った。

 僕は自分のデスクに移動した。

「イオ、エンプティの情報を見せて」僕は言った。

 デスクの上の端末に、これからダイヴするエンプティの情報が並んだ。ざっと目を通す。問題なさそうだ。

 でも、頭の片隅でグリーン・ピースの事を考えていた。

 十五年前とグリーン・ピース。その二つで結ばれるのは、シンジュ・イヴだろう。大富豪の孫にして、莫大な遺産の相続人となった人物。今は、アミダと名乗って活動している。アミダの誕生には、グリーン・ピースが深く関わっている。それは間違いない。アミダ本人がそう言っていたからだ。話を聴いた時は、特に意識していなかった。

 でも、グリーン・ピースが生身の肉体で、アミダに接触しただろうか?その可能性は低いだろう。先進国の医療現場では、九割以上の医師や看護師がエンプティだ。それにより、医療は激変した。勿論、いい方向に。医療系のエンプティは、すべてドイツのエンプティメーカが製造している。それは、いち早く動いてシェアを独占したからだ。看護師など、サポートするエンプティなら、他のメーカを使う所もあるが、執刀医がダイヴするエンプティは、中国本土を除けば、ほぼ全てがドイツ製だ。

 当然、グリーン・ピースもそうだろう。そこから足跡を見つけるのは、不可能ではないだろうか?

「そういえば、十五年前の僕は何をしていた?」僕は呟いた。

 イオが、端末に十五年前のカレンダを映してくれた。特に大きな仕事はしていなかった。こんな事もしたっけ、という仕事から、文字を読んでも思い出せない仕事まである。でも、僕はだいたい、そんな感じだ。毎日が平坦で、なだらかで、穏やかだ。偶に、刺激を求めて、エンプティの大会に出たりするが、すぐ飽きてしまう。

一週間前と一年前の事が、同じように思える。頭がぼんやりとしているのだ。たぶん、ずっとここにいるからだと、思っている。

 カレンダによると、十五年前の僕は、ホワイト・ベルとして、その名前を売り出そうと、細かい仕事を沢山請け負っていた。そう。確かに、そんな時期もあった。そして、ホワイト・ベルの名前が有名になり、目的達成まであと少しというところで、思わぬ横槍をくらった。

 そして、全て無駄に終わった。

 それが起きてから、一ヵ月も経っていない。

「あと三分です」イオが教えてくれた。

 僕はドリンクを飲み干して、キッチンまで行き、新しくグラスに注いで椅子に戻った。そして、専用端末を装着した。

 深呼吸。

 目を瞑って、ダイヴ。

 ………………。

 ………………。

 右手を握る。

 いつものステーションの壁が見える。

 ドイツのエンプティだ。

 体を動かして性能を確かめる。

 まずまず。

 スポーツタイプのエンプティだからだ。

 アシアトエンプティと比べると雲泥の差だ。

 鏡を見て服装を確かめる。ワンピースだったので、動きやすい短パンとTシャツに着替えた。髪が長いので、ポニーテールにした。

 ステーションから出ると、現地時間では夜だった。暗い中、日本をモデルにした、レプリカタウンが街灯に照らされて広がっていた。

 レプリカタウンは、エンプティの人気と共に建造され、今では世界中に展開されている。実在する街や仮想世界の街を、エンプティが暴れても問題ない強度で造った、その名の通りレプリカの街だ。造られる場所は、リアルでアクセスするには、考えられないような不便な場所で、周りにコンビニ一つないような余った土地となる。なので、広大な土地代は殆ど無料だろう。エンプティでダイヴするので、アクセスは一切考えていないのだ。航空機の離発着くらいは出来るけれど。

 莫大な費用が掛かるが、全て、エンプティメーカが造っている。基本的には、利用料と、スポーツ大会を行った時に、広告や視聴チケット代の数パーセントを貰うという仕組みだ。エンプティの大会は人気があり、ここしばらくは儲かる一方だろう。

 僕は、そういう大会にエンプティのパイロットとして、呼ばれる事がある。基本的に値段と条件を見て決めている。それが、僕の表の仕事だ。

 ネオンとの約束は、彼女のエンプティの操作性を見るというものだ。初めは、ネオンがお金を払うと言ったのだが、それは断った。誰かのコーチをした事は、一度もない。お金を貰うと責任が生じるので、余計に面倒だったからだ。十分だけと時間を制限して、付き合うことにした。

 ネオンがコーチを頼んだ理由は、前回の仕事の、あの件があったからだろう。護衛の仕事だったが、ネオンは「何も出来なかった」と嘆いていた。でも、あれはエンプティの性能的に、どうしようもなかっただけだ。

 僕が引き受けた理由は、情に流されたわけではなく、なんとなくだ。

 今回が初めてになる。

 二階建ての家の屋根にジャンプした。このレプリカタウンは、直径一キロ程の小さな街だ。日本の住宅地をイメージしてある。全く絵にならない辺りが、日本的でリアルだ。ここは、室内までは、作り込まれていない。有名なレプリカタウンは、室内まで精巧に造ってあったり、街の広さが更に広大だったりと、手が込んでいる。どこにそんなお金があるのか、心配になるほどだ。

 ステーションから、エンプティが出てきた。目が合ったので、識別コードを送った。やはりネオンだった。例えば、街中でなら、自分のニックネームを頭の上に表示させて、待ち合わせをする人もいるが、折角のエンプティの美しい姿が台無しになってしまう。便利だから、僕もやっているが。

 僕は屋根から飛び降りて、ネオンの元に歩いた。

「よろしくお願いします」ネオンは頭を下げた。ネオンもドイツのエンプティだ。昔の水兵みたいな恰好をしている。髪はツインテールだった。

「うん。とりあえず、この道路沿いを走ってみたら」僕は言った。

「全力で、ですか?」

「ジョギングだと意味がないからね」

「わかりました」ネオンは手首と足首を回した。エンプティなので、捻る事はない。

「では、行きます」

 ネオンは勢いよく加速した。僕はその後ろをついて行って、ネオンを観察した。突き当りがT字路だった。

「突き当りの家の屋根に飛び乗って」僕はネオンに直接言った。

「わかりました」ネオンは答えた。

 だが、ネオンは、何もわかっておらず、その家を飛び越して、一軒先の屋根にアシスト機能を使って着地した。僕は屋根から屋根に飛び移り、ネオンの元に行った。

「だいたいわかった」僕は言った。

「ホントですか?」ネオンは苦笑いを浮かべている。

「ネオンのわかりました、よりは」

「すみません」彼女は下を向いた。

「ケンケンパッだ」

「なんですか?それ」ネオンは首を傾げた。着地で首を痛めたわけではないだろう。

「ついてきて」僕は屋根から道路に降りた。そして、十メートル程歩いた。ネオンがすぐ後ろにいるので、振り返った。

「昔の日本は、電柱で有名な国だから、このレプリカタウンにも、街中に存在している。この景観を損ねる電柱は、エンプティが全力で蹴っても倒れないし、張り巡らされている電線も、ぶら下がったり、飛び跳ねても切れない強度で造られている。勿論、電気も流れていない。まずは、あの電柱のてっぺんにジャンプで飛び乗る。そして、アシストを使わずに、自力で着地する。こんな感じ」僕はその場で踏み込んで、電柱の頂上にジャンプした。そして、隣の電柱まで、片足で踏み込んで、ジャンプした。着地も同じ片足だ。百八十度その場で回って、今、飛んできた電柱まで、両足揃えてジャンプした。

 ネオンを見たら、ちゃんと見ていたようだ。僕はネオンの隣に飛び降りた。

「こうすれば、自分が思った所に着地する練習になる。電柱の感覚は、それぞれ、数メートルの誤差があるから、同時に目測も鍛えられる」

「こんなの出来ますか?」ネオンは言った。

「練習すれば、出来るよ。子どもだって、地面に円を描いて、ケンケンパッてやっているから。それと同じだよ。少し距離が伸びたけど、エンプティの性能は、子どもとは比べ物にならないから」

「もっと、実戦的なトレーニングを教えてくれるんじゃないんですか?」

「それは、もっと後だよ。まずは、自分の思い通りにエンプティを操る方が重要だ。でも、他の人に教えて貰った方が、いいかもしれない。僕は人に教えた事がないから」

「いえ。そんな……」彼女は首を横に振った。「わかりました。これが出来たら、次は何をしますか?」

「もっと早く、正確に出来るように反復する」

「その後は?」

「さぁ、まだ、決めてないけど」

「……わかりました」彼女は頷いたが、不満があると、顔に出ている。

「絶対にやっちゃいけない事は、アシスト機能を使うこと。コツとしては、電柱の間に電線があるから、距離が長い場合や短い場合は、電線を掴んで、地面に落ちないようにすればいい。左右にさえ、ズレなければいいだけだから簡単だよ」

「どうしてアシスト機能を使っちゃいけないんですか?」

「アシスト機能は、こけたり、滑ったりした時に、エンプティが傷つかない様に、自動制御で手や脚を使って受け身を取ってくれるけど、その時に、体の支配が自分から、プログラムに変わる。それは、パイロットが、無能だと判断された証拠なんだ。初めから、手を付いていれば、アシストは使われず、自分で着地出来る。そしたら、その次の動きに繋がる着地の仕方が選択出来るから、半歩早く動けて有利だ」

「でも、今は、アシストに体の制御を任せるというプロのパイロットもいます」

「知ってるよ。その間に、次の動作を考える時間が出来るし、地図を見たり、作戦を考える事も出来る。でも、そんなの、体を動かしながらでも出来る。今の所、アシストに頼る優位性があまりない。あと数年したら、どうだろう?逆転している可能性はあるね。だから、将来を見越してアシストに頼ってもいいよ。でも、それなら僕が教える必要性がない」

「その他に、利点はありますか?」

「自分の体なんだから、勝手に動かれたら、違和感を覚える。エンプティにダイヴしている時が、本当の自分で、本当の体だと思うくらい、感覚を馴染ませるのは大切だ。その時に、アシストはやっぱり、障害になる」

「わかりました。一回飛んでみます」ネオンは、電柱の頂上を見た。そして、勢いよく跳んだ。でも、パワーが足りなくて、五メートル位しか跳べなかった。地面に着地して、また、跳んだ。今度は、跳び過ぎて、空中で姿勢を崩した。そして、アシストで地面に着地した。気まずそうにこっちを振り返ったので、微笑んでおいた。初めはそんなものだろう。想像通りだ。

「それじゃ、出来るまで、これを続けて。出来たら、また別の課題を与えるよ」

「わかりました」

 形になるまで半月、洗練させるのには、一ヵ月位掛かるだろうと予想した。報酬を貰わなくて良かった。もし、貰っていたら、出来るまで、付きっきりで指導しなければならないだろうから。



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