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箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
8/22

第一章 5



 右手を握りしめた。

 爪が食い込んで痛い。

 ……………。

 専用端末を外した。

 椅子のリクライニングは倒したまま、ゆっくりと呼吸した。

 時間を確認したら、二時間もダイヴしていた。イオが天井に、僕の興味がありそうな記事をまとめてくれていた。ぼんやりと眺めながら、リクライニングを起こした。デスクの上のグラスを取って、ドリンクを飲んだ。

「一時間後にラムネさんがこちらに来ます」イオが知らせてくれた。

「わかった。五分前にまた知らせて」僕は小声で呟いた。

 いつもなら、すぐに仕事の話を終わらせるのに、疲れているのだろうか。

 暇なので先にシャワーを浴びる事にした。そして、テイルズトイのゲームについて調べた。売上は、やはり、かなりの額がありそうだ。テイルズトイにハマっているゲームマニアは、自分が普通ではないと、自虐を交えて説明していた。確かに、まともではない。なにより、カプセルを購入しなければ、本当の楽しさを得られないというのが、普通ではない。一千万以上もするのだ。そして、テイルズトイは、ゲームイベントなどで、カプセルでの先行体験などを一切行っていない。禁止しているほどだ。だから、この高いカプセルを買ってまで試すには、ハードルが高いだろう。

「あと五分後です」イオが教えてくれた。僕は頷いた。

 キッチンに行ってチョコレートを皿に盛り、二人分の紅茶の用意をした。いつも食事をしているテーブルに食器を並べ終えると、丁度ラムネが入ってきた。

 肩まで伸びている黒髪が僅かに湿っていた。ラムネもシャワーを浴びたのだろう。服装はいつもと同じだった。カーキグリーンのカーゴパンツは、七分丈だ。黒のTシャツを着て、古いキャップを被っている。アクセサリ類は一切身に着けない。それは僕と同じだ。

 ラムネはテーブルを見て、いつもの席に座った。僕はその向かい側だ。それがいつもの食事の場所だ。

「まず、これが今回の記事」ラムネがテーブルの上に、ホログラムで映した記事を僕に見せてくれた。

「もう書いたの?早いね」僕は素直に感想を言った。

 それは、今回のエターナルテイルズについての記事だった。

「記事は、ダイヴしている最中に、私のAIが書いた。私は帰りの車内で、その添削をしただけ」

「へぇ」僕は記事に目を通した。「良く出来てるじゃん」

 記事には、エターナルテイルズでは、思考や行動を強制したり、神様を信じさせたりするのではなく、本来、人間があるべき自由を守る為の集団だとあった。中の人も集団生活を楽しんでいると。記事を要約すると、そんな内容だった。

「その記事はどうでもいい。パフォーマンスでしかない」ラムネは優雅に紅茶を一口飲んだ後に言った。

「そうだったね。内部調査は、どうなの?成功だった?」

「まだ、わからない」

「どういうこと?」

「完全に白とは言い切れない、ということ」ラムネはテーブルから視線を上げて、僕を見た。

「具体的には、何を調査していたの?武器があるかどうか?」

「違う」ラムネはチョコレートを頬張った。そして、自分の腕を擦っている。珍しい仕草だと思った。ラムネは生粋のお嬢様で食事中は見とれてしまうほど、優雅に振る舞うからだ。

「でも、記事に書いてある通り、なかなか暮らしやすそうな場所だったね」僕はあの場所の感想を言った。

「どこが?」ラムネは眉間に皺を寄せた。

「畑仕事は嫌だけど、僕もイオに適度な運動をするように勧められるよ。間違ってはないんじゃないかな。ウォーキングをするよりは生産的だし」

「ジョーク?」ラムネは僅かに首を傾げた。

「半分は」

「残り半分が、腐っている」

 僕は笑ってしまった。調子は悪くないようだ。

「何か気に入らないところがあったの?」

「どこかに気に入るところがあった?」

 僕はまた笑った。会話がこんなに楽しいなんて久しぶりの感覚だ。

 ラムネの顔はエンプティの様に美しいまま、一切歪まなかった。

「何が気に入らなかったの?」僕はきいた。

「私が気に入るかどうかは、関係ない。ただ、大層な大義名分を言って、信者たちを外に出さないのは、宗教団体と同じ」

「まぁ、自分たちの住んでいる所を楽園と言ったり、外の世界と言ったり、独特な言い回しだったね。ラムネもすぐに順応していたけど」

「仕事だから。喜ばせてあげたの」ラムネは僅かに口角を上げた。良く出来たでしょ、という得意気な顔だ。

「マリさんがそうだったけど、あそこは、自殺志願者を集めているの?」

「そうとも限らない。ただ、そういうサイトに網を張っているのは確かだろう。あとは、エンジニアとしての腕も必要かもしれない」

「それで、人数を集めて、何を目的としているんだろ?楽園を創ったなら、一人で住めばいいのに。そうじゃなくても、もっと少人数でいいはずだ」

「頭数を増やす時の目的なんて、お金儲けの労働力以外にない。あれだけの人数の食事代だけでも、バカにならない」

「でも、皆でゲーム作りをしているようには見えなかったけど」

「それが問題」彼女は溜息を吐いた。「今回の一番の謎は、あの人数になる」

「そうだね。五百人は多すぎる。それに、住人たちからお金を巻き上げている訳でもなさそうだけど」

「住人が既に持っていた全財産は、貰っているだろう。それでも、何年も生活されたら損失となる」

「全財産を渡しても、これまでの生活よりはいいと思える人たちが住んでいるんだから、問題ないと思うけど」

「本人たちの自由だから、私には関係ない。でも、あそこが真っ当な集団なら、住人たちが、今までは他人と比べて苦しかったとしても、それに気づいた時点で、元の生活に戻すはず。カウンセラに例えるとわかりやすい。人生に悩みがあって、相談に来た人に寄り添い問題を特定する。普通なら、治療後は、そのまま元の生活に戻し、また、不満が出てくれば相談にのる。それを何度も繰り返すはず。なのに、あそこは、相談に来た人を、自分たちの世話係にして、ましてや、社会が悪だったとすり込んでいる。あれは、解決とは言えない」

「なるほど。宗教と似ている点があるね」

「そもそも、ネット依存なんて、今に始まった事じゃない。他人と比べるのも不変的な問題だし。その被害者を騙し集めて、一体、なにがしたいのか?」ラムネはカップに視線を落とした。

「五百人もいないんじゃない?」僕は呟いた。

 ラムネが目を見開いてこっちを見た。

「どういうこと?」

「五百人全員と会った事がないと、マリさんも言っていた。二十二年間、一人も死んでいないというのもおかしい。あの場所なら、誰かがこっそりと死んでいても、誰にも気づかれない。外には一切情報が漏れない」

 ラムネは二秒間目を瞑った。

「それなら、定期的に人を集める理由もわかる。労働力が欲しいのではなく、人間そのものが欲しかったということか。五百人というのは累計で、実際に生活しているのは、百人位かもしれない」ラムネは淡々と言った。

「もしそうなら、一気に犯罪の匂いがしてきたね。悩める若者を騙して、一時の楽園を満喫させて、家族に元気に暮らしていると連絡を取らせた後、死んでしまう人もいるわけだ。全財産を巻き上げたなら、死んで貰った方が、都合がいいのかもしれない」

「可能性はある。実験のサンプルは幾つあってもいい」

「実験?」どこから出た言葉だろう?

 ラムネが数秒間見つめてきた。

「そういえば、集団生活をしている団体なんて沢山あるはずなのに、なんでエターナルテイルズの内部調査が、僕たちの仕事になったの?」

 そう。それはずっと謎だった。エターナルテイルズの実情よりも、なぜ、調査をしなければならなかったのか、ということが。

「ある人物が失踪している」ラムネは僕の目を見た。大きくて綺麗な瞳だ。「失踪してからもう、二十年以上になる。私たちの集団から逃げた、唯一の人間が彼になる」

「そんな人がいるんだ。僕の知っている人?」

「グリーン・ピース」

 ………。

 僕は驚いた。それが表情に出てしまっただろう。

 グリーン・ピースは医者であり科学者だ。天才であることは間違いない。今も生きているなら、百年以上生きている。その名前は、世界中で有名だ。知らない人はいない。あらゆる所に、彼の頭脳が生み出したものが存在するからだ。

『グリーン・ピースの恩恵を受けずに生きている人は、受胎前の赤子だけだ』との言葉があるほど、世界中で知られている。でもそれは、悪い意味で捉えている人が大多数だろう。彼の生み出した幾つもの発明は、悉く悪事に利用された。最も理解されていない科学者の一人だ。

 ちなみに、僕は個人的に会った事がある。もう、ずっと昔の事だけど。

「グリーン・ピースとエターナルテイルズに、何か関係があるの?」僕はきいた。

「あそこに住んでいた可能性がある」

「ふーん。確かに隠れるにはいい場所かもね。それで、ラムネはどう思ったの?」

「わからない。完全には否定できない」

「いるとしたら、どこにいると思う?」

「集落か、蔵の中か、地下」

「それをあそこの住人は知っているのかな?」

「知らないはず」

「その実験サンプルの為に人を集めたと。……。そんな人だとは思わないけど」

「珍しい意見だ」ラムネは少し笑った。

「何で、それを初めに教えてくれなかったの?」

「私とは別の視点があってもいいと思ったから。私はずっと隠れられる場所を探していた。それとは別に、純粋にあの場所を見る人が欲しかった。それを踏まえてだけど、もし、隠れているなら、どこだと思う?」

「うーん」僕は、数秒間考えた。「住人がグリーン・ピースの事を知らないと仮定するなら、集落からは離れた所がいいと思う。何かの拍子に、地下室の扉を見つけてしまうといけないから。もし、蔵が立ち入り禁止場所なら、確かに怪しいと思う。鍵がなければ、中に入る事も出来ないんだから。それに、山の中に小屋があるのかもしれない。……いや、その可能性は低いか」

 もし小屋がひっそりとあるのなら、それを見つけた人は中を覗くだろう。それは、グリーン・ピースにとってもまずい事になる。だとしたら、小屋ではなく、秘密の扉でもあるのだろうか。

「なんで、グリーン・ピースがあの場所にいる情報があったの?」

「グリーン・ピースを見つけるには、十五年前が唯一の手掛かりになる。そして、その年には、二カ所に足跡が存在する。私は、制約により、その一つには触れる事が出来ない。必然的に、もう一つの足跡を辿った事になる」

「……うーん。よくわからないな。抽象的だね。十五年前に動いたということ?」

「これ以上は言えない」ラムネはカップを口に付けた。とても優雅だ。

「十五年前ね。……。僕は何してたっけ?」

 ラムネはティータイムの世界にトリップしているようだ。

「今回の仕事は、ラムネからの依頼なの?それとも君の上の存在からの依頼なの?」僕はチョコレートを食べた。

「そのチョコレートのカカオが、どこで実ったか気になる?」ラムネは目を細めて言った。

「……いや。別に、美味しいし」

「私もそう思う」

「あのゲームはどうだった?」

 ラムネは一瞬だけ、動揺した。

「楽しくはなかった」

「スライムに食べられたんだよね?」

「そう」ラムネは、眉間に皺を寄せて、腕を擦った。腕を擦る癖はなかったはずだ。

「その後はどうなったの?」

「どうもしない。自分より大きいやつに丸呑みされて死にたくはない、とは思った」

「なにか危険な目にあったの?」

「そういう訳じゃない」

「なんか、パッとしないね。僕も遊んでみたかったのに」

「やめた方がいい」彼女は眉を寄せた。

「まともに喋れてなかったけど、あれはなんで?」

「……スライムが口の中に入ってきた」ラムネの声は小さくなった。

「そんなわけないと思うけど」

「それは知ってる」ラムネは自分の腕を擦っている。「………あの」

「なに?」

「………。なんでもない。話は終わり」

 ラムネは、キッチンに入って行った。夕食の準備だろうか。

 でも、席を立つ寸前、ラムネの頬は紅くなっている様に見えた。

 きっと見間違いだろう。


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