表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
7/22

第一章 4


 寺の中に案内された。同じ場所で靴を脱ぎ、廊下を西側に進んだ。

 角を右に曲がり少し歩いた先で、孔雀は止まった。ここからは、左手に蔵が見える。

「ここが娯楽室になっております。娯楽と言ってもゲームを行うだけですが」孔雀が扉を開きながら言った。手動でスライドさせる扉だった。扉を開けたすぐ目の前に、別の扉があった。

 その扉は、近代的でセキュリティがしっかりとしていそうだ。孔雀は、扉のセキュリティのロックは外した。特にパスワードを入力したわけでもないので、誰かに連絡を取って開けて貰ったのか、何か別の鍵があったのだろう。

「部屋が二重構造になっている理由は、部屋の温度を一定に保つためです。元々の扉では、断熱があまりにもずさんなので」扉は自動で開き、孔雀は中に入って、僕たちを招いた。部屋に三人が入ると、扉が自動で閉まった。

 部屋の中は、気温は二十五度になっていた。扉は出入りした一枚だけで、窓は当然ない。人工的な光が部屋の隅々まで、明るく照らしていた。無機質な部屋で実験室を連想した。それは、部屋の色が少ないからだろう。白と灰色のどちらかで、全てのものが出来ている。アルミやステンレスなどの金属も多い。

部屋の中央に棺桶タイプのカプセルが三つあった。これは、市販されているモデルで、かなり高級機だ。ヴァーチャル世界で遊んだ時に、映像と連動して物理的な反発を再現してくれる。なので、木の質感や鉄の冷たさなども再現出来る。三台もあるので、ここはかなり儲かっているのだろう。

 そのカプセルの近くに、女性が一人いた。白衣を着ているのは、コスプレだろうか。レトロな眼鏡をかけて白衣のポケットに両手を入れている。

 僕とラムネは挨拶をした。女性は頷いただけだった。

「彼女は、ディアブロと言います。シャイな性格なので、あまり人とは話しませんが、面白い人です」孔雀が説明した。今の所、何が面白いのかはわからない。

 整った顔をしているが、人間だろうと僕は思った。殆ど動いていないので、あまり正確ではないが。

「私たちの作ったゲームはカプセルを使う事で、より一層楽しむことが出来ます。なので、本当はエンプティドールではなく、生身の体で体験して頂きたいのですが、今回は、仕方がありませんね」孔雀は言った。「お二人とも体験されますよね」

「いえ。私だけで十分です」ラムネがすぐに答えた。

「なんで?」僕はラムネに直接言った。僕はこのカプセルを持っていないので、ぜひともやってみたかった。

「罠かもしれないのに、身動き取れないカプセルに入る理由がない。何の為の二人だと思っているの?」ラムネが直接答えた。

「でも、エンプティなんだから、閉じ込められても離脱すればいいと思うけど」

「エンプティがここに残るのが問題」

「そんな事をしたら、最悪、警察が動く事になるし、向こうもそれは望まないと思うけど」

「一時的にでも、無防備なエンプティを調べられるのは危険だし、私たちは警察を呼べる立場じゃない」

「でも、僕たちがそんな人間だとは、向こうは思っていないよ。僕たちを記者だと思っているんだから」

「駄目。兎に角、私たちは離脱する事なく、ここを立ち去らなきゃならない。最悪このエンプティを廃棄することになる。機密情報とはそういう事だから」

「…わかった。努力するよ」

「努力なんてしなくていい。結果だけ残して」

「そうですか。ミカンさんは本当に良いのですか?」孔雀が笑顔で言った。

「はい。閉所が苦手で」僕は適当な嘘を付いておいた。

「そうでしたか。仕方がありませんね。では、ライチさん。このゴーグルを装着してカプセルに入って下さい」孔雀は、カプセルの近くのテーブルの上にあるゴーグルを取って、ラムネに手渡した。

「ありがとうございます」ラムネは礼を言った。

「何かあったら無理やりでも止めるように」ラムネは直接言って、僕の目を見た。頷くわけには行かないので、大きな瞬きをしておいた。

 ラムネは右側のカプセルに入ってゴーグルを装着した。横になると、蓋がゆっくりと閉まり、ラムネの姿が見えなくなった。

「止めて欲しい時は指示をだして」僕はラムネに直接言った。

「わかった」ラムネが答えた。

「楽しんで」

 無視された。

「では、準備が出来たので、ディアブロ君お願い」孔雀が言った。

 ディアブロは頷いて、壁にある端末を操作した。部屋の中は一切変化がない。

「どんなゲームなのですか?」僕は孔雀にきいた。

「色々選ぶ事が出来ます。ただ、予算も限られているので、どれも特定のものを突き詰めたものとなっています。今回やってもらうのは、スライムです」

「スライム?」僕は繰り返した。

「はい。スライムという生物に食べられるゲームです」

「へぇ。それは面白そうですね」

「一緒にやってみますか?」

「いえ。カプセルは遠慮しておきます。映像だけでも見る事は出来ませんか?」

「簡単な物でしたたら」孔雀は、ディアブロを見て指示を出した。彼女は頷いて、すぐに壁に映像が映った。

「これは現在、ライチさんを俯瞰で見ている映像です。残念ながら、ライチさんの視点ではありませんが」

「ありがとうございます」

 映像を見た。

 十メートル位ある大きな山が目の前にある。あれがスライムなのだろう。透き通るような水色でソーダを連想した。手足はなく、体の表面がゆっくりと溶けるように流動している。溶けた一部が、地面に流れている。あの流動している液体が、あの生物の体の一部なら、すぐに全身が無くなってしまうのではないか、と心配になる。汗だとしても、代謝が良すぎるだろう。何かを食べ続けないと、消滅してしまうのではないか。だとしたら、燃費の悪い生物だ。よくあの大きさまで成長出来たものだ。もしかしたら、母親のお腹の中で、あの大きさまで成長したのかもしれない。でも、これはゲームだから、そんな心配は杞憂だろう。温泉が湧くように、体が増え続けるのだろう。

 スライムがゆっくりと動き、大きな口の様なものが開いた。そして、視点が一気に上昇して、スライムの体の中に入っていった。

「へぇ。楽しそうですね」僕は言った。

「はい。これは人気があります」孔雀は答えた。

 食べられているのだが、スライムの内部から外の景色は見える。地上から五メートル位の所で静止したままだ。スライムの体がゆっくりと流動しているのがわかる。

「この生物は食べたものを消化するのですか?」僕は質問した。

「いいえ。このままです。おそらく好奇心で飲み込んだのでしょう」

「外に出る事は出来るのですか?」映像は全く動かない。

「不可能ではありませんが、脱出する為のゲームではありません。食べられる事を目的としているので、脱出にはたった一つのパターンしかありません」

「予め爆弾を抱えておくとかですか?」

「面白い発想ですね」孔雀は声に出して笑った。

「呼吸は出来るのですよね?」

「そういう設定です。どうして出来るのかは私にはわかりません」孔雀は大袈裟に両手を広げた。

「大丈夫?」僕はラムネに直接言った。映像は、殆ど変わらないのであまり面白くない。

「…んっ。……なんか、…喋れない。……変な感じ」ラムネは直接答えた。

「大丈夫?」同じセリフを言った。

 エンプティが直接話す時は、自分で設定した声となる。予め設定すれば、生身の肉声データを記録して、それを相手の直接話す時の音声にする事も出来る。僕の場合は、イオの声に少し似せてある。

「ちょっと、……何これ?あっ………」ラムネが直接言った。

 楽しんでいるのだろうか?よくわからない。

「性質変化しましたね」孔雀がモニタの文字を見て言った。

「なんですか?」僕は質問した。

「ライチさんが中で動き回っているのです。その為、中に泡が沢山出来てしまい、その数が一定数を超えると、炭酸の様にパチパチと弾けます。飽きさせない為の変化です」

 泡が出来ても、炭酸の様にはならないと思うが、元々、あんな生物が存在しないので、あまり深く考えても無駄だろう。

「……。止めて」ラムネが直接言った。

「どうしたの?」

「…んっ。…早く」

「これを止めて下さい」僕は孔雀とディアブロに言った。

「どうしたのですか?」孔雀が笑顔のまま答えた。

「早くしてください。ライチさんの指示です」僕は早口で言った。

「いえ、これはゲームです。身の危険はありません。それに、まだまだ変化があるので、今止めてしまうと勿体ないでしょう」

「早く止めてください」僕は怒っている声を出していった。「早く」

「……わかりました。残念ですが、仕方がないですね」孔雀はディアブロに指示した。ディアブロは端末を操作している。

「止まった?」僕はラムネに直接言った。

「早く…止めて」

「まだですか?」僕は声に出して言った。

「もう少し待って下さい。急にやめると、眩暈などの症状が出る事もあります。正常に終わるルートへと変更しましたので、あと五秒もすれば地面に横になっています」孔雀が答えた。

「とんだ欠陥があるゲームですね」僕は皮肉を言っておいた。

「すみません。あまりないケースですので」

 モニタには何も映らなくなった。

「もう、終わりました」孔雀は言った。「特にバグなどは発生していないと思いますが」

「大丈夫?」僕はラムネに直接言った。

「……うん」

 部屋の中は、機械の動作音だけが静かに聴こえる。

 カプセルがゆっくりと開いた。僕はカプセルに近づいて、ラムネを見た。

 ラムネは息を切らしていた。勿論、エンプティに呼吸は必要ない。ただ人間の呼吸を再現しているだけだ。ラムネは、ゴーグルを外した。目が合う。両手で自分の腕をさすっていた。

「どうかしたの?」僕はラムネに直接言った。

「………何でもない」ラムネは直接答えた。

「あまり気に入りませんでしたか?」孔雀がラムネに言った。

「私には、楽しさがわかりませんでした」ラムネは答えた。

「それは残念です。楽しんで頂こうと思ったのですが、余計な事でしたね」

「いえ。ゲームについて、なんとなくですが、知る事が出来ました。それだけでも価値はありました」ラムネが疲弊している様に感じた。

「私たちもこのゲームの好みがわかれる事は、自覚しております。好きな人には人気なのですが、その逆は全く受け入れられないようです」

 ラムネがカプセルから出て、服を整えた。

「ゲームについて質問しておいて」ラムネが直接言った。

 それは、ラムネの仕事のはずだ。それほど、疲れるゲームでもないと思うけど。溺れる様な感覚なのだろうか?

「ここの人たちはゲームをするのですか?」僕は孔雀に質問した。

「はい。人気はありますね」

「ここ以外にカプセルがある場所はありますか?」

「集落にもあります」

「ゲーム時間で揉めたりはしないのですか?」

「これまで一度もありません」

「このソフトを開発した人が、ここにいるという事ですか?」

「そうです。誰とは言えませんが」

「なぜゲームを販売しようとしたのですか?」

「資金面が苦しくなるのは、明らかでした。なので、楽園の維持の為、調達方法を考えた結果が、ゲームだったというだけです」

「それ以外の収入はありますか?」

「ソフト関連でもあります」

「ゲームを販売しているのは、テイルズトイという名前ですが、どうして名前を変えたのですか?」

「エターナルテイルズはこの楽園の名前です。ゲームを販売するには、別の名前が相応しいと考えたからです。テイルズトイ、という名前に深い意味はありません。くじ引きで決めたくらいです」

「初めてゲームを作ったのは何年前ですか?」

「発売されたのは三十年前です。人数が少ないので、開発に時間が掛かりました」

 ゲームを作り、資金に余裕が出来たから、この場所を買い取ったのだろう。

「では、今もゲームの開発をしている人がいるのですか?」僕はきいた。

「もう、資金面は当分解決したので、必要ないのですが、本人の希望で作っている人はいます」

「会う事は出来ませんか?」

「残念ながら出来ません」

「そうですか。では、人がいなくてもいいので、個人のプライベート空間を見せて頂く事は出来ませんか?」

「すぐには出来ません」

「時間が掛かっても問題ないです。それが終わるとすぐに帰ります」

「……少し待ってください」孔雀は掌を広げた。指紋を見せてくれたのではないだろう。「五分後でもいいなら、一部屋だけ見せる事が出来ます」

「ありがとうございます」

 勝手に話を進めたが良かったのだろうか。

 ラムネを見たが、眉間に皺を寄せて、手を握ったり開いたりしている。

「ゲームはどうだったの?」ラムネに直接問いかけた。

「なんでもない」ラムネは答えた。

 この嘘は簡単に見破ることが出来た。

 五分後に、寺の二階の一室を見せてもらった。

 特に変わったところがない。旅館の一部屋みたいな感じだ。生活感はそれなりにある。野球ボールとグラブもあった。この部屋の住人が右投げという事がわかったが、その情報になんの価値もないだろう。

「部屋の広さは、人数によって変動します。窮屈で狭いというわけではありません。ストレスのない生活は、私たちが望んでいることだからです」孔雀は説明した。

 階段は木製だった。一階に降りて、外に出た。

 ラムネの口数は明らかに減っていた。

 お互いにお別れの挨拶をした。

「記事が出来ましたら、すぐに送ります」ラムネは孔雀に言った。

 孔雀は笑顔で礼をした。

 来た時と同じ車が自動で走って来て、僕たちは乗り込んだ。車の中に入ると、外の景色が一切見えなくなった。僅かな加速度を感じた。景色が見えないまま、来た時と同じ時間が過ぎた。

 街に戻ると、外の風景が映った。最寄りのステーションまでの間、僕たちは一切口を利かなかった。そして、ステーションの一室に入った。

 ラムネは靴を脱いで入念に調べた。

「何をしているの?」僕はきいた。

「何か仕掛けられたかもしれないから。君も靴を脱いで渡して」ラムネは自分の靴を入念に調べながら、直接言った。

 確かに、靴を脱いだ時に、何かを仕掛ける時間があった。それを疑っているのか。盗聴器や発信機の類だろう。真っ当に生きている人が、こんな発想を持つことはない。ラムネの人生の一部を覗いた気がした。

 靴には何も仕掛けられていなかったので、僕たちは離脱した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ