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箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
6/22

第一章 3


「では、場所を移しましょう」孔雀が張り付いた笑顔で言った。「と言っても、戻るだけになりますが」

 そういって、僕たちは、来た道を戻った。畑を見ると、マリが楽しそうに笑顔を見せながら働いている。あの中に、マリの親友がいるのだろう。その友人にピントが合う。離れていても、ズームすれば、ホクロの数まで見える。

 …………。

 少しだけ、違和感があった。

「変なことを思いついた」僕はラムネに直接言った。

「なに?」ラムネも直接答えた。勿論、お互いに表情や仕草は一切表に出していない。

「いや、やっぱりいい。なんでもない」

「仕事の邪魔をしないように」

「ごめん」

「それより、もしこのまま終わりそうなら、足止めしなくちゃならない。ありふれた話を聴きに来たんじゃない」

「考えとくよ」

 思いついた事を言わなかったのは、僕の精度が落ちているからだ。九割以上の正解率があった。だけど、最近、外した事が続いたので、慎重になっているのだ。

 孔雀を見た。

 やっぱり、そうだろう。

 マリは違った。

 あの人たちは………。

 半分がそうだろう。

 でも、もしそうだとしたら、何が変わるのだろうか?

 何も変わらない。畑から収穫されたジャガイモと、工場で生産されたジャガイモの差だ。

 石を敷き詰めた階段を上る。雨の日は滑るのではないだろうか。それに、台風や雷の日は、食事をするのも、面倒だろう。でも、それを自由と呼ぶなら、それでいい。それこそ、個人の自由だ。

 寺の裏側が見える。その右手に、蔵が見えた。

「あの蔵はなんですか?」僕は孔雀に質問した。普通の蔵よりは、一回り大きかったからだ。

「この寺を買い取った時からついていた蔵です。寺と同じ時期に建てられた建築物なのかはわかりません。今は、物置として使っています」

 まぁ、そうだろう、という答えが返ってきた。

 蔵は、寺の西側にあった。寺で死角となり、ここからしか見えなかったのだ。

 坂道を上り終えた。生身だったら、疲れていただろう。汗をかいたかもしれない。でも、エンプティなら、バッテリィを消費するだけで、一切疲れない。無茶な動きをしても、メンテナンス費用が嵩むだけだ。

 寺の東側を回って正面に来た。廊下を通る人がいれば外からも見えるが、誰も通らなかった。そして、初めに車から降りた地点に来た。車はまだ来ていない。

「あちらが日陰になっていて、ベンチがあります。あそこで質問に答えましょう。私からも話したい事があります」孔雀が手で示した。

 意外なセリフだったが、そういうパフォーマンスには慣れている、という事だろう。

 日陰に入ると、気温が僅かに下がった。

「では、お座りください」孔雀が椅子を示して言った。

 エンプティは、座る必要がない。直立不動が基本姿勢となっている。生身の様に、疲れる事が無いからだ。座ったり立ち上がったりを繰り返す方が、燃費が悪い。でも、人間の習慣が抜けないので、エンプティも座る文化が出来てしまった。

 生身の人間に合わせているのだ。

 同じ視線で話すことで、友達になれるのだろう。

 人間が創りだした神様が、人間と同じ姿をしているのと同じだ。

 僕とラムネは並んで座り、孔雀が向かい合う様に座った。

「敷地内をご覧になっていかがですか?」孔雀が指を組んで、テーブルの上に肘を乗せた格好で言った。

「大変興味深い内容となっていました」ラムネは社交辞令を言った。勿論、発音としては、本当に、関心している様に聴こえる。

「わざわざ、仕事をするというのも、集団生活を行う上では、必要となる。これは、新しい発見ではないでしょうか」ラムネは続けた。

「そうですね。私たちは、やはり必要だとは考えています。今の時代、必ずしも働く必要がありません。生活が保障されているからです。衣食住の全てを国が支援してくれます。なので、一生働かない、という人もいるでしょう。働いている人も、他人より、良い部屋に住みたい。良い家具を揃えたい。美味しいものを食べたい。ブランドの服を身に着けたい。それだけでなく、アバタ用の服にお金を使ったりもします。つまり、働くという事は、他人より良く見られたい、という願望を叶える為の行為となっているのです。社会はこれだけ豊かになり、成熟しても、個人はそうではない。それは、とても貧しい事です。幾らお金を稼いでも、満たされる事はないでしょう。ですが、ここでの働く、という言葉が意味するのは、仲間と考え、助け合い、更には、高め合う事です。同じ労働ですが、目的も意味も、全く違います」

「はい。素晴らしいと思います。それでは、エターナルテイルズが望むものは何でしょうか?」

「私たちが望むのは、この楽園での永住です。この楽園を壊したくありません。私たちは、自分たちが正しいと思っています。世界中が私たちの様に考えれば、幸せはもっと身近なものとなるでしょう。しかし、決してそうはなりません。一部の支配者たちが、それを望んでいないからです。もっと安易で簡易な偽物の幸福で騙して、大衆を支配しようとします。全てが、そうです。例えば、仮想世界で期間限定のイベントを行い、大衆からお金と時間を奪います。称号やアイテムで煽るのです。世間の人は、私たちが住人を騙していると言っていますが、自分たちがお金持ちから騙されている事には、気づいていません。騙されている本人が、そんな簡単な事にも気づかないのです。なので、私たちは、世界を正そうとはしません。そんな大それたことは、出来ないでしょう。大衆はそれを望んでいないからです。だから、私たちはこの楽園を創りました」孔雀は両手を広げた。「そして、この真の幸福を求める者だけを集めて、永住するのです。外の世界が表なら、私たちは、永遠に裏のままでいい。それが、エターナルテイルズの所以です」

「永遠の裏」ラムネは繰り返した。「なるほど、そういう意味だったのですね」ラムネは感心して頷いた。でも、それが演技である事は、僕にはわかる。彼女は、基本的に無愛想で無表情だからだ。

「では、記事の内容も、多くの人への宣伝ではなく、ここで私が見た事実を、正確に伝える方が好ましいでしょうか?」ラムネが言った。

「はい。私たちはそれを望んでいます」孔雀は笑顔で答えた。

「わかりました」

「なにか質問はありませんか?」

「…そうですね。では、もし、怪我などで重傷となり、ここの設備だけでは、治療出来ない場合は、外の世界の病院に行きますか?」

「本人が望むなら、当然そうします」

「それを望まない人もいるのですか?」

「わかりません。それは個人の自由です。私たちはその意思を尊重します」

「では、これまで、人が事故や病気で亡くなった場合は、どうされてきましたか?」

「いえ。ここで亡くなった方はいません」

「えっ?本当ですか?」ラムネは驚いた表情をした。ただ、その情報は事前に掴んでいただろう。

「はい」

「ここは、確か、二十……」

「この寺を買い取ったのが二十四年前、集落などの工事を終え、人が住み始めたのが、その二年後になります」

「それは、皆さん健康でなによりです。では、これから亡くなる方が出た場合は、どうされるのですか?」

「同じことです。それぞれ望む形で行います。もし、墓石を持っている方がいて、そこに骨を埋めて欲しいなら、そうします。別の方法でも、可能な限り手を尽くします。外部に依頼する時もあるでしょう」

「もし、ここに埋葬して欲しいと望むなら、そうしますか?」

「感染症などの安全を考慮したうえでなら、そうするでしょう」

「今は、何人の方がおられますか?」

「五百二十人です」

「これ以上増やす予定はありますか?」

「いえ。増えたとしても、十人前後でしょう」

「二十二年前は、何人の方がいたのですか?」

「さぁ、わかりません。私が来る以前の事は、詳しく知らないので」

「孔雀さんは、ここに来てから何年になりますか?」

「十二年になります」

「それ以前は、なにをされていましたか?」

「答えられません。プライベートなことになりますので」

「ここの仕事というのは、時期によって変わるのですか?」

「変わる仕事とそうじゃない仕事があります。それは人気があるかどうかが、関係しますね。希望が多い仕事は、変わる時期も早いでしょう。あとは、畑は自然なものなので、手入れの方法も時期によって変わります」

「仕事や食事の時間以外に、何か決まりはありますか?」

「特にありません。それ以外は自由時間となります。立ち入り禁止の場所はありますが、それ以外は、どこで何をしても自由です」

「立ち入り禁止の場所とは、例えばどのような場所ですか?」

「答えられない場所が多いですね。言っても構わないのは、谷の方に崖がありますが、危険なので立ち入り禁止にしています。事故があった訳ではないですが、予防の為にです」

「今日は、あまり人と出会いませんでした。皆さん、普段から外を出歩かないのですか?」

「いえ。いつもは、もう少し外に人がいます。今日は、お二人が来るのを事前に知らせていたので、部屋の中にいるのでしょう」

「来客が来る事はありますか?」

「ほぼありません。今回の様な例外を除けばゼロでしょう。記者の方を呼ぶのも、数年に一度としています。これは、世の中の動きや声に反応して、仕方がなくやっています。完璧に閉ざす事を理想としていますが、それをすると、反発も大きくなるからです。なので、その力が大きくなる前に、少しだけ換気して、適度に歩調を合わせる事になります。これは、私たちが望む事とは、大きく外れた所に当たります。それを十分に自覚していますが、この楽園を守る為に、必要不可欠だと判断された結果です」

「なるほど。素晴らしい判断だと思います」

「何か時間稼ぎは出来ない?」ラムネが僕に直接言った。

「なんで?」僕は直接答えた。

「もう、帰らされそう」

「何か質問はありますか?」孔雀はにこやかに言った。笑顔がずっと同じなので、表情が読めない。楽しいわけでも面白いわけでもないのは確かだ。

 僕たちの仕事は、ここの内部調査だ。

 ラムネの質問で、その大部分は完了したのではないだろうか?

 僕はこの場所について、これ以上ききたい事はない。知りたい事もない。

 質問といえば、ゲームソフトについてだ。それは少し気になるが、ラムネが忘れているわけがない。おそらく、タイミングを見計らっているのだろう。

 なので、それ以外に気になること。

 些末な問題だが、一つだけ思いついた。

「数少ない来客対応は、全て孔雀さんが行っているのですか?」僕はきいた。

「ここ数年はそうですね」孔雀は笑顔で答えた。

「それは、あなたがエンプティである事と関係がありますか?」

 僅かな沈黙。

「それはどういう事ですか?」孔雀が笑顔のまま言った。でも、その瞳は、僕の体中を舐める様にゆっくりと動いた。

「そのままの意味です」僕は微笑んでおいた。

 ラムネが驚いた表情で僕を見た。これは演技かどうかわからない。

「どうして、そう思ったのですか?」

 まだ、シラを切るようだ。

「僕の特技なんです。相手がエンプティかどうかは、長時間一緒にいて、会話と動きを見れば、判断出来ます。あなたはエンプティです」

 少し嘘を付いた。本当は、動きを見ただけで判断出来る。相手がプロで、さらに、偽っていなければ、殆ど外す事もない。それは、僕の職業がエンプティパイロットというのも、少しは関係がある。でも、他のパイロットが、皆出来るわけではない。やはり、僕の特技なのだろう。その代わり、僕は人の顔と名前を殆ど覚えられない。ピントが合う場所が、人とはズレているのだろう。

「他の方はどうですか?」孔雀は言った。

「マリさんは生身の人間です。それ以外の人とは、話していないのでわかりません」

 畑にいた五人組の内、二人がエンプティだったのは、黙っておいた。

「そうですか。確かに、私は今、エンプティドールです」孔雀は言った。「まぁ、この手の仕事をしている関係上、もしもの時に備えて、エンプティドールで対応しています。他の人への被害を抑える為とはいえ、大変失礼しました」孔雀は深く頭を下げた。

「いえ。当然の事です」僕は言った。「むしろそれ位しないと、幾らアシアトタイプとはいえ、エンプティを敷地内に入れるのは危険でしょう」

「こちらこそ失礼しました」ラムネが謝った。「ミカンのこの癖は、制度自体は低く、五割程の的中率なので、勘と変わりません。アシスタントとしては、優秀なので今回も同行させたのですが、偶に、暴走してしまいます。とんだ無礼をお許しください。ただ、プロの物書きとして、記事自体になんの変更もありません」

 ミカンというのは、僕の偽名だ。もっとマシな名前はなかったのだろうか。

「はい。その心配はしていません。信頼していますので」孔雀は笑顔で答えた。

 そのセリフをその笑顔で言えば、威圧的に感じるが、恐らく、それも知ってのことだろう。

「他にも、エンプティはいるのですか?」僕は、惚けておいた。相手を欺いて安心させる為だ。

「いえ。正確な数は言えません。ただ、防衛の為に必要と思える数がいるのは、確かです」

「そういえば、エターナルテイルズさんは、ゲームソフトの販売をしているとの噂がありますが、それは事実ですか?」ラムネが言った。

「はい。事実です」

「なぜ、ゲームソフトの販売を行っているのですか?」

「資金調達の為です。ここで消費されるエネルギィを賄う為でもあります。なんせ、私たちは、それ以外の資金調達を行っておりませんので。これも私たちの理想とはかけ離れていますが、やむを得ず行っております」

「どんなゲームなのですか?」

「……気になりますか?」孔雀の笑顔がより一層、不気味に感じた。


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