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箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
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第二章 4


 ここまで下りてきたエレベータまで、一緒に歩いた。

 一度上昇して、カプセルのある部屋に到着した。孔雀だけが、エレベータから降りた。

「私はここまでです。エレベータには一人で乗って下さい。彼の元に付くでしょう」孔雀は、僕の全身を興味深く観察した。

「わかりました」僕はそう言って、エレベータに残った。扉が閉まるまで、孔雀とは目が合っていた。エレベータ内のモニタに表示されているマークは、扉の開閉と、上下のマークの四種類だ。

 どのボタンを押すのだろう、と思っていたら、エレベータが勝手に動き出した。加速度的に、下に降りているのだろう。加速度を表示させると、やはり、下に向かっていた。

 グリーン・ピースだと確信したのは、孔雀が僕の名前をホワイト・ベルだと言ったからだ。ラムネは、ミカンが来ると言っただけで、僕の名前を言っていない。彼は、特別な鍵を持っているので、それがわかったのだろう。アミダと同じだ。その鍵を渡したのも、鍵が有効になるように世界をデザインしたのも、ムイだ。

 エレベータが止まり、扉が自動で開いた。僕はエレベータから降りた。

 広い部屋だった。壁や床や天井は、同じ材質だが、光量が少なく薄暗かった。

 よくわからない機械と、テーブルが見える。僕が今立っている場所は、物が置いていないが、部屋の一部は誰かが暴れたのかと思うほど散らかっていた。

 でも、一番目に付くのは、中央に見える大きな花だ。チューリップの花だろうか?高さが三メートルはある。勿論、本物の花でも、造花でもない。見たところ金属で出来ている。スーパコンピュータだろうか?見たことのない形だ。

 散らかっている場所に、一人の人物がいた。端末に表示させているモニタを見ている。僕が一歩近づくと、モニタを消してこっちを見た。

 黒のパンツに黒のTシャツ。その上からポケットが沢山ついている白衣のような服を羽織っている。短い髪は、デコの上、両耳の後ろの三カ所で不器用に縛ってある。

 綺麗な顔のエンプティだ。

 それは、エンプティの姿を見なくてもわかっていた。この部屋には、椅子がないからだ。

「久しぶり。体調はどうだい?」エンプティが喋った。

「グリーン・ピースですか?」僕はきいた。

「そうだよ。君が……。今はホワイト・ベルと名乗っていたか。まぁ、君が君であることは確認が取れている。上での動きも見ていたよ。今は、照会を控えよう。そんなものに、意味はない。それより大切なのは、君の体調だ」

「えっ。いえ。体調は問題ないです」意外な質問だったので、驚いた。僕は、ゆっくりと歩いて、グリーン・ピースの元に向かった。

「ここでなんの研究をしているのですか?」僕はきいた。

「色々と」

「ここが出来てからは、ずっとここで研究を行っていたのですか?」

「いや。そんなこともない。エンプティで、数カ所を転々としているよ」

「場所を変える理由はなんですか?」

「設備の違いだね」

「ここはあなたの為の施設なのですね?」

「こことは、どこを指しているのかわからない。この部屋のこと?それとも、敷地内全域のこと?前者なら、僕のものだ。後者は、彼らのものだ。もう既に、僕たちの手を離れている」

「たち?」

 グリーン・ピースは微笑んだ。僕は彼に近づく為に、足場に注意しなければならなかった。

「それは、ホログラムだ。真っすぐにくればいい」

「えっ?」僕は彼の顔と足元を三往復もしてしまった。ゆっくりと、足元に落ちている紙に触れると、確かにホログラムだった。それもそうか。古い人間だから、紙を使っている一人なのかもしれないと思ったのだ。

 グリーン・ピースは、人を呼ぶように、人差し指を二回折り曲げた。すると、地面に散らかっていたものが、掃除機で吸い上げられた塵のように、彼の指の上に集まった。指先をテーブルに向けると、小さくまとまったものがテーブルの上に、空中を飛んで移動した。

「孔雀君の話を聴いて、ここがどういう施設かわかったはずだよ」彼はこっちを見て言った。

「ええ。そうですね」僕は彼の近くで立ち止まった。「まるで、実験場みたいだと、思いました。あんな機械がもう完成していたんですね」

「もっと高度なものが、それ以前から既に誕生している。あれの利点は、収容人数を大幅に増やしたことだ。能力は落ちたが、コストは抑えることが出来たよ」彼は、鼻から息をフッと吐いた。

「観察していたのは、裏への推移ですか?」

「それもある」

「人類はそっちに向かうということですか?」

「さぁ。それは、人類が決めるだろう」

「あなたと、ムイが計画したのですか?」

「百年以上前のことだ」

「彼女は、まだ、眠ったままなのですか?」

「だから、眠り姫と呼ばれている」

「アミダの手術は、技術的には、もう可能なのですか?」

「いや、あれは偶然だ。あんな手術は二度とごめんだよ」彼は首を横に振った。

「アミダと、孔雀たちとの違いはなんですか?」

「本物と偽物」

「……どういう事ですか?」

「上の人たちには、制限を掛けてある。理由は二つ。観察する上で条件を定める為。もう一つが、自我を保つ為だ。アミダはあれだけ自由に動き回って、自我を保っている。それは、本物の奇跡だ」

「……よくわかりません」

 彼は、僕を見たまま優しく微笑んだ。

「人間というのは、自分の体に助けられている。鈍く、重く、不自由な体が、自分の存在を常に意識させている。その入れ物があるから、安心出来る。思考が自由になる。家を構えて同じ毎日を送る。そこに基準があるから、思考だけは、どこまでも広がり飛び回ることが出来る。家を持たず旅を続ける人だって、一時的な拠点となる場所を作る。まず、拠点を作り、そこから索敵範囲を広げる。周囲を観察する。それが、普通だ」グリーン・ピースは淀みなく話した。「眠っている間は、自由だ。どこにも自己がない。だから、目が覚めた時は、自分が誰か、昨日は何を考えていて、何をしようとしていたのか、そんなつまらないことを思い出す。わざわざ自分に制限を掛ける。過去の記憶と結びつける。そうしないと、安心出来ないからだ。目が覚めて、自分が誰かわからなくても、新しいことを考えればいい。昨日まで考えていたことは、もう古い情報だ。価値のあるものは、メモでも残して、綺麗さっぱり忘れてしまえばいい。毎朝、そのチャンスがあるのに、誰もそれが出来ない。自由になった途端、怖くなってしまう。何か大切なことを忘れているのではないか、貴重なものを失うのではないかと、必死に記憶を辿る。これまでの経験や蓄積が尊いものだと思い込む」

「過去の記憶があるから、発想を吟味し、別の関連することと、結びつけることが出来るのではないですか?」僕は口を挟んだ。

「そうやって、理由を付けて、自由の不安定さを恐れる。だが、それが悪いことではない。むしろ、そういう思考でないと、自己が霧散してしまう。ぼんやりと、何も考えなくなってしまう」

「……つまり、彼らは、上の箱庭で何年か生活して、それと同じ仮想世界を創り、そこに住むことで、自己を保っているのですか?」

「そう。拠点を作る必要があると判断した。それが、彼らの家で、彼らの体だ」

 ………。

 背筋が寒くなる錯覚を覚えた。

 箱庭での充実した生活。それ自体が、基準となるのか。

「ただ、その拠点が街や家である必要はない。リアルと結びつく必要もない。楔でも錨でも杭でもなんでもいい。ただ、ハッキリとした座標が必要だ。川にワインを捨てるようなものだからだ。あっという間に自己が無くなってしまうだろう。ある日、毒虫になったなら、人間だった頃に学んだ殆どは、不必要になる。自分の体が消えてしまうのなら、それでも変わらない普遍的な座標が必要だった。それを、人の形ではなく、空間や場所にしただけだ」

「アミダの場合は違うのですか?」僕はきいた。

「アミダには、それがない。生まれた時から、何もかもが自由だ。彼女は、エンプティを依り代とすることで、自己を保つことが出来た。…いや、私がそこに彼女を留めた。技術的な問題と、時間の制限があったからだ。それでも、一年と持たないと考えていた。それだけでも生きられたら、価値があると思っていた。だが、彼女は天才だった。あろうことか、体を増やしたのだから。だが、私と彼女の祖父が、彼女の可能性を押さえつけてしまった。これほど、悔やむことはない。結局、私は人で、体に縛られている。それが彼女に呪いとなって、その後の選択に制限を掛けてしまった。私は押さえつけ、ムイは自由への鍵を渡した。それが、私とムイの能力の差だ」

 鍵を渡したのは、やはり、ムイだった。シンジュ・アカダケは、ムイの計画に資金提供をしていたから、そこで繋がりがあったのだろう。

 アミダは、自分の体では生きることが出来なかった。だから、エンプティの体に繋いで、生まれてきた。脳だけが、どこかに存在しているらしい。そのエンプティすらなければ、彼女は、消えてしまうだろう。

 その当たり前のことが、呪いなのか?

 人は体があるから、それに縛られて生きてきた。それがないアミダには、確かに基準となるものが必要だろう。グリーン・ピースのやったことは、間違っていないように思う。後悔する理由もないほどに。

 もしかして、アミダは、ここの住人のように電子世界だけで、エンプティの体が無くても、生きていけたとでもいうのだろうか?それは、生きているのか?自己をどうやって確立するのだろうか?

「ここで観察された結果が、現実社会に還元されるのは、いつになりますか?」僕はきいた。

「どの程度を還元されたと、表現するのかにもよるね。ただ、五十年は先の話になるだろう」

「電源供給さえ、され続ければ、彼らは生き続けるのですか?」

「本人が自身の生に矛盾を抱かなければ。今は、活発に活動しているが、そのうち収束するかもしれない。それを生きていると表現すれば、永久に生きられる」

「そのリスクは、生身の体よりも高いのではないですか?」

「なぜ?」

「リアルの世界への干渉が少ないからです」

「どこに出力するかは、問題ではない。そこに自分以外の誰かを想像出来れば、それだけで理由には十分だろう」

 三秒考えた。

 なるほど。その通りだ。

「彼らは、今はお互いを他人だと意識出来ているようですが、それが、同一化する。つまり、裏にいる人たち全員を含めて、自己と定義することはあるのでしょうか?」

「可能性はある。それは、時間が経ってみないとわからないが、興味深い対象だよ」

「永遠に生き続けたい人がいるなんて、僕には理解出来ません。何が彼らにそうさせたのですか?」

「永遠ではない。電源さえ切れば、終わることが出来る。その選択肢があったからだろう」彼は、簡単に言い切った。

 その答えに恐怖した。

 その通りだ。

「……なんとなく、わかるような気がします」

「それで十分だ」グリーン・ピースは優しく微笑んだ。

「こんな施設を幾つも持っているのですか?」

「そうだ」

「これだけ動いて捕まらない理由はあるのですか?」

「思考というのは、自己の中だけで完結している。それを具現化すれば、触れることができ、情報に残せば、伝達することが出来る。どんなに綺麗な理論を頭の中で描いても、死んでしまえばどこにも残らない。もし、君が死にたくないのなら、大切な情報を秘密にしておくことだ」

「ゴッドドリームの二次的な使用方法は、想定内だったのですか?」僕は話題を変えた。

「あれが本来の使い方だ。睡眠薬を今更創って、何の意味がある?だが、睡眠薬として販売しなければならない理由があった」

「それはどんな理由ですか?」

「私以外の誰かのつまらない理由だ。この世界では、ハッキリと言葉にしてはいけないらしい。死体は布で隠して、直接見えなくする。いつも自分の腹に収まっている内蔵が目に見えた途端、顔を顰める」彼はそこで、皮肉めいて笑った。

「何の為に作ったのですか?」

「製品になっていないものは未だ無数にある。製品になるものは、それを欲する人がいるからだ」

「では、ハコブネで使用されたのは、どう思いますか?」

「どうも思わない。妥当だろう。首を吊るより簡単だったというだけだ」

「あの事件は、ただの自殺でしょうか?それとも、ここの裏の世界のように、どこかに移動したのでしょうか?」

「興味深い質問だね」彼は言った。「質問の内容ではない。答えを既に知っているのに、私に尋ねたこと自体がだ。忠告としては、首を突っ込まないことだ。労力に見合わないわかりきった結末だ」

 全くの同意見だった。

「あれは、十年前か。その時の記憶はハッキリとしているかな?」グリーン・ピースの眼つきが変わったような気がした。

「ええ。リアルタイムでニュースを見ました」僕は当時のことを思い出した。

「君と初めて会った時を覚えているかな?」

「はい。あの島でのことですよね。殺人事件がありましたし、僕も立場上深く関わりましたから」

「そうだった。懐かしいな。君に事情聴取をされたのを覚えているよ」彼は少し笑った。

「いえ。僕ではなくて、一緒にいた友人がしました。僕は隣にいただけです」

「そうだったか。……私は、子どもの時の記憶は殆どない。すっかり忘れてしまっている。君はどうだい?」

「僕も同じです。良くも悪くも、あの島から一変しましたから」

「最近の記憶はどうかな?」

「特に、変わったところはないと思います。ぼんやりとすることは多いくらいでしょうか」

「うん」グリーン・ピースは頷いた。「人は忘れることが出来る。でも、何か切っ掛けがあれば、それが思い出される。磁石のように、くっつこうとする、というより、傷口のように戻ろうとする。これは、以前も話したか」

「いえ、初めて聴きました」僕は首を横に振った。

「……。そうか。長く生きていると、誰と話したことかも曖昧になる。君の記憶はどうかな?」

「どうでしょうか。特に異常はないと思いますが」

「それは、人間の防衛本能だろう。そっちに作用したというのは、貴重なケースだ。そういうこともあるということだね」グリーン・ピースは笑った。「彼女の体調はどうかな?ルビィ家の……ラムネと名乗っていたか」

「いえ。一緒にいますが、そんなに頻繁に話すわけでもないので。業務連絡以外のプライベートでは殆ど接触はありません」

「そうか。……。それは意外だね。素直でいい子だから、君とは仲良く暮らしていると思っていたよ」

「いえ」僕は首を振った。

 誰の事を言っているのだろう?別の人と勘違いしているのかもしれない。

「他に何か体調の異変はないかな?」彼は言った。

「ええ。特にないかと」

「そうか。気にしないでくれ。主治医として、経過が知りたいだけだ」彼はにこやかに言った。

 僕が、質問の意図が読めずに困惑しているのを、察したのだろう。

「では、質問はあるかな?」

「いえ。それも、もう大丈夫です。ありがとうございました」僕はお礼を言った。

「わかった。今日は、貴重な話が聴けて楽しかった。ここでのことは、上位のプロテクトを掛けておくから、問題ないだろう。君は、この上の施設までやってきて、そのまま帰ったことになっている」

「ありがとうございます」

 そういった偽装が簡単に出来るから、今まで捕まっていないのだろう。



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