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箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
18/22

第二章 3


 中に入ると、なにもない空間だった。

 狭い空間だが、さっきいた場所よりは広い。入ってきた扉以外になにもない。シェルタと言えば、そう信じるだろう。天井と壁全体がぼんやりと光っている。

「ここから奥に通じています」孔雀は右奥の壁に歩いた。衝突すると思ったが、そのまま壁の中に消えた。壁じゃなくてホログラムなのだろう。僕も、同じところを辿って歩いた。

 壁を抜けた後、振り返ると、スライド式のドアがあった。もしもの時は、ドアが閉まって、ばれないようになるのだろう。

 部屋の中は、白い壁全体が光っていた。眩しいわけではなく、全体を照らすのに丁度いい明るさだ。カプセルのあるゲームをした部屋に、少し雰囲気が似ている。ただ、広さが違うだけだ。今立っている場所は、少し高い位置になる。なので、ここからは、全体を見渡すことが出来た。

 病院のベッドのように規則正しく並んだ、カプセルのような機械が特徴的だった。一つ一つが、大きくて、縦2・5メートル横1・5メートル程だ。それが、三段に重なっている。6×5×3で九十台あることになる。

 孔雀が右側に歩いた。ついて行くと地面がエレベータのように動いて下に降りた。

「ここにあるカプセルは満員となっています。お察しの通り、普段はここで眠って、リアルではエンプティで活動するのです」孔雀が歩きながら言った。左右にカプセルが並んだ通路を歩く。

「それだけのエンプティが存在するのですね」僕はきいた。この地下空間を含めて何百何千億という資金が必要になる。それ以上かもしれない。

「ここにあるエンプティドールの数は七七体です。なので、全員がエンプティドールにダイヴする為には、順番待ちとなります。ただ、今までそれで揉めたことはありません。理由がわかりますか?」彼は立ち止まり振り返った。

「仮想世界ですか?」

「はい。その通りです」孔雀はニタッと笑った。「実は、エターナルテイルズとは、その世界を指す言葉です。前回見て頂いた、上での生活は表の世界と呼んでいます。そこで生活している人の数も、七七人です。この数は昔からエンプティドールに合わせています。なので、現在は百五十四人が表の世界で生活しています」

「数が合いませんね。五百人近くいるはずですが」

「はい。それは後で話します。」

「まず、表の人について話します。上で生活している人は、半分の七七人がエンプティドールであることを知っています。ただ、誰がエンプティドールで、誰が人間なのかは、わかりません。それでも、親しく過ごせる人が、入居の前提条件となります。生活時間をきっちりと決める理由は、見た目と中身を一致させる為です。特定の人と接する時は、同じエンプティに、同じ人がダイヴする。これは、リアルの人に合わせた結果です。エンプティだと幾ら説明して、中身が同じパイロットでも、外見が違えば、僅かな拒否反応があります。これは、ここの住人だけでなく、世界中で見られる傾向です。世代を変えて、進化するしかないでしょう。ただ、私たちがそこに積極的にならない理由は、別にあります。その進化が過渡期でしかないからです。目指すところが違う、というのでしょう」

「生身の人の生活は、この前話して貰った内容に違いありませんか?」カプセルを見たが、外殻が見えるだけで、中はどうなっているのかは、わからなかった。

「はい。あの通りです。ただ、食事が必要な人間が、百人程度ですので、食費はそれだけで抑えられます」

「ここにいる人たちが外に、つまり表に出ることもあるのですか?」僕は左右に並んだカプセルを指して言った。

「はい。別に誰と会っても支障はありません。表で生活する人も、全ての人に会っているわけでも、親しく会話をするわけでもないからです。その理由は、集団生活を行うとわかります。仲が悪いわけではないのですが、合う、合わない、というのはどうしてもあります。無理に仲良くさせようとはしていません。ただ、出入口が特殊なだけに、いつでも出られるわけではありません。食事を食べる人もここで食べて、残飯はまとめて捨てることが多いです。それは、殆どの方が、表には戻らないからです。人によっては、食事とトイレの為に、カプセルから出るだけです。因みに、ここにいる人たちを、サナギと呼んでいます。表でも裏でもない中間を指す言葉なのですが、まぁ、誰かが考えたジョークなのでしょう。この光景は確かに、そう見えなくはありませんが」彼は笑顔のまま言った。

 つまり、上では、七十七人の人が、七十七人のエンプティと共同生活をしている。人とエンプティが人間同士と変わらない、暮らしをしている。

「では、表の人がこのサナギに来たいと言った時、どうするのですか?それとも、サナギは秘密なのですか?」

「場所は秘密です。それは、警察の強制捜査が行われた際、嘘を付く必要がないからです。皆さん初めに仏像の下の蓋を見た時は、驚いた顔をします。どこか遠い場所にあるのだと、思っていたのでしょう。そして、地下にこういう空間があることも知りません。なので、エンプティドールにダイヴしたい、という表現になります。当然、時間等を決めてエンプティドールにダイヴして貰いますが、その結果、もっと長くダイヴしていたいという人に、話を持ち掛けます。エンプティの一人にずっとダイヴして貰い、本人のストレスや体調を観察します。問題なく、そして、サナギに空きがあれば、こっちに移ることになります。どうして、ここに空きがあるのか?それは今から行くところでわかります」孔雀は、この部屋の入口と、対面にあるドアまで歩いた。そこ以外にもドアがあるが、浴室やトイレなのだろう。

 孔雀は、壁の中央にあるドアの前に立った。扉が開き、僕と孔雀は奥へ進んだ。エレベータのようだ。

「更に地下に行きます」孔雀が言うと、ドアが閉まり、加速度を感じた。

「凄い施設ですね。いつからあったのですか?」僕はきいた。

「完成したのは、ここに移住した時です。工事はずっと前から行っておりました。実は、上の寺は、一度解体しているのです。そして、この地下施設を完成させてから、組み立て直しています。この場所を隠す為です。普通は、あの寺の歴史を知れば、地下を疑わないのです。そんな時期から、あるとは思わないからです」

「そうでしょう。僕は似たような施設の噂を知っているので、不可能ではないかな、と思っただけです」

「それはどこですか?」

「すみません。僕が仕事で知った情報ですので、言う訳にはいきません」

「いえ。こちらこそ失礼しました」孔雀は笑った。

 エレベータが開いた。

 随分とゆっくり動くようだ。

 僕が知っている施設は、レプリカタウンのことだ。あそこの地下は巨大なシェルタとなっているらしい。人が住んでいるのかどうかはわからない。有事の際は、限られた人の避難場所となる。極秘となっているのは、一部の人間だけが助かる為だろう。地下への入口は、僕も知らない。これは、あくまでも噂だ。

 孔雀に続いてエレベータを降りた。

 さっきの部屋よりも狭いが、壁や天井は同じ材質で光っていた。見たこともない機械が床に敷き詰められている。というより、床の半分が舞台のように、一メートル程高く上がっている。それ以外には、なにもなく、ここも簡素な部屋だった。

「ここが裏です」孔雀が言った。

「残りの三百五十人程はここにいるのですね?」僕は確認した。

 この部屋には、誰もいないからだ。

 とても静かな空間だ。

「はい。そうです」

「あの敷き詰められている機械がその理由ですか?」

「はい。この機械は特殊で、世界中にここにしかありません。サナギでは、肉体があります。ただ、そこで長くいると、体が邪魔になるのです。食事をし、トイレに行き、体を清潔に保たなければなりません。カプセルに入っているとはいえ、運動不足で体が疲れてきます。もし、体を捨てたいと希望するなら、この裏に来ることが出来るのです。ここでは、体はありません。もし、リアルの世界に干渉するなら、エンプティドールにダイヴするしかないのです。それ以外の時間は、サナギと同じようにヴァーチャルにいます」孔雀の声は冷たく反響した。

「もし、人間の体に戻りたくなった時は、どうするのですか?」僕はきいた。機械をよく見たら、幾つかのパーツに分けらえることがわかった。

「それは、現在の技術では出来ません。なので、戻れないことを前提に、裏に行くのです。将来的には、可能かもしれませんが、今の所、肉体が欲しいと言う人は誰もいません。煩わしいだけですから」

「では、あなたもこの裏にいるのですか?」

「はい。勿論です」孔雀は笑った。

「この機械の中に脳が入っているのですか?」

「さぁ。どうなのでしょう?私にはわかりませんが、そうだと思います」

「わからないのですか?」

「はい。製作者以外誰も知りません。ただ、私は、体を持っていた時、サナギにいた時、そして、今の裏にいる時で、人格が変わるなどの変化はありません。私は私のままです。思考を他の誰かに干渉されることもありません。完全なる個です。そして、今も快適そのものです。サナギにいた時の生命維持が、必要なくなったのですから。…人間は、どんどん便利になるように、商品を生み出してきました。ただ、どんなに便利になろうが、その体が、最も制約を受けているのです。気圧の変化に悩まされ、温度の変化や、傷などの痛みも伴います。それは、不要なものだと思いませんか?エンプティドールパイロットとして第一線で活躍されているあなたなら、それがわかるのではありませんか?」孔雀は、僕の全身を舐めるように見た。

「はい。わからないでもないです。特にエンプティから離脱した時は、それを強く感じます。それに、僕はエンプティにダイヴしている時が、本当の体だと思っているくらいです」

「だったら、理解が早いのではないですか?」

「いえ。ただ、なんとなく、勿体ないと思ってしまいます。生身の体に愛着はありませんが、それでも長くその体で生きていたので、手放すのが惜しいと感じるのでしょうか。もし、今、僕がこの裏に入れて貰えるとしても、断るでしょう」

「……。そうですか。それは意外な反応です」

「はい。僕もそう思います」

「いえ。それは、普通の思考だと思います。裏の世界に入ることに、躊躇をしない人はいません。安楽死を望んだ人だとしても、断ることもあるでしょう」

「感覚としてはどうなっているのですか?この中に自分がいると思いますか?」僕は機械を指さした。

「いいえ。今、エンプティドールでこれを見ても、自分がここに入っているとは思いません。三百五十三人がこの中にいますが、その存在を認識することも出来ません」

「会話はどうしているのですか?」

「独自のツールがあります。画期的なものではなく、普遍的でどこにでもあるメールやチャットです。その他には、リアルではエンプティドールに、ダイヴしての会話となります。ヴァーチャルでは、どの世界でもいいのですが、その世界でのコミュニケーション方法に縛られます。なので、ここはシェルタにもなっていますが、世界中のジェネレータやコンピュータが破壊され、電子世界も消失してしまえば、私たちは、なにもない状態となってしまいます。ここにはジェネレータがありますので、生命維持は問題ないのですが、なにも出来ない、文字通り手も足も出ない状態となります。それが一番のリスクです。ただ、その時、生身の体が合っても、大きな差はないと思います」

「体があれば、死ぬことを選択出来るのではないですか?あなたたちは、死の概念がどうなっているのですか?」

 孔雀は声に出して笑った。そして、細くなった目で僕を見た。

「やはり、素晴らしい人ですね。そうです。私たちの唯一のデメリットが、死ぬことが出来ないことです。思考停止が、個人で出来る精一杯の限界でしょうか。死ぬ為には、電源を落とせばいいのですが、それは、個人単位では出来ません。大きな一つの生命体に融合したイメージです。左手が疲れたからといって、動かさずに休ませることは出来ても、左手だけを殺すことは出来ません。切り落とすにも、自分が左手にいるのかどうかも、わからないのです。ただ、合意が取れれば、エンプティにダイヴして、直接電源を落とし、死を選択することも可能ではあります」

「それは、初めから知らされていたことですか?」

「勿論です」

「今まで、死を選択した人はいますか?」

「いません」

「思考を停止した人、もしくは、活動が限りなく縮小した人は?」

「いません。それが、私たちの誇りだからです。五百二十人、誰も死んだことがないのです。それを言えば、怪しまれることはわかっていました。なので、嘘を付いて、数を誤魔化すのは簡単でした。しかし、私たちは、生きているのです。生きている人間を、死んだことするのは、私たちの理念に反します。後に矛盾が起こるからです。私たちは、選ばれた人間です。将来的に、私たちのような生き方を選ぶ人は増えるでしょう。その時に、先陣を切っている私たちが、不満を抱くようなことがあってはなりません。ましてや、死者を出すわけにはいかないのです」孔雀は誇らしげに語った。

「睡眠はどうなっていますか?」

「曖昧ですね。よく議論に上がる題材です。生身の体があった頃のように、意識がはっきりとなくなる状態はありません。ただ、ボーとすることはあります。生身の時に、疲れて、目を瞑って体を休ませることがありました。ソファに倒れこむような時です。ああいう状態が一番近いのではないか、というのが私たちの現段階での結論です。眠っているわけではない。ただ、思考が巡ることもない。休息というのでしょうか。そういう状態があります」

「皆さんが使われているヴァーチャル世界は、僕たちが使うものと同じと考えていいのですか?」

「はい。ヴァーチャルでしたら、会話することも出来ます。ただ、私たちは『エターナルテイルズ』という、会員限定の世界を構築しています。見た目は、上の世界と全く同じです。そこで、アバタを持って、生活しているのです。そして、私たちがテイルズトイとして、発売したゲームは、本来、私たち自身が遊ぶ為に、開発されました。冒険に出かけるようなものです。その作成も、私たちが裏で作っています。これは、新しい世界を構築するのに等しい作業です。とても楽しく魅力的です。先人たちが、他国に侵略して領土を拡大した理由が少しわかります。きっと手の届く範囲が増えて、自由に似た幻想を抱くことが出来たのでしょう。ただ、私たちの場合は、その幻想がリアルなのです」

「この裏に入ることが出来る上限人数はありますか?」

「あります。最大で七百人です。ただ、上限になることはないでしょう。私たちはこの生活を永遠に続けます。一度入ると、出て行くわけには行かないので慎重になります。恐らく、現在、上で生活している者を除けば、数年に一人いるかどうかになるかと思います。人を見極めるのが最も難しいのです」

「判断基準はあるのですか?」

「DNAです。DNAのなにを基準としているかは、言えませんが、先天的な能力が大きく影響します」

 少し意外な答えだった。

「マリさんのような境遇の方を集めているわけではないのですね」

「彼女は特殊なケースでした。能力がありながら、活かされていなかった。恐らく、社会の仕組みが、彼女の能力の足を引っ張っていたのでしょう」

「では、僕たちがマリさんと話をしたのは、偶然、彼女が選ばれたわけではなく、準備していたのですね?」

「ええ。ただし、彼女はそれを知りませんでした。それに本当は、誰とも話をさせないつもりでした。ですが、もし、話す機会があるのなら、彼女の話は、いい方向に誤解されるだろうと、考えました。私たちも、命を守る為に必要だと判断しました」

「それで、畑仕事をしていた人が、入れ替わっていたのですね」

 孔雀の笑い声が反響した。

「見られていましたか。偶然を装ったのですが、恥ずかしいですね」

「これから、どうするつもりなのですか?」一番ききたかったことを言った。

「どうもしません。この生活を続けるだけです。前にも言いましたが、私たちは、社会全体を変えようとはしません。諦めているからです。近づけば近づくほど、汚れている。どちらかというと、うんざりしています。なので、私たちはエターナルテイルズで、永遠に生きるのです。それは、上の世界のことではなく、この裏で、というのが真の意味です」

「ですが、それだけ素晴らしい環境を手に入れたなら、影響力を持ちたい、誰かを支配したとは思わないのですか?」

「思いません。それは、とても悲しい感情です。それが、私たちに絶望しかもたらさないことを知っています。そうですね。あなたも深く関わっているエンプティドールが、どういう使われ方をされているかご存じですか?その美しい見た目から、セクシュアルな犯罪が絶えません。無残に廃棄されたエンプティドールを何度か見たことがあります。中には、バラバラの状態で廃棄されたものもあります。手足も首も体の中も。そういう感情が人間の根底にあります。普段は理性で隠しますが、誰もいない、そして、自分が相手を思い通りに支配出来ることがわかると、その醜い感情が表に出るのです」

「それは知っています。ですが、それはごく一部です。犯罪数も年々減っています」

「その理由は、徹底的な監視社会となったからです。もう、隠れて悪さが出来ないから、ハードルが高くなっているだけです。ですが、それは、理性が保っている時にだけ作用します。全ての犯罪が亡くならないのは、そんな人権を無視したシステムをも、いざとなれば、簡単に犯すことが出来るからです」

 それは、正論だと思った。探せば探すほど、関われば関わるほど、汚れてしまう。だから、距離を取って自分を守るしかない。

 僕も、彼らも諦めている。

 そこは同じだ。

 違いは、僕は全体を見て、いい方向だと考えている。

 彼らは、一部を見て、呆れている。絶望している。

 ネオンは、その悪を憎んでいる。自分が汚れるだけだから、疲れるだけだからと、距離を取らずに、近づいている。よく見ようとしている。

 そして、怒っている。

 僕が、ネオンに力を貸したのは、それが理由だろう。

 それが今、わかった。

 僕は、もう、怒れないだろう。いや、元々、近づかなかった。誰とも関わろうとしなかった。元々、楽観的で、冷たくて、少し諦めていたのだろう。

 この部屋を見渡した。

 なにも無い。

 コードの類も見えない。

 綺麗で清潔で無機質だ。

 まるで墓石みたいだ。

 人間よりも、無駄がない。

「ここの建設と運営には、莫大な資金が必要なはずです。どこにそんな資金があったのですか?」僕はきいた。

「さぁ。私にはわかりません」

「創設者は誰ですか?」

「それも不明です。ただ、ここには、ブレーンが存在します。彼の指示が、なによりも力があるのは確かです」

「誰ですか?」

「それは……残念ながら、私の口からは言えません。許可が下りていないからです」

「わかりました」

 一人だけ思い当たる人がいる。『彼女』だったら、ムイだろうが、『彼』だったので、あの人だろう。

ムイは、百年以上前に生まれた天才で、今も生きている。今の世界をデザインしたのが、彼女だ。

 周りをもう一度見渡した。

 少し、引っ掛かる。

 そう。ここは、まるで………。

「では、最後に、もう一度ききます」孔雀が僕の目を見た。「あなたは、ここの存在を秘密に出来ますか?」

「勿論です」僕は一つしかない答えを言った。「個人的な感想を言うと、前回聴いた話よりも、真相をきいた今の方が、好印象に捉えています。人間が体を捨てるのは、もう少し後の話だと思っていました。それが、もう既に、行われているというのは驚きましたが、思ったほどショックはありません。僕が想像していたよりも、いい環境だったのも、好印象です。それに、貴重な話が聴けました。公表はしません。約束します。僕も、人は幸せの方がいいと思うからです」

 孔雀は、大きく息を吐いた。

「ありがとうございます」孔雀は手を差し出した。

 僕も握手に応えた。

「握手をする文化が残っているなんて、意外でした」僕は言った。

「精一杯の感謝を表現したつもりです」孔雀は笑顔で答えた。

「それにしても、僕をここに招いたのはリスクが大きかったのでないですか?」

「はい。実を言うと、反対で一致していました。ただ、ブレーンが許可したのです」

「そんなに影響力が大きいのですか?」

「はい」

「ぜひ会ってみたいですね」

「私も会ったことがありません。それに、今もいるかどうか…………」突然、孔雀の顔が歪んだ。「ちょっと待ってください」

 孔雀はそういって、壁際まで歩いた。背中を向けているので、表情は見えない。片手を頭に当てているのは、癖だろう。人間は、音が聞こえた方を見てしまう。エンプティで直接話しかけられたときは、頭の中から声が聴こえるのだ。なので、無意識に頭を触ってしまう人は多い。今は、通信中なのだろう。一切声に出さないので、わからないが。

 孔雀は何度か頷いた後、振り返って僕を見た。

 表情は今まで見たことがないほど、驚いている。目を見開いて、口も開いている。

「信じられないのですが……。その、あなたに会いたいと言った人がいます」孔雀が言った。

「グリーン・ピースですね」僕は言った。

 孔雀の目は、より一層開いた。

「どうして……それを?」

「なんとなくです」


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