第二章 2
「ここの鍵穴に金属を入れると、センサが反応して通知が来るようになっています。なので、すぐにバレるわけです。この扉は開いても、その奥の扉は開きません」孔雀はポケットから鍵を取り出して言った。わざとらしい笑顔はない。
「ライチは、なんと言っていましたか?」僕はきいた。
「それも含めて中で話しましょう。この部屋の存在は、一部の者には秘密となっておりますので」
「僕が秘密を見てもいいのですか?」僕は言った。
孔雀は、鍵を入れる為にしゃがんだまま、顔だけこっちを見た。
「それを見る為に来たのでしょう?人間という生き物は、疑問を大きく膨らませ、やがて自分の生み出した幻想を抱えきれなくなります。それは、私たちにデメリットしかもたらしません」孔雀は鍵穴に鍵を差し込んで回した。鍵は木製か樹脂製だろうか。地下への入口の蓋は、蝶番で一辺だけ固定されており、上に持ち上がった。
空いた蓋の中は、更に真っ暗で、目が補正されるまで、僅かなロスがあった。解像度が悪いが、中は梯子があるだけで、他にはなにも見えない。
「どうぞ。先に入って下さい」孔雀は僕に譲った。
警戒は解いていない。
ここに入ったら鍵を掛けられるのではないか?でも、蓋を見れば、こじ開ける事も出来なくはない。普段なら、絶対に入らないが、孔雀が僕の正体を見破り、ライチこと、ラムネから話を聴いていると言っていた。それは、どういうことだろうか?
このエンプティは、僕が所有するものではない。ただ、僕のミスで紛失または、破損させた場合は、請求が僕に来るだろう。
「ライチはなんと言ったのですか?」僕は同じことをきいた。
「あなたが、今日、侵入するとメールがありました。散策だけして帰るから、手荒な事はしないでほしいと。ですが、ここの場所を見られると、少し話が変わります。正直、この場所が見つかるとは思いませんでした。すぐにでも隠す必要があるので、どうぞ中で話しましょう」
「外では駄目なのですか?」
「別に構いませんが、私があなたを、再びここに招く理由がなくなります。お互いに何も見ていないことに出来るなら、それでも構いません。ただ、確認したいことがあるのではありませんか?」
「僕はそうです。ただ、あなた方にはメリットがない。ライチからのメールも、脅迫や不法侵入として、訴えることも出来るでしょう」
「その通りです。ただ、あなたが、少なからず、ここの真の意味に近づいているとも、メールにはありました。あなたは、私がエンプティであることを見抜いた。それだけで、十分脅威だったのですが、どうやらそれ以上のことを調べたようですね。ただ、全てではない。憶測にすぎないのではないですか?それなら、全てを話し、あなたに納得して貰い、そして、秘密にしてほしいのです」
「僕が秘密を漏らす可能性がありますよ」
「はい。リスクは承知の上です。ですが、あなたなら理解してくれると信じております。それに、私たちは最終的に、全ての人に理解してほしいと思っております。それは、賛同してほしい、ということではなく、黙認してほしいということです。幸せの形は沢山あります。それを強制しないでほしい、という考えです。私は、あなたが来ることを、知っていました。捕らえることが目的なら、幾らでもやりようがありました。ただ、私たちが望むのは対話なのです」
「ラムネさんから確認が取れました。メールは確かに送ったとのことです」イオが言った。
「どうして、事前に教えてくれなかったの?」僕はイオにきいた。
「メッセージにある通りだと、ラムネさんは言っております」イオが、メッセージを見せてくれた。
『孔雀に、ミカンが侵入するとのメールは送った。どうして、君に伝えなかったのかというと、君の持っている疑問に興味があるから』と書いてあった。
それは答えになっていない、と文句を言いたかったが、暗闇と一緒に霧散された。恐らく、侵入では目的達成が難しいと判断したのだろう。だから、エターナルテイルズを脅した。
「わかりました。では、中で話しましょう」僕は孔雀に言った。孔雀の話を信じたのではなく、ラムネの確認が取れたからだ。
孔雀は笑顔で、穴の中を示した。僕は、梯子を一つずつ降りた。地面がどうなっているか、わからないからだ。
梯子は、二メートルほど続いた。途中で地下室を見渡したが、狭い空間があるだけだ。だが、その奥に扉が一枚見えた。地面に到着したら、孔雀も降りてきた。入口の蓋を閉めたようだ。
孔雀が地面に到着して、扉がある壁に近づいた。首をゆっくり動かさなければ、ノイズの処理が追いつかない。扉の周辺の壁が薄く光り、地下室は明るくなった。本当に狭いスペースで扉以外なにもない。
ただ、その扉が、明らかに最新のセキュリティで出来ている。そして、その扉がある壁だけが、綺麗なコンクリートだった。その扉がなんらかの入口であることは間違いない。
「仏像の位置でバレるのではないですか?」僕は言った。
「戻さなければ、そうでしょう」孔雀はすぐに答えた。準備していた回答のようだ。つまり、近くにもう一人、エンプティがいたのだ。それなら、上の蓋は開かないのではないだろうか?
「安心してください。私たちは、あなたを監禁するつもりはありません。望むのは対話です」孔雀は笑顔で言った。「ただ、あなたが本当にホワイト・ベルなのか、確認する必要があります。そうでなければ、秘密を教えるわけには行きませんから。それだけ、リスクのある行為なのだとご了承下さい」
「わかりました。では識別コードを送ります」僕は孔雀に送った。
しばらくして、孔雀は頷いた。
「確認が取れました。ありがとうございます」
……。
やはり、おかしい。イオに確認を取るように言った。
孔雀が監禁を行うつもりがないのは、僕が理解し従った場合だ。これからのことを、僕が否定すれば、どうなるのだろうか?それに、今だけそう装うことは簡単に出来る。その時は、どう対処するのだろう?
なるべく笑顔でいるように心がけよう。これは仕事だ。
スイッチを切り替えた。
「まずこのドアですが、秘密の部屋への入口となります。ロックは厳重ですので、上の蓋を破壊しても、ここまでしか辿り着けません。そして、通知を知った私たちが、取り囲むことが出来るのです。ただ、普通は、塀の中まで辿り着けません。カメラに映るか、センサに引っ掛かるからです。因みに、あなたが侵入しているのは、センサが捉えていました。ただ、人を襲うつもりではないときいているので、泳がせました。ライチさんのメールが、脅しかどうか確かめる為です。それに、入口を知られなければ、恐れることもありません。言い逃れ出来るからです。ですが、あなたは、入口を探し出してしまった。どうして、場所がわかったのですか?」孔雀は笑顔のまま言った。
「いえ。根拠はありません。ただ、あなたたちが普通ではないと知ったので、どこかに隠し部屋があるのだろうと思いました。それもかなりの大きさです。とても大切な物が仕舞ってあるようなので、シェルタのような場所だろうと思いました。なので、地下にある事はすぐに検討がつきました。後は、入口がどこなのかですが、これは、人の出入りのない場所が一番いい。なので、蔵が怪しいと思い疑ったのですが、あからさま過ぎるだろう、と思ったのです。もし、ここが別件で一斉捜索される事件が起きた場合、あの蔵は確実に確かめられるでしょう。それだと、大切な物も見つかってしまうと考えました。山に入口を隠している可能性もありますが、この場合は諦めました。僕では見つけようがありません。それに、山は人の出入りがあると、案外、道が簡単に出来てしまいます。この周囲のそれらしい道を探すのは、中を調べた後でも出来ますし、かなり険しいようなので、大切なものをしまう時に、苦労するとは思いました。ここの場所がわかった理由は、なんとなくです。仏像の置き場所は、確かにここ以外には似合わないだろうと思いましたし、人では動かしようがありません。ですが、エンプティなら簡単に動かせます。そして、誰かに売ってしまうことも、美術館や他の寺などに寄贈することも容易でしょう。仏像なんて、飾り以外の使い道がありませんが、それにしては大きすぎる。不要ならすぐに捨ててしまうのが順当だろうと思いました。会議が上の大部屋で行われているなら、あれを処分しようと話が出てもおかしくない。それで、あなたの言葉を思い出したのです。仏像が先にあり、それに合うように、この寺を造ったと。だから、仏像の大きさと重さが重要だったのです。それに、ただの重い石なら、外部の人が動かしてしまいますが、この歴史ある仏像なら、簡単に触ることも出来ないだろうと思いました。ただ、本当に偶然です。帰ろうかと寺を見た時に、思いつきました」
孔雀は何度も頷いた。
「なるほど。わかりました。後何十年後かはわかりませんが、次に外部の人と話す時は、祈りを捧げる為に使う、と言った方がいいかもしれませんね。議題に加えておきましょう」
「それだと、ここの理念に反するのではないですか?」
「そうですね。却下されることでしょう」孔雀は笑った。が、いつもの笑顔ではなく、困ったというような表情で笑った。笑顔のバリュエーションがあるなら、もっと早く使い分けた方がいいだろう。
「全てを話す前に、あなたがどこまで知っているのかを、きかせて貰っても構いませんか?こんな独房のような場所で大変恐縮ですが」孔雀は両手を広げた。
「はい。わかりました」恐らく、ここで真実とかけ離れた事を言えば、扉の中に入れては貰えないだろう。もしくは、中に入っても、小さな部屋があるだけで、これが全てだというつもりかもしれない。強制捜査の際、この場所が見つかっても、シェルタだと言い張る為に、そういう部屋を作っていてもおかしくない。
「初めに、これは憶測でしかありません。推理でもなければ、論理的でもありません。発想に近いでしょう」僕は言った。
「はい。構いません」彼は頷く。
「まず、ここの住人の何人かがエンプティだったのが、最初の違和感でした。ただ、不自然だと思う程度で、問題はありません。そして、二つ目の違和感は、あなたが、ここの住人は誰も死んでいないと言ったからです。これは、真実かどうか見極めることは出来ません。ただ、もしかしたら、大量に人が亡くなっていて、それをエンプティで誤魔化しているとも考えられます」
自分で言いながら、無茶苦茶な話だと思った。どう考えても無理がある。この程度の幼稚な話では、都市伝説の方が信憑性はあるだろう。普通の人が動くとは思えない。
「なので、あなたたちは、マリさんのような方には、エンプティだと教えずに騙しているのではないですか?」
孔雀は黙って聴いていた。特に表情からは読み取れなかった。
「まず、誤解があります。私たちは、エンプティがいることを、公表しています。マリ君たちもそれを知って、接しているのです。そして、もう一つは、ここで死んだ人がいないというのは、真実です。誰一人死んでいません」孔雀はドアの方へ歩いた。「中へ案内します。ただ、絶対に中のものに手を触れないでください」孔雀は真剣な目で僕を睨んだ。
「はい。約束します」
「では、付いてきてください」そう言うと、扉が開いた。
明るい光が漏れて、一瞬だけなにも見えなかった。