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箱庭のマリオネット  作者: ニシロ ハチ
15/22

第一章 10


 更に二日が過ぎた。

 エターナルテイルズの内部調査をしてから、九日目だ。

 僕は、自分で朝食と昼食の両方の役割を果たす食事を作った。といっても、温めるだけだ。基本的に、僕は一日二食しか食べない。一食だけの時もある。

 食事中にネオンから話があると、イオが教えてくれた。食べ終えてから、日本のエンプティの新機能について、メーカに意見を送った。試作品を試したので、その感想だ。使い勝手や改善点などを話し合うことになる。こういう機能が取り込まれるのは、一年から五年後、されにもっと先になることもある。ソフト面ではなく、ハード面の変更もあるからだ。

「ネオンさんが来ます」イオが言った。僕は頷いた。

 扉が開いて、ネオンが現れた。ネオンはあいさつの後、ビスケットをテーブルの上に置いて、ドリンクを取りにキッチンに入った。僕は、リンゴジュースがまだ、グラスに残っているのでそれを持って、椅子に座った。ネオンは、コーヒーカップを持って椅子に座った。

「ビスケットどうぞ」ネオンがコーヒーカップを持ち上げて言った。

「ありがとう」

「話は、二つあります」ネオンは、いつもより、笑顔が少なかった。真剣な話なのかもしれない。

「うん」僕はリンゴジュースを一口飲んだ。

「まず、グリーン・ピースについてです」目を見たままネオンは言った。「ベルさんが言った、十五年前というキーワードから調べてみましたが、特に手掛かりは見つかりませんでした。まだ、時間が足りないのだと思います」

「そう」まぁ、そんなに簡単に見つかるなら、ラムネは苦労していないだろう。

「なので、グリーン・ピースの所在について手掛かりはゼロですが、彼への認識が、私とベルさんでは大きなズレがあると思います。私は、あの事件があったので、彼について調べるにしても、偏った見方をしていたのかもしれません。だから、ベルさんが彼を許している理由が知りたいのです」

「許してはいないよ。彼が捕まれば、罰を受けるのは当然だと思う。法律がそうなっているから、仕方がない。ただ、捕まっていないなら、どこかで研究を続けているなら、わざわざ、見つけ出して、捕まえる理由が僕にはない。あと、個人的な意見を言うと、それほど悪い事をしたとも思えない」

「人体実験を行ったという話もあります」

「そんな噂は沢山あるね。でも、どんな実験なのかは、わからない。彼は医師だから、怪我や病気を治すこともあるだろう。それが失敗した時、そんな噂が流れたのかもしれない」

「死なない人間を作ったそうです」彼女は割り込むように言った。

「誰の話?」

「ルビィ家当主も、彼がやったと噂があります」

 ルビィ家当主とは、ルビィ・スカーレットのことだ。そして、ドイツのエンプティメーカの創設者だ。百年以上生きているが、その体は、エンプティで出来ている為、若く美しく健康なままだ。自分の体がエンプティだと、本人が明言している。ただ、一般的に普及している技術ではない。彼女以外に成功例がないからだ。彼女は、義手や義足の代わりに、エンプティのパーツを組み込んだのだろう。そして、運動能力は、エンプティと変わらない体を手に入れた。彼女の体は、脳と一部以外は、エンプティらしい。

 そして、彼女は、老化で死ぬことは無い。

 同じ手術をすることは、禁止されているが、非合法で行い、失敗したとの報告は探せば出てくる。

「それは、噂だよ。彼が行ったとは限らない。それに、本人が望んでいるのだから、悪い事ではない」僕は言った。

 でも、その手術は、グリーン・ピースがやったのだろう。僕はそう考えている。

「では、何が悪いことになりますか?」

「悪意があるかどうか、じゃないかな?」

「それは、関係ないと思います。本人に悪意がなくても、周りが被害を受ければ、それは、悪行じゃないですか?」

「そうなるケースは多いだろう。でも、グリーン・ピースの場合は、被害以上の利益を出している。そして、社会がその恩恵を受けている」

「でも、それなら、天才なら、何をしてもいいという事になります」

「何をしてもいいわけじゃない。彼はちゃんと制限を掛けている。ただ、それが普通の感覚からはズレたところにあるんだ。例えば、彼は、百年以上前に、絶滅危惧種を含む、人間以外の殆ど全ての生物を、サンプルとして冷凍保存することを訴えた。当時は、反発も多かったが、そのおかげで、今は、保存された細胞を培養して、クローンを生み出すことが出来る。それは、多くの研究者を救う結果となった。それに、ヴァーチャルでリアリティのある動物が見えるのも、そのおかげだし、医療にも役立っている。大多数が恩恵を受けている。ただ、当時生きていた全ての生物サンプルを入手することは出来なかった。冷凍保存に反発した組織があったからだ。それは、動物愛護を訴える団体だった。彼らは、数が著しく減っている絶滅危惧種に対しても、一切近づくことを禁止し、時には武力での行使も行った。自然のまま絶滅する結末を望んだ。それが、その生物にとっての幸福だと訴えたんだ。あの当時、環境汚染により、多種多様な生物が絶滅するのは、わかりきっていた。でも、その団体は、これまでも生きてきたのだから、これからも生きるだろうと、楽観していた。何も動かないことを選択していた。グリーン・ピースは、それにいち早く警鐘を鳴らし、そして、多くの生物を救った。でも、あの当時、グリーン・ピースは、間違いなく悪だった。大衆の想定が甘く、やりすぎだと思われていたからだ。この問題に、明確な善悪はない。動物が絶滅するのも、自然の摂理だとするなら、見殺しにする意見もあるだろう。時間と共に、善悪が変化することもある。当時の技術で冷凍保存された遺体の蘇生は、今でも不可能だ。だから、現時点では、彼は何万種類の生物を殺したことになる。でも、それは、ある人にとっては、必要なことだった。大多数がいつも正しいわけじゃない。それは、エネルギィ問題の失敗で世界中が知っていることだ。専門家の声はとても小さい。彼は、少し動き過ぎて目立ってしまったんだろう」

「それじゃ、ベルさんは、目の前にグリーン・ピースがいた場合は、捕まえないのですか?」

「うん」

「……わかりました」彼女はゆっくりと発音した。

「ホントに?」

「いえ。わかりませんが、わかりました」

「変な言葉だね」僕は少し笑った。

「そうですね」彼女は、口元だけ笑顔を作った。「では、二つ目です。これは、エターナルテイルズに関することなのですが、ベルさんの情報を元に、この二日間、私が調べた結果、完全に黒だとわかりました」

「クロ?」

「はい。犯罪組織です」

「随分とはっきり言うね。何か証拠があるの?」

「勿論です」ネオンは携帯端末を操作して、ホログラムをテーブルに表示させた。「ベルさんはエンプティが三人いたと言ったので、その線から探りました。まず、これを見てください」

 エターナルテイルズを、衛星カメラで捉えた映像があった。色のついた線と、隣に表とグラフが映っている。

「これは、記録が残っている限り遡り、エターナルテイルズの人の動きを表したデータです」

 僕は、表を見た。どこからどこに移動したか。また、それが何人か。誰が移動したか。そして、一人がどれだけ移動したか、などがわかる。移動の殆どは、集落から寺までの移動。その時間帯は、食事時に偏っている。少数であれば、それ以外の時間帯の集落と寺の移動はある。また、集落から畑や、寺から畑の移動もある。その時間帯、人数、誰が、など一目でわかるようにまとめられている。誰が、というのは、人物名や顔はわからないので、A.B.AA.1など、ローマ字と数字であらわしている。

「特に変わった様子はないと思うけど」誰かが、不自然な場所に行ったり、特定の場所を何度も往復するなどもない。規則正しすぎるとでもいうのだろうか?

「ベルさんは、エターナルテイルズがエンプティを使う理由をどう考えていますか?」彼女は僕をジッと見て言った。

「さぁ。わからないよ。力仕事には、便利だと思うけど」

「私は、黒幕が集落の外にいるのだと思っていました。そして住人を管理しているのだと。エンプティが三体というのは、侵入者が現れた際に、対処する為だと思っていました。一人では、侵入者や暴動も抑えられない、もしくは、手荒くなってしまいます。だから、監視兼門番の役割を果たしていると思っていたんです」

「過去形だね。違ったの?」

「データを調べた後は、考えが変わりました。エンプティは、人数を誤魔化すのに、とても便利だと思うんです。例えば、ドローンで中の偵察を行った人がいるとします。五百人いる集落なのに、人が数人しか見当たらなければ、不自然だと思いませんか?」ネオンは、コーヒーを飲んだ。僕は相槌を打って話の続きを待った。

「このデータを見てください」ネオンは、表を拡大した。「これは、ここ二週間の人の移動です。誰が移動したのかわかります。ベルさんの話では、食事は寺の食堂でまとめて作ると聞きました。そして、寺に住んでいるのが、五十人だと」

「間違いないよ」僕は孔雀の話を思い出した。

「では、集落にいる人は、食事の為に、寺まで移動しなくてはいけません。ですが、データが示す通り、食事の為に、移動しているのは、二十二人です。この人たちは、毎日集落から寺まで往復しています。規則正しい生活をしている様で、毎日時間帯も、ほぼ同じです」ネオンは、一呼吸、間を開けた。

「勿論、集落に食料の備蓄はあるでしょう。それに、この二十二人の人たちが、帰りにおにぎりを持って帰って、同室の人に手渡しているかもしれません。ですが、四百人以上が二週間、寺に食事をしに行っていないのです。これは、ベルさんの話と矛盾します。ベルさんの話では、原則、寺の食堂で食べるとのことでしたから。そうしないと、人件費も時間も手間もエネルギィも無駄になってしまいます。そして、この数字で表している人を見てください。この数字は、ある特徴の人を表しているのですが、それは、集落に住み、畑仕事をする人、かつ、食事の為に寺に移動しない人たちです。その数字が、二十三人です。この二十三人は、一度も寺で食事をしていません。勿論、集落で食べている可能性はあります。ですが、ベルさんは、エンプティが畑仕事をしている所を見ています。なので、この二十三人は、エンプティだと考えることも出来ます。それに、数が合わないんです。五百人が生活しているのに、この二週間以内で一度でも外に出た人は、たった百三人です」

「つまり、なにが言いたいの?」

「二十年以上一度も人が死んでいない、というのが、嘘だと思います。勿論、外を出歩かない人もいるでしょうが、半数以上は既に死んでいる可能性があります。そして、それを隠している可能性も」

「可能性はあるだろうね。でも、今の説明は論理的じゃない。それ以外の可能性が無数にあるから」

「はい。わかっています。でも、もし、このままなにもしなければ、今あそこにいる人が、死んでしまうかもしれません」

「それは、どこにいたってそうだよ。それにあの人たちは、あれが幸せだというのだから、認めてあげた方がいい。それに、あの場所が無くなれば、生きる意味を失うかもしれない」

「私は生き方や思想を否定しているわけじゃありません。あの場所での生活も認めています。ただ、騙されている場合があるんです。その時は、話が違います。今なら救える命なんです。冷凍サンプルにしてでも、救うべきだと言ったのはベルさんです」彼女の瞳は一切動かなかった。

 無言。

「………。それで、どうするつもりなの?」僕は、少しだけ折れることにした。

「もう一度だけ調査をしてくれませんか?今度は、彼らが見せたいものではなく、コッソリと侵入して、生の情報を確認して欲しいんです」

「そんなことをする義理がないけど」

「私が仕事を依頼します」

「……。僕の仕事は……自分で言うのもなんだけど、かなりぼったくりだ。そうしないと、仕事量が増えるから、値段で抑制している。潜入調査なら、最低でも一日二百万位必要だ」

「この前の仕事の報酬が残っているので、それで支払いが出来ます」

「どうして、そこまでするの?」

「私も、救える命は助けたいと思うからです。死んでしまうより、生きている方がいい」ネオンの目は、僕ではなく遠くを見ていた。

 それは、ずっと遠くの過去を見ていたのだろう。


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