第一章 7
ネオンから、レプリカタウンへの誘いがあった。
前回から、三日しか経っていないので、壁に当たったのだろうか?アドバイスを考えたが、何度も繰り返してやる、以外に思いつかなかった。
あれから、特に仕事はしていない。
ラムネは、エターナルテイルズに許可を得て、記事をネットにアップした。アクセス数は、そこそこあるらしい。確かに、興味を持つ人はいるだろう。特に親族の方は、中の情報はどんなものでも欲しいはずだ。ただ、そんな人たちにとって、あの記事は、いい結果なのか、それとも、その逆なのかは、わからない。おそらく、信じないのではないだろうか?
エターナルテイルズを悪く書く記事は沢山ある。そういう記事を信じて、それよりも真実に近い内容の今回の記事は、彼らが知りたい内容ではないはずだ。
まともな生活をしていて、幸せに暮らしている。今後も一切、関わらないで欲しい。では、真実であっても、信じたくはないだろう。
僕の想像通り、ラムネの記事をデタラメだという書き込みが沢山あった。エターナルテイルズの情報操作だという書き込みも。そういう書き込みを行えば行うほど、中にいる人たちは、外に出たくないと思うだろう。エターナルテイルズも、それを十分に利用しているはずだ。
外の世界は、こんなに汚い人たちで溢れている。
この楽園だけは、守っていこうと。
なので、もしも、本当に帰ってきて欲しいなら、認めてあげることだ。中にいるのは、子どもじゃない。自分で選択したのだから、その選択を信用してあげることだ。そうすれば、中で生活していて、もしも、人間関係のトラブルがあった時に、外で出てもいいかなと、考える人もいるはずだ。それなのに、あんなに醜態を晒せば、その気も失せるだろう。
結果的に、エターナルテイルズは、得をした結果となった。記事の情報を信じてくれた少数の人たちもいるだろうし、大多数の信じない人たちを利用して、結束を強める事にも成功した。
彼らからすれば、ラムネに渡した報酬は、安いものだろう。僕にも、お小遣い程度の金額が入った。僕が自分で引き受ける仕事の時給に換算すると、本当に割に合わない金額だが、ここの家賃だと思えば、諦めもつく。
ネオンとは、あれ以来、エターナルテイルズについても、グリーン・ピースについても、ハコブネについても話してはいない。夕食の時に顔を会わし、その後に他愛もない会話をして、部屋に戻っている。
ラムネに、今回の仕事はもう終わったのか、と聞いたら、「今のところは」と、よくわからない回答が得られた。でも、僕はこれ以上、エターナルテイルズに関わるつもりはない。噂を真に受ける事もないし、犯罪が行われているとも思えないからだ。ただ、ゲームについては少しだけ気になる。楽しいのなら、是非やってみたいからだ。
「あと、三分で時間になります」イオが教えてくれた。僕は専用端末を付けて、椅子に深くもたれ掛かった。
そして、ダイヴした。
前回と同じエンプティだ。服装が変わっていたので、全く同じ服に着替えた。髪も同じ様に縛った。この服装が気に入っているわけではなく、前回、問題が無かった同じにしただけだ。
今日も、前回と同じように貸し切りで、レプリカタウンを使う事が出来る。それは、一般の人からすれば、夢のようなことだろう。大金を積まないと出来ないが、僕たちの組織はエンプティメーカに貸しがあるのだろう、かなり優遇されている。
ネオンは前回と同じ格好で、もう既に街にいた。電柱の近くで、頂上を見上げている。僕に気が付いて、振り向いた。顔を会わせただけで笑顔になれるのは、彼女の特技だろう。お互いに照合して、確認し合った。
「どうかしたの?」僕はネオンに近づいて言った。
「はい。出来ました」ネオンは笑顔で答えた。
「なにが?」
「課題です」
「ホントに?」
彼女は歯を見せて笑った。
早すぎる。出来たと言っても、一つの電柱を決めて、それだけを練習したのだろう。そうすれば、高さや距離の調整は容易い。この期間で出来るのも頷ける。
でも、僕が出した課題は、全ての電柱で出来なければ意味がない。これは基礎であって、世界中のどんな地形にも応用出来る為の練習なのだから。だから、高さがランダムなここにある電柱、全てに対応しなければならないのだ。
「やってみて」僕は言った。
「はい」彼女は笑顔で答えた。そして、電柱の先を見て、しゃがんだ。顔は真剣な表情に一変していた。そして、彼女は、片足でジャンプして、電柱の上に着地した。そのまま、左足だけで、隣にある電柱に次々と跳んで行っている。僕も電柱にジャンプして、彼女の後ろから付いて行った。
信じられない。
少しだけ、彼女の才能に恐怖した。
彼女は、右足に変えて、電柱を跳んだ。その後に、両足を揃えて跳んだ。ここにある全ての高さの電柱を跳んだあと、後ろを振り返って僕を見た。
「それじゃ、速度を上げますね」彼女はそう言って、走るように交互の足を使い、電柱から電柱へジャンプした。
僕は、ネオンの後を追いながら、おもわず笑ってしまった。
それは、もし、順調に進んだのなら、一ヵ月後に出す課題だったからだ。それを、もう、完璧にマスタしている。
そして、それよりも、僕が驚いたのは、彼女の動きがある人物に似ていたからだ。
僕は電線を走り、上を跳んでいる彼女を追い抜いて、電柱の上で止まった。彼女も僕の一つ手前の電柱で綺麗に着地している。
「驚きました。やっぱり凄いです。今のは、全速力だったんですけど」ネオンは言った。
「驚いたのは、僕の方だよ。三日間で出来る内容じゃない」
ネオンは、僕と会う前から、既にエンプティにダイヴした事があった。ある程度の基礎的な動きは、既に習得済みだったのだろう。それでも、今までの彼女の動きは、まだまだ、拙いものだった。
それは、普通の人がエンプティにダイヴしても、観光や会話を楽しむだけで、技術的な向上を目指していないからだ。そういうアクロバティックな動きは、僕たちプロのパイロットの仕事だ。ネオンも同じだっただろう。それなのに、平均的な上達速度よりも、圧倒的に早い。
それは、彼女の才能だろうか?
だとしたら………。
「因みに、電線の上はもう走れる?」僕は言った。
「はい。一応、一通りは」彼女は、電線の上を走り、ジャンプして、僕の上を通り越し、電線の上に綺麗に着地した。「というよりも、何度も失敗して電線に着地したので、こっちの方が得意なくらいです」
バランス感覚も優れているようだ。これは、三日間で鍛えたというより、生まれ持ったものだろう。三日で出来るものでもない。エンプティであっても、電線の上を歩くのは、センスの無い人は一生出来ない。
「そう。わかった。それで、最終的にどうなりたいんだっけ?」僕はきいた。
「ベルさんと同じくらい動けるようになりたいです。そして、この前のような失態を晒さず、守れるようになりたいです」
「……わかった」
「あっ。ベルさんと同じくらいって、世界一ってことですね。もう少し下でもいいです」彼女は慌てて訂正した。
「いや。僕は世界一じゃないよ。それに、次の課題を思いついた。ちょっと待ってて」僕は、ステーションに向かって走った。最短距離になるように、直線で向かい、すぐに到着した。中に入って、ある場所に向かった。
レプリカタウンのステーションには、他のステーションには無い物が揃っている。それは、ここで行われる競技や大会で使用される小物などだ。『エッグマン』で使用されるタマゴや、ナイフ。他のレクリエーションで使われる鎧に甲冑に日本刀に槍。ドローン、ボード、ボールもある。そして、目当てのものが見つかった。
僕はそれを手に取って、ネオンの元に戻った。ネオンは、電線の上で片足立ちして遊んでいる。
「なんですか?その箱?」僕を見てネオンが言った。
「プロの間で流行った遊びがあるんだ」僕は言った。「バットキャッチという競技なんだけど、知ってる?」
「いえ。知りません」彼女は首を振った。
「それじゃ、見た方が早いね」僕は箱を開けた。
中には、六匹の蝙蝠型のロボットがいる。電源を入れて、起動させた。六匹の蝙蝠は、本物と同じように、僕たちの周りを飛んだ。
「これは、実際に使われている偵察用カメラなんだ。この蝙蝠のいいところは、見た目や飛行性能は蝙蝠と全く同じで、一見しただけじゃ、見分けがつかない。更に、蝶や昆虫型ロボットと違って優れている点は、もし、見つかっても、簡単には捕まらない、という所なんだ。なので、蝙蝠型ロボットは、広く流通した。結果的に、僕たちプロは、その違いを瞬時に判断して、即時捕まえる能力が不可欠となった。それが出来ないプロは、雇って貰えないくらいだ。今、飛んでいるのが、その、蝙蝠型ロボットになる。だから、次の課題は、この蝙蝠型ロボットを全て捕まえること」
ネオンは、飛翔中の蝙蝠を眺めている。
「もっと高く飛ばれたら、捕まえられないんじゃないですか?」ネオンは言った。
「勿論、高く飛ぶ事は可能だけど、こういう住宅地では、屋根と同じ高さか、それより少し上くらいまでしか飛ばないようプログラムされてある。あくまで擬態が目的だからね。本物の蝙蝠も、同じような高度を飛翔している」
「かなり、自由自在に飛び回りますね。動きが読めないです。鳥みたいに綺麗な直線や曲線の軌道でもありません」
「それが、蝙蝠の良さだからね。バットキャッチは、その名の通り、この蝙蝠を捕まえることだ。全匹捕まえる時間を競う競技なんだけど…そうだね。三分を目安にしようか。注意事項は、握り潰さないことと、蝙蝠を傷つけないこと。これは、レンタルだから当然だけど、もし、現場で蝙蝠型ロボットを見つけた時も、捕獲して僅かでも相手の情報を引き出す為だ」
「わかりました。コツとかありますか?」
「蝙蝠をよく見ること。後は、周りの地形も」
「難易度が急に高くなった気がしますけど」
「実際に高くなっているよ」
「そうですか」ネオンは蝙蝠を目で追っている。
「蝙蝠のバッテリィが切れそうになると、その箱に戻るから、中に入れてステーションに返しておいて。一応、箱は充電ケースの役割も果たしているし。もし、諦めるなら、箱から指示を送り回収することも出来る。あと、しばらくは、一匹ずつでいいと思う。その方が、長時間の練習には向いているから。それじゃ」僕は、ステーションに向かった。
今度の課題は、時間が掛かるだろう。体の重心や、腕や指の使い方などは、まだ教えていないからだ。そういう基礎的な事をマスタ出来なければ、バットキャッチを成功させることは出来ない。鳥型のドローンなら、もっと簡単なのだが、このレプリカタウンでは、狭すぎぎる。
二ヵ月もすれば、身のこなしが変わってくるだろう。それでようやく一匹捕まえるかな、と予想した。もし、六匹を三分以内で捕まえたなら、実戦的なトレーニングを行わなければならない。そうなると、付きっ切りでの仕事になる。そうなれば、受講料を貰わないと割に合わないが、今更言い出せない。
誤算だった。
それは、当分は、悪い方向ではない。
でも、長期的に見た時、後悔しなければいいけれど。
ステーション内に入ったので、僕は離脱した。