第七章『姉』
私の名前はトオ・ル・クレスト。19歳。女性です。
私の父は冒険家で、母も父と一緒に世界を飛び回る仕事をしていました。
しかし、私が9歳、妹は5歳の頃に両親は仕事中に行方不明になりました。
その後、父と母は帰って来ませんでしたが、その数年後には父が残してくれた遺産で何とか生活出来て居ました。
妹のニナはいつも明るく元気な子で、両親の事はあまり気にしていない様でしたが、それでもやはり寂しい思いをしていたと思います。
ある日、私達は実家の屋敷を出て他の所に移住する事を決意しました。
その時の引っ越し作業で私は父の日記を見てしまったのです。そこにはこう書かれていました。
「今日は面白い夢を見た。俺と妻、ニナ、そして見知らぬ女性が一緒に食卓を囲んでいた。俺は夢の話を彼女にすると、彼女は笑いながら言った。
『貴方は本当にお気楽ね。……でも、そういう所が好きよ。』」私はそれを偶然見てしまい、少し動揺してしまいました。
……だって、その夢には私の姿は出て来なかったんですから。それに、その女性は誰なんでしょう?
私はその日記を夢中になって読み耽りました。
日記には他にも色々書いてありました。
「ララ・シュヴラの意識と機械の脳をリンクさせる装置を作った。これで彼女から色々な情報を得られるはずだ。」
「どうやら成功したようだ。今度からはこの技術を使っていこう。」
そして、あるページを見て驚愕しました。
それはあの伝説とも言える学問。共鳴振動理論について書かれていたからです。
『まさかこんな事が……。これは世紀の大発見だ! これを学会に発表すればきっと私の名は歴史に残るぞ!』
そう書かれた後にも、沢山の研究内容が記されていました。
他にもその日記には様々な事が書かれていました。研究の事。家族の事。生活の事。父の哲学…。
唯一引っ掛かるのはこの日記に娘であるはずの、長女であるはずの私の事は一切書かれていなかったのです。
父に対する憎しみや悲しみはありません。
何故なら父は私に並々ならぬ愛情を注いでくれて、何なら妹のニナや母以上に私を信頼し愛を注ぎ徹底的な教育をされました。
そんな父が日記に私の事を書かなかったのは何か理由が有るはずなのです。
私はもう一度父に、そして母に会いたくなりました。
もし仮に死んでいたとしても関係者から話を聞ければそれで良い。
そして私が4年前にニナを置いて両親を探す旅に出ました。
それからの4年間。私は各地を回って情報収集をしてきましたが、特に有力な手がかりを得る事は出来ず、結局諦めかけていました。
そんなある日の事でした。
とある街で、一人の男性と出会いました。
彼はこの街の農民でこの街に新しく出来た美術館で展覧会があるらしく、そこで絵画を見る為にやって来ていたらしいです。
私は彼と美術館出会い意気投合して食事に行く事にしました。
彼の名前はゼクター・ジック。年齢は26歳。
見た目は鮮やかな紫の髪に190㎝もの長身。顔立ちは整っていて、目は優しい目をしていて優男という印象を受けます。
私は彼の話を聞いていてとても楽しい時間を過ごしていると突然地震が起き、街が水浸しになり、やがて洪水となってしまいました。
私は慌ててゼクターさんと一緒に高台に避難しましたが沢山の人が亡くなりました。
ですが、ゼクターさんは私にとんでもない奇跡を見せてくれました。
ゼクターさんは自在に顕現が可能な大きな鎌を取り出すと私の目の前で死人を蘇らせたのです。
その後ゼクターさんは私にこう言いました。
「俺の名はゼクター・ジック。君は?」
「私はトオ。トオ・ル・クレスト。貴方の名前はさっき聞いたけどね」
「ははは。確かにそうだな。俺はトオ。君と話がしたいんだ。少し付き合ってくれないか?勿論奢るよ」
「えぇ……分かったわ」
こうしてゼクターさんとのデートが始まりました。
ゼクターさんはとても紳士的で優しくて会話も面白く、私は彼に好意を抱き始めていました。
彼はカフェで私に語り掛けて来ました。
「ねえ、君は断罪についてどう思う?例えば……そう。君の大切な存在を奪った相手に対してその命を奪う事とか……」
私は一瞬ゾッとして思わず鳥肌が立ちました。
「それは、つまり復讐ですか?」
「いいや、違う。ただ殺すんじゃなくて相手の心を壊すんだよ。そいつの心を壊してから殺した方がより苦しむと思うから。まあ、これはあくまで俺の意見だけど」
「ふーん。成程。でも、そういうのって良くないと思います。私はそう思います。だから、復讐なんて止めましょう。それが一番良いはずです。だって……自分の大切な人達を殺されたら嫌でしょう?」
「なるほど。では逆に訊くけどさ、もしも、君が自分の大事な人を奪われて殺されてしまったとしたらどうする?後悔しないかい?」
「ううん。きっと、しません。いや、絶対に出来ない。復讐をしたら私が私じゃなくなるから。」
「ふーん。そうか…。」
そう言って彼は私の元を去りました。
今思うとこれが全ての絶望の始まりでした。
それから、私はまた旅を続けていました。
そんなある日、やっと両親の居場所が判明したのです!しかし、両親は既に亡くなっていました。
私の目の前で、狂った男に寄って惨殺されたのです。
私は絶叫し、怒りに任せて男の首を撥ね飛ばしてしまいました。
私は両親を守れなかった。
そして、私は泣きながら走り続けました。
涙は枯れ果てたと思っていたのに。
すると、そこにはゼクターさんがいました。
「はは。やっぱり、ねえ。復讐なんてしないんじゃなかったの?」
そう言ってゼクターさんはさっき私が殺害した男の首を見せつけて来ました。「うわぁああ!!なっ何で!?」
「今からお前に問う。トオ・ル・クレスト。死んだ人間を生き返らせる事が俺には出来る。今からお前が殺したこの男とお前の両親どちらかを生き返らせてやろう。ただし、お前が殺したこの男を生き返らせた場合お前は一生この男に尽くして生きろ。両親を生き返らせた場合は…何も無い。普通に幸せに生きれば良いさ。俺はどちらの選択も尊重しようじゃないか」
「え……」
私は困惑しました。でも、彼の言っている事は解る。私は両親を蘇生出来ても男を殺した罪悪感で苦しむ事になる。でも、両親が生き返るなら…それでも…。
「ふむ……。迷っているようだね。なら、こういうのはどうかな?まずは両親の蘇生を選んでみると言うのは?それで、君が罪悪感に打ち勝てばこのまま。しかしもし耐えられなければ両親を俺が再び殺し、あの男を生き返らせる。つまり、君は両親を二度失う。さあ、選べ。」
私は、両親の蘇生を選んだ。
私は両親と再会する事が出来たが、その後私は両親の悍ましい秘密を知る。
両親は自分達の研究のために私を利用していたのだ。
私はその研究の実験台として生かされていた。
しかし、それは失敗作だった。
私の体は人の形を留めていなかった。
醜い化け物の姿。
両親は自分の子供であるニナを実験体にする事に躊躇していたらしい。
だから父は自分の弟夫婦を殺しその娘を奪った。それが私だった。
両親だと思っていた糞は私の身体を弄り化け物にした。
これは彼らの研究の通過点でしか無かったが、彼らはそれに夢中になり過ぎていた。
もう、奴らは狂っていたんだ。
私は、怒りに震えた。
私は狂いに狂って再び両親を殺しゼクター・ジックに願った。
両親を殺したあの男を生き返らせる様に。
…ゼクターはすぐに現れ、そしてその男を連れて来た。
彼はとても優しい人だった。
実は彼は両親の強行を止めようしていたらしい。
私は贖罪をするために彼に一生尽くすと誓った。でも、彼は私を恨む所か手厚く保護してくれた。
私は…そんな事される人間じゃ無いのに。
私は愚かで醜い化物なのに。
ああ、神様…。
私は罪悪感で耐え切れずに自殺した。
そして、私は再び生まれ変わるんだ。
今度は人として。
でも、ゼクターの持つ不思議な鎌の力で私は強制的に復活した。
彼は言う。「お前は死ぬなよ」と。
そして、また彼は何処かに消えてしまった。
きっと、私が自殺したら彼はまた私の元へと来るんだろう。
だから私は罪悪感で苦しみながら生き続ける…。
そう思っていた時だった。
私はダクドゥ・ア・ルージと出会った。
彼は伝説の冒険家と言われる男性だ。
彼は言った。
「俺と一緒に旅をしないかい?アンタを買うよ。」と。
私は答えた。
「ええ、行きます。どこまでも」
私は彼となら生きていけると思ったから。
それから、色々あって私は彼の仲間になった。
ダクドゥさんは優しくて強い人だった。
私は彼に惹かれていった。
ある日、ダクドゥさんから私の過去について聞かれた。
私は正直に話した。
すると、彼はこう言ってくれた。
「お前は悪くないさ。それに俺はお前がどんな姿になろうとも愛し続ける自信があるぞ!」
「えっ…!?」
「結婚しよう!トオ!」
「え…!?ええええっ!?!?」
私はダクドゥさんの妻になってしまった…。
ダクドゥさんはとにかく破天荒で常識外れの人だった。
例えば、冒険の途中で見つけた謎の卵を食べたりとか。
それでダクドゥさんの身体に変化が起こったりして。
ダクドゥさんはそんな生き方から様々な常軌を逸した能力を持っている。
例えば、瞬間移動や変身等だ。
しかし、彼が一番得意としているのは、死者を蘇らせる事だ。
その力を使って、多くの人を救ってきた。
時には、敵として現れた者さえも救い出した。
私はそんな彼を尊敬していたし、憧れていた。
そんなある日の事だ。
……ゼクター・ジックが私の元に現れた。
「トオ。何故お前は償いを放棄した?」
「…………」
「黙ってないで何とか言えよ!!」
そして私は再び殺された。
彼の鎌ノニルカードの力で。
…でもまたすぐに復活したのは夫ダクドゥの力。彼は私を生き返らせた。
それに怒ったゼクターはダクドゥに攻撃し、彼の胸を貫いた。
だが、何故か傷口はすぐに塞がり、そのまま反撃に転じたのだ。
「ぐあああっ……」
「お前、やるじゃねーか。だが惜しい。ノニルカードと自分の能力に頼りすぎだ。もっと頭を使わなきゃ俺には勝てねえぜ。」
「貴様は一体何者なんだ……!?」
「俺の名はダクドゥ・ア・ルージ。ただの人間だ。そして、最強の冒険家でもある。」
「くそおおおっ!!!」
ゼクターは死んだ。
しかしまたダクドゥの能力で蘇生させられ、彼は辺境の地に追放された。
私はダクドゥに尋ねた。
「どうしてゼクターを生き返らせたのですか?」
「あんなのでも俺は生きてる理由があると思うんだ。
それに、あの男は断罪の鎌ノニルカードに選ばれた存在。
だから、いつかきっと役に立つ時が来ると思ってるんだよ。」
「そうです…か…。」
ダクドゥさんの考える事はスケールが大き過ぎて私には解らない。
「それよりさあ。トオ。もうすぐ、お前の誕生日だろ?プレゼントは何が良い?」
「何でも構いません。貴方がくれる物なら。」
「遠慮すんなって!何でも言ってみてくれ!」
「では、私は安住の地で静かに暮らしたいです。貴方は一つの場所に留まれないでしょうから、たまに来てくれるだけで構いません。だから私を静かな場所に連れて行ってください。
「ああ、いいぞ。連れてってやろう。」
こうして私は彼に世界の果てと呼ばれる楽園に連れて行かれた。
そこは、海に囲まれた小さな島だった。
この島は結界で覆われており、普通の人間は入れない。
ここには、この世界に存在する全ての動物達が住んでいる。
そして、人間が暮らす為に必要な物は揃っている。
まずは食料問題。
果物も野菜もある。魚だって釣れる。
肉は牛とか豚がいる。
植物に関しては様々な種類の木の実や花が咲いているし、畑を作れば農作物が育つ。
あとは家畜を育てて、乳製品を作ったり、卵を産ませたりすれば、料理の幅が広がる。
他にも必要な材料があれば、この島にある森へ行けば大抵手に入る。
ちなみに、この島の中心に一本の木が生えている。
その木の枝を折ると、この島全体に強力な結界を張る事ができ、侵入者が入って来れないようになる。
これで、ゼクターがやって来る事は無いらしい。
それと、この島は上空から見ると、三日月の形になっている。
そんな島にダクドゥは私のための邸宅と私の世話をするアンドロイドを何人か呼び寄せてくれた。
彼らに畑仕事や家事をさせれば良いとダクドゥは言った。
邸宅の中は広々としていて、ベッドルームが5つあり、ダイニングキッチンも広い。
そして、大きな浴場がある。
メイド達は皆、人型アンドロイドだが、とても従順で優しい性格をしている。
食事は毎日3食きちんと出される。
食材は全て島の物だ。
そして私は髪を伸ばし女らしい格好をし始めた。
何もかもが穏やかで充実していた。
そんなある日、ダクドゥが帰って来た。
「よっ!久しぶりだな。トオ。」
「お帰りなさい。ダクドゥさん。」「おっ!なんだ、随分女の子らしくなったじゃねえか!」
私は彼の言葉を無視しながら言う。
「何か用があったんじゃないんですか?」
「可愛いお前の顔を見に来た…だけじゃないんだな。一つ、伝えた方が良いかと思ってよ。」
「何ですか?」
「お前の妹のニナが行方不明になったそうだ。」
「え!?」
「まあ、心配するな。きっと、その内ひょっこりと現れるさ。」
「そうですね……。」
ニナはとても強い子だ。
私の妹とは思えないくらい。
私はダクドゥさんに頼んで妹の事を見ていたのだけど、きっともう私が妹に出来る事は何も無いのだろう。
何となく、そんな気がする。
私は私の人生を生きよう。
私は今、自分の屋敷にいる。
私の一日はまず昼に起きて、朝食を食べる。
その後、散歩したり、本を読んだりする。
夕方には夕食を食べ、風呂に入って寝る。
それが今の私の日常。
こんな日々を過ごせるのも、全てあの人がくれたもの。
私はまだあの人の恩を返せていない。
でも今はそれで良いと思う。
彼はいつかまた帰ってくる。
その時、彼が喜ぶような世界をここに造ってあげたい。
だから、それまではゆっくり暮らそう。