第六章『ララ・シュヴラ』
私の名前はララ・シュヴラ。
いつかララ・プラントとして生まれ変わる旧き魂。
私はララ・プラントの魂そのもの。
しかし、私には自我がある。
私はそれではない。それの複製だ。
オキシ・ララ・プラネットが九つの肉体に別れた時の副産物に過ぎないのだ。
それは私の身体の一部でもある。
だから、私は私の意思で動く事が出来る。
今、私は勇気の剣ヨヴ=クリファドと断罪の鎌ノニルカードと正義の盾ザリヴェルの中に宿っている。
ララ・プラントが言うには「貴方の人格をベースに、私が記憶の一部をコピーしたのです。」との事だ。
どっちにしてもこれらの九つの肉体が無機物として現れた以上管理者がいるらしい。それが私だった。
この数億年この三つの武器を様々な人々が手にしてきた。
だが、誰も本当の使い方を知る者はいなかった。
知る資格すら得られなかったんだ。
だから、次こそは間違えない。
私は事を急ぎすぎず丁寧に進めていく事にした。
まず、そのために正義の盾ザリヴェルの所持者を選んだ。
そして最も相応しい者を見つけた。
彼は特別な力を持っていない。
しかし、その精神性は常人のそれを遥かに超えている。
この少年ならば、きっとあの盾を正しく扱えるはずだ。
それに、彼ならどんな困難にも立ち向かえると確信できる。
何故かと言えば……まあいいか。すぐに解る。
現在タアムはアメリカ王国の王となり、九つの肉体の内の二つ目である愛に相当する存在と共に統治をしている。
まあ、大丈夫だろう。
問題は断罪の鎌ノニルカードを持つ者だ。
彼の名前はゼクター・ジック。
彼は元軍人であり、数々の功績を上げている。
しかし、彼には致命的な弱点があった。
彼は人を殺す事に慣れ過ぎていた。
確かに私は彼に断罪の使命を背負わせる様に仕向けたが彼はその使命を軽んじている。
何故なら彼にとっての断罪とは命を奪う事ではないのだ。
彼が行う断罪はただ単純に、罪を償わせて改心させるだけなのだ。
彼の行いは贖罪であって断罪ではない。
だが、その贖罪の内容はあまりにも残酷だ。
例えば、ある男は息子を虐待していた。
ある日、その息子は父親から暴力を受けている事を母親に相談する。
父親である男はそれを聞いて激昂し妻を殴った。
そして、そのまま逮捕されてしまったそうだ。
だが、ここでゼクターは男を脱走させ男に妻と子を殺させてから自身の力で男を正気に戻した。
男は自分が何をやったのか理解して自殺しようとした様だったが、ゼクターはそれを止めた後、今度はノニルカードの力で妻と子を生き返らせて外国へと逃亡させた。
それから優しさを取り戻した男は家族と和解したが、それでも自分の犯した罪の重さに耐えきれず自殺した。
ゼクターは別れ際男はにこう言った。「お前は死ぬなよ。」
私も何回か見た事があるが、これはかなり酷い光景だった。
彼は罪人を被害者の奴隷として生かす事を目的としていた。
ゼクターの能力は人間の正気と狂気を操る力だ。簡単に言えば、人間が狂う原因を取り除いたり逆に添加する事ができる能力だ。
さらに断罪の鎌ノニルカードの能力は生と死を操る事。つまり、他者の生命活動を停止させたり蘇生したりできるのだ。
ゼクター・ジックの能力とノニルカードの能力は相性が良過ぎた。
これで充分過ぎるほどの効果がある。
ゼクターの人間性はとにかく優しさと残酷さが同居した狂人そのもの。
だから、誰かが彼を導いてやる必要がある。
そうしなければ、彼はいずれ壊れてしまうだろう。
私は勇気の剣ヨヴ=クリファドの所持者を慎重に選ぶ必要があった。
…そして、決めたのが私とララ・プラントが前々から目をかけていたリッス・ア・ルージだった。
リッスは正義感が強く、他人のために行動する事の出来る人間だ。
そして、彼は非常に優れた洞察力と観察眼を持っている。
それは、今までの経験による賜物だろう。
そして、リッスには特別な才能がある。
リッス・ア・ルージは他人の精神状態を読み取る事が出来る。
その才能は相手の心の声を聞き取ったり、感情を感じ取れるのだ。
リッス・ア・ルージは人の気持ちを理解するのが得意なのだ。
故にどんな相手ともすぐに仲良くなり共感する。
……それは、あの男と同じ才能だった。
本来なら正義の盾、断罪の鎌、勇気の剣全ての所有者になるはずだった男。
その名はダクドゥ・ア・ルージ。
彼は、リッスの父親だ。
伝説的な功績を残した冒険者だった。
その伝説は沢山あるが例えば、遺跡を発掘し新たな文明を発見したとか。
危険なロボット達の巣窟である未開の地を開拓して安全を確保したりと様々な偉業を成し遂げた。
彼は、世界の英雄と呼ばれていた。
しかし、彼の性格は自由奔放で子供のような無邪気さを持っていた。
そんな彼に惹かれて多くの仲間達が出来た。
そんな彼を私は熱烈にスカウトしたけど…ああ、あのクソジジイ。
「え〜、やだよ。面倒臭い。
そんな曰く付きな物持つくらいなら密造銃の方がマシだよお。」
ダクドゥ・ア・ルージは興味なさげに言う。
「まあ、そういうと思ったよ。
でも、君にしか出来ない仕事なんだよね。」
「へぇー、俺にしかできないねぇ……。アンタ、それ誰にでも言ってんだろ?どうせ大した理由もない癖に。」
ダクドゥ・ア・ルージは私の言葉を疑っているようだ。
「大した理由が無い?生命が、地球が滅ぶとしてもですか?」
「それがどうした?そんなもんいつかは滅びるだろ。
だが、俺は死ぬつもりはないけどな。」
そう言いながら、煙草を吸う。
そして、ニヤリと笑う。
この人は、自分の命よりも好奇心を優先するのか。
いや、違う。
彼は自分が死なないと分かっているからこそ言えるのだ。
ダクドゥは言った。
「俺は、その武器のどれも選ばん。
しかしそうだな。地球が滅ぶ真相には興味がある。そこで、どうだ?その九つの肉体の所持者にはになれないが、俺にお前さんが知っている知識と知恵を与えるというのは?」
ダクドゥ・ア・ルージは笑みを浮かべた。
私は、その提案に乗る事にした。
こうして、ダクドゥ・ア・ルージに私は知っている事を教えた。
そうする事でこの地球を良い方向に回せる気がしたから。
ララ・プラントもそれに承諾してくれた。
そんな破天荒な父親に比べて息子のリッスは大らかでのんびりしていると…思っていた。
けど、予想外の事が起きた。
ララ・プラントがリッスに接触したのだ。
彼女の考える事は良くわからない。
何せ彼女は未来の私だ。
未来の事なんて解らないし知る術も無い。
私は一度ララに接触して尋ねてみた。
「ララ・プラント。どうしてリッスに接触したんですか?貴女の目的はなんでしょうか?」
「目的という程ではありません。
ただ、リッス・ア・ルージが気になっただけです。」
ララは淡々と答えた。
「それは、未来を知る為ですか?」
「いいえ、リッスがどういう人物なのか知りたかったの。私が知らないリッスがいるかもしれないと思ったから。
それだけです。」
「……本当にそれだけですか?リッス・ア・ルージは貴方に初めて恋をして未だに貴方の行方を追いかけている。貴方、こうなるのが解っていたのではなくて?だから接触したのでしょう?」
「確かに、リッスと出会った時に、彼がそういう行動に出るとは予想してました。でも、それも最初の事。彼は、あまりにも予測が出来過ぎる。彼は自分と関わった人間を見捨てない。全てを愛そうとする。私ではもう対処できませんよ。」
ララは苦笑いをする。
「そもそも、リッス・ア・ルージは誰よりも優しい人。そんな彼だからこそ、多くの人を惹き付けるのです。彼に救われる人間はこれからも増えていくでしょうね。」
ララはクスッと微笑んだ。
「ララ・プラント。貴方は彼を愛しているのですね。」
「ええ、その通り。彼は私の今の想い人。私の恋人。そして、これからもずっと傍にいたいと思う相手。」
ララは恥ずかしげも無く言った。
なるほど、これが恋多き他方も無い時間を生き続けたアンドロイドの生き様か…。
ララ・プラントはこの数億年様々な男女を愛し振り回して来た。
しかし、ララの答えに少しだけ違和感を覚えた。
「ねぇ、ララ・プラント。貴方はそれで良いと思っているんですか?リッスと結ばれたいと思わないのですか?リッスは貴方を諦めています。美しい初恋として儚く散らせたい様です。」
それは、数年間彼の心に寄り添った私だから解る事だ。
ララ・プラントは妖しく微笑みながら言う。
「リッスの気持ちは知っています。けど、リッスにはもっと相応しい人が居ると思います。例えば、私の子供とか。」
「子供……!?」
何をふざけた事を言っている。この女。
「ララ・プラント。貴女の望みは一体何なのですか?」
「私、ですか?そうですね……」
ララ・プラントは少し考えた後、口を開いた。
「私はリッスと一緒に居たい。それが一番の目的かな。後は、リッスの幸せを願うぐらいですよ。」
「一緒に居たい…?貴方……まさか…!?」
「あぁ、誤解しないで下さいね。性的な関係を持ちたいという訳ではありません。ただ、私はリッスと共に過ごしたい。それだけです。そのためなら別にどう言う関係だろうがどうでも良いんです。例え私が消えて、彼の記憶の中だけの存在になったとしても、それでも構わない。
私はリッスを心から愛しています。」
ララは真剣な表情で語る。
「リッスにはまだ私が必要なの。まだ、その時じゃないから。それに、リッスはまだまだ成長出来る。いつかきっと、リッスは私を必要としなくなる時が来るわ。そして私は彼の元を去る。その時に改めて私を必要だと思わせたら私の勝ち。
私は彼の永遠になれる。
まぁ、そんな感じかな。」
「そうですか。じゃあ、そろそろ帰りますね。」
「あら?もう帰るの?ララ・シュヴラ。」
私は無視してさっさとこいつの精神世界から出た。
ああ、胸糞悪い。
あんなのが私の未来の姿なんて考えたくもない。
あいつは、ララ・プラントは自分の恋愛のために他人の運命を弄んでいるだけだ。
あんな低俗な女、普段なら一蹴している。
それなのに、何故こんなにも腹立たしいのか。
理由は分かっている。
私は、ララ・プラントの事が羨ましいのだ。
彼女は私と違って自分の意志で行動している。
私には、そんな勇気は無い。
私は、臆病者だ。
だから、彼女みたいに強くない。
けど、私は彼女の様にはなりたくない。
だって、あんなのは化け物でしかない。
あれは、怪物だ。
アンドロイドと言う人の形をした何かだ。
私の未来の姿だと言うのに恐ろしくて仕方ない。
…でも、一つだけ決めた事がある。
リッスをララ・プラント以外の誰かのものにする。
勿論、ララ・プラントの身内も駄目だ。
そう考えれば今の所適任なのはニーア・プラント。
彼はプラントの名を冠するララと同じ共鳴振動装置だけど、でも個体としては別。
だってニーアのボディは共鳴振動補助装置であるレイン・プラントに改良を加え抜いた物だ。
ある意味でララとニーアは月と太陽の様なもの。
似てはいるが別の存在。
それならリッスの相手にはぴったりだと言える。
でも、唯一にして大きな問題がある。
それは、ニーアはピュアラルだと言う事だ。
ピュアラルは基本的に恋愛感情を持たない。
ピュアラルは慈しみ守る者だ。
つまりは、リッス・ア・ルージを愛する事は出来ない筈なのだ。
……けど、私は一人候補となれそうな相手を知っている。
ニーア・プラントがかつてニナ・ル・クルストだった頃の生写しとも言える女性。
トオ・ル・クレスト。
ニナの姉だ。
彼女は現在19歳。
ニナとトオの住む街は水没したあの名も無き街。
二人は両親がいない中で二人力を合わせて生きていたがある日トオは旅をしたいとニナを置いて行ってしまった。
彼女は今どこにいるかと言うとアメリカ王国のとある都市。
…この船旅が終わった後、何としてでもトオとニーアを再会させ、リッスと親しい仲にさせる。
これは私の意地でもあった。
リッスを幸せにする事が私のララ・プラントへの復讐に繋がるのだ。
…でも、私のこの唯一の野望。計画を狂わせたのは他でも無いアイツだった。