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第五章『一人の少年』

俺はリッス。

いつかこの世界を旅して回る13歳だ。俺の夢は冒険家になること。

俺は親父に憧れていた。

親父はかつて有名な冒険家だ。

今でも時折依頼を受けている。

俺はそんな親父の背中を見て育った。

だから、いつかは親父と肩を並べられる様な立派な冒険家になりたいんだけど…今はまだ住んでる町の近くしか行けないでいる。

親父が言うには「まだまだ半人前のお前にゃ、この辺が限界だよ!」だとさ。

まぁ確かにまだ未熟だけど……、でもいつかは親父より強くなるんだからな!!

そんな訳で今日やって来たのは自宅から歩いて3時間の街。

ここは錆びたビルにかこまれているが大きな街で冒険家の集まる酒場もある。

「うっし、着いたぜ!ここなら色々ありそうだな。」

リッスは辺りを見渡した。

すると、俺は一人の女を見つけた。

銀色の長い髪をポニーテールにした女。綺麗な緑の瞳をしている。彼女は手に地図を持っていた。どうやら道に迷っているみたいだ。

「あの、すみません。この街は初めてで……。良ければ案内してくれますか?」

リッスは一瞬で恋に落ちた。

「はい!!喜んで!!」

こうして、俺達は出会った。

彼女の名前はララ・プラント。

この街で暮らすのだと言う。

俺は彼女の住む家に足繁く通う事になっちまった。

だって綺麗なお姉さんと一緒に過ごせるなんて最高じゃん?

しかし、ある日の事。

ララさんに呼び止められた。

「リッス君、ちょっといいかしら?」

俺は少し緊張しながら返事をした。

「は、はい!」

「ふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ。」ララは微笑みながら言った。俺が好きな優しい笑顔だ。

「あ、ありがとうございます……」

俺は顔を赤くして照れてしまった。

「それでねリッス君。あなたにお願いがあるの。」

「お、お願いですか!?」

俺は思わず声を裏返らせた。

ララさんはクスリと笑って話を続けた。

「実はね、ここの近くに大きな図書館があって、そこの館長が私に依頼を出したの。」

「依頼ですか!それは何の依頼なんでしょう。」

俺は目を輝かせてそう尋ねた。

「うん、実はその図書館は、とても古い建物でね。誰も近寄らないの。でも最近になって、そこに怪物が出るって噂が流れ出したの。」

ララさんは真剣に答えてくれた。

「へぇー!そうなんですか。じゃあ、俺がその怪物を倒してやりますよ!」

俺は自信満々で言った。

「ありがとうリッス君。それなら安心だわ。」

ララさんはニッコリ笑った。可愛い。

よーし!俺はやる気十分になった。

翌日、早速調査を開始する事になった。

俺はララさんと二人で歩く事になり内心ドキドキしていた。

(ララさんの手を握るチャンスかも……)

そう思い、そっとララさんの手を思い切って握った。

ララは驚いてリッスを見た。

「えっ!?リッス君?急にどうしたの?」

「あっ、すみません。嫌でしたよね……。」

俺は慌てて手を離そうとした。

「いえ、違うの。驚いただけよ。」

ララさんは優しく俺に語りかけた。

ああ…天使みたいな人だ。

俺はますます惚れちまった。

ララさんの住んでいる家はボロくて小さいけど住み心地は悪くなかった。

俺はララさんの怪物調査の手伝いと護衛をこなし、それから1週間が経った。

今日もいつものようにララさんの家で寝泊まりするつもりだった。

「リッス君、もう遅いから泊まっていきなさい。」

ララさんはそう言ってくれた。

「はい。ありがとうございます。」

俺は素直に甘える事にした。

そして、夜になった。

「リッス君、私は先に休ませてもらうわね。お休みなさい。」

「はい。お休みなさい。ララさん。」

ララさんは寝室に行った。

そして俺はいつも宛がわれている部屋で過ごす。

ララさんと出会って既に3か月が経った。

俺は殆ど家に帰る事も無くこの街に居るが、元々親父は放任だから特に気にしてない。

まあ、仕事で殆ど留守にしてるってのもあるけどさ。

だから俺は好きなだけ、ララさんと一緒に居られる。

でも、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。

ある日、図書館の怪物の正体が判明した。

俺達は図書館へと足を踏み入れると…。

「リッス君、あれを見て。」

ララさんが指差す方向には、巨大な化け物がいた。

その姿はまるで悪魔みたいだった。

全身が真っ黒で、角を生やしている。

目は赤く光り、口からは牙が見える。

「うわぁ!なんだあの化け物は!」

俺は驚いて叫んだ。

「リッス君落ち着いて!」

そうだ。俺は…俺はララさんを守るためにここにいるんだ!

ララさんの声で我に返った俺は戦う決心をする。

俺の武器はナイフ一本だ。

だが、ただのナイフじゃない。

俺の短刀術は冒険家である親父直伝の技だ。

俺はララさんを庇いながら戦っていた。

ララさんを守らなきゃ。絶対に守らなくちゃ。

そうして戦い続け、俺はとうとう化物を追い詰めた。

だが、その時だった。

背後にいたララさんが俺を突き飛ばした。

俺は地面に倒れ込む。

ララさんを見ると、ララさんの胸にはアイツの爪の一部と思われる鋭い刃物が刺さっている。

そしてララさんは力尽きて倒れた。

俺はすぐに起き上がりララさんの元に駆け寄る。

「ラ、ララさん!しっかりしてください!ララさん!!」

俺は必死に声をかけるが、ララさんは息をしていない。

俺は頭が混乱していた。

一体何が起きたのか理解できなかった。

どうして?なんで? 俺は訳がわからず涙を流すだけだった。

すると突然、俺の頭に誰かの声が響いた。

(貴方は何を望む?)

その声を聞いた瞬間、俺は何かに取り憑かれたように口を開いた。

「ララさんを助けてくれ!!頼む!!!」

(解ったわ。貴方に勇気があるのなら…。)

そう聞こえた次の瞬間、俺の右手が眩く輝き始めたと思ったら……俺の手に、剣があった。

その剣は刃渡り1メートル程で、銀色に輝く美しい両刃の剣だった。

俺はララさんを抱えながら立ち上がると、まだ俺達に牙を剥く化物へと向かっていった。

「うぉおおおーっ!!!」

俺は雄叫びをあげ、剣を振りかざすと、そのまま化物の首を斬り落とした。

しかし、それでもなお動き続ける化物に、俺は更に追い討ちをかけるかのように、今度は腹を斬った。

俺が化物を倒した直後、目の前の景色が変わったかと思うと、そこは図書館ではなく、見たこともない街に立っていた。

しかも、ララさんがいない!!どうなってるんだ!?ここはどこなんだ!?それにこの手にあるのは……。

俺が戸惑っていると後ろから誰かが近づいてきた。

振り返るとそこには……長い金髪の小さな少女が居た。

少女は微笑みながら話しかけてきた。

「こんにちは。」

「こ、こんにちは……」

俺は戸惑いながらも挨拶を返した。

「驚かせてごめんなさい。私の名前はララ・シュヴラ。よろしくね。リッス。」

「ら、ララ…!?」

ララさんと同じ名前!?でも、あまり面影はない…。

俺の心を読んだ様に少女は微笑み、

「ふふ、そうなの。私はララ・プラントと同一人物。厳密には、ララ・プラントの人間だった頃の姿。前世の姿、旧き魂と言える存在。

そして今は、貴方の手元にあるその剣に宿る魂でもあるわ。」

俺は訳が解らないまま自分が持つ剣を見遣る。

彼女は話を続ける。

「その剣の名前は『ヨヴ=クリファド』。オキシ・ララ・プラネットが自身の肉体を九つに分けた内の一つ。

四つ目の肉体『勇気』に当たる存在。その力は、あらゆるものを切り裂くこと。そして、あらゆるものを救うこと。

貴方は、今、まさに、その力を解放したのよ。」

「俺が?この剣の?」

俺は自分の持つ剣を見ながら言った。

「えぇ、そう。これから、この世界では色々な事が起きる。

リッス、貴方はその全てを、自らの力で乗り越えなければならない。

それがリッスの運命。」

ララは真剣な表情で俺の目を見て言う。

「リッスは『主人公』として選ばれたの。だから、頑張らないとダメ。

この世界を救って。お願い。私の、この世界での最後の願いを聞いて欲しいの。」

俺は彼女の言葉を聞き、少し考えた後、彼女に問いかける。

「……分かった。それで、何をすれば良いのかな?」

するとララは笑顔になり、嬉しそうに答えてくれた。

「これから2年後、貴方は一人の少女と出会う事になる。その子の名はニナ・ル・クレスト。彼女と一緒に行動して、世界の真実を知る旅をして頂戴。

大丈夫、貴方ならきっと出来るから。だって、リッスは私が選んだリッスだもの!それじゃあ、また会いましょう!」

そう言って彼女は消えていった。

一体何が起きたのか理解出来ないまま、暫くの間、立ち尽くしていた。

やがて我に返ると、気が付くと崩壊した図書館の前に居た。

急いで瓦礫の中からララさんを探すが…ララさんの姿は何処にも無かった。

その後、街を歩き回ってララさんを探したが見つからず、仕方なく俺は自宅に帰って行った……。

何故かあまりララさんの事は心配していなかった。

どこかで生きている様な気がしたから。

でも…俺はあれからずっとララさんを忘れられなかった。

1年後、2年後も…ずーっと初恋を拗らせていた。

それから俺はずっとララさんと、ニナと言う少女を探して旅を始めた。

ニナと言う女の子もまた、ララさんへの手がかりだと思っていた。

はっきり言って世界の真実とか言ってたけどそれはどうでも良くって。

ただ、ララさんにまた会いたかっただけなんだと思う。

ある日、俺はとある水没した街の屋上で昼寝をしていた。

そこに現れたのは一人の少女だった。

黒髪に褐色の肌、金色の瞳をした…年齢は俺と同じくらいかな。彼女はニッコリと微笑みながら話しかけてきた。

「こんにちは。お兄ちゃん、ここで何しているの?」

「ん?俺は別に何もしていないさ。ただ、ここに居るだけだ。」

俺は少し眠い目を擦りつつ答える。

「ふ~ん。ねぇ、暇だったら私とお話ししない?」

「あぁ、いいぜ。」

「やったっ!ありがとう。私はニナ・ル・クレスト。よろしくね。」

「え……」

ニナ…、ニナ!?今この子!?ニナ・ル・クレストって言った!?

俺は、ヨヴ=クリファドの魂、ララ・シュヴラの言った言葉を思い出す。


「これから2年後、貴方は一人の少女と出会う事になる。その子の名はニナ・ル・クレスト。彼女と一緒に行動して、世界の真実を知る旅をして頂戴。

大丈夫、貴方ならきっと出来るから。だって、リッスは私が選んだリッスだもの!それじゃあ、また会いましょう!」


……そう言えば、丁度2年後だ…。

俺は、ニナと名乗る少女に話しかける。

「へえ…ニナって言うんだ…。」

「?…うん、そうだよ。お兄ちゃんは?」

「俺はリッス。リッス・ア・ルージだよ。」

「リッスか。覚えやすい名前だね。」

「ハハッ、よく言われるよ。それより、君も凄く珍しい名前をしているよね。ニナ・ル・クレストなんて、なかなか居ないと思うんだけど。」

「そうかな?他の人の名前なんて気にした事ないしなあ。」

「そっか。ところで君は何処から来たの?」

「私?私はずっとこの街に住んでいるけど。リッスは違うの?」

「ああ、俺は旅をしていてね…。」

まだ、彼女にこの事を明かすのを躊躇っていた。

変な奴に思われるのも嫌だし、何よりまだ俺も彼女を信用した訳じゃない。

ニナは旅をしていたと聞くと目を輝かせてこちらに近づいてきた。

「そうなの!?だったら私に色々教えて欲しいな。実はずっと外には出れないから。」

「どうしてだい?」

「私、あと1年経つまでは外に出るなって言われてるの。15歳になったら、この世界を旅しなきゃいけないんだって。」

その話…俺が2年前に聞いた話と似ている。

やっぱりこの子はララ・シュヴラが言っていた女の子だって言うのか…!?「ふぅん……。ちなみに何で出るのを禁じられているの?」

「えっと、出ちゃいけない訳じゃらいんだけど、1年後に私はとても辛くて厳しい旅をするから、それまではゆっくり好きな事してて良いんだって、神様が。」

「それは、随分と優しい神様なんだね。…それでニナは納得してるのか?」

「うーん……。怖いけど、私にしかやれない事ならそれでも良いかなって。それに、私もこの世界について興味を持ってきたの。だから。」

「……なるほどねぇ……」

確かにニナの話を聞いている限り、この子が世界を救いに来た救世主とは思えない。

救世主がこんなに無邪気で元気な子だとは思わなかったなんてな。

俺は、ララ・シュヴラに言われた事を思い出していた。

ララ・シュヴラはこう言っていた。


「リッス、貴方ならきっと出来るわ!だって、リッスは私が選んだリッスだもの!それじゃあ、また会いましょう!」


…今思うと、俺はあの子に踊らされてたのかも。

初恋を良い様に利用されてただけなのだろうか。

でも、あの子の事は嫌いになれなかったし、ララ・プラントにももう一度会いたい。

俺は初恋を綺麗に終わらせたいと思ったんだ。

そんな事を考えている時だった。

街に巨大な翼の生えたロボットが降り立った。そのロボットは街の人達を次々と殺していった。

「えっ!?何!?なんなの!?」

戸惑うニナ、そして俺も何が何だかわからない。

「何だよアレは……!?」

だが、やるしか無い様だ。

俺は右手の中にヨヴ=クリファドを呼び出すと、その剣を握り締めた。

「ニナちゃん。キミはそこに隠れているんだ。ここは俺に任せてくれないか?」

ニナちゃんを危険な目に合わせたくない。

「う、うん。」

ニナは後ろに隠れる。

そして俺はヨヴ=クリファドを片手にロボットへジャンプし切り掛かった。

しかし、ヨヴ=クリファドは簡単に弾かれてしまった。

そして、そのまま地面に叩きつけられる。

「ぐはッ!!」

痛みで思わず声が出てしまう。

その時、俺は見た。

ロボの後ろに居る女性を。

「リッスさん、大丈夫!?」

屋上から降りて来たニナが駆け寄ってくる。

だが俺はそんな事よりもあの女性に釘付けだった。

「ら、ララ…さん…!!」

そう、彼女はララ・プラント本人なのだ。

俺の声を聞いた女性はにこやかに歩み寄り

「あら、リッスじゃない。久しぶりね。」

「ララさん!?ララさん、どう言う事だよ!?このロボットは一体!?」

「リッス、この子を倒しなさい。」

ララさんはロボットを見上げてそう言う。

どう言う事だと問う前に、口を出したのはニナだった。

「ララさん!?どうして!?貴方は生命の守護者でしょ!?このロボットを貴方が操っているの!?」

「違うわ。私は生命の守護者ではない。私は生命を慈しみ守る者と生命を喰らう者を調停する者よ。」「え?ど、どういう事なの……?」

ニナには状況が全く理解出来ていないようだが俺はもっと理解出来ていない。

「ふぅ……。仕方ないわね。さあ、愛しい獣よ!リッスとニナを殺しなさい!」

ララさんはそんな残酷な命令を翼の生えたロボットに行う。

ロボットは俺達に再び襲いかかかって来た。

ニナは怯えて動けなくなっている。

俺はニナの前に立ち、両手を広げ盾になった。

「リッス君!!逃げよう!!」

ニナが必死に訴えてくるが俺はそれを無視する。

「リッスさん!!!」

俺はニナの言葉を無視してヨヴ=クリファドを構え、全神経を集中させ目の前の敵に集中する。

「……。」

俺は無言で構えた。

「リッス君!!ダメだよ!!死んじゃうよ!?」

ニナの制止を振り切り、俺はロボットに斬撃を繰り出した。

そしてロボットは光と共に消えていく。

そう、これこそが勇気の剣ヨヴ=クリファドの力。

詳しい事は解らないが、生命を喰らう者を浄化する力…だそうだ。

「リッスさん!!」

ニナが駆け寄ってきて抱きついてきた。

「リッス君!!ありがとう!!リッスくんは強いんだねっ!」

ニナは涙ながらに感謝してきた。

俺は照れ臭くなり、目を逸らす。

だが、その時だった!

何処からか飛んできた銃弾がニナの身体を貫いたのだ。

「ぐはぁ!!」

俺は咄嵯にニナの傷口を手で押さえるが、血は止まらず溢れ出てくる。

「ニナちゃん!!」

俺はニナを抱え込み、辺りを警戒するが何も起こらない。

既にララさんもいなくなっていた。

「ニナちゃん!しっかりしてニナちゃん!!」

呼び掛けても返事は無い。

ただ口からはヒューヒューと音がしているだけだ。

すると、どこからか声が聞こえて来た。

『リッス、リッス、彼女をこの街の寺院に連れて行きなさい。』

その声はララ・シュヴラだった。

「ララ!寺院って…」

『大丈夫、私に従って。』

俺はララの声に従いついて行った。

その先には巨大な神殿の様な朽ちた建物があった。

「ララ!こんなところへ来て良かったのかよ!?ニナちゃんは、もう…それにララだって、あいつらから狙われるんじゃ無いか?」

『心配しなくて良いわ。ここは、この星で最も安全な場所だから。』

「ここが?一体どうして……。」

『リッス…、上を見て。』

ララの言う通り天井を見上げると、光輝き、美しい触手がニナを皿った。

俺はそれを追いかけ

ようとしたが、 ララによって止められてしまった。

そして、次の瞬間にはニナの姿は忽然と消えていた。

「何が起こったんだよ!?教えてくれよララ!!」

ララは何も言わなくなり、手元にあった剣も消えて行った。

だが、その瞬間今度は寺院の中央が光輝き、そこにいたのは……

「…………え?」

そこにいたのは透き通る白い肌をした18歳くらいの美青年だった。

髪の色は銀色で腰まである長髪を後ろで結んでいる。

目は水色の瞳でとても澄んでいる。

服は青を基調としていて

彼は俺達を見ると微笑みながら話しかけてきた。

「リッス…。」

「え?」

俺の名前を知っている。どう言う事だ?

「リッス、俺は……」

「え?」

「俺は…生まれ変わったらしい。」

「は?」

「……俺は、ニナ・ル・クルストだった、人間。

今の名前はニーア・プラント。アンドロイドだ。」

「な、何を言ってるんだ!? 冗談にしては笑えないぞ!!」

「……俺も何が何だか解らないよ。でも、俺は一度死んだ。

そしてニーア・プラントとして生まれ変わったんだ。

俺は共鳴振動装置ニーア・プラント。アンドロイドで、生命を守る者。」

「………。」

俺は言葉を失った。

さっきまで無邪気な女の子だったニナが、男のアンドロイドになるなんて想像出来る訳がないからだ。

「俺はあの時、撃たれて死ぬはずだった。でも、さっき誰かに助けられて新たな肉体を分けて貰った。それが誰なのかは分からないけどね。

だけど、俺は確かにここにいる。これは事実なんだ。」

「そっか……。それで、これからどうするつもりだい?」

「決まってるだろ?生命を守る為、戦う。それだけだよ。」

「そうか……。なら、俺も一緒に戦わせて欲しい。君が守ってくれたように、今度は俺にニナちゃん…いや、ニーアを守らせてくれ!」

「勿論!よろしく頼むよリッス。……でも、俺の力はまだ未成熟なんだ。やっぱりあと1年は時間が必要らしい。」

「わかった。じゃあ、それまでの間は俺が守るよ。」

「ありがとう。」

そして俺達は運命の友達となった。

それから、俺は元ニナ・ル・クレスト…ニーア・プラントの家で暮らす事になった。

そこにはアメリアさんと言う俺より2歳年上の17歳の女性もいた。

彼女はニナの世話をしていたらしく、ニナが男性型のアンドロイドに変わってしまった事を酷く悲しんでいた。

俺は彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

しかし、当の本人であるニーアは全く気にしていないようだったが。

元々ニナにはピュアラルと言う特別な体質の上に性自認が曖昧だったらしい。

普通、本来の魂とは違う性別のアンドロイドボディに移植されると拒絶反応が出るのだが、ニナの場合はその心配はなかった。

だが、この体に慣れるまでは時間がかかりそうだ。

「ふぅーっ……。」

ニーアの家のベッドの上で俺は一息ついた。

「お疲れ様。はいこれ。」

隣に座っていたニーアが俺にスープの入ったコップを差し出してきた。

俺はそれを受け取って中身を飲んだ。

「んぐ……。うん。美味しいよ。」

「良かった。俺、初めて作ったから不安だったんだよ。」

ニーアはとても嬉しそうな顔をした。

ここでの生活はそれなりに楽しかった。

街のアパート全室全て自由に使えるので快適だ。

ニナとアメリアさんの2人で生活していたらしいが、俺が来てから二人は俺の事を甲斐甲斐しく世話してくれる様になった。

別に俺は自分の事は自分で出来るし、そこまで気を使わなくても良いのに……。

まぁ、二人の好意は素直に嬉しいけどね。

今日は休日なので3人共ゆっくりしている。

アメリアはソファに座って本を読んでいて、ニーアはその横で寝転がって旧式の携帯ゲーム機で遊んでいる。

俺はと言うと、ヨヴ=クリファドの手入れ。

しかし、俺は一つ気がかりな事があった。

「なあ、ニーア。」

「何だ?リッス。」

「結局お前を撃ったのは誰だったんだろう?」

そうだ。ニーアとして生まれ変わる前のニナを殺した者。

狙撃した相手は一体誰だったのか。何故ニナを殺す必要があったのか。

「分からないよ。でも、多分もう二度と会うことはないだろうね。」

「……そうか。」

「そんな顔するなよ。」

「だって……」

あんな唐突に、ニナの命を奪った存在は…。

「大丈夫。俺はもう死なないよ。…リッスが責任を負う必要は無い。」

「でも……。」

俺がもっと強ければ、ニナはニーア・プラントに生まれ変わる必要なんて無かったはずなのに。

その責任もあり、俺はニーアを守る決意をしたのだ。……まあ、理由の多くはララ・プラントに会う手がかりだからと言うのは変わらないが。

反論しようとした所をアメリアさんが止める。

「リッス。これも運命だったのよ。それに、あなたは十分強いわ。ニーアを守ってくれたじゃない。だから自分を責めないで。私もあなたの力になりたいの。」

アメリアさんが優しく俺を抱きしめる。

その温もりに安心感を覚えると同時に少し恥ずかしくなった。

アメリアさんは優しいし強い。

だって、ニナがニーアに変わった事を誰よりも悲しんでいたと言うのに……。

俺はアメリアさんからララ・プラントの事。そしてオキシ・ララ・プラネットの事。

九つの肉体の事。……そして、ニナ、ニーアの事を全て教えて貰った。

アメリアさんには感謝してもしたり無い程だ。

でもそんなアメリアさんも俺のヨヴ=クリファドを見た時は驚いていた。

「リッス…、貴方こんなとんでもない物をどうして持ってるの…?

これはオキシ・ララ・プラネットの四つ目の肉体、勇気そのものよ…。まさかお目にかかれるなんて…。」

「えっ、あっはい。」

ヨヴ=クリファドは剣の形状をしている。

見た目は普通の剣と変わりないが、その能力は未知数。

コイツは剣の姿をした別の何かだと言う事も解っている。

俺は自分の力を過信していないつもりだが、これがあれば大抵の敵は倒せると思っている。

それだけの力があると思う。

しかし、それは俺の実力ではなくヨヴ=クリファドのお陰である事を忘れてはならない。

「さあ、そろそろ夕飯にしましょうか。二人共、何が食べたい?今日は私が作るから何でも言ってね!」

「うーん、じゃあお任せします。」

「俺は肉が良いかな。」

「ふふ、分かったわ。」

ニーアとアメリアさんは仲が良く、まるで姉弟のようだ。(昔は姉妹みたいだったんだろうな。)

そして、この家にも慣れてきた。

「ねえ、リッス。」

「何だ?」

「俺もやっぱり戦える様になった方が良いかな?一応狩りの経験くらいはあるんだけど……。」

「ああ、良いんじゃないか。」

ニーアは戦いたく無いんだろうけど、それだと危険だと思うんだよなぁ。

まあ、本人が嫌なら無理強いするつもりはない。

ニーアの身体能力は凄まじく、正直今の状態でも並の人間より強い。

それでも彼の魂はまだ若い女の子だ。

命の危険を冒してまで戦う必要は無いとは思う。……ただ、ニーアに戦闘経験が無いのは不安要素ではある。

そう考えていた時、ニーアが切り出した。

「……そうだ、リッス。明日は俺と一緒に狩りに行かない?」

「狩りって、また廃墟に行くのか?」

「うん。最近全然行ってなかったし、リッスとアメリアさんの役に少しでも立てればと思って。」

「……確かに、行くのは賛成だけど……、大丈夫なのか?」

「勿論!平気だよ!」

ニーアは笑顔で答えた。

この顔は少女だった時の面影が残っている。俺はこの笑顔に弱い。

それに、俺自身も少しは強くなっておきたかったから丁度良かったかもしれない。

「よし、じゃあ明日から頑張るか。」

「やった!ありがとうリッス!」

こうして、俺たちは明日廃墟に向かう事になった。

翌日、俺とニーアは朝食を食べてから出発した。

「リッス、行こうか。」

「おう、ニーア。」

そして俺達は狩りをした。

今回の戦利品は熊型の獣を二匹と兎型一匹。

中々の成果だ。

「リッス、今日はありがとね。助かったよ。」

「気にすんな。それより、今日はご馳走様だな。何を作って貰おう?アメリアさんは何でも作れるから迷うぜ。」

「ふふっ、リッスったら食いしん坊なんだから。でもアメリアさんは本当に料理上手だからね。」

「へぇ、ニーアの好物は何だったんだ?俺はビーフシチューが好きだったな。」

「俺はオムライスかなぁ。ねえ、ところでリッスってここから離れた村で暮らしてたんだよね?どんな所なの?」

「んー?まあ、普通の寂れた村だよ。急にどうした?」

「だって俺達、あと3ヶ月で旅に出ないと行けないだろ?一度故郷に顔出さなくて良いのかなって…、リッスの生まれ故郷だし。」

「別にいいよ。親父は大体留守だし、一応半人前だけど冒険家として認めてはくれてるからな。まあ、でもいろんな事教えてくれる頼りになる親父だよ。」

そう、俺の親父ダクドゥ・ア・ルージは伝説の冒険家と言われていて、この星の神話にも詳しかった。

俺がヨヴ=クリファドを見せた時も驚きこそすれど、取り乱したりしなかった。

親父は俺に言った。


「リッス…、この剣を剣だと思うな。これは、勇気そのものだ。」

「いや、意味分かんねぇよ。」

「お前に必要なのは技術でも精神力でも無い。"覚悟"だ。」

「…………よくわからねぇけど、わかった。」

「よし、じゃあ今からお前を鍛える。覚悟しろ。」


…そして、俺は親父の知っている事全て叩き込まれ、一応冒険家として認められた。

その修行の際に親父はこんな話をしてくれた。


「リッス、この星には、様々な神がいる。その中でも特に偉大な神が生命と地球を司る『オキシ・ララ・プラネット』という神だ。」

「その名前にも何か意味があったりするのか?親父が言う通りなら、地球を守っている神なんだろ?」

「そうだ。地球は生命の星だからな。しかしある時、地球を守る為に生まれたプラネット様は宇宙そのものを破壊してしまった。プラネット様の使命は地球を異星人から守る事だったのだが……。」

「え!?そんな事が出来たの!?」

「ああ。プラネット様には特別な能力があってな。破壊するのと同時に、再生させる力もあったのだ。しかし、プラネット様はその力を乱用し過ぎたせいで、自身の力が暴走して眠りについてしまったのだ。」

「ふーん、なんか色々大変だったんだね。」

「まぁ、プラネット様の力の事は置いといてだ。これから話す事はもっと重要な話だ。まず、この地球で信仰されている神はオキシ・ララ・プラネット含めて全部で3柱存在する。」

「へぇ、意外と少ないんだね。でもそれがどうかしたの?」

「その全ての神の共通点がある。それは皆、女神だってことだ。」

「うん。それで?」

「つまりだな。生命とは皆母から生まれた子だという事だ。」

「……はい?」

「つまり、この地球の宗教は母性信仰が勝利し生き残った訳だよ。」

「……つまり母親こそが神様だって事か?」

「そう!そうなんだよ!!素晴らしいだろう!!」

「お、おう。」

「だが、これらはあくまで多く信仰されてる神だ。自然に宿る小さな神はこの星には沢山いる。彼らの力を借りる事もあるかも知れないな。」

「ははっ、神様とか信じるような柄じゃないんだけどな。」

「別に信じなくても良いさ。ただそういう存在もいるって事を知っとけ。」

「分かった。」


そして、俺への修行を終えた親父はまた新たな場所へ旅立って行った。

旅をしていたら何処かで会えるかも知れないし、今はそれよりもニーアの側に居たかった。

そして俺達は自宅に帰り美味しいシチューを食べて就寝した。

…そんな俺達の生活はとても濃密で、穏やかなものだった。

でも、俺はララ・プラントと言う初恋の女性を忘れる事は無かった。

俺は再びあの人に会う。

そして言うんだ。「好きでした」って。

そのために世界を救えって言うなら救ってやるし、この星で一番強い奴にだってなってやる。


それから、3ヶ月後ニーアは15歳になり、俺は16歳になった。

俺達はこの世界を知り、生命を守り、地球を救う旅に出た。

アメリアさんは街に残り俺達を見送ってくれた。

荷物としてあるトランクを俺達にプレゼントしてくれた。

このトランクにはアンドロイドが内蔵されていて、何か困った事があったら開くと良いとの事。

俺達が向かった先は海の向こうにある大陸。

ここには九つの肉体の内、二つ目の愛と六つ目の正義があるらしい。

俺達はそれを見るために大陸に向かう船に乗った。

船での移動中、俺達は呑気にトランプをして遊んでいた。

「あはは、俺の勝ちだね!リッス!君弱過ぎないかい?」

「くそー!ニーア強すぎだろ!」

「いや、リッスが弱いよ。俺一度も負けてないし。」

「うわー、畜生!…なあ、そう言えばさ…ニーア、そのニーア・プラントって名前は誰が付けたんだ?」

ニーアは元々ニナ・ル・クレストって名前の女の子だった。

けど、アンドロイドとして転生した時にニーア・プラントと名乗り始めた。

最初は何となく違和感を感じていたが、今ではすっかり馴染んでいるように思える。

「うーん、あの寺院に運ばれてアンドロイドにされた時に声が聞こえたんだよね。『汝の名はニーア・プラント』みたいな感じで。」

「ふーん、そうなのか。」

「まぁ、名前なんてどうでも良いじゃないか。俺はこの名前気に入ってるからさ。」

「そうか…。でもお前って、姉さんがいただろ?確か……」

「うん、いたよ。俺のたった一人の家族だった。俺が11歳の時に行方不明になった。俺を置いて行っちゃったんだよ。」

ニーアは寂しげに笑っていた。

「悪い、変なこと聞いたかな。」

「大丈夫だよ。もう過ぎたことだから。それに今の俺にはアメリアがいるからさ。だから心配しないで。」

「ああ、そうだな。悪かった。」

「しばらくはこの船で暮らす事になりそうだね。」

「そうだな。しばらくしたら他の大陸に行くことになるだろう。」

「楽しみだね。どんな所なんだろうか。」

「さぁ、それは行ってみないと分からないな。でもきっと楽しいと思うぜ。」

「うん!でもさ、この船の中も楽しそうじゃない?ここって、バーチャルと同化してるんだよね?」

この船はバーチャル世界が配合されていて幻想的な世界を楽しめるらしい。

「確かにそうだな。ちょっと見て回るか?」

「賛成。じゃあ行こうか!」

俺達は船の中を探検する事にした。まずは一階から。

一階は海底の中みたいな世界だ。

海の中を俺達は歩いていた。

「うわっ!?これ凄いな。まるで本当の海みたいだ。」

「本当だ。すげぇ綺麗。」

「ねぇ、リッス。この壁触ると波紋が広がるよ。ほらこうやって…」

確かに壁に触ると美しい波紋が広がった。

他にも魚と触れ合ったり、海中から太陽を眺めたりして過ごした。

「次は二階に行ってみるか。」

「そうだね。」

二階は遊園地のような世界が広がっていた。

「おぉー、これはまた凄いね。」

「ここは……、バーチャルの世界だけど本物に近いな。」

メリーゴーランド、コーヒーカップ、ジェットコースターなど色々なアトラクションがあった。

「乗ってみていい?」

「もちろん良いぞ。」

俺達はジェットコースターに乗ってみた。

すると、目の前の景色が変わった。

「えっ!?なんだ?」

「リッス!リッス!なんか飛んでるよ!!」

ニーアは興奮していた。

「落ち着けニーア。」

目の前にドラゴンが現れた。

「こ、これもバーチャル…なのか…!?うわあぁっ!!!」

ジェットコースターのスピードはどんどん上がっていく。

「リッス!!リッスーーッ!!!」

ニーアの声が遠くなっていく。

そして視界は真っ暗になった。

気づけば俺達は遊園地から星空が美しい草原にいた。

「あれ?リッス?リッス!?どこ行ったの!?」

ニーアが俺を探していた。

「ニーア、俺はここにいる。」

「リッス、良かった。急にいなくなったからびっくりしたよ。」

「悪い。何か知らないけど、いきなり別の場所に辿り着いたからさ…。ここ、本当に船の中なのか?」

「そう言う時はコマンドを出せば良いよ。コマンドを出せばバーチャルだからね。」

ニーアは得意気に言った。

「コマンドはどうやって出すんだ?」

「コマンドはね、頭の中に浮かんでくるんだ。」

試しに頭の中で浮かんできた文字を読んでみると

『アイテム』

『マップ』

『設定』

「おお、じゃあ大丈夫そうだな。もう少し彷徨いてみようぜ!」

俺は楽しくなって来た。

冒険家志望の血が騒ぐ。

「そうだね!じゃあ次はこの辺りを調べてみよっか。」

ニーアと一緒に色んな場所を見て回った。

そこは本当に美しかった。

まるで超現実主義の世界観で描かれた絵画の中に迷い込んだようだ。

「凄く綺麗だね。リッス。」

「そうだな。バーチャルとは思えないくらいリアルだ。」

「俺、この世界にずっと居たいかも。」

ニーアは目を輝かせていた。

「そうか。ニーアがそう言うならそれも良いのかもな…?」

良いのだろうか?俺が考え込んでいた時あの声が久々に聞こえた。

『リッス。』

ララ・シュヴラの声だ。

『リッス。私は貴方を信じています。

だからこそ、今はこの船に留まってください。

この船の体感時間は現実の1秒で1日…。

つまり365日を体感するとそれは365秒…。

10年体感するなら約1時間…。

100年で10時間…1日も経たないのです。

リッス、貴方にはこれから1000年の時をニーアと共にバーチャルで生きて貰います。』ララ・シュヴラは悲しげに笑っていた。

『リッス、ニーアと仲良く暮らしてください。

私が出来るのはこれぐらいしかありません。

私の代わりにこの世界を救って下さい。お願いします。』

ララ・シュヴラは泣きながら懇願していた。

「そんな悲観的になるなよ。俺は別に構わないし。」

『……貴方は1000年も生きる事に抵抗は無いのですが?』

「うーん、それがララさん…ララ・プラントに会う事に繋がるなら仕方ないかなって。」

そう言うとララ・シュヴラは黙り込み少しだけ微笑んでいた。

『分かりました。では、ニーアの事よろしく頼みますね。』

ララ・シュヴラはそれだけ言って消えていった。

こうして、俺はこのバーチャルで1000年生き続ける事になったが、結構気楽だ。

寧ろこの世界を楽しむ事にワクワクしている。

「ニーアは何か見たい物あるのかい?」

「あそこ!」

ニーアが指差したのは鏡張りのお洒落なビルだった。

「おっしゃ!行こうぜ!!」

2人でエレベーターに乗り込む。

「えっと、確かここを押すんだよね。」

ボタンを押して暫く待つとガタンッという音が鳴り、扉が開いた。

中に入るとそこは美しいホテルの一室だった。部屋の中にはベッドやソファー等があり、壁際にはクローゼットがある。

「なんか、普通の部屋の様だけど何なんだろうな。」

「しばらくここを拠点に過ごすのも良さそうだね。」

ニーアは早速、ベッドの上でゴロゴロし始めた。可愛い。

俺達は適当に時間を潰した後、外に出る事にした。

外に出る前にニーアは小さな女の子の姿になっていた。

ニーア曰く、「俺みたいな男だと色々不都合が起きちゃうかもだから。」だそうだ。

ニーアがそう言うなら仕方がない。

今のニーアは10歳くらいの女の子だ。

銀の長髪と澄んだ水色の瞳は変わらず美しい。

服装は白いワンピース。

「じゃあ、行くか。」

「うん!探検だね!」

ニーアは嬉しそうにしている。

俺達が最初にやって来た場所はビルが連なる都市だった。

「ニーア。まずは何処に行く?」

「うーん、そうだなぁ……。あっ、あれ食べようよ。」

ニーアの指した先にはクレープ屋があった。

「よし。買ってくるからここで待っててくれ。」

ニーアは小さくコクりと首を縦に振った。

「すみません。イチゴチョコクリーム一つください。」

「はいよ。200円になりま〜す。」

店員からクレープを受け取り、代金を払う。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。」

店を出た後、ニーアの元に向かう。

「ほら、これ食ってくれ。」

「ありがとっ。」

ニーアは美味しそうに頬張っている。

ちなみに俺達がバーチャルで食べた食事は完全なバーチャルとも言い切れないらしく、ちゃんと栄養になってるらしい。それにしてもニーアは本当に幸せそうな顔をするな。

俺はニーアの笑顔を見るだけで幸せな気分になれる。

「リッスも食べる?」

「ああ、頂こうかな。」

ニーアから貰ったクレープを食べてみる。

「うまい。ニーアは甘い物が好きなのか?」

「うん!大好きだよ。」

「そっか。ニーアが喜んでくれてるみたいで良かった。」

その後も様々な場所を巡り、気付けば夕方になっていた。

「今日はもう帰るか。」

「……もう少し遊びたい。」

「でも、暗くなってきたぞ?明日は休みだし朝から遊ぼうぜ?」

「……分かった。約束だよ?」

「おう!絶対だ!」

「リッス。おやすみ。」

「ニーア、おやすみ。」

目を覚ましてリビングへ向かう。

キッチンにはニーアがいた。

「おはよう。」

「リッス、おはよう。」

今日のニーアは出立ちが違って驚いた。

だって…今日のニーアの姿は50歳くらいの渋いおじさんなんだもん。

銀髪と青い瞳はそのままだが、顔つきも身体付きも大人っぽい雰囲気を纏っている。服は白シャツに黒いベストを着ていて、下は黒パンツを履いている。

そして何より凄くダンディ。

思わず見惚れてしまった。

「ニーア、どうしたんだよその姿は。」

「だってー、昨日のリッス俺を子供扱いしてくるんだもん。」

拗ねた様に口を尖らせている。

おっさんになっても可愛いなぁおい!

「悪かったよ。機嫌直してくれよ。」

「じゃあ、キスして?」

「えぇ!?キ、キスぅ!?」

「嫌なの?」

「い、いや、そういう訳じゃないけど……」

「なら早く。」

「わ、わかったよ。目瞑れ。」

「うん。」

ゆっくりと唇を重ねる。

「これでいいのか?」

「ふふっ、よくできました。」

ニーアは満足気に笑みを浮かべている。

…とは言っても、俺とニーアは恋仲じゃない。

俺は何だかんだと言っても未だにララ・プラントを愛しているしニーアはアンドロイドになってもピュアラルだ。

恋愛感情と言うものは存在していないだろう。

それに俺はニーアの事を妹の様に思っている。

だから、今のは家族愛みたいなものだと思っている。

ニーアの事は好きだ。

けれどそれは、きっと親心に近い感情だと思う。

ニーアは俺の妹であり娘の様なものなのだ。

……今の姿はカッコイイオッサンだけどさ。

朝食を二人で食べながら他愛の話をする。

「俺も自分の姿変えようかな?俺も出来るんだよな?その変身機能。」

「うん。設定すれば変えられるよ。やってみる?」

「頼む。」

「分かった。」

そう言うと目の前に扉が現れて一旦食事を中断すると中へ入る。

中は大きな鏡のある空間で俺は鏡に映る自分を思うがままに変えた。

今回はセクシーな女になろう。

でも髪は短くして肩甲骨辺りまで伸ばそう。

目と髪は同じ色…、いや、髪は赤と黄色と青を混ぜて胸を少し大きくしよう。

年齢は20代前半位で良いかな? 身長は170cmで体重を65kg位にしとくか。

服装は……露出多めな感じのが良いよね。

あとは……タトゥーでも描いてみるか。

それとピアスとかアクセサリーを足して…出来た!これが今の俺、いいや私の姿。

ちょっとクールな雰囲気の美人。

スタイルも良い。これはかなりイケてるんじゃないかしら。

鏡の前でポージングをして確認をする。

うむ。なかなか良いではないか。

「ニーア〜終わったわよ〜」

「ん。…良いな、綺麗だぞリッス。」

「ありがと。…それで、今日はどうする?」

私は食事をしながらニーアに聞く。

「そうだな……。今日は一緒に買い物に行こうと思うんだけど、どう?」

「おぉ!行く行く!」

「じゃあ準備してきてくれ。」

「はーい♪」

そして私達は街へ繰り出した。

まずは服屋で服を選ぶ。

ニーアってどんな格好が好きなのかな? やっぱりひらひらドレスとか? まあとりあえず全部試着してみようっと。

まずは一番似合うであろう白のワンピースを着てみた。ニーアは何か言いたげな顔をしている。

次は黒のスカートとブラウスの組み合わせにしてみたり。

ニーアはやはり微妙な表情をしている。

それからニーアが選んだ服を着てみたり。

ニーアは満足気な顔でこっちを見ている。

ちなみにニーアが選んだ服は裸同然の露出狂みたいな格好だった。

まあ、ここはバーチャル世界だし別に気にしないけどね。

そして次はニーアの服だ。

ニーアは白のアオザイを選んだ。

うーん、こう言うのもカッコイイとは思うけど……なんか違うような気がする。

今度はニーアの服を私が選んであげる。

ニーアは青のチャイナを選んでいた。

ニーアにピッタリのチョイスだと自分では思う。

ニーアも気に入ったのか凄く嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

その後、食料品店に行き必要な物を買い揃えていく。

調味料等を買っている時にニーアが不意に立ち止まった。

「どうしたの?」

「…………」

返事がない、ただの屍……ではなく考え込んでいるようだ。

一体何を考えているんだろう。

ニーアが見つめているのはガラスケースに入った一つの小瓶だった。

それを見ている時のニーアはとても楽しそうに見える。

私には分からない趣味の世界なんだろうな。

「欲しいなら買えば良いじゃない。お金はあるんでしょ?」

「ああ、金ならある。だが……」

「何?まだ悩んでいるの?」

「いや、もう決めた。これを貰おう。」

ニーアはカウンターに歩いて行き会計を済ませる。

「それ、何に使うつもりなの?」

「ふっ、それは秘密だ。」

「ケチんぼ。」

そんな会話をしつつ私達は店を後にした。

買い物が終わったので帰る前にカフェに行く事にした。

私はコーヒー、ニーアはカフェオレとザッハトルテをそれぞれ頼んだ。

注文した品が来るまでの間、少しだけ雑談をする。

「リッス。」

「なぁに?」

「この前、リッスの夢を見たんだよ。」

「へぇー。どんな夢だったの?」

「それがリッスと一緒にどこか遠くに行って楽しく暮らす夢なんだ。」

「良いわねぇ〜。私もその夢の続きを見てみたいかも。」

「だろ?でもその夢の中で俺はリッスを殺したんだ……。本当にごめん。」

「そっか。私はニーアに殺されたのね。それでその後はどうなったの?」

「リッスがいなくなった後、俺は生きる意味を失った。そこで何も食べずにずっと部屋の中に引き籠っていた。そのうち俺の中のリッスの記憶だけがどんどん薄れていったんだ。」

「ニーア。私の事を忘れちゃったの?」

「いや、忘れてはいないよ。ただリッスの思い出が色々と曖昧になってきて、昔の事は殆ど覚えていない状態になっているだけだ。それにリッスの顔を思い出せない時もある。」

「悲しい夢だったんだね。でも、大丈夫。私はここにいるから。」

「ふふ、そうだね。」

でも、私はその夢もしかすると正夢になるのかもと思ってしまった。

そうならない様に私、頑張らなくちゃ。

「リッスはこれからどうしたいとかって何かやりたい事があるのかい?」

「ううん。特に無いかな。毎日好きな事して過ごそうよ。時間はたっぷりある。私達はここで見て来たものを使命に活かせば良いんだと思う。」

「それも悪くないかもしれないな。」

「でしょ?」

「さてと、そろそろ帰ろう。」

「うん。今日は何を作ろうか?」

「肉じゃがなんてどうだい?」

「良いわね。じゃあ材料を買いに行きましょう。」


そして、俺達はこのバーチャル世界で暮らし始めた。

この世界は賑やかで一人で過ごしていた時よりずっと忙しなく楽しい。

そして、俺はたった現実のたった5日で少年の時期を終える事になった。

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