第十三章『ダクドゥ・ア・ルージ』
ヨーティ・ア・ルージは俺を見てニッコリ笑う。
「良かったわね~。」
そう言うと、また本を読み始めた。
俺は今、どんな状況に置かれているのか理解出来ていない。
ここは何処なのか。何故ここに居るのか。
目の前の女性は何者なのか。
まずは情報収集をしなければならない。
「ここは何処だ?」
「ここはキルカ。私の家。私の名前はヨーティ・ア・ルージ。
よろしくね!」
キルカ。聞いたことの無い地名だ。
この女性は何を言っているんだろう?
そこで俺は一つの仮説に辿り着く。
「今、何年だ?」
「え?星歴の事?星歴5742年だけど?」
「は?」
そんな暦は聞いた事が無い。
…やはり俺はまた未来に来たのか…?
後に解った事だが、俺は遥か数億年の未来に飛んできたらしく流石に驚いた。
「貴方、街中で倒れてたのよ。警察も引き取り手がいないって事で拾った私が保護しているの。」
ヨーティは優しく説明する。
「あぁ……そうか……。ありがとう……」
俺は礼を言う。しかし……この女が本当に善意だけで助けてくれたとは限らないしな。まぁいい。とりあえずは、ここで世話になる事にしよう。
それからヨーティとの生活が始まった。
朝起きて朝食を食べて家事をする。
昼食を食べた後は散歩をして買い物をしたり図書館に行ったりする。
夕食を作って食べ風呂に入って寝る。
こんな毎日が続いた。
ヨーティはこのキルカでも有数の政治家の名門に生まれ、父親は市長だった。
俺がキルカに来てから2ヶ月程経ったある日、 いつも通り朝食を作る。
そして、朝食を食べる。
今日もキルカの街は平和そうだ。
「行ってきます」
と言って玄関を出て行こうとする。
「ねぇ!ダクドゥ!ちょっと待って!」
と声が聞こえる。ダクドゥ?
振り返るとそこには真剣な表情をした彼女がいた。
「…あ?」
「私と結婚してくれないかな?」
突然の言葉に驚きを隠せない。
「は?」
「だから結婚して下さい!!」
と頭を下げる。
「……は?いや、待て待て。それに、ダクドゥってのはなんだ?」
「だって、貴方私に名前を教えてくれないんだもん。
だから勝手にダクドゥって呼ぶことにしたの。ダメだった?」
彼女は上目遣いで見つめてくる。
俺は首を横に振る。
「いや、好きにしてくれ。それよりなんで急に結婚しようだなんて言い出したんだ?」
「それは……その……ずっと前から好きでした!!その、貴方が倒れてた時から…一目惚れで……。」
顔を真っ赤にしてモジモジしながら告白する。
「……そ、そうか。」
照れ隠しをするように目を逸らす。
すると、
「じゃ、行ってくるねー!ダクドゥ!」
と言い残し走って行った。
「おい!ちょっと待て!」
と言うと振り向いて手を振ってきたので軽く手を振り返した。
ヨーティは大学生で経済の勉強をしているらしい。
その後、俺は図書館に向かう。
キルカの図書館はかなり広く多くの蔵書があった。
その中から数冊の本を借りた。
家に帰り早速読み始める。
それはこの時代の宗教について、だったがあまり大きくは変わっていない。
ただ一つ違うのがオキシ・ララ・プラネットの存在だ。どうもこの本によるとこの世界は、 元々はオキシ・ララ・プラネットという神が創造したものだったらしく、 オキシ・ララ・プラネットは死んだとされている。
そして代わりに現れたのが九つの肉体と言うプラネットが自身の肉体を九つに引き裂いて生まれた存在。
つまり、この世界は神によって作られたということだろうか。
まあ、そんなことは今考えても仕方がない。
今はただこの世界を楽しむだけだ。
そして俺はヨーティの居るこのキルカを拠点に冒険を始めた。
タアムと再会したり、様々な世界を旅して、そして強敵を倒し、九つの肉体の三つの武器の所持者になりかけて断ったり、そしてこの世界で最強の兵器を倒したり、色々な事があったが楽しかった。
それから俺はヨーティを孕ませたが、ヨーティの両親はそれを許さなかった。
結局俺はヨーティと駆け落ちしてとある小さな村で一人の子供を産んだ。
それこそがリッス。
リッス・ア・ルージだった。
俺の本当の名はセンゴク・カシベだが、今はもうこの名は捨てた。
ヨーティが名付けてくれたダクドゥ。
伝説のドラゴンの名前を意味するダクドゥと彼女の姓を名乗り生きる事にした。
俺は純真無垢なリッスを見て決心をした。
「リッス。お前は強い子になるんだぞ」
リッスは父親である俺を見上げて元気よく答えた。
「うん!」
その笑顔は眩しく輝いていた。
それからヨーティは産後の不調で亡くなったが…俺は不器用なりにリッスに愛情を注いだ。
リッスはすくすくと育った。
俺はリッスに知りうる全ての事を教えた。
冒険の極意、剣術、格闘術、サバイバル技術など全てだ。
リッスはそれらをスポンジのように吸収し強くなった。
そしてリッスが13歳になった時、リッスはある事件に巻き込まれた。
それはヨヴ=クリファドという剣がの所持者になった事だ。
ヨヴ=クリファドとは、あらゆる物を切り刻む事が出来る剣らしい。
リッスはそこで出会った運命の親友と二人で旅に出た…と言う訳だ。
俺は、正直言ってリッスが羨ましかった。
俺は確かに冒険家となり、全ての栄誉を、スリルを手にし自他共に最強の人類となった。
だがリッスは違う。
リッスは、ただひたすらに一つの、たった一つの目的を持って努力を重ねている。
俺には出来なかった事だ。
……本来ならララ・プラントを倒すのはリッスであるべきだろう。
だが、俺はアイツに感化されて自分も初恋に決着をつけたくなったのだ。
悪い、リッス。ララを倒すのは、俺だ……。
そして、俺は巨大な機械仕掛けの神と化したララ・プラントに戦いを挑んだ。
俺は全神経を集中させ、レーザーソードを振るうと、ララ・プラントはダメージを受けた。
俺は更に攻撃を続けると、ララ・プラントは遂に倒れた。
しかし、まだ終わらない。
ララ・プラントは最後の力を振り絞り、核爆弾を爆発させた。
…だが、俺には時間を戻す能力がある。まあ、リスクが高いから滅多に使えないけどな。
そして、時間を戻すと俺は奴の動きを分析してレーザーソードを最大出力にしてララの心臓を射貫いた。
「終わりだぁ!」
ザシュッ!
ララは巨大な姿からゆっくりと人型に戻っていく。
そしてララは崩れ落ちた。
「センゴク…私の負けです…
貴方は強いですね……」
「当たり前だろ?俺は人類最強なんだぜ?」
俺はそう言うと、ララは笑った。
「フフフ……そうね……。私はやっと死ねるのかしら…。」
「は?そんな訳ねえだろうが。お前が死んだら何が起こるか解らん。ただ、もうお前さんの魂も既に限界が近いのはそうだ。
…だから、お前、ララ・シュヴラと同化しろ。」
するとララはキョトンとした顔で言った。
「どう言う事…?」
「良いか?お前の精神が狂った根本の原因は魂の劣化だ。そこで、過去に固定されたララ・シュヴラと同化する事で魂の次元を過去に留める。そうすれば、精神の崩壊は防げる筈だ。」
「でも、私の記憶は!?それに、それは私の存在自体を歪める事じゃ…」
「何言ってるんだ。ララ・シュヴラは元々過去のお前だろ。記憶自体は継承可能だし存在を歪める所か寧ろ適合化して正常に戻せるだろ。」
「そ、そんな事が可能なの…?」
「ああ、俺なら出来る。既にララ・シュヴラは死んでも良いと言っている。
なあ?そうだろ?」
俺はララ・シュヴラを呼んだ。
すると整った顔立ちの少女が現れる。
「…ダクドゥ、貴方は本当に碌でも無い男です。私を殺すとはそう言う事ですか…。」
「ハッ!そりゃお互い様だろうが。それよりさっさと済ませるぞ。時間が勿体無い。」
「えぇ、お願いします。それと最後に一つだけ言わせて下さい。私は幸せだった、と。」
そうララ・シュヴラは言うとララ・プラントの魂と一体化していく。
俺はその手伝いをするためにララ・プラントの内部にアクセスし、ララ・プラントの魂を引っ張り出す。
そしてララ・プラントの魂とララ・シュヴラの魂を完全融合させる。
「これで完了だ。後はララ・プラントのコアとして存在する限りは問題ない。」
「……本当にこれで良かったのかしら?」
「あん?」
目覚めたララは不安そうな顔をしている。「いえ、私は結局何も出来なかったから…。私はただ、リッス達を傷つけて、本来の目的とは誤った方向に向かおうとしていたわ。そして、私の過去の姿であるララ・シュヴラを犠牲にしてしまった。今思えばあの時の私は間違っていた。私はリッス達を守る為に命を懸けていた。なのに、私自身がリッス達に刃を向けてしまった。」
「成程。まぁ、確かにあれは仕方がなかったんじゃねぇかな。」
「……そうかしら。」
「お前はリッスに恋をしたんだろう?
それは紛れもない事実じゃねぇか。それとも何か?リッスが嫌いなのか?」
「そんな事はありません!」
「なら良いじゃねえかよ。恋なんて人それぞれだぜ。
愛だの恋だのって奴は他人にどうこう言われるような物じゃないんだよ。
だから、俺はリッスを傷つけようとしたお前は嫌いだがリッスに恋をしたお前を否定はしねえ。恋をすると言うのは悪い事ではないからな。
それにリッスは強い。
これからもリッスは強くなる。
お前がリッスと結ばれる未来もあるだろう。
…だが、今はお前は休め。そして、
リッス達の傍で見守っていてやれ。」
「……解ったわ。」
さて、これで九つの肉体の内の九番目、ララ・プラントは落ち着いた訳だ。
だが問題は解決していない。
ララ・シュヴラが消滅した今九つの肉体はより自由に動くだろう。
己の考え通りに動ける様に。
そして、新たなる秩序と平和を求める。
「なあ、ララ。一つ聞いて良いか?」
「何かしら?」
「何でオキシ・ララ・プラネットは自分の肉体を分離した?自分の肉体を失くす必要はなかった筈だろ?」
「えぇ、そうね。だけど彼女は、この世界と地球の守護者という役割を自分一人で背負うには重すぎたの。そして、地球と宇宙のバランスを保つ為の器も必要なの。宇宙と地球はお互いを必要としているから。」
「抽象的な表現だな。本当は何があったんだ?数億年前の地球に。」
「……宇宙から侵略者が現れたのよ。」
「侵略者ァ?宇宙って事は宇宙人か?」
「いいえ、宇宙から来た生命体。彼らは自分達を『異星の神』と名乗っていた。
彼らが何故この星にやって来たのかは私にも分からない。
けれど、彼らは地球人と変わらない容姿をしていたわ。
彼らの目的はこ星の支配と、その先にある宇宙の征服。
地球はこの星のどの惑星よりも科学と自然が共存する美しい星だった。
だから地球が選ばれた。
彼らは地球を支配する為に様々な兵器を使ってきた。
地球は彼らの兵器の前に成す術がなかった。
このままではこの世界も滅ぼされてしまう。そこで、オキシ・ララ・プラネットは、この世界と地球の守護者になる事を選んだ。
それは、この世界に住む全ての生命の為の選択。
ララは、この世界と地球の守護者となった。
この世界の全ての生命を守る為に。
オキシ・ララ・プラネットは、この世界で最も多くの生命を慈しんでいる。
この世界で最も慈愛に満ちた女神。
彼女は慈愛の心を持って人々に接し、愛で満ち溢れていた。
彼女の慈愛の心に触れれば誰だって彼女を愛するようになる。」
確かに、ララの言う通り俺もオキシ・ララ・プラネットの慈愛に触れ、あれは本物の『愛』だと思った。
しかし、その愛はあまりにも強く、時折憎悪となってしまう事もある。
それが、さっきまでの現状だ。
オキシ・ララ・プラネットの慈愛が強すぎる。
それはララ・プラントにも強く影響していた。
となると、他の肉体もこの影響を受けている可能性が高い。つまり、オキシ・ララ・プラネットの肉体である九つに分かれた魂に宿っている人格達も同じ様に強い慈愛を持っているという事になるのではないか?
だとしたら危険過ぎる。
「…なぁ、ララ・プラント。」
「何かしら?」
「結局お前らはリッス、…そしてニナに何をしようとしてたんだ?」
「ニナは今はニーアよ。ニーア・プラント。…そうね。オキシ・ララ・プラネットは九つの肉体に分離した時にある命令を出していたみたいだけど、私にそれを知る術はないわ。
でも、恐らくニーアには特別な事をしようとしているんじゃないかって予想してるけど。」
「特別な事?」
「そう。慈愛…、ピュアラルは慈愛の感情しか持たない存在。
それはもやは人知を超えた神の領域にまで達する程の強い愛。
そしてニーアのボディは共鳴振動補助装置レイン・プラントの物。
それはね、最初から決まっていたの。ニナ・ル・クレストの魂の器はこれしか無いと。
そもそもニナ・ル・クレストの肉体はニナが生まれた時点で既に崩壊寸前までいっていたの。
だから、段階を踏んで新たな肉体に移行しなければならなかった。」
俺はその話を聞き腕を組み考える。……つまり。
「お前らがリッスとニーアにやった事は必要な事であって、リッスとニーアが出会う事も全て計算済みだったって訳か。
つまり、今アイツらをサイバースペースに追いやって精神年齢を底上げしてんのも必要な事なのか?」
俺が言い終わるとララが微笑みながら口を開く。
「その通り。…酷な話だけど、あの二人にはこの星の英雄になって貰う。
だけど、そのためには時間が足りない。だから、二人には一刻も早く成長して貰う必要がある。
だからこそ私達は初動には時間を掛けた。二人に心の準備をさせ、自身の立場を馴染ませて貰った。
二人が思ったより順応した事には驚いたけれど…。」
その話を聞き俺は一人思案する。
「…なぁ、ララ・プラント。」
「何かしら?」
「どうしても、英雄になるのはアイツ等じゃなきゃ駄目だったのか?
ニーアはともかくリッスは俺の息子って事以外は普通のガキだ。俺にとっては特別だが世界にとって特別な存在だとは思わん。
別に他の誰かでも良かったんじゃねぇーのか?それともそこは、お前の好みかい?」
「…そうね。それもあるわ。でも、リッスは貴方の、ダクドゥ・ア・ルージの息子と言うだけで自動的に英雄としての候補に入っていた。
貴方が名乗りを上げなかったせいでもあるのよ?まあ、それはいいとして。
ニーアとリッスが出会った事で化学反応が起こった様に、二人の相性はとても良い。
恐らくニーア・プラントとリッス・ア・ルージ、どちらかが欠けても今の状況は作り出せなかったでしょう。」
俺はコイツの話を聞いて溜息を吐いた。
…俺のせいかよって言いたい所だったが今は黙って聞いてやる事にした。
「……それに私は、ララ・シュヴラと融合してから分かった事がある。
私が守ろうとしているものは、結局のところ生命ではないということ。もっと大きくて複雑で概念的なもの。
例えば人類史における戦争や争いと言ったものまで含まれていて、この世の概念全てを私は慈しみ守ろうとしていたんだわ。
故に私は生命を守る者と生命を喰らう者を調停しなければならないんだと気付いた。」
俺はその答えを聞くと同時に思わず笑っちまった。
「はっ!お前はやっぱり、あのララ・シュヴラじゃねえわ。とんだクソ女…いや、クソ女神様だ。」
「私は女神なんかじゃないわ。女神は、旧神オキシ・フローズン・スノウ・コールド。
そして新たなる神、オキシ・ララ・プラネットだけ。」
「……なるほどな。だが、ついでに聞いて良いか?じゃあ土着の神ヨヴとレヴはなんだったんだ?
お前がAIに名付けた名でもある。」
その問いにララはああ…と声をあげ、そしてあっけらかんと答えた。
「ヨヴとレヴは存在しない。あれはかつて起きた災害を擬神化しただけ。今となっては彼らは私の作ったAIであり、今は勇気の剣クリファドと知識の賢者オキジェンに搭載されてるだけの部品よ。」
と答えると彼女は再び話をし出した。
「あなた達のおかげで目が覚めたのは本当だし、あなた達は確かに凄いわ。だけど忘れない事ね。人は弱い生き物だという事を……。
人が人であることをやめた時、人は本当の悪魔に変わるのだから。
では改めてお礼を言わせて貰うわ。ありがとうダクドゥ。後は、私が託した九つの肉体、そしてリッスに委ねる事にするわ。
…それで、センゴク・カシベ。…いいえ、ダクドゥ・ア・ルージ。貴方はこれからどうするの?」
そう問うララ・プラントを前に俺は耳の穴をほじりながら溜息を吐いた。
「はん、俺はただお節介を焼いただけだ。お前がこれ以上何もしないなら俺も何もしない。お前と同じ立場さ。
…だが、一旦リッス達に会った方が良いな。確か、明日にはリッスもニーアも目覚めるんだろ?それについて行ってやる。
その後、この世界はリッスとニーア、タアム達に任せてみようと思う。」
「ふ、貴方も高みの見物、か。…でも、それが一番良さそうね。」
そしてララは消えて行く。
キラキラした光の粒子に包まれて。
俺はそれを見送ると、再び一人ネットの紫色の海に取り残された。
さて、と。…会わないとは言ったが、やっぱり顔を合わせる事にするか。
リッスとニーアに会って、一度あいつらに状況を説明して送り出してやらねぇと。
そして俺はあいつらが暮らすホテルへと向かうのだった。
この星の救済の歴史はここから始まる事になる。
END