メロン国民
部屋に戻ってもう一度寝る前に風呂に入る。
明日の帰り支度をしているとリーリャが炭酸水とシャーベットを持って来てくれた。
「どうでした?」
「大乱闘になったよ」
「え?」
「一人の兵士が酔ってゼルの尻を触ってさぁ。そいつをぶちのめしたら大乱闘になったの。全部倒したけどね」
「兵士相手に暴れたんですか?」
「うん。まぁ、遊びだよ」
「行かなくて良かったです」
「うん。リーリャが来てたらこうやって触られまくったかもね」
と尻を撫でるけどリーリャは別に嫌がらない。とても触り心地のよい尻だ。ゼルとは大違いだ
「お風呂入ってきたら?ここで寝るんでしょ?」
「いえ、自分の部屋で寝なさいと言われてしまいました」
あー、リーリャを庇ってたのバレてたからな。
と、いうことはもうふにふにチャンスが無いってことじゃないか。
「帰っちゃうの?」
「はい」
「今夜が最後だよ?」
「申し訳ありません」
自分で最後だよと言った瞬間、うわ、めっちゃ寂しくなってきた。どうしよ。
ホロッと涙が溢れるシャルロッテ。
「シャルロッテ様」
と、リーリャも抱きしめてくれた。
「お呼びでございますかクインシー様」
「今日、シャルロッテを連れ出したそうだな?」
「はい。最終日なのに予定がなかったようですので」
「で、休みを取ったわけか」
「はい」
「随分と入れ込んだな」
「はい。本当に私の娘であればと思いました」
「ふふふ、そうか」
「外にお連れしたのは何か不都合がございましたか?」
「いや、問題ない。それより武器職人のドワーフにどうやって調理器具を作らせたのだ?」
「いやはや、姫様の話術は面白いですな。散々挑発してからすっと引いて興味をもたせたのですよ。しかも怒った職人が手を上げようとしたので、抜刀しようとしたら先にナイフを出して構えられましてな。どうやら私に斬らせ無いようにするためのようでした」
「ほう。それで?」
「その武器を見せたら職人が自分の物だと気づきましてな、それを私が褒めたから他の職人では作れない物を作れるのではと期待したとおっしゃいました。そこからすっと、引いたのです」
「なるほど、職人のプライドを突いてくすぐって引いて興味を持たせたのか。子供の話術ではないな」
「はい、ただ問題が一つございまして、姫様の身分を明さざるを得ませんでした。商品登録をしてくれることになりましたので」
「まぁ、ドワーフの職人ならバラしても問題ない。奴らは余計な事を詮索もせんし喋りもせん」
「クインシー様、あと、シャルロッテ様の登録はどうされましたか?身分証をお持ちでありませんでしたので」
「あ、そういえば必要であったな。抜かったわ」
「住所は学園の宿舎とおっしゃってましたが、ガーデンは住民登録可能ですか?」
「いや、ガーデンに住所の登録は出来るが住民登録は出来ん。どこかの国に属している必要がある」
「ということはまだストロベリー王国の住民ということですな?」
「そうだ。ストロベリー家から籍が抜けただけの状態だ」
「メロンで遡って登録しますか?」
「そうだな。私が連れて来た日に登録したことにしておいてくれ」
「住所はこちらで宜しいですか?」
「構わん。あとゼルもな。職はメロン王国の護衛騎士としておいてくれ。そうでないと身分証はストロベリーの護衛騎士と身分詐称になる恐れがある。それか無職扱いになっているはずだ」
「護衛騎士だとゾイドの許可は必要ではないですか?ゼルは平民でありますし」
「あ、そうか。勝手に決めたら他の護衛騎士への説明に苦労するな」
「では王宮騎士として登録しましょう。うちの部下でゼル殿に文句を言うやつはおりません」
「なら頼む」
「身分はそのままで宜しいですか?」
「騎士爵にしておいてくれ。騎士団長と陛下には私から話しておく」
「かしこまりました」
涙がホロホロと溢れながら、リーリャをホニホニしているとドアがノックされた。
リーリャは申し訳ありませんとシャルロッテを離しドアを開ける。
「シャルロッテ様はこちらか?」
「はい、いらっしゃいます」
やって来たのはジルベスターだった。
「あ、お父さん。どうされたんです?」
「泣いておられたのか?」
「今日が最後の夜だと思うと少し寂しくなってしまいましたの。お父さんにも大変お世話になり、ありがとうございました」
そういうとジルベスターも寂しくなってしまったのか膝を付いてガバッと抱きしめてくれた。
「いつでも遊びにきて下さいませ。父はお待ちしておりますぞ」
おっさん同士だが嫌ではない。不思議な感覚だ。
「も、申し訳ありませんつい、感情が勝ってしまいました」
「いえ、嬉しかったですわ」
そう言うとジルベスターはとてもいい笑顔で微笑んでくれた。
「伺ったのはシャルロッテ様の住民登録の件です。クインシー様に確認させて頂きました所、やはりまだのようです。学園のあるガーデンには住民登録が出来ませんので、メロン王国で住民登録をさせて頂きたいのですが宜しいですか?」
「今はどうなってますの?」
「ストロベリー王国の住民でございます。そのままの方がよろしければ構いませんが、ストロベリー王国の役所で住民登録証を発行してもらわねばなりません。住所もストロベリー王宮になります」
なるほど。王宮の住所は嘘になるし、またあっちに行くの面倒だな。
「こちらで作って頂いてもいいのですか?」
「はい。自国なら融通が効くので、クインシー様が後見人になられた日に登録した事に出来ます」
「ではお願いして宜しいですか?」
「はい。あとはゼル殿ですが、現在はストロベリー王国の住人であり、護衛騎士もしくは無職となっているはずですが合っていますか?」
「は、はい。無職になっています」
「そっか、ゼルは無職扱いになるんだ」
給料払ってないからな。
「無職だと行動の制限があったり、信用が何もありませんので不自由をします。姫様の護衛としては問題ですので、メロンに住民登録、そして王宮騎士の職で登録して宜しいですかな?」
「そ、そういうわけには・・・」
「そうしないと宿舎でシャルロッテ様に付けませんぞ。他国の無職の人間ということになりますので」
「ジルベスター様、それは隊長権限で出来る物なのですか?」
「いえ、クインシー王妃様からの指示でございます」
なら大丈夫か。身分証だけの問題だからな。
「では、ゼルもお願いして宜しいですか?」
「かしこまりました。ゼル殿、身分証をお預かりしてよろしいか?今晩中に手続きをして翌朝にお返し致しますので」
夜に超特急でやってくれるのか。申し訳ない。
「あと、身分証にお持ちの現金は入れますか?」
「ん?」
「身分証に現金を預けて記録出来るのです。大金を持ち歩かなくて大丈夫ですから安全です。後ほど血を頂く事になりますが」
これで身分証のお金は本人しか使えなくなるらしい。めっちゃハイテクじゃん。
ゼルがカバンに入れていた金貨100枚をジルベスターに渡す。俺の身分証に入れておいてくれるらしい。
ジルベスターの仕事ではないだろうにすぐに手続きに走ってくれた。
「シャルロッテ様もこれでメロン国民ですね」
「そうなるね」
シャルロッテはこうしてメロン王国の国民となる事に。
二人は住民登録の住所が王宮、そしてゼルが騎士爵になったのはまだ知らなかった。
翌朝、ジルベスターが持って来てくれた身分証に指に針を刺して血を流すとふわっと光った。これで大丈夫らしい。
そして学園の宿舎に戻る為に玄関に移動する。
たくさんの見送りの中にリーリャがいる。リーリャはやっぱり付いて来てくれないようだ。
大勢いるので抱きついてホニホニすることも出来ずに手だけ振った。めっちゃ寂しい。
「何を泣いておるのだ?」
「うるさいっ」
心配してくれたアームスに怒鳴ってしまった。ごめん。
馬車が出発すると騎士達が見送り、その先に兵士達が見送りに来てくれた。
「いちご姫様に敬礼っ」
いや、君達アームス達にしなさい。あんたらの国の王子と姫が乗ってるんだぞ。
窓から手を出して振ると、皆も手を振ってくれた。
「兵士達まで見送ることなんて初めてよね?」
わざわざ俺とゼルを見送りに来てくれたのか。
ちょっと気まずい雰囲気の中、ごとごとと馬車は学園に向かって進んだのであった。