シャルロッテとゼルは別々に力を発揮
クインシーとゼルは馬に乗って違う場所へ移動していた。
「ここでやるぞ」
「ここは?」
「軍事演習場だ。大規模演習はここでやるが今日は誰も近付かん。連れて来た治癒士は私の子飼いで口は硬いから安心せよ」
「どういう意味ですか?」
「全力を出せと言うことだ。力を開放せよ」
「し、しかし・・・」
「S級を舐めるなよ。対魔法使いの戦いも心得ている。但し、即死級の魔法があってもそれは使うなよ。優秀な治癒士でも即死したらどうにも出来んからな」
「クインシー様、これは必要なことなのでしょうか?」
「シャルロッテにあと護衛を3人ほど付けるか、王宮に閉じ込めておくなら別に構わん。たが、奴は自由に生きたいのだろ?」
「はい」
「なら、これは必要な事だ。シャルロッテはそのうち必ず騒動に巻き込まれる。いい意味でも悪い意味でもな」
「どういう事でしょうか?」
「まず、見目もあるが、行動や性格、知識が豊富というか我々が知らないの物を考え出すのかどうかはわからんが異常なのだ」
「料理の件ですか?」
「それもそうだが、あのコックはプライドが高い。私がメロン料理が好きではない事を知っていても変える事はなかった。あれはメロン王国の正式料理だからといってな」
「ストロベリー王国もそうです」
「が、シャルロッテに食べて貰う為に作法を崩して工夫を凝らし、出来栄えを我にではなくシャルロッテに聞きに行ったであろう?」
「はい」
「奴はプライドよりシャルロッテに好まれる方を選んだのだ。ジルベスターにしてもそうだ。奴は王宮騎士の隊長。非番であったとしても自ら護衛に付くなどありえん。本来であれば護衛騎士に連絡し護衛を派遣したはずだ。が、自ら護衛に行ったのは自分の感情を優先したのだ。騎士隊長としてする行動ではない」
「それはクインシー様の庇護下にあることをご存知だったからでは?」
「それは言い訳に過ぎん。シャルロッテがただの客人であったとしても同じ事をしたであろう。奴は人を惹き付ける何かを持っている。ギフト持ちというのが影響しているのかもしれんが、そういう人間だからギフトを授かったとも言える」
「それはそうかもしれません」
「今はメロン国内の出来事であるからコントロール出来るが、学園に戻れば各国の王族関係者、貴族、庶民、フルーツ連合以外の国の奴らもいる。必ずここと同じような事が起こる。それがいい騒動であるうちはまだいい。が、なんとかして奴を取り込もう、手に入れようとする奴らが出てきたら事件になるぞ」
「姫様の取り合いが起こるということでしょうか」
「そうだ。アームスかアンデスと婚約してくれればそれは防げるがな。奴はその気がないだろ?」
「はい。意図的に避けられている節がございます」
「アームスがそうされるのは理解出来るがアンデスにまでそうだからな。メロン家に入るつもりは毛頭ないということだ。他に意中の男でもいるのか?」
「いえ、男の話は・・・」
「ん?心当たりがあるのか?」
「いえ、それほどではないのですが、シドという庶民の生徒がいるのですが、本をあげるつもりのようです。姫様に勉強を見てもらっていた少し上の学年の生徒でストロベリー国の生徒です」
「ふむ、繫がりはそれだけか?」
「メロン家との交流の場に配膳のアルバイトに来ていましたが、姫様はその日の側付きとして指名していました」
「なるほどな。一度どんな奴か見ておかねばならんな」
「普通の男の子でございます」
「ま、奴が気に入ったのなら何かあるかもしれん」
「はい」
「で、ゼルよ。どうする?力を開放するか?」
「感情が高ぶると手加減出来ぬやもしれませんよ」
「面白い。全力で来い」
「はい」
「いちご姫、馬は初めてですかな?」
「はい。目線が高くて気持ちいいです」
「はっはっはっ。そうですな。馬はいいものです。特にこいつは賢い馬でしてな、人の言うこともよく理解します」
馬って想像してたよりずっとデカいよな。こんなに目線が上がるとは思ってなかった。でも馬車よりずっと気持ちいい。
貴族街に着くとまずは時計台に連れて行ってくれる。普通は入れない一番上まで行くらしい。階段をへいこら登るとひょいと肩車をしてくれた。おっさんがおっさんを肩車とか恥ずかしいけど、楽ちんだ。ゼルにしてもらうよりずっと目線が高い。ふと階段の後ろを振り返ると吸い込まれそうになり、ジルベスターの頭にしがみついてしまった。
「うわ、すっご!」
時計台からメロン国が一望出来る。
「どうですか。良い見晴らしでしょう」
「はい。天下を取ったような気になります」
もちろん元の世界の高層ビルやタワーよりずっと低いが、時計台は高台に建てられているし、周りに高い建物がないのでとても高く感じる。
「天下ですか。いちご姫様なら取れるやもしれませんな」
「ふははは。まるで人がゴミのようだ」
「なんですかそれは?」
「天下を取ろうとする人のセリフです。こういう人はだいたい失敗しますけど」
「面白いセリフですな。だが失敗するというのはそうでしょうな。人をゴミ扱いする者に天下は取れません」
「はい」
ジルベスターはあちこち指を指して、あそこはこれで、あっちは何でと説明してくれた。
この世界の国というものは元の世界より小さい。良くて関東、関西とかの地区の範囲だろう。ということは国の数も多いはずだけど。移動手段は馬と人力だからそれぐらいの範囲が適切なのかもしれない。
次は遊ぶ場所に連れて行ってくれる。貴族街であっても庶民も来れる場所らしい。そこにあるのは的当てやボール投げといった出店でやるような遊びだ。
「いちご姫様はこういうのがお好きではないですかな?」
「はい、面白そうです」
と、弓を選んでみた。5本打って的に当たった点数で景品がもらえるのだ。
子供用の弓を渡される。ジルベスターが弓の引き方を教えてくれた。
「旦那、可愛らしい娘さんだね」
「そうだろう。自慢の娘だ」
「よし、点数を下げてやるからな。可愛らしいお嬢さんにサービスだ」
と、点数のランクを一つ下げてくれた。特等はポーション。買うと結構高いらしい。
弓は5本で銅貨10枚。ポーションは銀貨10枚の品だ。
「では、お父さんにあのポーションを取ってあげるわ」
「それは楽しみだ」
脳内にアイコンを出す。ゲーム内の的よりずっと近いから判定が激甘だ。ゲージが中心に来たときに
「エイッ」
パスっ
「おおー、ど真ん中だ。凄いよ嬢ちゃん。家で弓を練習してるのかい?」
「弓を射るのは初めてよ」
「じゃ、天才だな」
と、余裕の弓矢のおっちゃんは最後の5本目で青ざめた。
「これ、ポーションもらえるのよね?」
「はひ、おめでとうゴザイマス」
「はい、お父さん。約束通りポーション取ったよ」
これでナイフ代を返せたな。
「シャルロッテ、本当に弓は初めてか?」
「そうよ」
ジルベスターはとても驚いていた。弓の素人はまず当たらない。品質の良い弓と矢ならまだしも、こういう店のはとても安物であり、真っすぐ飛ばないものらしい。
ポーションを取られては大損だから、あれは客引の為の物のようだ。
「これはシャルロッテが持っていなさい」
「どうして?」
「いざという時に役立つからだ」
と受け取ってくれなかった。せっかくナイフ代を返せると思ったのに。
じゃ、もう一本と思ったら弓矢のおっちゃんからお断りされてしまった。
お昼ご飯は鉄板焼き。ステーキが美味しい。ジルベスターはビールを飲んで思い出したように言う。
「そうだ。ビールのお供をありがとうごいました。皆から大好評ですよ。飲みすぎるのがちと困りものではありますが」
「気にいって頂いて良かったですわ」
「あれはストロベリー家の食べ物ですか?」
「いいえ、私が食べたくて王宮のコックさんに作って頂きました。本来はじゃがいもを透けるぐらいに薄く切って揚げるんですけど、コック泣かせと言われたので、細切りにしましたの。私は塩だけで食べますけどね」
「コック泣かせ?」
「はい。スライサーという包丁を使わずに薄切りにする調理器具があると簡単なのですけど、薄い刃を作るのが難しいらしくてまだ作れていないと」
「薄い刃とはどれぐらいのものを?」
と、説明すると確かにそれは難しいかもと言われた。
「あの武器屋の職人は作れませんか」
「武器職人が調理器具を作るとは思えませんな。しかし、一度聞いてみてもいいかもしれません」
と、いうことで庶民街の武器屋に。
店員が工房から職人を連れてきた。ちっこいガチムチの毛むくじゃらのおっさんだ。
「バカヤローっ!武器職人に調理器具作れとは何を抜かすかっ」
めっちゃ怒られた。ジルベスターはこちらを見て両手を上に向けてやれやれと言った顔だ。
「何だ。作れないのか」
と、挑発してみる。
「作れないとはなんじゃっ」
「いや、薄い刃って難しいからそうやって誤魔化したんだろ?」
「何を抜かすかっ。こんなもん朝飯前じゃっ」
「そうやって逆ギレして誤魔化すの上手いねぇ。武器作るより誤魔化し屋をやった方がいいんじゃない?」
「きっさまぁぁっ」
と、手を上げようとしたので、ジルベスターが剣に手をやった。ヤバっ。無礼打ちとかされたらたまらん。
バタフライナイフを出してシャカシャカと回して構える。
「ん?それはワシの打ったナイフか?」
「そう。お父さんが見事な腕前の職人だと褒めたから、これを作れるんじゃないかと思って来たんだけど、悪かったね。別に怒らせるつもりはなかったんだよ。他の職人が作れない物でもこのナイフを作った人ならと思っただけで」
と、謝ってカシャカシャと回してナイフをしまった。
「ふん、話だけ聞いてやる。こっちへ来い」
そう言われ、ジルベスターを見ると頷いたので、職人に付いて行くことにした。
「はぁ、はぁ、はぁ、凄まじいなゼル」
「ゴホッ ゴホッ 魔法を解禁してもクインシー様に敵わないとは思いませんでした。私は自惚れていたのかもしれません」
ゼルはクインシーに打ちのめされて倒れながらそう言った。透き通るような美しい青色の髪が紺色になっていく。体力も魔力も切れたのだ。
「馬鹿を言うな、私も立っているのが精一杯だ」
と、言った所で剣を杖代わりにしていたクインシーはドサッと倒れた。
二人の戦いは引き分けで終わったのである。




