猛反発
「隊長っ! なぜイチゴ姫様とゼルと一緒だったんですかっ」
「今日は父親をさせてもらった。羨ましかろう」
ジルベスターは上機嫌で宿舎の食堂で部下達に囲まれて飲んでいた。
「手、手を繋いでましたよねっ?」
「ああ、小さくて強く握ったら壊れてしまいそうなぐらい柔らかい手だったな」
「くそっー、なぜ俺は今日は非番じゃなかったんだ。あの時に職務を放り出していればイチゴ姫様と手を繋げたかもしれないのにっ」
「馬鹿者、職務を放り出してどうする」
「隊長が非番じゃなかったらどうしたんですかっ!」
「職務として行ったに決まっているだろうが」
「汚ったねぇ。職権乱用だ」
「何を言っておるか。イチゴ姫様は護衛対象だろうが」
「我々は護衛隊ではないじゃないですか」
「ゾイドがおらんかったのだ。代行するのは私しかおらんだろうが」
「クッソー、俺も隊長まで登りつめてやる」
「ほぅ、それは私より強くなるということだな?」
「そ、そういうわけでは……」
「明日の訓練は貴様が一番手だな」
「は、はひ……」
騎士団の宿舎では今日の出来事で盛り上がっていた。そして密かにリーリャも人気が出ていることをジルベスターは初めて知ったのである。
「シャルロッテ様。本当にお部屋に泊めて頂いて宜しいのですか?」
リーリャは本当に? 本当に? と信じられない様子。
「メイド長のお話を聞きたいなら泊まらなくてもいいぞ」
「いえ、是非お願い致します」
ということで、リーリャは学園に帰るまでここに寝泊まりすることになった。ベッドは大きいので3人で寝ても大丈夫だ。
そして風呂にも一緒に入る。うん、脱衣所でメイド服を脱ぐときは素晴らしいシチュエーションだ。
今日はちゃんとバスタオルを巻いている二人。
ゼルに髪を洗ってもらい、風呂から出るとリーリャが髪の毛を乾かしてくれる。
「シャルロッテ様の髪の毛って本当に綺麗ですよねぇ。手触りも絹みたいで」
それ、クインシーにも言われたな。
「赤い髪の毛って他に見たことある? ジルベスター様にも聞いたら、いないと言っていたけど」
「私も初めてです。ゼル様も珍しい髪色ですよね」
「そうですね。珍しいかもしれません」
ゼルは紺色の髪の毛だ。脱色したら青になるかな?
だいたいの人の髪色はダークブラウンから金髪だ。赤髪と呼ばれる人は明るい茶色って感じで赤ではない。自分でもこの髪色は不思議な色だと思う。
髪の毛も乾いたので部屋に戻ると扉の前にユーバリーが立っていた。
「どうしたの?」
「来ちゃった」
テへペロじゃねー。流石に4人で寝ると狭いぞ。
「学園の宿舎に戻ったら泊まりに来ればいいじゃない」
部屋で炭酸水を飲みながらユーバリーにそういう。
「だってさ、自分達ばっかり楽しそうで、ズルいんだもん。今日も誘ってくれなかったし」
「本国の姫様が出歩くと面倒じゃん」
「そうだけどっ、そうだけどズルいのっ。私にはずっと男兄妹しかいないのに」
確かにそれは可哀想かもしれないけど。
「やっぱり迷惑?」
「いや、いいけど狭いよ」
「姫様。大丈夫です。さ、どうぞ」
と、ノノロにさせたように仰向きで寝転んでおいでおいでするゼル。
とりあえずそこに寝てみる。
「どうですか?」
「ノノロが低反発クッションだとすればお前は猛反発クッションだ」
高反発を通り越している。お前は床か?
で、リーリャの腹を枕にしてみる。
「いいよ、いいよ。リーリャ。ホニャホニャの腹だ」
グッと引き締まった腹ではなく筋肉の無い腹だ。つまみ具合もいい。パジャマを少しめくって素肌に直接寝てみる。
「リーリャ、お嫁においで。俺はこれが欲しい」
「お腹なんて褒められても嬉しくありません」
「なんで? めちゃくちゃ触り心地いいんだけど」
「ノノロさんみたいだと言いたいんでしょ」
「メイド長、フワフワでいいじゃん」
「よくありませんっ!」
「ねーねー、私は?」
とユーバリーが膝枕をしてくれる。
「肉が足らない」
リーリャにも膝枕してもらう。
「ウンウン、このむっちり具合がたまらんね」
「そんな褒められ方嫌ですっ!」
リーリャは顔に似合わず肉付が良い。素晴らしい。
「肉が足らないって何よ?」
不満げなユーバリー。
「バリ姉はまだ子供だからこう肉付が足らないんだよ。リーリャぐらいの歳になったらいい感じになるかも」
「ゼルはどうなの?」
と、言われたのでゼルに腹枕をしてもらうと顔にカタが付きそうだ。素肌はすべすべで気持ち良いけど。顔をあげてマジマジと腹筋をみる。割れ方がさらに進化しているぞこれ。
シックスパックの溝に沿ってなぞってみる。
「うひゃひゃひゃ。姫様、そんな触り方したらくすぐったいです」
「割れ方エグくね?」
そう言うと隠してしまった。日々の稽古でより筋肉が付いたようだ。それに痩せたか?
「ゼル、運動量に対して食べる量が少ないんじゃないか? このままだと、胸も全部筋肉になるぞ」
「食べてはいるんですけどね」
不健康に脂肪つけさせるのも何だよなぁ。
レムのお料理教室の画面を見て何かいい食べ物がないか見ていく。お、女性向けの食品があった。確かこんなのあったはずだと思ったんだよね。
へぇ、カボチャや大豆、キャベツとかいいのか。
「ゼル。カボチャ、大豆、キャベツを食え」
「何に効くんですか?」
「女らしい身体を作るらしいぞ」
「このままでかまいません」
「じゃ、リーリャに抱きついて寝る」
と、リーリャに抱きついた。うんうん。これはいい。二の腕もふにふにだ。
「どうしてそんなにフワフワがいいの? ゼルみたいなの素敵じゃない」
「じゃゼルに抱きついていいよ」
ゼルは寂しそうな顔をしたけど、お前は硬いままでいい宣言をしたからな。
で、そのまま寝たが、朝に目覚めるとゼルにくっついていた。あれ?
あ、リーリャを起こさなきゃ。
「リーリャ、起きろ。また怒られるぞ」
「は、ハイッ」
と起きてバタバタと用意をしに行った。ユーバリーもここで朝飯を食べるらしいので、ついでにリーリャもここで食べろと言っておいた。
ユーバリーの勉強を見てゼルの所に行く前に騎士団の宿舎に行く。そして食堂のおっちゃんに声をかけた。
「こんにちはぁ」
「はい。えっと、どちら様ですかな?」
「こちらはシャルロッテ様です。クインシー様が後見人になられたお客様でございます」
「あぁ、イチゴ姫様でらっしゃいますか。これは初めまして。何か召し上がられますか?」
「いえ大丈夫です。王室のコックからカイエンペッパー……唐辛子を細かく挽いた物は届きましたか?」
「はい。これは何に使うのですか?」
「お酒のお供を作って頂きたくて」
と、じゃがいもを細切りにして揚げてもらう。そこに塩とカイエンペッパーを掛けて味見。ちょっと物足りない。
試しにコンソメスープがあるか聞くとあるので、そこに少し砂糖、カイエンパウダーを混ぜて調味料液を作り、細切りじゃがいもを漬け込む。それを揚げてもらうとイメージに近くなった。
「漬け込む時間を長くしたらいいかもしれません」
「確かにこれはビールのつまみになりますね」
「これをジルベスター様にお出ししてもらってもいいですか?」
「隊長にですね。かしこまりました」
「娘からのお礼とお伝え下さい」
と、お願いしてゼルの所へ。
訓練終わりに兵達の宿舎に行きたいと言うと驚かれたが、すぐに終わると言って付いて行った。クインシーも来たので宿舎は大慌てだ。
ここのコックは上手く細切りに出来ないので、フライドポテトにした。塩胡椒やカイエンペッパーは好きに掛けて貰えばいいか。
一緒に来てくれた兵にバイバイして部屋に戻るとまたユーバリーが来た。飯もここで食べるらしい。
ま、それもあと少しだ。
風呂に入り、リーリャがご飯を持って来てくれたので4人で食べる。デザートはメロンシャーベット。果肉ゴロゴロ入りだ。
で、リーリャにくっついて寝たはずなのに朝になるとゼルにくっついている。夜中にゼルがリーリャから引き剥がして連れてってるのだろうか?
そんな日々が続いてついに訓練最終日。クインシーが直々に稽古を付けるらしく、今日は見に来るなと言われた。相当厳しくするのかもしれない。見たら邪魔するかもしれないから本当に行かない方がいいな。
ユーバリーの勉強も昨日で終わり。また分からないのが出てきたら宿舎でやればいいしな。
今日はゼルもいないからどこにも行けない。退屈だ。リーリャもなんか呼ばれたみたいで部屋に一人。脳内で格闘ゲームも出来たがあまり面白く感じなくなってしまった。この世界の刺激の方が強いからかな?
コンコン。
「はい」
「シャルロッテ様。ジルベスター様がお見えです」
「入ってもらって」
「お父さんどうしたの?」
と、娘モードで接してみる。
「いやぁ、まだお父さんと呼んで頂けると照れくさいですな」
「ではジルベスター様」
「いや、お父さんと呼んで頂きたい」
と、言われて二人はクスッと笑う。
「今日はゼル殿がクインシー様と特訓と伺いましてな。退屈されているのでは思った次第で参りましたが、ご迷惑でしたかな?」
「めっちゃ暇です」
「では本日は貴族街をご案内致しましょう。一度殿下達と行かれたと伺いましたがちゃんと見れませんでしたでしょう?」
「どこも貸し切りでしたから」
「今日は本当のお忍びで参りましょう」
なんて気の利く人だ。
馬で行くらしいので、ズボンに履き替える。リーリャはお留守で二人で出掛けるらしい。昼過ぎには戻る予定とのこと。
馬なんて初めて乗るから楽しみだ。さて、どこに連れて行ってくれるのかな?
リーリャにお団子ヘアにしてもらい帽子をかぶってお出かけをしたのであった。